私たちは、どうにかこうにかダムを後にする事ができた。


それぞれ呼吸が落ち着いてくると


「何が守ってやるよ!レディをほったらかして!B夫サイテー!」


C美は、いち早く逃げたB夫に怒りをぶつけた。


「クマの追い払い方は知ってるけど、幽霊の追い払い方は知らねぇんだよ!」


ハンドルを握りながら逆ギレするB夫。


「まぁいいじゃん、結局ビリだったんだし」


D子がC美をなだめて


「まったくあの縄、なんなのよねー」


「えっ? あの縄って?」


B夫が聞くと


「アンタは一目散に逃げたから知らないのよ!教えない!」


C美がまた怒り出した。


取り敢えず、縄で首を吊られて体調を崩したE代を先に、家に送り届けようという事になった。


E代は大学へ実家から通っていたが、他の四人は全員、学校近くの寮やマンションに住んでいた。 


E代の実家も、さほど大学からは遠くない。


E代の家が見えてきた。

時刻は午後3時頃で、まだまだ外は明るかった。

E代も元気を取り戻していた。


家の前を中年女性が、ほうきで掃いていた。

E代のお母さんだ。


私たちはE代の家の前まで来ると、クルマの窓を開け、中からE代のお母さんに挨拶をした。


「こんにちは」


「あら、こんにちは、お友達?」


娘に気付いたE代のお母さん


「うん、同じ映画サークルの」


「あっそう、良かったらお茶でも飲んで行って下さい」


「じゃ、お言葉に甘えて」


即答するB夫。


スカイラインをE代宅の空いていた車庫に入れさせてもらって、四人はE代の家にお邪魔した。


応接間に通されると、グレイヘアに銀縁メガネのE代のお祖母さんが、昔、銭湯で見かけたような古いタイプのマッサージチェアに座って雑誌を見ていた。


「こんにちは」  


私たちはE代のお祖母さんに挨拶をした。


「こんにちは」


にこやかに挨拶を返してくれた。


クーラーの効いた部屋のソファーに座り、麦茶とお菓子を頂いた。 


暑い中、猛ダッシュして喉が渇いていたので、冷たい麦茶がとても美味しかった。


「今日は、どこへ行ってたんだい?」


お祖母さんがE代に聞いた。

E代はすぐに答えない。


「あ、お祖母様、ちょっと〇〇ダムへハイキングに」


B夫に似合わない「お祖母様」という言葉にクスッとなったが、E代のお祖母さんの表情が、にわかに曇り、E代のお母さんは目を見開き、驚きの表情に変わった。


「あれだけ行っちゃいかんと言ったじゃろ!」


お祖母さんは声を荒げ、E代を叱りつけた。


和んでいた空気が一気にピリついて、お菓子をモグモグと食べていたC美とD子の口の動きが止まった。


「お祖母様、E代さんは悪くないんです!行こうって言ったのA太です!E代さんは無理矢理、着いてきただけなんです!」


予期せぬB夫からの凶弾に、私はマトリックスのネオのように仰け反りそうになった。

E代を庇おうとするのはいいが私を犠牲にするとは……汗

確かに行こうって言ってしまったのは私だったが、煽ったのはB夫であって…… 汗


「どうして行っちゃダメなんですか?」


B夫が無神経に聞く。


E代のお祖母さんは、ふぅーと深い溜め息をついて語り始めた。


「E代には小さい頃から近づかんように言っておったが、詳しい話はした事がなかったな。今からする話は誰にも言っちゃならんぞ!あんたらもな!」

 

私たちは黙って頷くと


「返事は!」


「はっ、はい!」


E代のお祖母さんの迫力に圧倒された私たちは、フルメタル・ジャケットの訓練生のように元気よく返事をした。

 

