コトダマのルール

それから何日も、この力を試して遊んでいるが、この力はほぼ絶対だった。


 葵と一緒にこの力を実験するのは、なんだか悪いことをしているようで、楽しかった。

 毎日、遊ぶたびに新たな発見があるため、圭はそれをノートにまとめることにしていた。




・大抵のことは全てできる。

(ただし、死者の復活や、空を飛ぶことなど、確実にありえないことはできない)


・言い切りの形でしか発動しない。

(『雨よ降れ』と言っても発動せず、『雨が降る』と言わなければならない)


・細かい条件指定ができる。

(『1分後に雨が降る』と言えば、きっかり1分後に雨が降る)


・言葉の上書きはできない。

(『5分後に雨が降る』と言って、5分経たないうちに、『今すぐ雨が降る』と言っても無効。5分後に雨が降ることしか起きない)


・人(生物すべてを含む)に使うこともできる。


・力の強化はできない

(『この力によって、空を飛ぶことなど、その他不可能だったあらゆることができるようになる』と言っても、力の強さは変わらず、空は飛べないし、死者を復活させることもできない)






 まとめられたノートを見て、圭と葵は興奮しきっていた。自分たちがゲームの主人公になれた気分だった。

 圭たちはこの力を「コトダマの力」と名付けた。


 コトダマの力は、使い方を誤ると人を傷つけることになる。

 実験をするたびに、そのことを2人は確信していた。そのため、これはあくまで遊び道具であって、普段使わないことを約束した。人に使うのもできるだけやめよう、とも。


 また、葵はこんなことも言った。

「圭がもし、この力に疲れたら、コトダマの力で、消しちゃえば良いんじゃない?」


 力の強化はできないから、力を消したりすることもできないのではないか、とぼんやりと圭は考えた。まぁ、できなくても、そこら辺の鳥にでも力を移せばいいか、とも思った。

 ただ、そんなことはしないだろう。圭はこの力が好きだから。


 


 小学校を卒業し、中学生時代も、圭と葵は一緒だった。年齢を重ねるにつれて、2人も大人になっていき、コトダマの力を使うことは少なくなっていった。

 葵以外の親しい友人はできなかったが、それでも圭は、葵が側にいてくれるだけで十分だった。

 コトダマの力の秘密は2人の絆をより一層強くしてくれたみたいだ。



 

 2人はついに、高校生になり、もともと内気で無口な性格の圭は、クラスに馴染めず、その性格を悪化させていた。それでも、圭は幸せだった。

 同じ高校に通っている葵が一緒に登下校してくれるからだ。


 「最近、コトダマは使ってる?」


 高校生になり、さらに美人になった葵と一緒にいられるのは誇らしいと同時に、照れくさくもあった。


 ある男子が「村瀬葵さんってめっちゃ可愛くね?」と、話しているのを聞いたことがある。早くも、学校の人気上位みたいだ。

 「う、ううん」

 嘘をついているわけじゃないが、恥ずかしくて、うまく返答できなかった。


 「最近はずっと、使っていないよ。使う機会があんまりないんだよね」


 圭は小声で返答を付け加える。

 圭は断定をする言い方を避けていた。

 あんまり、などは多用しているし、なんだよね、と語尾につけるだけで、力の発動は避けられた。


 中学生時代に、意図せず力が発動してしまったことがあり、大変な目にあった。幸い、大事には至らなかったが、それから言葉を発するときは注意しているのだ。ただ、そもそも圭は、はい、いいえ、以外で、ほとんど他人と会話しない。

 話しかけてくれる人なんて、葵以外にはいないのだから。

 「そっか。まぁ、使わないなら、使わないのもいいよね!」

 こんなことでも、葵は笑って答えてくれる。いつも笑顔な葵を横目に、同じ方向を歩く圭は幸せだった。


 

 六月に入り、雨が多くなる季節になった。

 圭が朝早く、学校に行き、机の引き出しから、数学の教科書を取り出すと、教科書の表紙がなくなっていた。


 ビリビリに剥がされていた。


 数学の教科書だけでなく、机の引き出しに入れていた教科書全部、何かしら誰かにいじられた痕があった。


 圭の額に冷や汗が流れる。

 周りを見回しても、数人が固まって話しているだけで、こちらを気にする素振りはない。 窓の外で激しく降る雨は、不吉を予感していた。

 その時、突然後ろから叩かれた。背中をバンッと。鈍い音が教室に響く。友達との絡みでは絶対に聞かないような、大きい音が鳴った。数人のクラスメイトは、振り返ってこちらを見るが、すぐにそっぽを向いてしまう。


 「どーしたのー?圭クーン。その教科書、ダイジョブ?」


 振り返ると、クラスの男子がいた。

 名前は鬼沢おにざわ。圭は、入学当初から彼のことが苦手だった。関係を持たないようにしようと、心に決めていた。


 「う、うん。自分で破いちゃって」

 圭は咄嗟に嘘をつく。

 「ヘェー?そーなんダー?かわいそうだネー?」


 鬼沢の後ろで、見知らぬ男子たちがコソコソとこちらを見て、笑っている。

 圭はコイツらがやったのだ、と確信した。ただ、それを聞く気力も、勇気もあるはずはなかった。


 「別に大丈夫だよ」

 「語尾に『ヨ』つけすぎて、気持ち悪いから、やめなヨー?圭くんヨー?」


 鬼沢の声はざらついたヤスリのような声で、近くで話されるだけで不愉快だった。

 自分の話し方に、違和感を持つ人がいるのは当然かもしれない。ただ、気持ち悪いと言われることはないはずだ。鬼沢にそれを言われることは、妙に不快だ。でも、何もできない。ただ、圭はもどかしかった。


 思わず、立ち上がって、教室から小走りで出ていき、トイレに逃げ込んだ。

 遠くからの鬼沢たちの笑い声が、かすかに聞こえた。






 その日以来、鬼沢たちからの圭への嫌がらせは毎日のように続いた。


 バレにくい陰湿な嫌がらせ。


 いじめに気づいている人の中で、手を差し伸べてくれる人はいなかった。

 この辛い日々の中、学校に行けたのは、やはり葵がいたからである。

 違うクラスのため、葵は圭がいじめられていることを知らない様子だったが、毎日一緒に帰ってくれた。葵の声を聞くだけで、心が満たされた。

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