転
それから数年が経ち、私と四人の同期も四年で大学を無事卒業し、それぞれの道を歩んで行った。
私は、とある企業に就職し、大学と同じ県内のマンションから通っていた。
同じ部屋にはE代も居る。
私とE代は結婚を前提に同棲をしていて、E代は近所のドラッグストアでアルバイトをしていた。
みな別々にだが、映画サークルの仲間がウチに遊びに来てくれた事があった。
五月のある日のこと
19時頃、帰宅してE代が用意してくれた夕飯を共に食べ
20時頃、お風呂に入り
21時頃、小腹がすいたのでE代と近所のコンビニで買い物をして帰宅し、翌日の土曜は私は仕事が休みで、E代はドラッグストアに9時出勤なので、ダラダラとお菓子などを食べながらテレビを見て
23時頃、ボチボチ寝ようとしていると
カァー、カァー
と外でカラスの鳴く声がした。
「あれ?こんな時間にカラスが鳴くの珍しいわねぇ」
「そうだな、なんか気味悪いな、早く寝ようぜ」
二人はベッドに潜り込んだ。
私は疲れていた事もあって直ぐに眠りに落ちた。
しばらくすると身体を揺すられている事に気が付いた
「ちょっと!ちょっと!」
E代の囁く声だ。
私は寝ぼけ頭で
「ん? どうした?」
「テッ、テルテル坊主! 一つ目の大きなテルテル坊主が!」
「え? どこに?」
「ベッドの横に!」
「えっ!?」
消灯した薄暗い部屋には、線香の匂いが漂っていた。
私はその匂いで〇〇ダムの怪異の記憶がホラー映画のダイジェストのように蘇り、恐怖で意識がハッキリと目覚めて上半身を起こした。
一つ目のテルテル坊主の姿は私には見えない。
「今も居るのか?!」
E代に声をひそめて聞くと
「いっ、いるいる、そっ、そこに」
私にピタッリ寄り添い、雨に濡れた子犬のように身体をブルブル震わせながら、震える手で指差した。
やはり私には何も見えないが、するはずのない線香の匂いで、そこに居るだろうという事は理解できた。
「キャー!!」
悲鳴と共にE代の震えが止まった。
「おい!!E代!!」
ラベンダーの匂いを嗅いだ、時をかける少女の芳山和子ように、E代は気を失っていた。
霊が見える恐怖も辛いと思うが、霊が居るのがわかっているのに見えない恐怖も、なかなか辛いものだ。
取り残された私は、咄嗟に震える両手を必死に合わせて
「南無阿弥陀仏、何妙法蓮華経、南無阿弥陀仏、何妙法蓮華経…… 」
と、かろうじて知っているお経を、繰り返し繰り返し、目を瞑って一心不乱に唱えた。
暫くすると線香の匂いがしなくなり、そのあとは記憶がない。
目が覚めると部屋は明るくなっていた。
隣にE代の姿はなかった。
壁掛け時計を見ると7時過ぎ。
あっ仕事!と思ったが、よく考えると今日は土曜で私は仕事が休みだった。
玄関のドアが開く音がした。
E代が部屋に入ってきて、ハッと昨日の出来事を思い出した。
「E代!大丈夫か?」
「うん、あなたは?」
「うん、どうやら大丈夫みたいだな。しかし本当に一つ目のテルテル坊主が出たのか?」
「うん」
「何もされなかったか?」
「うん、でもその一つ目のテルテル坊主の中から、青白い手が出てきて、両手で首に巻かれた縄を外して、白い衣を脱いだの」
「脱いだ? 中を見たのか?」
E代は黙って、コクッと頷き
「長い髪の女性のような姿なんだけど、青白い顔と身体には、切り傷のようなモノがいっぱいあって、それが一斉に開いて、沢山の目が、こっちをギロッて」
声を震わせながら伝えてくれた。
「なんなんだよ、そのバケモンは…… 中身はウインク女じゃないのかよ」
「アレは、目のほうよ」
「えっ?!」
「人の形はしてたけど、アレはササゲモンになった娘さんたちの、くり抜かれた目玉の集合体よ」
私はゾッとして、言葉を失った。
霊感のあるE代が言うのだから、妙に納得した。
あらためて自分は見えないタイプで良かったと思った。
E代は手に白い何か提げていた。
よく見ると首に赤い毛糸が巻かれた一つ目のテルテル坊主だった。