「ウチのご先祖さんは元々、あそこに住んでおったんじゃ、ダムの底になった〇〇村に」


「うん、知ってた、だから行ってみたかった」


E代は泣きそうな顔で言った。


「あそこは昔、谷になってて川が流れておってな、梅雨の時期には川の氾濫に悩まされていたそうじゃ。


そこで水の神様である龍神様にササゲモンを捧げて、水害避けを祈願したんじゃ。ササゲモンというのは人身御供(ひとみごくう)のことじゃ」


「人身御供?」


B夫は知らなかったので


「生け贄の事だよ」 


と私は教えた。


「そうじゃ、生け贄の風習があったんじゃ、毎年、九十九夜(くじゅうくや)に、」


「九十九夜?」


B夫は思った事をすぐ口にするタイプだ。


「年によって前後するが五月の十三日頃じゃな、五月二日頃の八十八夜から十一日後の九十九夜じゃ。九十九夜の四日前の五月九日頃に娘のいる親たちが社務所に寄り合ってな、その年のササゲモンを決めるんじゃ。


決め方は矢筒に入った矢を順番に引いて、赤い矢尻の矢を引いた家族の娘がササゲモンになるんじゃ」


そこでB夫が


「十代の娘が多い家はどうなるんですか?」


「十代の娘が多い家は、一番年長がササゲモンになるのじゃ。


ササゲモンに選ばれた娘は、次の日から飯も食わせてもらえず、麻酔効果のある線香の原料を煎じたものに、ガマの油を混ぜたものを三日三晩、飲まされる。


龍神様が隻眼(せきがん)の娘を好んだという言い伝えから、」


「せきがんって何ですか?」 


B夫が聞いた。


「一つ目の事じゃ、一つ目小僧の一つ目じゃ。意識が朦朧(もうろう)とした娘の左目を村医者がくり抜いて、裸にして、首から下を白い木綿の布でマントのように覆って、四日目の九十九夜に龍神様の横にある神木の太い枝に縄で吊るして、生け贄として捧げられたそうじゃ」


縄?

私はE代を吊り上げた縄を思い出し、向かいに座るC美やD子と顔を見合わせた。E代はお祖母さんの顔を真っ直ぐ見て話を聞いている。


「くり抜かれた目はどうするんですか?」


質問役のB夫。 

私たちは黙って聞くばかり。


「木箱に入れて、娘の形見として親が受け取ったそうじゃ。


縄で首を吊られた娘は、上に引っ張り上げられるまでに絶命する。


しばらくたって腐ってくると、カラスの大群が寄ってきて、ササゲモンをつっつき始める。そこから〇〇村という名が付けられたそうじゃ。


村では、どの家も線香を作っておったから、常に線香の匂いが集落に漂っておってな、梅雨で湿気が多くなってきても、腐敗臭は気にならなかったそうじゃ」


「こわー! そんな変な村、出て行きゃいいのに」


そんな恐ろしい風習があったとはいえ、E代家のルーツである〇〇村をB夫に変な村呼ばわりされて、E代のお祖母さんが怒り出すんじゃないかと私はハラハラした。


「それが、そうもいかんのじゃ、これまでに娘がササゲモンになった親たちが、朝も昼も夜も交代で監視していたそうじゃ。ほかの家族へは常に厳しい目が向けられててな、抜け駆けは許されんかったそうじゃ。


そんなササゲモンの風習も、時代の流れで止めようという事になった。


その代わりに、白い木綿の布で頭の中に藁(わら)を詰めて縄で縛り、人の大きさほどの大きなテルテル坊主を作って、顔には大きな目を一つ描いて、それをササゲモンに見立ててな、龍神様の横の神木の枝にぶら下げた。さらに家々の軒先にも、一つ目を描いた小さなテルテル坊主をぶら下げて、水害に遭わんよう願ったそうじゃ。


しかしじゃ、それから数日後、夜中に酷い鉄砲水に見舞われてな、村は流されて消えた。生き残った者は誰ひとり居なかったそうじゃ」


「ん? ちょっと待って下さい…… お祖母様、ここ居ますよね? ご先祖さんが消えたなら、お祖母様も存在しない筈じゃ…… ?」


無神経な割に、そういうところには気がつくB夫。

まるで鈍感さと繊細さをあわせもつ、金田一耕助のように。

ちなみに私は石坂浩二の金田一が好き。


「ササゲモンの風習が無くなったら、村のしばりも緩くなってな、ご先祖さんは流される前に村を出ていて、こっちに越してたから助かったんじゃ。


その頃は、そういう家族がけっこういたそうでな。


それから何日か経ってウチに警察が訪ねてきたそうじゃ。


警察が言うには、村人の遺体の多くが発見されたんじゃが、どの遺体も縄のようなもので、首を絞められた跡があったそうでな、鉄砲水で流されたにも関わらず、誰も水を飲んでいなかったと……


