第33話 主神の前で(別視点)
神殿の主伽藍には避難してきた人々が溢れかえり、階段状の座席は不安に震える市民たちで埋め尽くされている。
老人、子供を抱えた母親、商人、職人――誰もが恐怖と祈りの表情で、前方の巨大な主神の目を見上げていた。
主神の目には、外壁周辺の戦闘が映し出されている。
押し寄せるゴブリンの大群。それに立ち向かう冒険者たち。絶望的な数の差に、避難民たちは息を呑んで見守っていた。
孤児院の子供たちも避難民の中にいた。
彼らは職員に引率されて主伽藍の端の席に座り、怯えながら主神の目を見つめている。
「怖いね……」
誰かが震える声で呟く。主神の目には、無数のゴブリンが外壁に押し寄せる光景が映し出されていた。
その時、映像が変わった。
ゴブリンの大群に突っ込んでいく一人の小柄な冒険者が大写しになる。黒と白のナイフを両手に持ち、風を纏いながら超高速で駆け抜ける姿。
「速い!!」
避難民たちのあちこちからどよめきが起こる。
その冒険者の動きは尋常ではなかった。ゴブリンの群れの中を縦横無尽に駆け抜け、襲い来る敵を次々と斬り伏せていく。
時折光る緑色の剣。草が風で舞い上がって回転する様は――まるで緑色の竜巻のように見えた。
「すごい……」
孤児院の子供たちが思わず息を呑む。
「あの冒険者……妙に小さくないか?」
「そういう種族じゃ?……相当戦い慣れてるように見えるぞ」
「背中に目でも付いてんのか?囲まれても全く苦にしてない…」
周囲の大人たちが興奮する中、映像がさらにその冒険者に寄っていく。
風で脱ぎ捨てたローブが舞い上がり、顔が露わになった瞬間――
「あれ……」
孤児院の子供の一人が小さく声を上げた。
茶色のボブカット。青い目。華奢な体つき。
「ミオル……?」
別の子供も目を見開く。
映像には他の冒険者たちも映り込んでいた。後方で魔法を放つ赤髪の少年――いや、少女。ショートカットだが、見覚えのある顔立ち。
「あっちはルシェル……だよね?」
また別の子供が震える声で確認する。
子供たちは信じられない思いで主神の目を見つめた。
あの二人は孤児院にいないと思っていた。外出していると言われていたが、何であんな戦場に――
「嘘……
誰かが呟く。その声には驚きと、何か複雑な感情が混じっていた。
放棄民。祝福を受けられなかった異端者。
孤児院では恐れられて、遠ざけられていた存在。
それでも――祝福を持つ自分たちの方が上だと、心のどこかで思っていた。
なのに今、その二人が街を守るために戦っている。
祝福を持つ自分たちは、ここで怯えているだけなのに。
「ずるい……」
小さな声が漏れた。
「なんで放棄民のくせに……」
別の子供が唇を噛む。
羨望。嫉妬。劣等感。でも――
「がんばれ……」
誰かが小さく呟いた。複雑な表情で。
認めたくない。でも、あの二人が今、確かに街を守っている。
自分たちにはできないことを、やっている。
「ミオル、ルシェル……」
子供たちの祈りとも
◇
その様子を、少し離れた場所から院長が見ていた。
院長は職員と子供たちを引率して神殿に避難してきていた。主伽藍の端の席に座り、職員に子供たちの世話を任せながら、主神の目を眺めている。
子供たちの反応に気づいた院長は、主神の目を見上げた。
そこに映っているのは――
(まさか……あれは……)
院長の動きが止まった。
主神の目に映る小柄な冒険者。黒と白のナイフを振るう姿。
間違いない。あれはミオルだ。
院長はじっと主神の目を凝視する。後方でルシェルが魔法を放っている。
しばらく主神の目には、ミオルが外壁を駆け上がる姿が映し出されていた。
避難民たちから歓声と拍手が沸き起こる。
「素晴らしい……実に素晴らしい才能だ」
院長が小さく呟く。その声には興奮と欲望が滲んでいた。
「さて、それでは商談の時間だ」
歩き出す院長の先には、避難したと思われる身なりの良い商人風の男が呆けたように主神の目を眺めていた。
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