第7話 横田攻略戦

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「ビンゴ、見事に大爆発が起きたな!」


 メシアがそう声を弾ませると、ソルブスユニットのトラックは横田基地へと走り出す。


「レールガンを遠隔操作で暴発させて、混乱に乗じ、ガーディアン二機を囮に隊長を基地に侵入させて、一場を奪還するか? 俺たち、警察をクビなるんじゃないか?」


 中道がそう言い出すと、浮田が「せめて、警備会社に転職出来たらな?」と俯きだす。


 すると、小野が「五十嵐警部が民間人のふりをして、通信指令室に爆発の件を通報するから、職務にバカ正直な警察官を装って強行突破するわよ!」とまくし立てる。


「何で、五十嵐のオッサンが俺たちに協力するんですか?」


「用があるみたいよ。横田基地に?」


「用って、俺たちの他に横田を襲おうとする連中がいるんですか?」


「さぁね? ただ、ハムの人間が実力部隊の私たちに協力的だとすれば、何かしらの武装勢力が関与していることは考えられるわね? それより?」


 小野は一瞬黙った後に「五十嵐警部は若作りしているんだから、オッサンなんて、言ったら、消されるわよ?」と言った。


「おぉう、さすが、裏の警察」


 中道がそう言うと浮田は「笑えねぇよ」と言った。


 そのようなやり取りをオペレーションルームで行っていると、メシアが「まぁ、当然、向こうは日米地位協定を理由に基地に入れるのを拒むだろうが、そのゴタゴタに乗じて、隊長と俺が基地に侵入できればいい。ガーディアンは囮さ」とだけ言った。


 そう言って、トラックが横田基地のゲートへと向かうと、警備を行っている米兵が小銃を持って、止めに入る。


「何だ? 事件が起きたんだろう! 警察の出番だ!」


 しかし、米兵は英語で叫び、最終的には「Get Out!(出て行け!)」と叫び出した。


「うるせぇ! 日本語で語れい!」


 トラックの運転をする警察官がそう叫ぶ間に高久と島川が降りてガーディアンを装着し、基地へと入ろうとするがそれを米兵が小銃を持って止めに入る。


「何でだ! 何で入らせない!」


「お前ら! 日米地位協定を知らないのか!」


 そう日本語で叫んだのは白人のインテリ風のアメリカ人だった。


「何だ、日本語話せる奴がいるじゃないか?」


 高久がそう言うと小野がトレーラーから降りる。


「・・・・・・小野一佐、久しぶりだな?」


「ティムクルーザー大尉ね? 知日派だから、東京に勤務していることは予測できたことだけど、連絡の一つでもしてくればいいのに?」


 小野がそうティムに目配せすると、メシアが「知り合いか?」と声をかける。


「市ヶ谷勤務の時にちょっとね? 彼はCIAの知日派として有名だったわ。私とは腐れ縁よ」


「あなたは組織に従順な軍人ではないから、俺とは波長が合う。ちなみに俺は今、少佐だ」


 ティムはそう言った後に「付いて来い!」と日本語で叫ぶ。


「いいの? 外国人を基地に入れて?」


「一場亜門を奪還するんだろう?」


「えぇ、そうだけど?」


「事前に俺たちが仕入れた情報でシフォンとあなたたちの上層部の一人がテロリストに武器を与え、基地を襲撃し、一場と新型ソルブスであるドラガを奪取するとの情報が挙がっていた」


 それを聞いた小野は「あの小悪党が! しかも、警察上層部まで関わっているなんて!」と思わず声を漏らしてしまった。


「日米両政府に一場亜門をモルモットにしようとする勢力がいる一方で、最初から消してしまおうとする勢力もいたのは事実だ。奴の出生の秘密やアムシュ計画の実態がバレれば、日米両政府はスキャンダルに揺れる。その両政府にいる一勢力から利益を得るためにピースメーカーに所属する警察関係者とシフォンが悪だくみをしたが、それを察知した比較的高潔な軍の高官は堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりにCIA内部の穏健派に情報を提供し、奴らの襲撃時刻から、装備まで全て網羅して俺たちに動く様に命令したのさ。あなたたちが一場を助けに来ることも把握済みだ。メシアが教えたがね?」


 それを聞いた、小野は「メシア、CIAにも顔が利くのね?」とだけ言った。


「すまんな、隊長」


「アメリカにも古狸が多くいたという事ね?」


 そう言って、メシアを咎めることはせずにシグザウエルP228の安全装置を解除して、基地内へと足を運んだ。


「銃撃戦がすでに始まっている。あなたたちは一場の奪還が目的だが、俺たちはそれと加えてドラガの奪取を阻止しなければならない」


「一場君を守る勢力もいるのね?」


「日本の警察の上層部は一場亜門をモルモットにすることによって、日米安保条約で兵器としての共用を貸しにし、アメリカ政府やレインズ社から便宜を図ってもらう狙いがあったが、奴の存在を消したい勢力とピースメーカーに雇われて、襲撃を仕掛けたテロリスト共は一場を殺すつもりだ。複雑だが、日米両政府には敵味方が混在している」


 それを聞いた、小野は走りながら「ジャイアン大国にも良識がある人々がいるのは安心したわ」と苦笑いを浮かべた。


「アメリカは人権に自由と正義を大切にすると、俺は思っている、それが外国人であったとしてもだ」


 ティムがそう言いながら、走る中で空軍病院内では銃撃戦が行われていた。


 その中ではアメリカ製のソルブス、モスファイターを米兵が装備する形でテロリストグループと銃撃戦を行っていた。


「どうでもいいけど、タメ口はなんとかならない?」


「敬語が出来ない。あとは話が長くなるのが、俺の日本語の欠点だ」


「あぁ、そう・・・・・・相手は何人?」


「五人だ。だが、訓練されている様子でソルブスも装備出来るようだ」


 すると、テロリストと思われる男女がソルブスを装備し、モスファイターに接近戦を仕掛け始めた。


 スイス製ソルブスのテイルだ。


「スイスは中立を装って、外国に兵器を売っていたことが明白ね?」


「中立って言うのはそれだけ胡散臭いことさ。もっとも、この襲撃を仕掛けたのはあの小悪党だがな?」


「奴の狙いはあなたが言った一場君を消すという目標の実現と日本国内の国防意識と米軍基地襲撃を受けて、アメリカ国民の極東防衛の意識を刺激するのが狙いね?」


「奴はレインズ社の極東部長だ。一場を消したい日本の勢力から依頼されたとしてもおかしくない。その上でレインズ社製の装備をあなたの言った通りの狙いで、日本政府や米軍に買わせて、しこたま儲けるつもりだろうな?」


 ティムとそのような会話をしながら、病院内を走るっていると、テロリストが装備するテイルが盾をかざして米兵が装備するモスファイターの銃弾を受けながら、そのまま体当たりをかました。


 そしてナイフでモスファイターの心臓部を差し込み、モスファイターを装備した米兵は絶命した。


「澄子、早くしろ。時間がない」


「ファーストネームで呼ばれるのは久しぶりね? 私が上官だけど?」


「あなたは独身貴族だからな?」


「敬語を習いなさいよ、少佐」


 ティムとおどける仕草を見せていたが、状況は病院内の戦闘へと発展して、地獄絵図というのを絵にかいたような状況になっていた。


 小野はティムと共に病院内を走り続け、亜門の救出へと向かって行った。


 久々に走っていることから口の中が血のような鉄臭い味でいっぱいだった。


 小野は息を切らしながらも、銃弾が飛び交う病院内を走り続けていた。


「小野、お前も運動不足だな?」


 メシアがそう言うと、小野は「私は司令官だから?」とだけ言った。


「司令官であっても軍人であることには変わりないだろう?」


「元ね?」


 走り続ける中、戦闘は徐々に泥沼状態へと陥っていった。


 小野は自身が年を取った事を知覚していたが走ることを止めなかった。


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 亜門はランニングマシーンの上で走っている最中に大きな爆発があったことに驚いた。


「What?(何だ?)」


 ロドリゴがそう口にすると、すぐにダーパの職員に英語で指示を出す。


 すると警備を行っていた米兵たちも小銃を構える手に力が入る。


「Amon!(亜門!)」


 ロドリゴがそう叫ぶと同時に亜門はロドリゴの下に駆け寄ろうとしたその時だった。


「Oh dan!(クソ!)」


 米兵がそうスラングを口にすると銃撃音が扉の向こうから響いてくる。


 それと同時に米兵は銃殺され続けてロドリゴもそれと同様の結末になった。


「ロドリゴさん!」


 亜門が目の前で銃撃され、屍となった米兵や研究者を見て、亜門の中に恐怖心が現れ始めた。


 すると、米兵やロドリゴを殺害した、グレー色のソルブスが亜門の下へと向かう。


「こいつか? 大門の代わりになった奴って?」


「あぁ、大門が殺すんだ。それまでは生かしておけよ」


 日本語?