つまり流される前に死んでおったんじゃな。


それで流される前に村を出た家族たちが疑われて、警察が聞き込みに来たそうじゃが、みな疑いが晴れて、お縄になるものは、いなかったそうじゃ」


「うまいなぁ」


唐突にB夫が言う。


「何がじゃ?」


「首の縄と、お縄をかけてるんですね!」


私はシャイニングのジャックのように凍りついた。


「これっ!真剣に聞かんか!」


とうとう怒られた。

場違いなことを言うB夫には呆れるばかり。


「どこまで話したかのう?」


「村を出た人が誰もお縄にならなかったってとこまでです、お祖母様」


「ああ、そうじゃったな…… 」


すかさずフォローを入れるB夫。


「生身のササゲモンを止めたから龍神様が怒ったんだろ、と言う者もいたそうじゃが、ワシはササゲモンになった娘たちの祟りじゃないかと思う。


自分たちは村の為に犠牲になったのに、ある年から手軽にテルテル坊主に一つ目を描いたものを、ぶら下げるだけになったという事への怒り。


それに一つ目を描いたテルテル坊主という姿に対して、自分たちをバカにしているのか!という怒りで、村人たちはやられたんじゃないかとな。


怨念が籠ったあのダムに縁があり、霊が見えるE代が行ったらどうなることやら…… まぁ無事に帰って来れてよかったが、もう近寄るでないぞ!」


お祖母さんの強い言葉にE代は黙って頷いた。


〇〇ダムでの怪異といい、そんなおぞましい因習があったE代家発祥の地へ、肝試し感覚で気軽に行った事を私は後悔した。


「そっか〜、アレはウインクしてるんじゃなくて、目を取られて片目を瞑ってたんだな〜」


B夫が言った。


「ササゲモンの娘を見たのか?」


お祖母さんがB夫に訊いた。


「いえ、僕たちには見えなかったんですが、E代さんがダムの水面から顔を出してるって言うから、写真を撮ったら写ってたんですよウインク女、いやササゲモンになった娘さんたちが」 


B夫は首に掛けていたデジカメの画像を確認した。


「あ、やっぱまだ写ってるわ」


「どれ、見せてみ」 


B夫は、お祖母さんの左隣へ行き、デジカメの画像を見せた。


「んー、沢山写っておるな…… 話にしか聞いた事がなかったが、これがササゲモンになった娘たちなのか…… 」


お祖母さんは慄きながらも興味深く画像を凝視していた。


その時、プーンと線香の匂いが漂ってきた。

さっき〇〇ダムで嗅いだ匂いと同じだ。


すると突然、マッサージチェアのモミ玉が


カタカタカタカタッ!


と唸りを上げて、お祖母さんの肩を激しく殴打し始めた。


「あっ、ボタン押しちゃったか?!」


B夫はお祖母さんにデジカメの画像を見せる時、マッサージチェアの側面にあるスイッチを、膝でうっかり押してしまったようだ。


激しく肩を叩かれて声も出せず、口を開けて顔を歪めるお祖母さん。


慌ててスイッチを切ろうとするB夫。


カチッカチッ 


「アレ、止まらないよ!」


宇宙船の自爆装置を解除しようとする、エイリアンのリプリーのように焦るB夫。


私はマッサージチェアに駆け寄り、電源コードを探してコンセントを引き抜いた。


それでもマッサージチェアは止まらない。


「えっ!なんで?このコードで合ってるよな!?」


そこで私は


「B夫!お祖母さんのそっちの手を引っ張って!せーの!」


私とB夫でお祖母さんの両手を引っ張って、マッサージチェアから引き剥がした。


幸いな事に、お祖母さんは大事に至らなかったが、この奇妙な出来事も、ササゲモンになった娘たちの祟りではないかと、私たちは恐怖した。 

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