僕は自分が見えている

つづやま

第一章 孤児院からの脱出

プロローグ 最初の記憶

一番古い記憶はいつだろうか?

僕はその正確な瞬間を今でも覚えている。

3歳の祝福の儀、神殿の冷たい石の床に膝をつき、祝福司の女性の手が僕の額に触れた、まさにその時だった。


「神よ、この子に祝福を」


厳かな声が響く。お香の甘い匂いが鼻をくすぐる。周囲には孤児院の院長と、同い年の子供、何人かの大人たち。大人はみんな期待に満ちた目で僕を見つめていた。


祝福司の手から温かい何かが流れ込んできた。それは僕の中で広がり、そして——


突然、僕の中にが生まれた。


いや、正確には違う。僕は僕のままだ。ただ、自分の思考を、感情を、まるで他人のそれを観察するように冷静に見つめる存在が、僕の内側に現れた。


面白い。今、僕は緊張している。心臓が早鐘を打ち、手のひらには汗が滲んでいる。でも同時に、その緊張を客観的に観察している自分もいる。なぜ緊張しているのか、それが生理的にどういう反応なのか、全てが手に取るように分かる。


「祝福は……」


祝福司が困惑したような顔で僕を見下ろす。何度か確認するように手を動かし、首を傾げた。


「客観視、ですね」


大人たちが顔を見合わせる。「客観視?」「なにその祝福?」という困惑の声が漏れる。


「客観視って、何ができるのかね?」


院長が訊ねる。


「えーと、その……ミオルくん、何か変わった感じはする?」


祝福司が僕に向かって問いかける。


「うん」


僕は素直に頷いた。


「どんな感じ?」


「えっと……」僕は言葉を探した。「あたまのなかに、もうひとりいる」


「もう一人?」


「うん。ぼくをみてる、もうひとりのぼく」


大人たちが顔を見合わせる。


「それで、何ができるの?」祝福司が続けて聞く。


「わかんない」


正直な答えだった。


「そうか……」祝福司が苦笑いを浮かべた。「つまり、物事を客観的に見られるようになる祝福ですね」


「客観的に見れるだけ?」


「そんなの誰でもできないか?」


か・・・」


大人たちの落胆した声が響く。期待に満ちていた表情が、一瞬で同情と失望に変わった。

院長も一瞬、舌打ちしそうな顔をしてから、すぐに優しい笑顔を作った。


「まあ、大人になったら役に立つかもしれませんね」


祝福司の慰めの言葉も、空しく響いた。


「ええ、そうですね」


院長が優しく微笑む。でも内側のもう一人の僕は、なんだか嫌な感じがしていた。理由は分からない。でも、あの笑顔が本当じゃないような気がする。


「ミオル」


院長が僕の頭を撫でた。その手つきは優しげだが、温もりは感じなかった。


「どんな祝福でも、神様からの贈り物です。大切にしなさい」


「はい」


「それに、ミオルはをしているから、きっと素敵な引き取り手が見つかるだろう」


院長の言葉に、周りの大人たちが意味ありげな視線を交わす。内側のもう一人の僕が警告する。この言葉の裏には、別の意味がある。


神殿を出て、孤児院への帰り道。秋の風が冷たい。


「ミオルの祝福、ちょっと地味だったわね」


一緒に来ていた年上の子が言った。


「でも院長先生、ミオルのこと気に入ってるみたいよ。顔がかわいいから、って」


「そうなの?」


「うん。でも、大きくなったら、みんな違うところに行っていなくなるの」


年上の子の言葉の意味は分からない。でも、内側のもう一人の僕は不吉な予感を覚えていた。


その夜、孤児院のベッドで天井を見つめた。


内側のもう一人の僕が、状況を整理している。孤児院、3歳、外れ祝福、でも「かわいい顔」。居なくなる子供。


嫌な予感がする。でも3歳の僕に、何ができるだろう。

とりあえず、生きることだ。そして、この祝福の使い方を見つけること。

自分の体の動きが、不思議なくらいよく分かる。手を動かすと、その動きが頭の中で見える。鏡よりもはっきりと。

これを使えば、きっと。


院長の舌打ちしそうな顔を思い出す。あの男は・・・。


考えたくない。でも、考えなければいけない。


それが僕の最初の記憶。

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