 テロリストが聞き覚えのある言語で話すのを聞いた後にテロリストたちは「怖いか?」と聞いてきた。


「俺たちがわざわざ日本語で話す理由が分かるか?」


 それを聞いた亜門はテロリストたちをただ、見つめていた。


 そして、自分が恐怖におびえる様子を楽しむためにわざわざ日本語で話しをしているのだと知覚した。


「僕が怖がるところを見たいんだろう?」


 亜門がそう言って、テロリストを睨み据えると、テロリストたちは「お前、何か、ムカつくな?」と言って、銃口をこちらに向けた。


 殺されるかもしれない・・・・・・


 亜門がそう思った矢先に「亜門君!」と聞き覚えのある声が研究室の扉から響く。


 小野が駆け寄りながら、拳銃でテロリストたちのソルブスを銃撃する。


 隣にはティムがいた。


「亜門、こっちに来い!」


 そう日本語で叫ぶティムは手元に手榴弾を持っていた。


 それを見た、小野とティムの登場に面食らったテロリストたちの一瞬のスキを突いて、扉へと走り出した。


「逃がすか!」


 テロリストたちが銃口を亜門に向ける中で、ティムが手榴弾をテロリストたちに投げつける。


「よせ、奴は大門が殺すんだ!」


「チッ!」


 そう言ったテロリストたちは手榴弾の爆撃から難を逃れるために装備された盾を構える。


 爆発の様子を見ることなく亜門は小野とティムと共に研究室を出て、病院内の廊下を走り去った。


「恐らく、テイルの装甲の強度を考えれば、手榴弾の爆発を受けてもピンピンしているだろうな?」


 メシアのその冷静な声音を聞いた亜門は「メシア、会いたかったよ・・・・・・」と涙ぐむ。


「感動の再開は後よ、とりあえずここから出るわよ」


 それを聞いた、亜門は「テロリストに好き放題やらせていいんですか?」と問いかける。


「あなたの奪還が先よ、米軍が対処するわ」


「でも・・・・・・」


「日米地位協定で私たちを門前払いにしようとするんだもの。危機対応も自前でやってもらう道理よ」


 亜門は小野とティムと共に廊下を走り抜けると手榴弾の爆撃が先ほどいた、研究室に響く。


「よし、時間稼ぎは成功」


 小野がそう言う中、階段を駆け抜け、空軍病院を出ようとした矢先だった。


 テロリストと見られる二体のソルブスが出口に立っていた。


「ここまで来て、これなの!」


 小野が苛立ちを見せる中で、すぐに亜門はメシアドライブを小野からひったくる。


「亜門君!」


「亜門! 何を!」


 小野とティムがそう叫ぶが、メシアは「やるな、亜門?」と同意の声をかける。


「装着!」


 そう言って亜門はメシアを装備するとFNSCARをテロリストたちに掃射する。


「敵はスイス製のテイルを装備している。盾による防御と装甲の厚さによる防御が得意な機体だが、機動力では俺たちが上だ。カタを付けるぞ」


「了解!」


 亜門はFNSCARでテイル二機を牽制する中で小野とティムに「二人は逃げてください! 僕が時間稼ぎします!」と言い放つ。


「亜門君!」


 小野がそう叫ぶ中でティムは「いいだろう。生きていたら、また会おう!」と言って、小野の手を取って病院を脱出する。


「ティム!」


「彼の気遣いを無駄にするな!」


 そう言い合う状態で二人は病院を脱出するが、亜門は目の前のテロリスト相手に銃撃戦を繰り広げていた。


「何でこんなことを!」


 亜門は怒りと冷静の間を保ちながら、空軍病院内でテロリスト相手にFNSCARを照射し続けていた。


 病院内は文字通り地獄絵図の様相を呈していた。


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 戦場となった、横田の米空軍病院の一室周辺では米兵や自衛官たちが死亡や負傷をして倒れているが、その部屋にいる人物は足を組んで、ほくそ笑んでいたことを大門は確認した。


 レインズ社の極東部長であるマイク・シフォンだ。


「お約束通り、ドラガドライブをお渡しいたします」


 シフォンがそう言って、大門にドラガドライブを手渡すと、AIシステムが起動し「貴様が俺のバディか?」という問いかけが聞こえた。


「あぁ、テロリスト相手に装着されるのは気に入らんかもしれんがな?」


「そうでもないさ、俺は戦えれば、それでいい。他のソルブスの連中を蹂躙する様子を考えるのが非常に楽しい」


 そう言って、ドラガは低い笑い声を上げる。


 ドラガが歪んだ性格であることを確認した後にシフォンが「次は一場亜門の殺害ですね?」と笑いながら、大門に語りかける。


「あぁ、アメリカや日本の高官の中にはアムシュ計画や試験管で生まれた人間が世界にいることを隠したい連中がいる。道理的な問題があるし、神の道に外れるからな?」


 大門はそれを聞くと、グロック31の銃口をシフォンに向ける。


「君は何のつもりだい?」


 シフォンは歪んだ笑みを崩し、ひどく狼狽した様子で大門を見上げる。


「あんたが依頼したミッションは奴の殺害とアメリカ政府高官が極東での武力的緊張を高めて、レインズ社を介した装備の購入や米軍の必要性を東アジア全域で高める狙いにある。さらに日本国内で起きた一連の教団事件を利用し、その罪を全て、教団に着せるのが狙いだ。ニュースや新聞を見る習慣の無い、一部の日本国民に真犯人を告げずに恐怖を煽るには有効な手段さ?」


 大門はそう語りながら、グロックをシフォンに向け続ける。


 シフォンの顔は恐怖で引きつっていた。


「一方で金銭的にも主導的な役割を担っていたのが、ピースメーカーのアツシ・サイトウだ。ピースメーカーは存在しているが、サイトウはFBIやCIAに各国警察機関をかく乱するために十数年前からアメリカの高官が仕掛けた架空の存在であることはあんたも知っていることだ」


 それを聞いた、シフォンは「そんなことを反芻して何のつもりだ?」と怯えた声音を出す。


「戦争を仕掛け、世界の警察官を辞めたアメリカの力とやらがご健在しているのを世界中に示すのが今回のオペレーションの目的さ。中国が力を伸ばし、れっきとした大国になった今では喫緊の課題でもある。これらの問題の背景にはテロリストによる武力攻撃の脅威を対外防波堤の日本で高めて、中国、ロシアへの牽制を狙う意思がある。いわば、教団事件から始まった騒動はアメリカ政府高官によるゼロサムゲームの一環だったのさ。俺たちはその総仕上げに雇われた。まぁ、あんたは知っているがな?」


 大門がそう言うと、シフォンは「私に銃口を向ける前に一場を殺したらどうだ?」と唇を震わせる。


 その表情は恐怖に怯えていた。


「奴は俺が殺す。だが奴が三流大学生の身分で平和な生活を送り、俺が高校すら行けずに傭兵になったのは時の権力者の裁量によるものだ。俺にはそいつらを裁く権利があるのさ?」


「貴様、何をするつもりだ?」


「C-17は用意されているな?」


 シフォンは一瞬の沈黙の後に「君らの脱出用にな?」とだけ言った。


「戦略核兵器を奪取した後に俺たちは横田から脱出する」


 大門がそう言った後にシフォンは青ざめた表情で「貴様! 私たちのミッションをーー」と何かを言いかけ時に大門はシフォンの脳髄を撃ち抜いた。


 小悪党のあっけない最後だった。


「いいの? こんなことしても? 私たちが殺されるだけだけど?」


 同行していたレイラとイザークはシフォンの網膜と指紋の記録をスマートフォンで撮り始める。


 そうした後に荷物を漁り、レインズ社の社員証からIDにキャッシュカードといった、シフォンに関するありとあらゆる個人情報を手に入れた。


「抜けるなら今だぜ? 俺が行おうとしているのは国家に対する私怨で行う復讐だ。もっとも、日米の国防族の一勢力はまだ、俺たちの支援を続けるがな?」


「私たちは武力を無くしたら、スラムに戻るだけだから?」


 レイラがそうウィンクすると、イザークは「フォンとドミンゴは何をやっているんだ?」と苛立ちを見せる。


「一応は輸送機を飛ばすが、奴らの救援に俺が向かうかもしれないな?」


 大門がそう言うと、レイラは「大将自ら、出るのは控えてほしいな?」と言って、シフォンの死骸を足蹴にする。


「ドラガ、お前は戦いたいんだろう?」


「あぁ、この日を待っていた」


 それを聞いた、大門は「レイラ、イザーク、ブツを奪取した後に輸送機で迎えに来てくれ」


「・・・・・・脱出出来るよな?」


 イザークが不安げな表情で問いかける。


「俺は奴を殺したいが、その前にそれすらも利用して陽動作戦を敷かなきゃいけない。分かってくれ」


 それを聞いたレイラとイザークは「絶対に迎えに行くからな!」と言って、部屋を出た。


「テロリストにしてはヒューマニズムがあるな?」


 ドラガが口笛を吹く。


「・・・・・・疑似兄弟みたいなものさ?」


 大門はそう言った後に「装着」と呟き、紫色の閃光を走らせて、ドラガを装備した。


 その見た目はメシアやレイザと同様の人型の細身のシルエットだったが、どこかとげとげしいフォルムでどことなく戦国時代の武将の鎧を想起させるものだった。


 レーザー兵器を搭載した右手には大きなレーザー銃が装備され、背中にはレーザーを刃にしたレーザーブレイドがあった。


「フォン、ドミンゴ、これから救援へ向かう。バスが来るまでに持ちこたえろ」


 無線で外において一場亜門と交戦する仲間二人に交信すると、二人は弾んだ声で〈了解!〉と答えた。


「よし、時間稼ぎと行くか?」


 大門はレーザーブレイドで壁を切り刻むと、壁からは外にある滑走路が現れ、そこでは一場亜門が装着するメシアとチャンとドミンゴが装着するテイルが戦いを続けていた。


「おかしいな?」


「どうした?」


「あれだけ憎い相手が目の前にいるのに何の情感も湧かない」


 大門がそう言うとドラガは「俺が知るかよ」とだけ言った。


「新たな目標が出来たと言ったところかな?」


 そう言って、ドラガを装備した大門は戦場と化した滑走路へと降り立っていた。


 銃撃音が響き、辺りでは軍人、軍属関わらず多くの死者が屍となっていた。


「テロリストの大罪だな?」


 大門は自分の犯した罪を知覚した後にレーザー砲の照準を一場亜門に向けた。


「スポッター無しで狙撃か? お前はプロだな?」


 ドラガがそう言うと大門は「人手が足りないからな」とだけ言った。


 スポッターとは戦場において、スナイパーが狙撃をする際に角度と風速を図り、スナイパーを補助する役目を担う存在だ。


 場合によっては遠距離狙撃を行うことに集中するスナイパーが近距離から中距離での戦いを強いられた時には護衛としての役割を担う。


 この場合はドラガのAIがそれを担うが、護衛にはならないなと大門は感じた。


「射撃体勢用意」


 大門はそう言ってレーザー砲の撃鉄を落とす。


「ターゲット確認、狙撃までのカウントを頼む」


「二十、一九ーー」


  ドラガがそうカウントをする中で、大門は興奮を隠せなかった。


 これで第一の復讐が完了すれば、すぐに第二の復讐へと移る。


 大門の神経は戦地において兵士が陥るような何らかの依存症に侵されていることは本人も知覚していた。


 興奮の中で大門には一場亜門が狙撃によって殺害される様子をたしかに思い描いていた。


「十、九、八、七ーー」


 そろそろだ・・・・・・くたばれ! クソガキ!


「六、五、四、三、二、一・・・・・・発射!」


 そう言って、レーザー砲が一場亜門に照射された。


 勝った!


 大門は狂喜乱舞したい気分になったが、すぐにその歓喜は消え去った。


 モスグリーン色をした盾が現れのだ。


 レーザーはそれを貫通したが、一場亜門の前にそれが立ったために亜門は反射的にそれを避けた。


 そして、その結果、レーザーの狙撃が外れたという結果となった。


「陸自が何で邪魔をする!」


 大門は激怒した様子を隠さずに滑走路へとホバリングし始める。


 なら、いいだろう。


 近接戦闘で奴を仕留める!


