第14話 孤児院の子供たち(別視点)
私はヴェラント、この街の神殿守を務めている。
神殿守とは地域の神殿を束ねる大神官の一つ下で、簡単に言うとこの神殿のトップということだ。
長いこと祝福司を務めてきた功績が認められ神殿守となったのは良いが、やるべき仕事が多すぎて忙殺されている毎日。
今日も朝の日課として、全ての伽藍の神に祈りを捧げ、一日の業務に取り掛かる。
神殿守という立場は確かに高位ではあるが、それゆえの責任も重い。
特に最近、私の心を悩ませているのは、神殿に通う子供たちのことだ。
午後になると、今日も三人組の子供たちが神殿にやってきた。
最近、この三人をよく見かけるようになった。
茶色い髪の男の子、赤い髪の女の子、そして水色の髪の小さな女の子。
全く似ていない三人だが、仲良く手を繋いでいる姿は微笑ましい。
いつも同じ時間帯に来て、小伽藍に向かっていく。
神の目を見ているのだろうが、どこか真剣な空気がある。
本人からあの孤児院の子だと聞いた。
街の東側にある孤児院。
表向きは慈善施設だが、実態は子供たちを商品として扱う忌まわしい場所だ。
神殿守という立場にありながら、私はその存在を黙認せざるを得ない。
なぜなら、孤児院は合法的な施設だからだ。
街の治安向上に貢献し、ストリートチルドレンを減らし、税収にも寄与している。
為政者たちにとって、孤児院は必要悪なのだ。
特にあの孤児院は、見目の良い奴隷をブランド化している。
貴族に購入者が多いというのも、私にとっては頭の痛い問題だ。
神殿の運営には貴族たちの寄付も欠かせない。彼らを敵に回すことは、神殿の存続にも関わる。
「神よ、救い給え」
私は小声で祈る。
主神オルデアルの教義は「機会の公平」を説く。全ての人に平等な機会が与えられるべきだと。
しかし、あの子供たちには、自分の人生を選ぶ機会すら与えられていない。
彼らが小伽藍から出て来たとき、私は偶然通りがかった。
扉が開き、三人が姿を現した時違和感を覚えた。
彼らの手には、革製の手甲が握られている。
孤児院の子が手甲?
まさか——神の褒美・・・
「君たち……もしかして」
私の視線が彼らの手の装備に向けられる。
茶色い髪の男の子が、観念したような表情を見せた。
「あの……僕はミオルと言います。こっちはルシェル。少しお話があります」
私は彼らを人気の少ない場所に案内した。
「君たちは……神の試練を受けていたのか?」
「はい」
ミオルと名乗った少年が頷く。私は目を見開いた。
「この年齢で? しかも二人共?」
「はい。僕たちには事情があって……」
彼は簡単に説明した。孤児院での立場、自分たちでお金を稼ぐ必要があること、そのために神の試練を受けており力を付けたいこと。
私は黙って聞いていた。そして、彼の話が終わると深くため息をついた。
「なるほど……それで君たちはこんなに幼いのに、神の試練に挑めるほど鍛えたのか…」
神の試練を受けられるということは、それだけの才能があるということだ。
特にこの年齢で、しかも二人同時にというのは前代未聞だ。
もしかすると、彼らは自分たちで状況を変えられるかもしれない。
しかし・・・見ているだけでよいのか?
このような子供たちが自分の境遇に抗おうとしているのに、神に仕える私が。
そんな人間は神職として、いや真っ当な大人としてすら認められるだろうか?
「実は、お願いがあります」
ミオルが勇気を出したように言った。
「装備を神殿に保管していただけないでしょうか。孤児院に持ち帰ると問題になってしまいます。後で必ず対価は払いますので」
なるほど、確かにその通りだ。孤児院で神の褒美を持っているのが知られれば、大問題になるだろう。
下手をすれば全てを取り上げられるかもしれない。あそこはそういう場所だ。
私はすぐに決断した。
「分かった。神殿の倉庫に保管しよう。対価も不要だ」
「え?」
ミオルが驚いたような顔をした。
「君たちのような才能ある子供たちが、環境のせいで可能性を閉ざされるのは、オルデアル神の御心に反する」
私は優しく微笑んだ。
「私はヴェラントという。君たちの力になろう」
「ありがとうございます!」
三人が深く頭を下げた。小さなメルナも一緒に頭を下げている。
「ただし、条件がある。無謀な挑戦はしないこと。死んでしまっては意味がない」
ミオルとルシェルが深く頷いた。
そして、最も重要なことは、彼らの情報を外部に漏らさないことだ。
孤児院が彼らの実力を知れば、確実に対策を取るだろう。
監視を強化し、外出を制限し、場合によっては早期に売却するかもしれない。
もしくはその才能を使って稼がせ、上がりを搾取する可能性もある。
彼らは手を繋いで帰っていった。
彼らを見送った後、私は一人で考え込んだ。
神殿として特別扱いをしていると思われてはいけない。あくまで公平だが彼らに利のある方法は何か無いか・・・。
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翌日の朝、私は職員たちに通達を出した。
表向きは「未成年の信仰心向上のため」という理由で、子供の参拝者への配慮を強化するように、と。
実際には、ミオルたちが神殿を利用しやすくするための措置だった。
重いものを持てない子供たちの荷物を預かってやる。
神の褒美の買い取りに色を付けてやる。
お金の預かりをやって上げる等。
これらは普通の12歳以下では荷物も神の褒美もお金も持っていないためほとんど意味が無い、しかし彼らならば有効に利用してくれるだろう。
ただ、私にできることには限界がある。
神殿守という立場でも、社会の仕組みを変えることはできない。
孤児院を潰すことも、子供たちを全員救うこともできない。
せめて、目の前の三人だけでも。
そう思いながら、私は毎日彼らを見守っている。
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私は朝の日課として、以前とは少し違う祈りを捧げるようになった。
「神よ、主神の目に彼らを映さないでください」
彼らには時間が必要だ。
あの才能はいずれは隠しきれなくなる。しかし、せめて十分な力が付けられるまでは目立たないように。
ただそのために私は祈った。
『諾』
大伽藍を出るとき、どこからか神の声が聞こえてきたような気がした。
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