終電の車内

終電に揺られ、吊り革につかまったままぼんやりしていた。

座席はほとんど埋まっているけれど、車内は静かで、みんな疲れ切った顔をしている。


隣で立っていた青年が、突然声をかけてきた。

「寝過ごしたら、どこまで行くと思います?」

「……いや、知らないけど」

「この路線、終点は海の近くですよ。寝過ごしたら夜明けの港に放り出されます」

「観光案内みたいに言うなよ」


青年は真顔でうなずいた。

「だから僕は毎晩、この電車で“寝過ごし体験”するかどうか迷うんです」

「やめとけ、社会人は終点で目覚めたら終わりだぞ」

「でも、終点で朝日が見られたら、ちょっと勝ちじゃないですか?」

「……勝ち負けの基準がゆるすぎる」


私は思わず笑ってしまった。

青年もつられて笑う。車内の重苦しい空気が、少しだけ軽くなった気がした。


「じゃ、今夜はセーフにしておきます」

青年は次の駅で降りていった。

振り返って軽く手を振る姿が、妙に印象に残る。


電車はまた静かになった。

けれど胸の奥には、港の朝日のイメージがほんのり残っていた。

明日も起きられるだろう。そう思えるくらいには。

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