路上のハーモニカ

残業帰り、いつもの道を歩いていると、路地の暗がりから音がした。

ハーモニカの音色。少し外れているのに、不思議と心地よい。


立ち止まると、街灯の下に作業着姿の男がいた。

ベンチに腰をかけ、真剣な顔で吹いている。


「……練習ですか?」

思わず声をかけると、男は肩をすくめた。

「いや、残業のガス抜き。タバコより安い」

「でも音、だいぶ外れてますよ」

「外れてるから、ストレスも外れるんです」

「そんな理屈ある?」

「あります。今できました」


思わず吹き出してしまった。

男は得意げにもう一曲、へたくそなメロディを奏でる。


「ほら、笑ったでしょ」

「……笑うしかないです」

「それでいいんです。帰り道は笑って終わらないと」


ビルの影に溶けていくハーモニカの音が、夜風と混じってやけに心に残った。


家に着くころには、今日の疲れが少し軽くなっていた。

音程は外れていたのに、不思議と調子は合っていた。

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