第14話 正体

『こちらは何という料理なのですかな?お嬢さん』


集中していたとはいえ、俺が反応しなかった時点で敵意はないか。本当はマハトと少し話したかったんだがなぁ。でも、まあとりあえず


『ッ!』

『...どんな要件でいるんダ?オマエ』


「彼は敵ではありません。落ち着いて、武器を下しなさい」


指示には従ってくれた事はありがたいが、客人に殺気を向けるのはやめろ。今のお前がまともにやり合って勝てる相手じゃねぇよ。



「オマソ。我が祖国北海道の郷土料理です。モドキですが」

『ホッカイドウ...でありますか!覚えましたぞ』

「ではお客人。私達にどんな要件で?」


あちらの対応次第で俺達の対応を変えればいい、いきなり敵意剥き出しは駄目だ。



『...自分は、いい匂いとマッスルエネルギーに釣られてきただけでありますが?』

あっけらかんとそう言い放つ巨漢に、開いた口が塞がらない。


「あーーーなるほど...?」


脳味噌が筋肉で出来てる人達脳筋ね完全に理解した。


「とりあえず、そろそろ夕飯が出来ますので、よければどうぞ?」


まぁ、このタイプは基本飯の席で急に殺し合いはしないだろう。


『マッスラーとして、ただ飯は食う訳にはいけないであります。食うにしても、自分も一品出さなくては』


そう言った巨漢は何処からともなく串に刺した焼き魚を取り出す。...本当にどっから取り出した?


この明らか世界観の違う服装にノリ、そしてこの喋り方、もしかしてコイツ転生者か?まだ断定は出来ないが、考えておこう。


「は、はぁ。ではどうぞ」


適当に板を敷いたものを敷物として差し出す。


『頂きマッスル』


語尾が個性出過ぎだろ。


「まあ、想定外のお客人がいらっしゃりますが、料理が出来た所ですし、早速食べましょうか」


彼女の一言を合図といして、夕食が始まった。


『あむ、あむ。美味いでありますなぁ!』

「ええ、いい食いっぷりですね?」


遠慮しているが、所々品性が出る食べ方をしている脳筋。


『いやー申し訳ない。森の中で迷ってしまって...』

「そうなんでしたか、とても災難でしたね。とてもお困りだったでしょう?」

『いえ、これでも訓練を積んできた身ですので、問題はあまりなかったであります』

『イイナァ、オレも飯食いたいゼ。剣だけド』


雑談がてら話を振ってみたが、どうやら見た目通り体力があるらしい。やっぱり初手は抑えて正解だったな。


『....』


マハトも無言で飯を食ってるし、俺もマハト言いたい事はあったが、サシで話したい事だしな。ここは大人しく飯を食おう。


木々を捌けさせて生まれた小さな空間で、3人が火を囲む。大自然に囲まれて食べる食事は、どうしてこんなにも美味しいのだろうか。


「後マハト、ちょっとした提案なんですが...」

『...何ですか?』

「魔法...でしたっけ?それを剣術と組み合わせて使うというのは出来ないのですか?」

『あー』


少し言い淀んだ後、声を上げる。


『同時に複数の事をするのがちょっと苦手で、魔法は魔法。剣は剣ってやらないと難しいんですよ』


要はマルチタスクが出来ないっつう事ね。


「先に長所から伸ばしましょう。いつの間にか出来てるって事をあり得ますからね。明日からは私も本格的に」


『あ』

忘れた事を突然思い出したようにと小声で呟いた後、牙竜が立ち上がる。


「どうされたので?唐突に立ち上がって...」

『ああ、食事に夢中で忘れていましたが、自己紹介がまだだったな...と』


「お気遣いありがとうございます」

名乗ってくれるならありがたい。名前次第で転生者かそうではないかは、今の所判別出来ないが、コイツの名前が何か手掛かりになるかもしれない。


『私は星の智慧派が幹部が一人、元徳栄神 ――謙虚の理を示す者 ――牙竜と申します』


「そうですか」



































「見えざる刃」


咄嗟に頭を狙い、眼球目掛けて切り刻む。

...最悪治癒で治せるとはいえやりすぎたか?いや、邪神を信仰している組織の構成員なら対応はこれでいいはずだ。



どうして俺はこんな事を?いや、これでいい。



ばたりと、巨漢は倒れた。


「マハト、クリーム、ヒルト、無事ですか?」


倒れた巨漢を尻目に、周囲の無事を確認する為呼びかける。が反応はない。

誰一人返答せず、マハトに至っては自分に背を向けず。ただこちらに視線を向けるばかりだ。


「マハト?どうしたんですか?返事を」


ここで初めてマハトが反応のようなものを返した。瞳孔が動き、一瞬周囲を確認するかのような動きをした後、口を開く。


『聞こえませんでしたか?僕は元徳旧栄神 ――謙虚の理 ――マハト。もしかして、まだ気づかない?』


ニタァと擬音が着きそうなほど意地の悪い笑みを浮かべた、謙虚マハトがそこにいた。


何だ?乗っ取り?何が起こった?俺は何を気付けてないって?唐突すぎて思考が纏まらない。この奇襲も相手の作戦の内か?俺は何か重大な事を



咄嗟に距離を取ろうとする赤髪だったが、動作に移った瞬間、動きが止まる。


『はい動いちゃ駄目だよ〜"緊縛"』


それは俺の技だろ...何で...お前が


『う〜ん...君の感受性が良すぎるのかな〜』


マハトが語り出す度。俺の思考が纏まらなくなる。


完全に動きを止め、固まった赤髪の眼前を覗き込むようにして、まるで何かの研究をしているかのようにマハトは自分に言い聞かせるように呟く。


『あ、そうだ。こうすれば分かるかな?』


何で?アンタがが...ここに..いる?