 大門はだまし討ちが失敗した今、一場への敵意を隠さずに堂々と襲い掛かろうとしていた。


102


「何だ?」


 亜門はメシアから接近する物体があると、警告を受けて、それが近づくと同時に回避をしたが、結果的にはそれはゴウガが装備する、サイココントローラーシステムで操作された、モスグリーン色の盾であった。


 そして、それを避けたことによって、レーザーと見られる狙撃から逃れることができたのだ。


 亜門は回避した後に敵のテイル二機の位置を確認した後にFNSCARを掃射していた。


 そして、その横にゴウガの重々しいフォルムが現れた。


「貴様、何のつもりだ?」


 メシアがそうゴウガに問いかけるとゴウガのAIは「助けてやったんだ。ありがとうの一つも無いのかい?」とおどけた様子を見せた。


「僕らを攻撃して、今度は助けるなんて、何のつもりですか?」


 亜門がそうゴウガを着た何者かに問いかけると「事情が変わった。横田基地を襲撃したテロリストを野放しにするわけにはいかない。名目上は自衛隊も参戦しなければいけないからだ。決して、お前を助けるつもりは無い」という答えが返ってきた。


 そう言うと同時に米海兵隊使用のグレー色のモスファイターとは違う、陸上自衛隊使用のものと思われるモスグリーン色の同機が現れる。


「祐樹、悪いお知らせだ」


 比較的若い男の声が聞こえると、その男は続けて「奴らはシフォンを裏切って、横田に配備された戦術核兵器を奪うのが目的だったらしい」と嘲るように言い放った。


 それを聞いたゴウガを装着した男は「あいつらは何が目的だ?」と言いながら、ゴウガの左肩に装備された機関銃の銃撃を敵のテイル二機に続ける。


「知らん。だが、依頼主の宮使いであるシフォンを殺して、核兵器を奪取し、C-17輸送機で脱出しようとしていることは確かだ。ついでに言えばシフォンは任意の下でドラガを渡したが、連中が裏切ったという事実は控えめに言っても最悪の展開だ」


 男たちの会話を聞いていた亜門は「ここは日本ですよ! 核兵器を黙って持ち込んでいたんですか!」と非難の声を挙げる。


 すると、男の内の一人は「これだから、学生はさ? ここは日本だが同時に米軍基地だ。そのぐらいのえげつないことが行われいることに思い当たらないのはお前の想像力不足だよ。坊や?」と怪訝そうな声を浮かべる。


 それに対して抗議をしたい気分に陥った亜門だが、メシアが「あいつの言うことは残念ながら正しいさ。ここは米軍にとって太平洋の防波堤だからな。それを考えられないお前は想像力不足だ」と言われた。


「僕は想像力を伴う仕事には就かないから」


 亜門はメシアがそう言ったことを退けると「視野が狭いのはいいが、俺たちは核を追撃する。お前らはそいつらと奴を相手しろ」と静かに言い放った後に基地の奥へと消えていった。


「奴・・・・・・?」


 亜門がそう呟くとメシアが「亜門、狙撃だ!」と叫び始めた。


 亜門はそれを聞いたと同時に体を反転させる。


 同時にゴウガの動く盾がそれをガードして、若干のタイムロスが生まれたことにより回避は成功した。


 だが、盾は何かの狙撃により貫通を許したため、あと、数秒だけでも動きが遅れていたら、亜門は何かによって体に穴が開く事態になっていたことになる。


 亜門は思わず驚きの声を挙げて「うわっ!」と言ってしまった。


「お前、反射神経が良いのも腹が立つな?」


 そう言って、メシアやレイザとは違う戦国武将の鎧のようなデザインの紫色をしたソルブスが破壊された病院の方向から飛行機能で近づき、亜門に対してレーザーを刃にした大型ブレイドで切りつけてきた。


「くっ・・・・・・ドラガか!」


「よう、久しぶりだな! 入田!」


「入田・・・・・・?」


 亜門がそう呟くとメシアは「昔の名前で呼ぶな!」と言って日本刀を取り出し、紫色のソルブスに切りかかるが、そのソルブスは「おぉと!」と言いながら軽快にそれを避ける。


「貴様のような戦争中毒者が、テロリスト相手に装備されるなど!」


「そうさ、俺が戦争を引き起こすことが目的のテロリストに装備されるのは世も末だが、それを望んだ奴がいることも事実さ!」


 そう言うと同時にドラガは拳銃を取り出した。


「FNブローニング・ハイパワーか!」


 亜門はその銃弾を避けるとドラガと呼ばれたソルブスのAIは「レーザー兵器の試験機というのがAIとしての俺の役割だが、その試験機であるがゆえに俺は楽しい戦争に興じることが出来るのさ!」と狂喜乱舞する。


「病気持ちが・・・・・・図に乗るな!」


 メシアは珍しく感情的になりながら、FNSCARを掃射する。


「う~ん、この状態だと埒が明かないな?」


 ゴウガのAIがそう言うと、ゴウガを装備した男が「分かった、コアモードを起動する」と静かに言った。


「何なんだ! この状況は!」


 亜門はそう叫ぶと、メシアに補正される形でドラガに対して、FNSCARを掃射し続ける。


「貴様とこうして戦うのは何年ぶりかな?」


「黙れ! 昔のことは話すな!」 


 メシアがそう言うと、ドラガは「お前はプロトタイプか?」と嘲る調子でレーザーブレイドで接近戦を仕掛ける。


「だから、何だ!」


 メシアはそれを避け、日本刀でドラガに切りかかる。


 しかし、ドラガはそれを避け、こう言い放った。


「お前・・・・・・もう古いよ!」


 ドラガはそう言った後に「ひゃはははっは!」と笑いながらFNブローニング・ハイパワーと呼ばれる拳銃を撃ち続ける。


「悪いがレーザーは冷却が面倒だからお前相手には使えないんだ!」


 そう自分の欠点を楽しみながら、なおかつ嘲るように言い放つ、メシアがドラガに日本刀で接近戦を仕掛ける中でドラガの装着者とみられる男が「お前は、俺が殺さなきゃいけない」と静かに言い放った。


「何だ? こいつは?」


「お前はそうだ。俺のことを知らない。だから、殺す!」


 そう言って、ドラガがレーザーブレイドで接近戦を仕掛けると亜門とメシアはそれを避けることを選択した。


 実剣の日本刀では分が悪いからだ。


「ゴウガはどうなっている!」


 メシアがそう言うと、ゴウガの装着者から「ゴウガ、コアモードへ移行。機動戦へと移行する」と告げられた。


「コアモードか?」


「コアモード?」


 亜門がメシアにそう聞くと、ゴウガのAIが「その間にレールガンを装備したら?」と提案された。


「いいだろう。お前が三機を引き付けてくれ」


 メシアがそう言うと、ゴウガの装着者「不本意だが、仕方ないな?」とだけ言った後にゴウガの装甲の間から緑色の閃光が漏れてきた。


 するとそこからゴウガの戦車を思わせる装甲がパージされ、メシアやレイザと同じアスリートを思わせるスタイリッシュな様相で、緑色を主体とした機体が現れた。


「コアモードへ移行。これより機動戦闘に入る」


 そう言って、パージされた装甲からレイザの大型ブレイドと同じ形状の大型ブレイドが装備されて刃にあるレーザーが起動する。


 大型ブレイドの刃にあたるレーザーが起動した時の音がまるで、スターウォーズのようだと思えた。


 そして、目の前にいたドラガに接近戦を仕掛ける。


「亜門、レールガンに換装するぞ!」


 メシアがそう言うと、亜門は「レールガン起動、三〇〇メートル先へ!」と言って、無人機へと通信を送る。


 すると無人機から〈Mission Consent《任務了解》〉という音声が聞こえ、同時に亜門の目線に同様のことを書かれたメッセージが現れる。


 これはメシアを装着した際に目線がCG補正された、画面に現れた風景を見た目線に現れるメッセージだ。


 変な所で近未来的だが、そのような感慨を抱く間もなく、目の前にテイル二機が現れる。


「ゴウガ! お前はスポッターだろう!」


 メシアがそう怒鳴ると「まぁ、数が多すぎるけど、君なら何とかなるよ?」と無責任な発言が返ってきた。


「貴様! 殺す!」


 メシアはそう言いながらも亜門の動きを補正することは忘れなかった。


 すると、すぐに無人機が飛ぶことなく現れ、メシアと亜門はレールガンを装備しようとするが、テイル二機がそれを邪魔する。


「邪魔だ!」


 亜門がそう言うと、スタイリッシュな様相になったゴウガがアサルトライフルでテイル二機を牽制し、一機の腹に銃弾が当たった。


 その腹に銃弾が当たった、テイルからは「ぐうぅ!」と言う唸り声が聞こえた。


「ドミンゴォ!」


 ドラガを着たテロリストが叫び出す。


「シュタイアーAUGか、射撃の腕は良いな?」


 メシアがそう言うと、ゴウガのAIは「早く装備しなよ」とだけ言った。


 それを聞いた、メシアと亜門は飛行機能を使って、上空へ高くジャンプすると無人機はレールガンを付けたパックをパージして、亜門とメシアは背中にレールガンを換装、装備した。


「レールガンは電力を食う! とにかく、無駄弾は使うなよ!」


「了解、補正は頼む!」


 そう言って、レールガンを二機のテイルに向けると、亜門はレールガンのトリガーを引いた。


 すると、レールガンから電力で出来た弾丸が発射され、腹を撃たれたテイルは大きな爆発を起こした。


「ドミンゴォ・・・・・・貴様らぁぁぁぁぁ!」


 ドラガを装備した男がそう叫ぶと、接近戦を仕掛ける。


 すると、それをゴウガがレーザーブレイドで受ける。


「ようし、二機目行こうか?」


 ゴウガのAIがそう言うと、メシアは「分かっている!」と言って、照準を二機目のテイルに向けた。


「亜門、電力に気を付けろ!」


「分かった!」


 そう言って、二発目のレールガンを発射しようとした、その時だった。


 大きな輸送機が地面すれすれでこちらに突っ込んできた。


「輸送機?」


 亜門がそれに面を食らうと、ドラガを着た男は「バスが来たか?」と言って、それに飛び乗る。


「祐樹、申し訳ないが、俺たちの力不足だ」


 先ほどの男が、やる気があるのか無いのか分からない口調でそう言うと、裕紀と呼ばれたゴウガの装着者は「奴らの内の一人でも殺したか?」と問うた。


「いや、すまない」


「了解、連中を殲滅する」


 亜門はそれを聞いた後にレールガンの照準を輸送機に向けたが、メシアが「止めろ! 亜門! 核兵器が乗っている! 放射能が漏れるぞ!」と亜門を制止した。


 すると、残りのテイルが亜門に飛び掛かって来た。


「犠牲になって、輸送機の離陸の時間稼ぎをするつもりか!」


 メシアがそう叫ぶと、ドラガを装備した男から「フォン!」という声が聞こえた。


 その声は亜門と同年代のまだ、青臭さの残るものだった。


「行け、大門! 復讐するんだろう!」


「でも、そんな理由でお前が犠牲になるなんてーー」


 ドラガの装着者が涙声でそう言うと、フォンと呼ばれたテロリストが「俺達は悪党だ。だから、仲間は平気で捨てられるだろう?」と言い放った。


 それを聞いたドラガを装備した男は輸送機のハッチに飛び乗り輸送機は横田の上空を飛び立った。


「核兵器が!」


「これで、俺たちの勝ちだな!」


 テイルを着たテロリストがそう叫ぶと亜門は至近距離からレールガンをそのテイルに発射した。


「勝った・・・・・・」


 テロリストはそう言いながら、レールガンの発射を受けて爆砕した。


「・・・・・・核兵器が奪われた」


 メシアがそう言うと、先ほどのふざけた若い男が「裏切りがあったんだ。結果はイレギュラーさ」と呟いた。


「お前らも連中と途中まではグルだったからな?」


 メシアが恨めしそうな声音を出した。


「まぁ、それはそうだがーー」


 ふざけた男がそう言うと、ゴウガのAIが「アンノウン接近!」と叫ぶ。


 すると、上空から黒色のソルブスがやって来た。


 そのフォルムはメシア・レイザと同様にスタイリッシュな物だった。


 そして、日本刀と思わしき装備とFNSCARを装備している点がメシアと共通する部分だった。


「あれは・・・・・・」


 亜門がそう呟くと黒色のソルブスは日本刀を取り出し、接近戦を仕掛けてきた。


 その日本刀からはレーザーの刃が現れた。


「ゴウガ!」


 メシアがそう叫ぶと同時にゴウガは「僕らの仕事の範疇じゃない」と言って、そっぽを向き始めた。


「貴様!」


 そっぽを向いたゴウガにメシアが苛立つ中で、黒色のソルブスから「一場!」と聞き覚えのある声が聞こえた。


 その声は宇佐鳴海その人のものだった。


「宇佐巡査?」


 亜門はそれを避けると、レールガンをパージして、日本刀を取り出し、接近戦を仕掛ける。


 そして、黒色のソルブスはレーザー日本刀で亜門とメシアに接近戦を仕掛ける。


「メシア! こいつは何だ?」


 亜門がメシアにそう問いかけると、メシアは「分からん! おそらく、俺のデータベースにない新型だろう!」と言って、レーザー日本刀を避け、メシアは実剣の日本刀でアンノウンを切りかかる。