そう、E代のお祖母さんから聞かされた、ササゲモンの代わりに軒先に吊るされたという、それだった。
「それ、どうした!?」
「ゴミを出して帰ってきたら、玄関のドアノブに吊るされてた」
「えっ、そんなもん誰が吊るしたんだ?」
「わからないけど、コレのせいで昨日の一つ目の大きなテルテル坊主が現れたんだと思う。なんか嫌なオーラが出てるし…… 」
そこで私の頭に浮かんだのが、E代のお祖母さんからササゲモンの話を聞かされた、映画サークルの仲間だった。
「まさか、アイツらの中の誰かのイタズラじゃないだろな? ササゲモンのこと知ってて、ウチの場所知ってるのアイツらだけだろ?」
「えっ、誰よ?」
「わからん、取り敢えず、みんなに連絡取ってみるか、アイツらの所にも吊るされてるかもしれないし」
「そ、そうね、コレ、なんか重たいんだけど、中に何か入ってるのかな?」
私は一つ目のテルテル坊主の赤い毛糸の部分をE代から受け取って上下に揺らした。
確かに少し重い
頭が重いのか傾いて逆さまになっている。
「ちょっと開けてみるか」
私は食卓の上で恐る恐るテルテル坊主の首に巻かれた赤い毛糸をほどいて、中身を確認した。
「うわっ!なんだこれ?!」
開けてみると、何か生ゴミが腐ったような、すえた臭いが漂ってきて、私は思わず息を止めた。
中にはネズミの頭部と、爪切りで切ったような爪が数個、そして髪の毛を巻いて指輪ほどの輪っかにしたものが入っていた。
「イヤー!!」
E代は鼻と口を両手で覆って後ずさった。
「なんだよこれ?!気持ち悪りぃー!どうしよう?!とりあえず…… 」
私は台所にあったビニール袋にそれを入れて、口を縛って換気扇を回した。
「カラスが鳴いてたのも、コレのせいかもな。って事は……昨日の夜に吊るされたのか?」
「たぶん、そうね…… 」
E代が不安な表情で答えた。
まだ朝早かったが不安が治まらないので、まずはB夫のケイタイに電話してみた。
「おっ、どうした? こんな早くに」
「今、大丈夫か?」
「今、職場に向かってる所なんだけど」
「そっか……悪いけど、ちょっと聞きたい事あるんだけど」
「ん? なんだ?」
「E代のお祖母さんから聞いたササゲモンの話、憶えてるか?」
「ああ、憶えてるよ、一つ目のテルテル坊主の話な」
「そのテルテル坊主が今朝、ウチの玄関のドアノブに掛けてあったんだよ、中に誰かの爪と髪の毛とネズミの頭が入っててな」
「えっ?マジかよ!気持ち悪りぃー、誰がそんなことを」
「いや、誰がやったのか、わからないんだけど気味悪くてな〜」
「おい、ひょっとしてオレを疑ってんじゃねーだろな?」
そういうところには敏感なB夫。
「いやいや、取り敢えずE代のお祖母さんからササゲモンの話を聞いたメンバーに電話してみたんだけどな。お前んちには、一つ目のテルテル坊主なかったか?」
「いや、気付かなかったけど、家帰ったら見てみるわ」
「悪いな忙しいところ」
「いいけど、オレじゃねーからな!」
「いや悪かったな、また連絡するわ」
と電話を切るとE代が
「この長い髪の毛は女性のよね?」
「だよな、C美とD子に連絡取ってみて」
「うっ、うん」
E代はケイタイを操作して耳にあてた。
しばらくして
「C美、出ないわね〜、じゃ次、D子のケイタイに電話してみる」
C美なのかD子なのか、それとも……
「あっD子? わたし、E代、今、大丈夫? あっそうなの、ううん、いいの悪いから、また電話するね、じゃあね」
と用件を話さず電話を切った。
「D子どうした?」
「友達と旅行中だって。後ろでキャッキャッ楽しそうな声がしてて、嫌な話するの悪いから…… 」
「そうだな、じゃ、あとはC美か」
いやでもC美への疑念が湧き上がる。
E代はドラッグストアへの出勤時間が迫って来ていたので、C美へはE代が帰宅してから再度、電話する事にした。
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