赤髪が視線を移した先、そこには暗い樹海を掻き分けこの場に姿を現した依頼主。サバト城塞都市の領主――エミール・オースティン――その人だった。


『ありがとう!息子を守ってくれて。これで私の計画は何の憂いもなく完遂出来る!』


何で?...嵌められ...た?


まるで悲願が叶ったような表情で、膝を折って目線を合わせながら赤髪の幼女に問いかけるエミール。その声色は本人と全く同じで、同じ声帯である事を理解させられる。


『ってのは冗談で...僕は元徳旧栄神 ――謙虚の理 ――エミール、よろしくね?』



精神...干渉?


本人も意図せず口に出したたった一つの回答。それは記憶と肉体が消え失せても僅かに残っていた探索者前世の残滓か。何かに侵食されながらも、彼女は正解に近い回答をくり出した。


『お、いいね70点あげちゃおう。正直もう完全に催眠したと思ったんだけど、凄いね君』


知った所で破り様が無いからどうしようもねぇ。まるで違和感なんてなかった...いや、持たせてくれなかった。いつから...どうやって?それにお前、俺と会ってたあの..


『そうだよ〜どっちにしろもう制圧したも同然だし、いいよ。手の内を晒すくらい、構わないよ。君は中々貴重なパターンだったし。また一歩学べたからね〜』


傲慢か、謙虚か、勝ち誇った謙虚は、べらべらと研究成果を誇示するように、自身の策を一人の観客に見せびらかす。


『始まりは君が気絶していた時だ。戦闘が終わって君が気絶した時。僕は君に侵食しようとした。けど、出来なかったんだよね。正確には体の制御権が無かったんだけど』


『何でだと思う?僕も理解できなかった。けど、理由はしっかりあったんだよ。僕の女神の寵愛チートで選べる対象は、一つの肉体に一つの人格だったんだ』


人格が...2つ?俺が?それ...に女神の寵愛チートって...転生者...なの...か?


『何だ、知らなかったんだ。なら君の二つの疑問に答えてあげよう。君の中にある人格は二つ。今はちょっと混じってるけど』


混じ...る?


『そう、混じってる。混ぜたの僕だけど。まあ聞いてくれよ〜君の肉体と頭脳は良いと思ったからね。ちょっと細工をして、今に至るって訳。人格を混ぜて一つにすれば、僕も侵食出来る』



『ああ、2つ目の質問にも答えなくちゃね。答えは半分正解って所。全部答えるって言った手前悪いけど、僕はそこの所は詳しく知らないんだ。悪いね』


身振り手振りで説明と自身の感情を表現する。エミール・オースティン謙虚。相手の反応が無くとも、よほどお喋りが好きなのか、大声で話し続ける。


『話を戻すけど、人格を混ぜるっていっても簡単には行かなくてね。しもか君がかなり精神力POWが高かったぽくてさ、結構時間がかかったんだよ。だから時間稼ぎの為に、君の認識と、この街の住民の認識を弄った』


『まず君には存在しない記憶を与えた。君の表層意識に侵入した時、記憶喪失って分かった時は、これしかないって思ったよ』


『違和感を感じないように、思考誘導もした。効果はあっただろう?例えば君の思考をぐずぐずの角砂糖のように溶かしたり...とかね。普段のクールな君ならもっと良い案が出せたはずだ!牙竜の接近にもっと早く気づけた筈だ!』


『それに、君は"神速"なんて技、知らない。"緊縛"も僕の技だ。"師範"なんて君の記憶にはない!本当に存在した技の記憶を流し込んだから。しっくりきただろ?一瞬怪しい時もあったけど、騙し切れてよかったよ!』


...


心底愉快そうな声色で、かなりの早口で、それでいて大声で話続ける。


『街の住民の催眠も上手くいった。例えば、街中で決闘しても衛兵が来なかったりとか。領主を侵食して、君を山で孤立させて他の転生者の漁夫対策したりとか。マハトに殺意を染み込ませたりとか。まあ全部が全部僕の思いのままになる訳じゃないんだけどね』


『僕は侵食は一人しか出来ないけど、催眠はかなりの広範囲で出来るから...ほら、あっちを見て』


エミール謙虚が赤髪の幼女を丁寧に持ち上げ、ひらけてサバト城塞都市がよく見える場所に移動する。


『ほら、見てみて。君がいない間。サバト城塞都市は、空襲によって炎上していま〜す!』


かなり距離があるはずなのに、2人からはっきり見える程の爆炎をあげ、都市そのものが炎上しているサバト城塞都市。城塞都市の構造上、空気を閉じ込める為より火力が上がり、轟々と燃え盛っている。


どう...やっ...て? 何で...俺...を...殺す...なら...分か...る。だが、一般人...を殺す...必要は無い。


回らなくなった思考の中から、何とか文字として想いを形成する。


『そうだね、仕事だったから殺したけど。一般人を殺すのはあまり好きじゃない』


...失った命は戻らない...死にたくない。


『そうだね。"人は死ぬ"だったっけ?あれは僕も同意するよ。良い事言うな〜って思った』


....


『ん?おーい...もう限界か。なら最後に聞いちゃお』


エミール謙虚は今までの小馬鹿にしたような声色ではなく、初めて真剣な声色で問いかける。


マハトは君を殺す気だったのに、どうして護衛なんてやったの?』

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