勇者パーティを追放された雑用係は、魔王育成学校の教師に転職します
厳座励主(ごんざれす)
【朝のHR】人生は全てを失ってから
第1話 じゃあな、雑用係
魔族領の奥地。
鬱蒼とした森に濃い瘴気が充満し、昼間だというのに陽光は一片も届かない。
吐く息は重く、喉を焼くように淀んでいる。
僕たち勇者パーティは、そこで魔王軍の精鋭部隊に行く手を阻まれた。
刃を構えた魔族たちが森を埋め尽くし、逃げ場はどこにもない。
茂みの中に何とか隠れたが、あぶり出されるのは時間の問題だ。
「チッ、数が多いな」
勇者レオンハートが、低く舌打ちをした。
彼はこのパーティのリーダーにして、人類が託した最後の希望。
いつもの鋭い眼光は変わらないけれど、その声音には微かな焦りが混じっていた。
「どうすんだ、レオン!」
吐き捨てるような声に、恐怖と苛立ちが入り混じっていた。
「ま、仕方ない」
レオンはほんの一拍も迷わなかった。
短く頷き、そして。
「アレン。お前が時間を稼げ」
僕の名が告げられた。
一瞬、頭が真っ白になる。
僕に……?
今、僕に言ったのか?
肩書きは『雑用係』。
戦闘以外の全てを担うのが僕の役割であり、決して矢面に立つことはなかった。
そんな僕に、時間を稼げ?
それは……それはつまり、囮になって死ね、ということか。
「れ……レオン……? じょ、冗談……だよね……?」
震える声で問いかける。
けれどレオンもガイガンも、冗談を言っている顔ではなかった。
彼らの表情には焦りはあっても迷いはない。
「そんな! 僕らはずっと仲間で、友達で……!」
必死に訴える。
信じたくなかった。
確かに僕は雑用係で、居ても居なくてもいい存在かもしれない。
「レオン! ガイガン! イアーナ! ミント!」
勇者、聖騎士、賢者、聖女。
一人一人の目を見ながら、順に名前を呼んでいく。
こんな状況なのに、改めて思う。
彼らは人類の希望を背負うに相応しい、そうそうたるメンツだ。
そんな彼らと比べれば、僕なんて代わりはいくらでも利く。
そう思われても仕方がない。
「嘘だと……嘘だと言ってよ……!」
だけどそれでも僕たちは、ずっと一緒に旅をしてきたはずだ。
同じ村で生まれ育ち、共に魔王を倒すと誓い合ってきた仲間じゃなかったのか。
そう信じてきたからこそ、僕はここまでやってこられたのに。
でも、次に続いた言葉で、胸の奥が氷のように冷え切った。
「……あのなあ。お前のことなんか、仲間だと思ったことねえっつの」
僕の目を真っすぐ見て、堂々と言うレオン。
「いやぁ。足手まといのお前を、ここまで運んできてやった甲斐があったぜ」
ガイガンがあざけり混じりに笑う。
「ふん。私たちの役に立ててよかったわね、立派な最期よ」
イアーナの冷ややかな声が、鋭く突き刺さる。
「……」
ミントは小さく肩を震わせていた。
けれど視線を逸らしたまま、何も言わなかった。
「じゃあな、雑用係!」
「ぐっ……!」
ドン、と背中を突き飛ばされ、僕は茂みの外へ転がり出る。
土の匂いと痛みが鼻を刺し、慌てて顔を上げた。
見えたのは、全速力で遠ざかっていく四人の背中。
僕は置き去りにされたのだ。
最後に名前すら呼ばれずに。
「あ……ああ……」
声にならない吐息が漏れる。
十歳の才覚儀式で授けられた僕の才能は『雑用』。
一応、珍しい才能ではあったみたいだけど、幼馴染たちの才能が輝かしすぎて霞んでしまった。
それ以来ずっと、荷物持ち、補給管理、武具の整備……裏方を一手に引き受けてきた。
僕なりに全力で、パーティを支えてきたつもりだった。