「貴様は俺の後継機か?」


 メシアがそう言うと、黒色のソルブスのAIは「伝説の傭兵にそう聞かれるとは光栄だな?」と声をかける。


「傭兵?」


 亜門がそう言うと、メシアは「その事は言うな!」と怒号を飛ばす。


「俺の名はクウザ。初期型のプロトタイプである、あんたを元に作られた後継機さ!」


 クウザと名乗ったソルブスは飛行機能で上空に飛ぶと上からFNSCARを掃射する。


「チッ!」


 FNSCARの掃射を上空で避ける、クウザと宇佐はレーザー日本刀を持って、上空から迫って来た。


 それに対して、亜門とメシアも飛行機能で上昇して、応戦し、戦いは空中戦へと移行した。


「お前の戦闘データを元に新世代型の量産機を作るためのフラッグシップ機が俺ということさ!」


 クウザのAIがそう言うと「期間が短い中でそこまで進んでいたか?」とメシアは声音を吐く。


 その間もFNSCARの掃射を続ける。


「あんたが開発されている段階から俺は作られていた。あとは戦闘データだけだったが、その点に関して、あんたは功労者さ。だから感謝を込めてーー」


 そう言ってクウザはメシアに接近する。


「殺す!」


 クウザはメシアに接近戦を仕掛け、レーザー日本刀で切りつけてきたが、顔面すれすれで、それを避けたメシアがシグザウエルP226でクウザの顔面目掛けて、銃弾を放つ。


 しかし、それは人間で言えば、こめかみを擦る程度のものでしかなかった。


「なっ・・・・・・」


「外した!」


 メシアがそう言った後にクウザを着た宇佐は「舐めやがって!」と言って、舌打ちと同時にFNSCARをこちらに対して、照射する。


「なるほど、日本人でありながら戦場では伝説の傭兵と呼ばれた男が人造人間の相棒か。似合いのバディだな!」


 宇佐が嘲るようにそう言うと、亜門に動揺が走る。


「どういうことです! 宇佐巡査! 大体、何でここにいるんですか!」


 亜門はそう言いながら、FNSCARをクウザに掃射する中で宇佐は「お前のせいさ。お前のせいであれだけ勉強し続けて、ようやく入った警視庁をクビになったんだ!」と叫び出す。


「そんなの!」


 亜門とメシアは銃撃を続ける。


「あれだけ、警察官を夢見ていたのに今じゃあ、傭兵になっちまったよ? どうしてくれる?」


 宇佐はそう言いながら銃撃を続ける。


 傭兵?


 まさか?


「宇佐巡査! まさか、レインズ社にーー」


「そうだよ! お前のせいだよ!」


 そういう最中でも互いの牽制の銃撃は続く。


「お前、ダーパからヘンテコな実験をたくさんやられたろ?」


 宇佐は亜門をそう嘲るように言い放つ。


「何の話をしているんです!」


「亜門、敵の戯言に惑わされるな!」

 

 メシアがそう叫ぶ中、亜門はFNSCARを掃射する。


 戦闘は銃撃戦へと発展していた。


「分からないか? お前は腹から生まれたんじゃなくて、試験管で生まれた人造人間なんだよ!」


 亜門はそれを聞くと「・・・・・・えっ?」と驚きの声を挙げた。


「亜門!」


「ついでに言えば、お前の相棒はかつて戦場で伝説の存在と呼ばれた、日本人の傭兵さ。それが勤務していたレインズ社の部隊で戦死した後に精神をAIに移植されて、そのメシアのサポートに回っているのさ!」


 そう言いながら、宇佐は亜門やメシアと同じ、FNSCARを掃射し続ける。


「人造人間? 傭兵?」


「亜門!」


 メシアの怒号が飛び交う中で、宇佐の亜門を嘲るような笑い声が響く。


「お前、人間じゃないんだからさ? 大人しく死んじゃえよ!」


 そう言って、クウザがFNSCARを掃射しようとした時だった。


「全員、そこまでだ!」


 そう言われたと同時にメシアとクウザの間に警告と思われる銃撃が掃射された。


 するとそこにはグレー色のクウザをモデルにしながらも仕様が違う、簡易的な印象を抱かせた機体が現れた。


「グレイクウザか?」


 宇佐がそう言うと、亜門は「何だ、あいつら?」と静かに疑問の声を挙げた。


「今から横田基地襲撃の事件は我々、米軍が調査する! 貴様らの身柄は我々が拘束する!」


 そう言って、グレイクウザと呼ばれる機体に亜門とメシアは包囲されて手を上げざるを得なかった。


「メシア・・・・・・これは?」


「米軍基地で派手にドンパチしたんだ。当然の結末とは言えばそうなんだが――」


「何だよ?」


「あとで話そうぜ。お前に伝えておかなきゃいけないことが多すぎる」


 メシアが穏やか声音でそう言うと「うん・・・・・・」とだけ亜門は答えた。


「全員、装備を解け! 解かなければ、射殺する!」


 米軍兵士がたどたどしい日本語で、そう言うと、亜門と宇佐は同時にソルブスの装備を解く。


 そして、ゴウガの装着者も装備を解く。


 以前はバラクラバで顔が隠されていたが、その顔立ちは色黒の精鍛な顔立ちで明治時代のイケメンと言った具合の顔立ちだった。


「人造人間が図に乗るなよ?」


 宇佐がそう嘲るように言い放つと亜門は顔を伏せた。


 思いもよらぬ発言に面を食らった亜門だが、宇佐は元来そのような心無い発言が行える人間だと知覚していたので、怒る方が愚かだろうと思って、亜門はただ黙っていた。


「亜門、怒るなよ」


「宇佐さんはそういう人だから、感情的になったらダメだよ」


 それを聞いた、メシアは「お前は思ったよりも大人だな」とだけ言った。


 しかし、それを聞いた宇佐は「貴様! どういう意味だ!」と怒鳴り始めた。


 しかし、それを米兵のグレイクウザが制すると、亜門はグレイクウザの装備を解いた米兵に拘束され地面に叩きつけられた。


「海兵隊か?」


「入田か? 伝説の傭兵のバディにこんなことをして、すまない」


 隊長格の米兵がそう言うと、メシアは「そのことはこいつにあとで説明する。余計なことはするな」とだけ言った。


「あのCIAの若造は情に飲まれて、大事なことを伝えなかったようだな? まぁいい、ミスター一場、ご同行願う」


 そう言われた、亜門は腹を殴られて、意識を失った。


 意識が失った中で目に入ったのは大きな青空だったが、それには何の感慨も湧かずに亜門は深い闇へと落ちて行った。


103


 週末のある日に埼玉のゴルフ場に向かおうとするサッチョウ警備局長の設楽が自宅の前で車に乗ろうとするのを確認して、進藤千奈美と同行するベテランの捜査官がその前を遮る。


「君らは・・・・・・公総か?」


 設楽とSPたちが怪訝そうな表情で進藤を見つめながら、乗りかけた車から降りる。


 基本的にはSPは内閣総理大臣、衆院議長、参院議長、閣僚、野党の党首、幹事長クラス、国賓、民間では経団連会長の他、法律上の規定は無いが、この目の前にいるサッチョウ警備局長である設楽が指定した人間であれば、公職に就いている人間には警護を付けることが出来るそうだ。


 つまりは設楽は自分自身への警護を許可したため、目の前にSPがいるのだと進藤は推察した。


「設楽警備局長、あなたを拘束させていただきます」


 それを聞いた設楽は「理由は?」と聞いてきた。


 SPたちは無言でボタンをはずした背広の奥からシグザウエルP230JPを取り出す。


 ここまで、マルタイに対して、献身的なのは逆に感心するな?


「あなたが日米政府高官の依頼を受けて、ピースメーカーのメンバーとして日本国内での教団事件を背後で操り、横田基地を襲撃したテロリストの装備から入国の支援を行い、国内の混乱に乗じて日本国内で国防意識を刺激しようと、テロを計画、支援したことにおいてです。これは内乱幇助に値します」


 それを聞いた、設楽は「証拠はあるのか?」と聞いてきた。


「小川警備部長が長官官房の聴取で、政界への転身の保証を担保に教団に情報を流し、総務課に対しては便宜を図る見返りに十数年に渡って、教団信者の身元を偽って、警視庁に入庁させたことの証言は録音もされています」


「そうか? 小川君が拘束されたか? 私に伝わらないとは? ハムにはしてやられたな?」


 設楽は手を広げて、辺りを歩く。


「総監は押しが弱いと思っていたが、まさか、ここまで隠匿を続けて、私を囲うとはな?」


 設楽は低い笑い声を上げる。


「・・・・・・長かったよ、この事件を演出するのは?」


 設楽はそう呟いた。


 すると、SPたちは唖然とした様子で設楽を眺める。


「まず、教団の信者たちを警察官にするのもかなり苦労した。総務課の連中にも便宜を図ったからね?」


 そう言う設楽は何故か薄気味の悪い笑みを浮かべていた。


 何だ、こいつ?


 ここまで追い込まれてこの薄気味の悪さは?


 こいつは何かを隠し持っているんじゃないか?


 進藤はそのような直感を抱くと、手に付けていたレイザドライブを構成するスマートウォッチからレイザが「千奈美、気配を感じる」と静かに言い放った。


「装着」


 そう男たちの声が聞こえると設楽の後ろから黒色のソルブス二機が閑静な住宅街に現れた。


 隠密工作用のソルブスである、ダークアントスだ。


 このソルブスは主に諜報機関や軍の特殊部隊が暗殺や隠密行動などの工作活動を行う際に使われる物で、CIAが開発をしたという代物だ。


「随分と豪勢ですね? CIAから買ったのですか?」


「アメリカ政府高官からの土産さ、君たちはその餌食になる。常軌を逸した、教団のスパイが警備局長を襲撃したというシナリオでね?」


 設楽がそう言って、気味の悪い笑みを浮かべるのを見た、


 進藤は「ゼロの校長もあなたの企みのお仲間なんですね」と静かに言い放った。


 ゼロの理事官は前身であるサクラという組織が中野にかつてあった、警察学校内を根城としていた名残から校長と呼ばれている。


 その理事官はウラ理事官とも呼ばれていて、入庁程度一五年程度の警視正が就任して、組織図から抹消された上で存在が秘匿される。


 だが、キャリア間ではその警視正が突然、姿を消すので、大体は誰が裏理事官になったかが分かるらしい。


 そんなゼロのウラ理事官だが、今の状況を考えれば、ゼロは設楽の手にいて、その工作員たちが進藤たちに今から襲い掛かろうとしているという状況が今、起こっているのだと進藤は冷静に状況を分析していた。


「君は優秀ではあるが、しょせんは女だ。力には敵わないだろう?」


 設楽が女性蔑視の考えを持っていることは五十嵐からレクチャーを受けていたが、あからさまな女性蔑視をした設楽に対して、進藤は思わず嘲笑の笑い声を上げてしまった。


「何がおかしい!」


 設楽からは薄気味の悪い笑みが消え、気色ばみはじめた。


 自分より劣っていると思える存在から嘲笑されたのだ。


 腹に据えかねたのだろう。


「あなたのリサーチ不足に助けられましよ」


 進藤はそう笑いながら言うと「装着」と言って、レイザを装備した。


「貴様ら! 私の家の玄関で戦うというのか!」


「先に仕掛けたあなたたちに責任があります」


 それを聞いた、設楽はスマートフォンを取り出して、電話をした。


「サッチョウ警備局長の設楽だ! サッカンを名乗る連中に襲撃されている! 至急向かって来てくれ!」


 そう言った先は恐らく通常の通信指令センターだろう。


 設楽はあくまで進藤たちを教団のスパイとして処理しようとしているようだ。


「もうすぐ応援が来る。貴様らは終わりだ!」


 電話を切った、設楽はダークアントスの背後に回って、そのまま早朝の日が明けていない住宅街を全速力で駆け始める。


「局長!」


 進藤とSPがそれを追おうとしたが、その目の前にダークアントス二機が立ちふさがる。


「女が図に乗るなよ」


「俺たちこそ、優秀な警察官さ。勉強が出来るだけのお嬢さんとは違うのさ?」


「どけ! 局長の警備はーー」


「必要無いよ」


 そう言って、クナイ型のナイフを取り出すと、ダークアントス2機を装備した工作員たちが体を浮遊させて、SPたちに襲い掛かる。


 しかし、進藤はレイザ特有の高速移動でSPたちの目の前へと異動して、ダークアントス二機まとめて大型ブレイドで一刀両断した。


「口ほどにもない」


「あっ・・・・・・」


「事件が起きたから、警備部だと更迭は免れないでしょうね? ご苦労様です」


 進藤にそう言われた、SPたちは愕然とした表情で自分たち、公総を眺める。


「お前を敵に回すと怖いってことが分かったよ」


 ベテランの捜査官がそう言うと、向こう側から設楽を待ち伏せしていた捜査官が設楽を拘束して戻って来ていた。


「貴様ら! こんなことをしてどうなるか分かっているんだろうな!」


 設楽がそう怒鳴ると、捜査官のうちの一人が「汚職警官の分際で・・・・・・テロ計画の全容は全て話してもらうからな?」と設楽を蔑視する。


 進藤はそれを眺めた後にレイザの装備を解く。


「議員先生も絡んでいる。そうだろう?」


 捜査官がそう言う中で、設楽は項垂れながらも、顔を高揚させて捜査官や進藤たちを睨み据える。


「行くぞ、増援が来たら面倒だ」


 そう言って、設楽の腹を軽く殴って、気絶させると進藤たち、公総の面々は車へと乗り込んだ。


「彼らはどうします?」


 進藤がそう言うと、同僚は「上の連中に仏がいるのを願うしかないな?」とだけ言った。


 すると、進藤のスマートフォンに公総課長の日高から着信が入った。


「派手に暴れたそうだな?」


「よく分かりましたね?」


「お前と同行している捜査官はお前が工作員を切り捨てる瞬間の動画を送って来た。鑑識やコウキソウがまた大変な状況になることは目に見えている」


 日高がそう言うと、進藤は「同僚が撮っていましたか?」と言って「ふぅ」とため息を吐く。


「小川の確保の時もそうだが、お前は加減を知らないのか?」


 日高がそう言うと「以後、気を付けます」とだけ言った。


「小川の側近がソルブスを装備して、お前を襲った時もお前は返り討ちにしたが、今回もそれか?」


 それを聞いた進藤は「以後、気を付けます」と静かに告げた。


「汚職警官とはいえ、キャリア二人に派手に動きすぎた。現にビの警察幹部二人を無理やりに拘束したことによって、この二人を子飼いにしていた議員連中からもクレームが来た。お前を更迭せざるを得ない状況だ」


 それを聞いた、進藤は「相手は犯罪者ですよ?」と問うた。


「そいつらもまとめて、対象として処分するが、お前の更迭は政治的なバランスを取るために仕方がない措置なんだよ。その代わり、お前はソルブスを使えるようになったから、あの部隊には行けるぞ?」


 日高が笑いながら、そう語ると、進藤は笑みをこぼしながら「ソルブスユニット? 面白い異動先ですね?」とだけ言った。


「行きたいのか? あんなところに?」


「いえ、ユニットの隊長に言われたので」


「何をだ?」


 それを聞いた日高に進藤はこう言った。


「問題を起こしたらウチに来なさいと」


 進藤がそう言うと同時に後部座席では起き上がろうとした設楽を殴る音が鈍く響いた。 


 同時に日高は黙り込み始めた。


「残念だ。お前の能力であれば監察官にもなれたものを・・・・・・石川参事官に何て、言えばいいのか俺に分からん」


「申し訳ありません。でも、顔は笑っていますよね?」


「するどいな? だが、俺も尽力して、何とか、復帰できる手はずを整える。恨まないでくれよ。これも議員のバカどものクレームのせいだ」


「大丈夫ですよ。あそこは意外と楽しいところですから」


「本当にすまん。当面はあのバカどもと戦争ごっこをやっていてくれ。必ず、戻す」


「分かりました」


 進藤は電話を切ると、何かすっきりとした気分になった。


 その進藤の心情とは別に設楽は捜査官に叩かれ続けていた。


 鈍い音が車内に響いていたが、進藤はそれには興味を抱かずに自分の希望が叶って、心がときめく感覚を覚え始めていた。


104


「俺の名は入田裕也。かつて、フランス外人部隊に勤務した後にレインズ社所属の傭兵になった」


 尋問室の銀色のテーブルにはメシアドライブ一式が無造作に置かれていた。


 米軍横田基地内のこの一室ではマジックミラー越しに米兵たちが、こちらを眺めているだろうなと亜門はこちらからは様子の見えないガラスを眺めながら感じていた。


 その一方で、メシアの話にも耳を傾けていた。


「俺は自分で言うのも何だが、学生時代は勉強や運動も成績が良かった。だが、とある田舎高校の名門野球部に所属していた俺は上級生と同級生、監督たちにいい具合にいじめられたから、金属バットでお礼を返したら、野球部をクビになってな? 相手も悪いことは悪かったから停学で済んで高校は卒業できたが、その後はプー太郎さ?」


 亜門はそれを聞いて「いわゆる、不良だったんだね?」とだけ言った。


「その後は建設現場でアルバイトしていたんだが、アメリカの映画を見るのが好きで、ヒーローになりたいと漠然と思うようになってな。自衛官になるために試験を受けて、受かった。その時はちょうど二十歳ぐらいの時だ」


「随分と安易な理由で自衛官になったんだね?」


「まぁ、若気の至りさ。入隊した後は部活動と同じくいじめが絶えなかったが、ここで自衛隊を辞めたら、俺は本当に負け犬で終わってしまうと思ったら、何とか、踏ん張れた。しかし、俺は自衛官としては素行不良と判定されて、入隊してから、二年十か月しか雇ってもらえなかった。引き続き、自衛官として雇用してもらってほしかったが、俺は自衛隊を退官せざるを得なかった」


「うん、何か、そんな感じがするよ」


「まぁ、休み時間に哲学書ばかり読んでいた時点で、隊員間で総スカンを食らっていたがな。しかし、俺は実質、自衛隊をクビになったんだ。俺は建設業に戻らずにフランス軍の外国人部隊に入った」


 フランス外国人部隊はその名の通り、フランス軍で働く外人の部隊なのだが、その兵士たちは様々な国籍の外国人で構成されており、正規軍ではないが、功績を認められれば外国人でも士官になる道が開かれているらしい。


 かつては犯罪歴がある人間が入隊することがあったので、今では中等教育卒業と身分証明がはっきりとした外国人にしか、門戸を開いていないらしい。


 その後に採用されると初回の契約はフランス政府によって、五年の任期を与えられる。


 その後の延長契約は一年から三年まで、半年単位で延長されるというものだ。


 ちなみにフランス軍外人部隊は一八六三年、いわゆる一九世紀の時代にメキシコのカマロの戦いで敵のメキシコ軍司令官に「こいつらは人間じゃない。鬼だ」と言わしめたほどに恐れられたらしい。


「ちなみに所属は?」


「第二外人歩兵連隊だ。機械化が進んだ汎用歩兵部隊で、海外派遣も多い。俺たちの部隊はアフリカのフランス領でテロリストが暴れるたびに派遣されてテロリストを殺しまくった。自衛隊はクビになったが、何故か、俺はフランス外人部隊では優秀な兵士だった。だが、昇進には程遠かったな?」


 そうメシアは自嘲気味に語る。


 そう言った、メシアは「昇進に程遠いということは世渡りが下手ということさ。俺は気が付けばフランス外人部隊を六年半で除隊して、民間軍事会社の機能も擁しているレインズ社の兵士として契約をした。結構な給料だった。外人部隊時代に優秀な戦績を残したからだろうな? レインズ社勤務時も気が付けば多くの戦果を挙げていた」と言った後に「ふぅ」とため息を吐く。


 亜門は「でも、死んだんだね?」と静かに話しかけた。


「正確に言えば、中東で作戦行動を行っていた時に敵の即席爆弾で体の大半の機能がダメになったところをレインズ社の上層部が目を付けて、俺自体、つまり、入田裕也を戦死扱いにしてメシアの搭載AIとして、精神をAIシステムに移植した。後に聞いたがその中東のテロリストたちにピースメーカーが、世界の調整の一環とやらで武器を与えていた。死因には直接関係ないが俺がピースメーカーを嫌う理由はそれだ」