それが仲間であり、友達であり、家族であると思っていた。
でも彼らにとって、僕はただの荷物でしかなかったんだ。
「……そっか」
ぽつりと呟く。
怒りよりも、胸の奥が空洞になっていく感覚。
仲間だと思っていた人たちに、こんなふうに見捨てられる。
僕の生き方なんて、その程度の価値しかなかったのか。
しかし、死ねと言われて、素直に死ねるわけがなかった。
初陣が魔族の精鋭相手だなんて、無謀にもほどがあるけれど。
「絶対に、生き延びてやる……!」
ギリ、と柄を握る手に力を込める。
僕は剣を抜いた。
いつもは荷物の一部として背負っていただけの、平凡な鉄の剣。
けれど、握り締めた感触は今までとはまるで違っていた。
「く、来るならこい……!」
前方を見ると、束になった魔族兵たちが唸り声を上げて迫ってくる。
牙を剥き、槍を突き出し、魔法陣を幾重も展開している。
僕は深く息を吸い込み、腰を落とした。
瞬間、視界が澄んだ。
敵の動きが分かる。
足音、呼吸、武器の重さ。
全部が手に取るように見えてくる。
「うわあああああああッ!」
僕はただ一心不乱に、がむしゃらに剣を振りぬいた。
――バキィン!
その攻撃を防ごうとした槍ごと叩き折り、魔族兵の体が宙を舞う。
魔族たちがざわつく。
「な、なんだこいつは……!」
「ただの人間じゃないのか!?」
僕は足を止めなかった。
補給のために地形を見続けて来た眼が、戦場を俯瞰させる。
戦略のために魔族の情報を蓄えた脳が、敵の動きを読ませる。
どこから来るか、誰が動くか、予測が自然に浮かぶ。
そして武具整備で培った知識が、敵の装備の弱点を突かせる。
『雑用』として積み重ねてきた全てが、戦いに直結していく。
「まだまだ……! 絶対に、こんなとこで死ぬもんか……!」
剣を振るい、拳を叩き込み、叫び声を踏み越えて突き進む。
魔族兵は次々と倒れていった。
けれど、多勢に無勢だった。
汗が目に入り、視界が霞む。
腕は重く、膝が笑う。
囲む数は減っていない。
むしろ増えていた。
そのことに気が付いた時、剣が滑り、僕は地面に倒れ込んだ。
「ハァ……ハァ……!」
肩で息をしながら、眼前に立つ敵を見上げる。
魔族兵の槍先が並び、僕の顔面へ突き下ろされようとしていた。
……ここまでか。
その時だった。
「――待て」
低く響いた一言が、戦場全体を凍りつかせた。
魔族兵たちは一斉に槍を止め、その場で硬直する。
次の瞬間には全員が地に膝をつき、深々と頭を垂れていた。
「ま、魔王様……っ!?」
「ど、どうして直々に……!」
ざわめく声が広がり、陣形が自然と割れていく。
その奥から現れたのは、一人の男。
漆黒の長衣を纏い、頭上には炎のように揺らめく二本の角。
深紅の瞳は暗闇を裂き、見る者の魂を射抜く。
圧倒的な魔力が大気を震わせ、息を吸うだけで肺が焼ける錯覚を覚えた。
この男が、この男こそが。
人間が一生かけても届かない、絶対的な存在。
魔王『オルギス・グランロード』が、そこに立っていた。
彼はゆったりと歩み寄り、血と土にまみれた僕を見下ろす。
そして、口元に笑みを浮かべた。
「やあ、憎き勇者パーティの雑用係くん」
その声は地獄の底のように冷たく、同時に芝居がかった軽さを含んでいた。
「ひとつ、頼みがあるんだ。……君にしかできない、大事な頼みごとさ」
僕は無意識のうちに、ごくりと喉を鳴らしていた。
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