 そうメシアが自身の過去を語ると、亜門は「他のAIも兵士だったの?」と聞いた。


「レイザ、ゴウガ、ドラガにクウザなどのAIは人間の時は全員が何らかの形で戦争に絡んでいただろうな? ゴウガが年端もいかないのはアフリカの少年兵だったからだろう」


 メシアがそう言うと、亜門は「面識があったんだ?」と問い返した。


「あぁ、AIになった時のシミレーションで簡単に話をした。奴は生意気だが、基本的には利口だ。生まれた国が違えばエリートになれただろうな?」


 メシアがそう言った後に「まぁ、俺、つまりは入田裕也の人間だったころの経歴はそんなもんさ。それより・・・・・・」と言葉を詰まらせる。


「僕が試験管で生まれたことだろう?」


 それを聞いた、メシアは「あぁ、ショックだったか?」


「さっき、CIAの奴が来て、何の感情も見せずに僕に話したよ。受け入れがたいけど・・・・・・」


 亜門はそう言いながら、涙を流し始めた。


「・・・・・・畜生、僕・・・・・・人造人間?」


 自分でも言葉の体を成していない、呟きを口にしながら、亜門は机の上で涙を流していた。


「僕の人生は何だったんだ! 取り違えまでされて、遺伝子上の本当の両親は犯罪者じゃないか! 出来すぎなくらいに! ひどいよ!」


 亜門は涙と同時に「うわぁぁぁぁぁ!」と大声を上げた。


 それを聞いた、メシアこと入田裕也は「亜門、お前は人間だ」と静かに告げた。


「どこがだよ! 母親の腹からじゃなくて、試験管で生まれたんだぞ! 人造人間じゃないか!」


 亜門が泣き叫びながらそう叫ぶと、メシアは「だが、お前は生きているし、これまで多くの人の人生に関与してきた、お前に友好的であれ、敵対的であれ、お前が生きた証拠は残っている。それにだな・・・・・・」と慰めを始める。


 亜門は涙を流しながら「何だよ?」とメシアと会話する。


「お前を嫌う、敵視する人間もいることは事実だが、お前を好きな奴も少なからずいる。お前がいなくなって、困る人もいるんだ。功罪問わずにお前は多くの人の人生に関連をしている。これが生きている証拠だ・・・・・・それにだな?」


「・・・・・・それに?」


「お前を愛している存在だっている。そうだろう?」


 それを聞いた亜門はいまいち想像が湧かずに「誰?」とだけ聞いた。


「・・・・・・お前の想像に任せる」


「誰だよ、教えろよ!」


 亜門は気が付けば涙を流しながら、笑っていた。


「もういい、お前の鈍感さには閉口した」


「何だよ、それ!」


 亜門とメシアがそう言いながら、じゃれ始めると、扉が開き、米軍の兵士の警備の下、スーツ姿のアメリカ人がやって来た。


「席に座れ」


 そう日本語で言うと、亜門は涙を拭いて、席へと座った。


「・・・・・・確認はするが、互いの過去は十分に知ったな?」


 そう言った、スーツ姿の男はハゲ頭の黒人だった。


「私の名はキングリー・ゲイツ。殺されたシフォンの代わりに暫定的であるがレインズ社の極東部長を任されている」


 そう言ったゲイツに対して、メシアは「レインズ社が俺を亜門に今の段階で接触させたのはなぜだ?」と刺々しい口調で語りかける。


「ミスター一場に戦ってほしいからさ。シフォンは君を人間扱いはしていなかったが、あの小悪党と違って私は君がメシアの助言を受けて、自分で判断をして、戦ってもらいたいと思うから、メシアこと入田裕也を君と一緒の空間に同居させているのさ?」


 亜門はそれを聞くと「僕は戦いませんよ」とだけ言った。


 それを聞いていないのか、ゲイツは「インド太平洋軍の司令官がここに向かっているようだが、彼は日本語がしゃべれないから、私が通訳の代わりを行うのさ。それはともかく」と勝手にしゃべり出し、ゲイツは亜門の目を見つめる。


「君に今回の事件の蹴りを付けてもらう。いや、付けてもらわなきゃいけない理由があるんだ」


 よく見れば、ゲイツのその目つきは前任のシフォンと違って、人を嘲笑することなく真っすぐに人を信じることを知っている善人の目だった。


 逆にビジネスマンとしてはそれで成立するのかと思わせるぐらいに真っすぐなものだった。


「逃走したテロリストグループは君の殺害も目的だが、そのバックにはアメリカ政府、日本政府、米軍、国防総省に自衛隊、防衛省に日本の警察庁に警視庁などのタカ派グループが極東の安全保障の危機を高め、中国とロシアの関与を匂わせ、その大義名分を持って、前者の二か国を牽制する理由から連中を支援していたことがある。穏健派はタカ派のその狙いは把握していたが、奴らが核弾頭を奪うことは予想をしていなかった。高官連中は武力を使って、恐怖を与えてでも、自分たちの目標を達成したいらしい」


 ゲイツがそう言うと、メシアは「輸送機はお前らが仕組んだことだろう?」と口を挟む。


「小悪党が君をここに入れなかった理由も分かるな? 確かに色々と入れ知恵をミスター一場に与えるだろうが、まぁ、いい。話を元に戻すと連中が核兵器が横田にあることを掴んで、それを奪取することまでは我々の範疇を超えていた。奴らはピースメーーカー、つまりは先ほどの高官連中に雇われた、傭兵部隊の連中だがそのピースメーカーの委託を受けて各国で、テロ活動を行っている筋金入りのテロリストだ」


「それが僕と何の関係があるんです?」


「リーダー格の江角大門は君との取違いによって、児童養護施設に渡り、荒んだ生活の末に傭兵になった男だ。君はそれに対して決着を付ける義務がある」


 それを聞いた、亜門は体が凍りつく感覚を覚えた。


 あのドラガの装着者が僕の代わりに取り違えられた子どもなのか?


 あの幼さの残る声音を思い出した、亜門は思考が止まる感覚を覚えた。


「一場君、彼に引導を渡すのは君の役目だ」


「そんな・・・・・・僕の代わりになって犠牲になった人に引導を渡すことなんて、僕には出来ませんよ!」


 そう言って、怒鳴り散らした亜門はメシアドライブを瞬時に見つめた。


「あのドラガは俺がフランス外人部隊にいた時にボコハラムとの戦闘で戦ったテロリストだ。俺も奴と決着を付けなければならない、亜門、気持ちを強く持て」


 ボコハラムとはナイジェリアを中心に活動する、イスラム系のテロ組織で組織の名は現地の言葉で西洋の教育は罪という意味らしいが、そんな悪党までAIにするレインズ社の姿勢に不信感を抱く前に亜門は自分の代わりに悲惨な人生を歩んだ、青年に対する贖罪の念から涙を流してしまった。


「・・・・・・僕には出来ません」


「気持ちは分からないが、君には乗り気になってもらわなければ困る。我々が作り上げてしまったであろう、怪物を我々の手で殲滅しなければいけないからだ」


 そう熱っぽく語る、ゲイツを見ていた亜門だったが、戦意など湧くわけがなかった。


「僕は戦いません」


「・・・・・・・まぁ、青年期特有の倦怠感さ。放ておこう」


 そう言って、ゲイツが部屋に出た後にメシアは「お前はいずれ戦わなければいけない。それは分かっているだろう?」と問いかける。


「もういいよ、話しかけないでくれよ」


 亜門がそう言うと、メシアは「勝手にしろ」とだけ言って、黙り始めた。


 部屋の中は灰色で統一され、圧迫感を与えている中で、その中で亜門はひたすら、むせび泣いていた。


105


 五十嵐徹はアメリカ軍の車両が多く集まっている、襲撃された横田基地のゲートを眺めていた。


 警視庁の車両もゲート前に止まっているが、日米地位協定があるために基地内には入れない。


 その車両の中にはソルブスユニットのトレーラーも含まれていた。


 すると、スマートフォンには公安部長の瀬戸から電話がかかってきた。


「五十嵐です」


「俺だ、小野が米軍に拘束されたそうだ」


 それを聞いた、五十嵐はそれ見たことかと思った。


 ソルブスユニット全員が持ち場を離れて、一場亜門奪還に動くと聞いた時から嫌な予感は感じていたが、アメリカ側からの手引きがあったとはいえ、外国人が治外法権の米軍基地に入ったのだ。


 ただで済まされるわけがない。


「でしょうね。無断で米軍基地に入ったのですから」


「ティム・クルーザーという知日派のCIA要員の手引きがあったようだ。現在、ソトゴトの方でも調査を行っているが、傭兵部隊が基地を襲撃したのは事実だな?」


「はい」


「何故、久光総監がお前に課した命令を私に報告をしなかった?」


 そう言った瀬戸の声音は後半に至っては怒気を孕んでいた。


 ソルブスユニットが行った、作戦に立ち会うように総監自ら、ノンキャリアの自分に頭を下げたのだ。


 公安捜査官としては政略的に考えなければいけないところだが、五十嵐は自身の中にある感情的な部分を抑えながらも総監からの密命に応じて、現地へ赴いたのだ。


 そして、警備部内にピースメーカーの魔の手が迫っていたことから、ハムにもそれが浸透している可能性をあることを鑑みて、五十嵐は独断で総監の密命の遂行を優先して、公安部長である瀬戸の指揮下を離れたのだ。


 結果として、自分の忠実な部下がトップとはいえ、自身に報告をせずに他の人間の命令で動いたのだ。


 ある意味で、大人である電話の向こうの瀬戸の機嫌を損ねることは承知の上だった。


「瀬戸部長に報告すれば部長自身がピースメーカーのメンバーではなくても、警察内部のピースメーカーのメンバーに情報が漏れるとーー」


「貴様、私から情報が漏洩すると言いたいのか?」


「現に設楽警備局長が拘束されました。仮に部長がそうではないとしても情報漏洩の可能性を鑑みて私の独断で――」


「もういい、お前が、私に対して報告義務を怠ったのは事実だ。これは、はっきり言って、私の機嫌を損ねる行為だ」


 だから、言っただろう。


 警察内部も危ないって?


 五十嵐は瀬戸にそう怒鳴りたい気分だったが、それはしなかった。


 瀬戸が「至急、本部へ戻れ。米軍基地から、デイビー・クロケット型の核兵器が奪取された」と静かに告げた。


「なるほど、連中の狙いはそれですか?」


「うるさい、後で覚えておけ」


 瀬戸がそう言うのを無視して、五十嵐は「デイビー・クロケットは冷戦が終結した段階で廃棄されたと思っていましたが、まさか、二〇四〇年に存在しているとは? しかも、日本の東京で?」とだけ言った。


 それを聞いていた瀬戸は黙っていた。


 デイビー・クロケットとはアメリカのアラモの戦いで戦死をした同国の英雄の名前で、歩兵が扱うために作られた戦術核兵器の名称として使われている。


 そのような戦術核兵器が生まれるに至った、理由としては第二次世界大戦後のアメリカは冷戦において、旧ソ連と戦争を行った際に核兵器による報復を行う方針を取っていたからだ。


 デイビークロケットはその冷戦構造によって、局地戦から大国同士による戦争を始めとする様々な段階に応じた核兵器のバリエーションを増やす段階で生まれた代物だ。


 発車装置は無反動砲で、兵士が肩に担ぐタイプと三脚架台に乗せるか、軽車両に搭載して運用する大型のものが想定されていたが、核弾頭を個人が肩に担いで、運用することはサイズ、重量的に不可能だという盲点があった。


 しかし、ここ最近のソルブスの発展により、筋力的にそれが可能になり、近年において、開発が再開されたとは聞いていた。


 まさか、米軍はこんな恐ろしい兵器を横田に隠し持っていたとはな。


「先ほどの輸送機に積まれていたんですね?」


「そうだ、ソルブスによる運搬を前提にした新型だ。ソルブスを装着した際の筋力を考えれば百キロ程度の核弾頭もバズーカのように扱えるだろう」


 瀬戸の声音が不機嫌になるのを感じながらも五十嵐は通話を続ける。


「山梨県警から樹海にその輸送機らしき、物体が墜落したと報告があった。県警が調べようにも米軍が先にやって来て、調査を始めているらしい」


「レーダーを使えば、簡単に経路が分かるので、待ち伏せすればいい話ですが、核を持っているのと、アメリカの強行派の後ろ盾がありますからね。中には誰もいなかったんですか?」


「あぁ、人っ子一人もいなかった、移動する際に検問も擦り抜けたらしい。Nシステムまで擦り抜ける時点で完全に日米両政府公認だよ」


 それを言った、瀬戸は「フン!」と鼻を鳴らしだした。


「しかし、冷戦の遺物の新型を作っていましたか。世界は未だにゼロサムゲームから抜け出せないということですね」


「沖縄へ空輸で送る途中だったのが、奴らに察知されて強奪されたそうだ。アメリカは今、中国と経済で繋がりながらも軍事では緊張状態が続いている。その緊張状態の中でのカードとして強硬派のデービス大統領がソルブスによって、運用される核兵器の開発を進めていたということは聞いているな? これが強奪されて、日本で使われたとなると大スキャンダルか、やられたらやり返せの理論での核武装論がアメリカでも叫ばれるかのどちらかだ。まぁ、そのピースメーカーからすれば大成功だがな?」


 瀬戸はそう言うと、一息ついて「それらの尻拭いは全て、教団が担うのさ」とだけ言った。


「同情の余地もないですが、悲惨な末路ですね?」


 五十嵐がそう言うと瀬戸は「まぁいい、それより現場を見ていたわけだな?」とだけ言った。


「カメラで遠くから見ていました」


「私への報告を怠ったこと、これは許せん、ハムにおいての独断専行だ。結果オーライもあり得ない」


「おっしゃる通りです」


「だが、私の恩情として、当面は公総係長のお前を使う。日高公総課長に報告した後に至急、動いてくれ」


 それを聞いた、五十嵐は首の皮一枚つながったなと思った。


「すぐに戻ります」


 そう言って、五十嵐が横田基地から離れようとすると、瀬戸が「ちなみに事件の映像は残っているだろうな?」と念を押す。


「もちろんです」


「そうか、それはいいが・・・・・・」


「どうかされましたか?」


 瀬戸の急な機嫌の変化に嫌な予感を感じた、五十嵐は瀬戸にそう尋ねる。


「お前の言う通り、ビでは設楽警備局長と小川が一連の事件で、教団の支援を行っていたことが分かった。本部やサッチョウは上から下まで大慌てだ。現場はそのことは知らんし、マスコミにも情報統制を行っているから、当面はあの二人は行方不明扱いにするが、警視庁の大幅な人事の刷新が行われるだろうな?」


 なるほど、出世レースにおいてのライバルがまさかの犯罪行為で失脚したのだ。


 その二人を何らかの形で不審死扱いにして、警視庁にスパイがいた事実を伏せたことで、自身のサッチョウ長官、もしくは警視総監の椅子が近づいたことに機嫌を良くしたのだろうなと五十嵐には感じ取れた。


「それは、私が進藤に指示をして、拘束させました」


「それはよくやった。おそらく、貴様に密命を下した、総監もその身は危ないな?」


 瀬戸はやはり機嫌が良くなった。


 総監の辞任まで、そろばん勘定に入れているか?


 つくづく、腐った古狸だ。


「以上だ、本部へ早く戻れ」


 瀬戸はそう言った後に、通話を切った。


 その直後に米軍基地の目の前でパトカーやソルブスユニットのトラックが立ち往生しているのを見た。


 しばらく、こいつらには会えないな?


 五十嵐はすぐに横田基地に背を向け、その場を離れることにした。


 サッチョウ警備局長に警視庁警備部長が、教団に対して一連の事件の幇助を行っていたことと、米軍が保管していた、核兵器が輸送機によってテロリストに強奪されたことを鑑みれば、公総には休む暇はないだろうなと思えた。


 あんたは恨むよ、小野特務警視正。


 あんたに肩持った結果、俺の警察官人生は終わりかけた。


 五十嵐は米軍に拘束された、世渡りの下手な元自衛官に対して、憎しみと哀れみの混じった不思議な感覚を覚えながら、横田基地の最寄り駅であるJR青梅線牛浜駅へ向かうために国道一六号線を徒歩で歩き始めた。


 横田に行く際には電車が一番いいというが、五十嵐はそれが煩わしかった。


 電車は嫌いだ。


 交じり合いたくない奴同士でも距離が近くなりすぎるからだ。


 五十嵐はそう悪態を脳内で呟きながら、牛浜駅へと向かって行った。


106


(政府より、緊急のお知らせです。テレビの前のみなさま、街灯にいる、みなさまは出来る限り、近くの人と共有する形でテレビをご覧ください)


 公共放送局のアナウンサーが眼鏡面の温厚そうな顔を強張らせながら原稿を読む。


(今回の相次ぐ東京でのテロ事件を受け、先ほど、宮井内閣官房長官は政府は現行の警察力では事態の収拾を図ることが困難であると判断し、自衛隊による治安維持出動の適用を決定をしたとの声明を記者会見で発表しーー)


 アナウンサーが淡々と原稿を読む様子を、ある会社員はスマートフォンで動画サイトから視聴していた。


 そして、画面は内閣総理大臣の徳重による、記者会見の様子へと移って行った。


(これを受け、東京都には自衛隊の部隊を展開することを政府は決定いたしました。これにより派遣される部隊は東京都は陸上自衛隊東部方面隊から第一師団の第一普通科連隊、第一通信中隊――)


 記者会見が行われていた、その頃には首都高で陸上自衛隊の主力戦車である九〇式戦車を乗せた、陸自の戦車運搬車である七三型特大型セミトレーラーが新宿を目指して走行していた。


 その後ろには一〇式戦車も同じくモスグリーン色をした、七三型特大型セミトレーラーに運ばれていた。


 そして上空を見れば、陸自の主力戦闘ヘリAH-1Sヒュイコブラが、戦闘ヘリ特有の重い羽音を鳴り響かせ、上空を飛び去って行った。


 そして、会社員たちが帰宅する時間帯になると、永田町には九〇式戦車が入り、自衛隊員たちが国会の周りに展開をし始めた。


 そして、官公庁のヘリポートは陸上自衛隊のCH―47チヌークが独占をする形になり、そこから全国から集められた陸上自衛隊の隊員たちが雪崩のように降り立って行った。


 そこから、永田町だけではなく、新宿などでも戦車をはじめとする地上部隊が展開され、東京都及び近隣都市でも陸上自衛隊のヒュイコブラや観測用のOH―1ニンジャが上空を旋回飛行をする光景が市民に目撃されていた。


 これらの光景はすぐに目撃をした市民によって、YouTubeやXにアップされ、すぐに拡散されることとなった。


 テレビでもその様子は流され、それを見た人々は日本国内に何かしらの異変が起きたと危機感を抱く者や結局は自分には関係がないと考え、思考の外に追いやる者の二者に分けられる形となった。


 そして、自衛隊の大部隊が東京都内に配備された翌日に東京では異様な光景が広がっていた。


 通勤をするサラリーマンが通勤ラッシュにもまれ、降車した新橋駅のSL広場の前では陸上自衛隊の隊員たちと戦車が当たり前のように存在していた。


 多くのサラリーマンたちはそれを無視して、会社に出勤するが、中には物珍しさから写真を撮るなり、動画を取るなり、インスタグラムに上げようとする者もいた。


 結果的にはここでも、二分の現象は起きていた。


 そして、治安維持出動発動の中においても、日常を止めることの出来ない東京において、陸上自衛隊の隊員が20式5.56ミリメートル自動小銃を持って、街中で警邏を行っていた。


 その周辺にはちらほらと機動隊の腕章を掲げた、警視庁の警察官たちもいた。


 そして、これは都内にいる市民には分かりえないことであったが、上空では航空自衛隊のE―2D早期警戒管制機が上空からテロリストの詳細な情報を収集するために投入されていた。


 膨大なデジタル波を捉えることにより、そこから発信される電波を探るために東京の空へと投入されており、当然、都民の通話の多くもそれに盗聴されていた。


 そして、お台場では海上自衛隊のいずも型護衛艦が展開され、地上戦が展開された場合において、航空支援を行えるようにF35BライトニングⅡも配備されていた。


 しかし、多くの市民はそれに構う暇もなく、ただ日常を消費せざるを得なかった。


 こうして、東京は厳戒態勢の中で、関係省庁や政府関係者には緊迫感が漂う結果となっていたが、多くの市民たちにはこの異様な街の様子の中で日常を過ごし続けるしかなく、東京都内の様子は極めて異様なものとなっていた。


 そのような異様な光景の中で、日常を進行させている人々の知らないところで警察官や自衛官たちは神経を張り詰めさせていたのであった。


 日付は二〇四〇年十二月二十一日。


 この時、都民の間では東京が戦場になるという冷徹な事実に対して、一ミリの感情も抱かない無関心という日本のお家芸が進行していた。


 その日は必ず、来るということを彼ら、彼女らはまだ、知らない。


107


 政府によって、自衛隊による治安維持出動が発動されてから、丸一日。


 須藤俊一とブラマンはワインを飲みながら、目の前に座る三人の若い男女を見つめていた。


 彼らはC-17輸送機からソルブス装着後にパラシュートで降下して、輸送機から脱出し、その同機は自動操縦の末に山梨の樹海に墜落したそうだ。


 その上で長距離トラック運転手を装った、ピースメーカーの要員が彼らを運び、結果的にNシステムを潜り抜け、彼らはこのささやかなパーティー会場にやってきた次第だ。


 須藤はこの三人の若者を眺めた後にワインをグラスに注ぎ込んだ。


 山梨での輸送機墜落は米軍が現在調査中としているが、無用な混乱を避けるためにテロリストがその輸送機を乗っ取った事実を報じるのは避けて、あくまで、米軍の訓練中の事故ということが望ましいと米軍側から日本政府に通達したらしい。


 核兵器を奪われたという事実を伏せたいからだろう。


「あくまで日本国民とアメリカ国民の国民感情を煽るために我々はテロを起こした」


「そのようだが、教団を捨てたあんたには俺たちが新型のデイビー・クロケットを手に入れて、日本に対して復讐をしようとしても何とも思わないだろう?」


 そう目の前に座る江角大門がニタリと笑うと、須藤は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 金目的で学生時代から信仰していた教団を裏切ったのだ。


 事実、先ほど、塚田の息子から電話で怒鳴られたが、それをひとしきり聞いた後に電話を切った。


 しょせんは感情に任せて怒鳴りつけるしか、能のないバカ殿だ。


 奴らには最後の尻拭いで役立ってもらおう。


 今の須藤には金しか頭になく、教団への信仰心や日米政府の高官たちが考えている国防世論やゼロサムゲームなどの概念は全く無かった。


「核兵器を東京で使えば、世界は再び核戦争を容認するようになるさ。一部では核兵器廃絶論が高まると思うが、力を持った、核保有国や核の傘に依存する同盟国やNATO諸国には真逆の現象が起きるだろうな? これによって、アメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアの五か国は堂々と核兵器の研究、開発を行うことが出来る。ICANや日本被団協の核兵器廃絶運動によって、非核保有国に広がった核兵器廃絶論を牽制する狙いがあんたたち、ピースメーカーにはあるんだろう?」


「世界の平和のためさ。私たちからすれば、ゼロサムゲームの勝利のためにはあの兵器は必要さ」


「緊張状態が続いて、争いが頻発すれば、得をする政治家や企業がいるからな。世界の平和のためというよりは戦争を自分たちの肥やしにするのが、あんたたち、ピースメーカーじゃないかと俺は思うがね?」


 大門がそのような暴言を吐いても、須藤とブラマンは表情を変えなかった。


 それは事実だからだ。


 我々は慈善団体でもなければ、名前のような平和を望むNGOでもない。


 世界の監視者であると同時に適度に世界で争いを起こし、欧米を中心とする、富裕層の利益を誘導し、そのために都合の良い情勢を作り出す。


 我々、ピースメーカーは世界の支配者にとって、都合のいい現実や利益を作るために作られた、人工的な世界の審判といってもいい存在だ。


 理想を唱えて、何もできない国連の連中よりもはるかに現実的でビジネスに適した組織だと、隣に座るブラマンはかつて須藤の前でウィスキーを飲みながら、語ったことがある。


 その時にこいつはリアリストだなと須藤は感じた。


 ブラマンは正義だとか悪などという抽象的な概念で、ピースメーカーの活動に加わっていない。


 単に世界を都合よくコントロールして、世界の支配者を自負する連中に都合のいい現実を提供することに比重を置いているのだ。


 教団への信仰心が薄れた自分には金と以前から興味があった、生物兵器とそれを開発するための改造手術の実践のための機会を提供する、ピースメーカーはとても都合の良い存在だった。


 大学の医学部で教鞭を執る傍ら、自尊心が強く、内向的な大学生に高収入を与え、無きに等しい才能を開花させるなどの大嘘をついて、数多くの学生を改造してきた。


 運悪く、死亡した学生は警察の協力者に頼んで、都合の良い形での死亡という措置を取ってもらった。


 それが三十年続いて、ようやく、教団で実用化された。


 そして、バカ息子相手に自分たちの技術をピースメーカーに売り込めば、大金が転がり込んでくると説き伏せて、一連の教団による殺人事件を起こしたのだ。


 全ては計画通りだった。


 バカ息子は、生物兵器を実際に日本で使ったことによって、警察がどう動くかも分からずに自身のキャバクラ通いの費用のためにピースメーカーへの兵器技術の譲渡金を目当てに事件を起こしたのだ。


 自業自得だ。


 自身の黒社会との繋がりと私物と化した、教団もろとも地獄に落ちてもらう。


 今現在、教団は世間に戦争を仕掛けようとしているが、それは信者を先導するためであって、バカ殿の本当に目的は永遠にキャバクラ通いをすること以外にない。


 そのバカ殿には無断でキメラの歩兵部隊とドローンの部隊を編成し、東京を進撃する作戦が終了したと同時に全ての罪を同人に償ってもらう。


 これは警察庁警備局長の設楽とブラマンが事前に考えた計画だった。


 これにより、警察も大捕り物を取ることになり、教団の技術とキメラになった信者も堂々と、ピースメーカーで使うことができる。


 哀れな信者たちは須藤が教祖の命令だからという適当な嘘を話すか、無理やり拉致をするなどして、キメラへの改造手術を済ませた後にアメリカ本国へと送り、来るべき審判の日のためにピースメーカー本部で調整を行っている。


 そこには愚かなFランク大学であるグリン大学の学生も含まれている。


 このキメラ連中を歩兵部隊として使い、目の前にいる三人の若者たちが東京のど真ん中で核兵器を使い、世界に新たな混乱を引き起こす。


 そして、自分とブラマンはアメリカで悠々自適な生活だ。


 これが出来れば、全て、思い通りだ。


 この目の前の若者たち、特に真ん中の江角大門は自身の幸福に過ごせたであろう、人生を奪った日本に対しての復讐を最大の目的とし、一場亜門の殺害よりもそれを優先している。


 そして、その日本に対する復讐のために生き死にを賭けている。


 端から生きて、日本の破壊を目にすることは考えていないだろう。


「キメラ部隊と例のドローンは予定通りに来るんだろうな?」


「もちろんだ。君らの核兵器の動きに対する、支援として相当数の部隊を準備している。足止めにはなるだろう。君らは安心して、核兵器を東京で発動してくれ」


「数は?」


「一五〇体プラス三五〇体だ。自衛隊や警察の全勢力と戦うにしても時間稼ぎは出来るさ。君らは東京のど真ん中で派手なクリスマスプレゼントを開ければいい」


 それを聞いた、大門は「日本人は核にアレルギーを抱いている中で、あんたはそれをクリスマスプレゼントと言ったな?」とほくそ笑む。


「あぁ、言った。この国は二度目の敗戦を迎える」


「それも国家相手ではなくテロリスト相手にな?」


 それを聞いた、一同はニタリと笑みを浮かべて、お互いに握手をした。


「決戦はクリスマスイブだ。俺はこの国に復讐する」


「我々の目的通り動いてくれるなら、協力は惜しまんよ。存分に暴れて死んで来い」


 それを聞いた、大門、レイラ、イザークの三人は笑っており、これから迎える陰惨なテロ活動に対する贖罪の気持ちや良心の呵責に死の恐怖をも感じていないことは明白だった。


 若者は怖いもの知らずだから、どこまでも残酷になれる。


 本当の優しさを唱え、実行するほどの思慮深さなど、この三人には感じ取れなかったが、須藤やブラマンからすれば、それは都合が良いと思えた。


「クリスマスプレゼントは必ず送る。その時はこう言うよ」


「何を?」


「メリークリスマスとさ?」


 それを聞いた、大門は大声で笑い出した。


「あんた、不謹慎だな?」


「君ほどではないよ。核兵器を使うなどと」


「あんたはそれをクリスマスプレゼントと言っただろう」


 意気投合をした、二人はそのまま、話し込んでしまった。 


 そして、他の二人とも意見の交換をし合って、酒も進んだ。


 何年ぶりだろうか?


 ブラマン以外に自分の本心を堂々と語って、他者に信任を得るなどとは?


 須藤はワインをグラスに注ぎ、つまみのサラミにも手を出していた。


 大門と共にグラスで乾杯をした後に須藤はこの年の離れたこの若者に対して、何かしらのシンパシーを抱いている自分を知覚した。


108


 世間は年末が近づき、新宿の街並みはクリスマス一色となっていた。


 久光瑠奈は家族にクリスマスプレゼントを買うためにルミネ新宿へと向かっていた。


 新宿は東京でテロが頻発していることによって、日本政府が現行の警察力では事態の収拾が困難と判断した。


 その結果、自衛隊の東京への治安維持活動が開始され、ここ新宿でも小銃を持った自衛隊員が辺りを走り、通行客を睨んでいた。


 これを受け、当のテロを起こしたとされている、教団トップの塚田にも任意同行での捜査が進み、近々、破壊活動防止法と内乱罪が適用されて、父親同様に死刑囚になるのではないかと報道では伝えられていた。


 そのようなことが脳裏に浮かぶ一方で、瑠奈が足を運んだルミネ新宿前にも厳つい自衛隊員が、鋭い眼光で通行人を眺めていた。


 途中で足の長いOLが自衛隊員の前を通り過ぎたが、自衛隊員は一切、身じろぎせずに鋭い眼光を保っていた。


 女にも目もくれずにご苦労様です・・・・・・


 瑠奈はそう思いながら、自衛隊員を眺めていると歩道には戦車が通りかかった。


 あまりにもレアな光景なので、多くの通行人がカメラで撮影をしていた。


 もう気分は非現実的空間だな?


 もっとも、自衛隊が主体となって、国民の権利や司法、行政権を制限することは事実上出来ないのだ。


 だから、国民はこんな状況でも仕事に行く。


 それが良いか悪いかは別にしても、こんな状況でテロが起きたら、それこそテロ組織の思うつぼだろうと瑠奈には思えた。

 

 そのような異常な光景が続いているのを知覚し、仕事や学校を続けなければいけない世の中の矛盾に呆れ返りながら、非日常的な光景を眺めていた。


 兵隊さんはご苦労様です。


 しかし、兵隊さんが出るなら私たちも戒厳令で全員、何らかの避難をさせればいいのに?


 瑠奈はそのような疑問を抱きながら、デパートにあるガラスから外の光景を眺め、すぐにそれらを眺めるのを止めた。


 そして、プレゼントの買い物を再開した。


 一応は父と母の分も揃えたが、もう一つだけ買わなければいけない品があった。


 亜門にクリスマスプレゼントを買おうと思ったからだ。


 もっとも、当人は米空軍病院に入ってから、音沙汰もないし、横田基地があんな目に合ったのだから、とても不安な心境だ。


 亜門が帰ってくると信じて、今からプレゼントを買おうと思った次第だ。


 亜門は普段私服姿で庁舎に通っているらしいが、一応は公的要素の強い機関で働いているのだ。


 スーツで活動することもあるだろうと思って、瑠奈はルミネ2の三階と四階にあるメンズ売り場に足を運んだ。


 赤いネクタイが好きな人がいるが、瑠奈はどちらかというと落ち着いた色の方が好きなことと、青色のネクタイの方が優しい印象を与えるので、お偉いさんたちの受けもいいだろうなと思いながら、瑠奈はネクタイを選んでいた。


 赤はダメだな?


 気合は入るけど、印象がどこか攻撃的に映ってしまう。


 青色の方が相手に柔らかな印象を与えるだろうなと思ったため、青色の結構ないい値段をするネクタイを選んで購入した。


 亜門君、早く戻ってきてくれないかな・・・・・・


 瑠奈は父親と母親へのクリスマスプレゼントと亜門のネクタイが入った袋を持つと、ルミネの外へと出て、新宿の街へと出た。


 再開発が進んだ、新宿では二〇二八年に開業した、新宿グランドターミナルの高層ビルが高々とそびえ立っていた。


 都会だな・・・・・・


 私は東京出身だから、地方を知らないとよくパパに言われるけど?


 そう思っていた矢先に空からは雪が降り始めていた。


 もうすぐ、クリスマスだ。


 亜門君・・・・・・会いたいな?


 瑠奈はそう思いながら、JR新宿駅へと向かって行った。


 続く。



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