第8話 未来への飛翔
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「作戦内容は遠隔操作であれを・・・・・・おい、お前は聞いているのか?」
独房で寝っ転がりながら、亜門は「僕は戦わない」とだけ言った。
「いつまで、ブルーモードになっているんだ。シフォンは死んで、少しは理解のあるゲイツからも年中説教を食らっているだろう。それに俺まで留置場に入れて、お前を説教しているんだ。みんながお前を待っているんだぞ?」
「放っておいてくれよ」
そう言う亜門に対して、メシアは「ドラガを着た装着者に対して、贖罪の念を抱いているのか?」と確信を突いた質問をしてきた。
「・・・・・・僕の代わりに取違いをされて、父さんや母さんから離されたんだ。おまけに児童養護施設に預けられて、傭兵になるなんて、確かな幸福がそこにあったのに一部の大人の都合でそれが奪われたんだ。あいつが僕を恨んだとしても仕方がないよ」
亜門はそう言いながら、うつぶせに寝る。
「だが、日本でテロを起こされるなら、俺たちは迎撃しなければいけない。いくら相手の事情が悲惨で同情の念を抱いたとしても、それによって関係のない人間を巻き込んで、テロを行うなど言語道断だ。お前は甘すぎる」
メシアがそういう中でも、亜門は「知らない、僕は戦いたくないんだ。放っておいてくれよ」と言って、寝返りを打ち続けた。
「瑠奈を見殺しにすることになるぞ」
「何で、瑠奈が出てくるんだよ」
「瑠奈がテロの現場に遭遇することも考えられるだろう。外交的な奴だ、事件現場に遭遇することも考えられる」
それを聞いた亜門は若干動揺を覚えた。
瑠奈がテロ事件に巻き込まれるとなると、話は別だろうな・・・・・・
だが、それでもメシアの意見に同意するのは癪に障るので、亜門は「可能性は低いだろう?」とだけ言った。
「首都圏でテロを起こすことを考えれば、瑠奈も巻き込まれる可能性がある。連中が核弾頭を使うという時点でその可能性は高い」
メシアの言うこと一つ一つが癇に障る。
「うるさい!」
「お前は罪のない人間の日常を奪う犯罪行為を行うであろう、テログループをそのまま放置するのか?」
メシアがそう言うと、亜門は「僕には関係ない!」と言った。
完全に意地を張っていた。
「大ありだな。力を持った・・・・・・持ってしまったとしても、その対象者には義務が生じる」
「何だよ、それは?」
「力を持った人間にはそれ相応の振る舞いと義務がある。エロ本だって自由に買えないし、信号無視もできずに自分よりも年下の奴や、ストレスまみれのおっさんにおばさん、じいさん、ばあさんが喧嘩を売ってきても相手にしないことはお前は出来ている。お前はそれに関しては偉い。だが、お前は俺という力を得てしまった。この力はコントロールしなければお前を簡単に悪人に変えてしまう。その負の感情をコントロールする強さがお前にはあるから、今日に至るが、それを維持して、ヒーローになることはなくても悪人にならないようにコントロールを維持しなければいけない」
メシアがそういう中でも亜門はごろ寝を続ける。
「お前は力を持ってしまった、だから、逃げ出すことはできない。そして、俺という力を得たお前はこの非常事態において、罪の無い人々を救わなければならない、それこそ――」
「そんなの米軍がやってくれるだろう?」
「人任せにして、役所や政府が何でも保証してくれると思うのが、日本人の病と言ってもよい国民性だ。現に大規模なテロ事件が起きても、民間人は警察任せにして逃げ惑うだけだ。アメリカやフランスとは建国の歴史が違うという側面もあるだろうが、革命で出来上がった国家において、人権とは戦って得るもので、国から与えられるものではないと認識している。お前はそこまで無責任で頭の悪い奴じゃない。そのぐらいは分かるだろう?」
メシアがそう言うと、亜門はただ寝っ転がっていた。
すると、メシアはとりあえず論戦をとりあえず、小休止するつもりなのか「クリスマスが近いな?」とだけ話した。
しかし、亜門はそれを無視した。
「もういい、勝手にしろ」
そう言ったきり、メシアが話しかけることはなかった。
寝っ転がりながら、独房にカメラが付いていることを確認した亜門はこのやり取りも米軍に撮られているのだろうなと思った。
それから、しばらくすると、独房の扉が開いた。
そこには戦闘服を着た白人の米兵を引き連れた、ゲイツが現れた。
「一場、尋問の時間だ」
ゲイツがそう言うと、亜門は「・・・・・・クリスマス前なのに大変ですね?」とだけ言った。
「君は日本人だから、クリスマスの特別感は分からないだろうが、公職にいる人間には関係ないさ。私は民間人だがね?」
それを聞いた亜門は米兵に促される形で、独房の外へと出た。
久しぶりの明かりを見た亜門は思いっきり、背伸びをした。
「よく寝たか?」
「まぁ、結構」
そう言って、亜門は米兵の先導の下で、尋問を受けるために別室へと移動していった。
亜門は「何か、予定でもありましたか?」と聞いた。
「君の一件で、本国での休暇は消えたよ」
ゲイツはそう言って、笑った。
亜門はそれっきり、黙って、米軍基地の廊下を歩いて行った。
110
小野澄子は横田基地内にある独房で体育座りをしていた。
すると、そこに見張りの米兵がやって来る。
「釈放だ、ミセスオノ」
南部訛りの英語で米兵がそう言うと、小野は「センクス」とだけ言って立ち上がる。
服はこの基地に入った時から着たきり雀で風呂にも入っていない。
臭いと亜門の現在の状況が気になるが、とりあえず今、現在は指揮官である自分がソルブスユニットに戻って、今後の対応をしなければならないと思考を働かせ始めていた。
米兵に促される形で外に出ると、トヨタのカローラに乗って進藤が迎えにやって来た。
「ティム・クルーザーは本国に召還されたそうですね?」
進藤がそう言うのを聞いた後に小野は基地外へと出る。
すると、基地の門は閉まり始め、小野はどこか排他的な扱いを受けたかのような感覚を覚えた。
「閑職に回されるかもね?」
「日米地位協定を無視して、サッカンを米軍基地に入れて、戦闘までさせましたからね。彼の無事を祈るしかありません」
そう言って、小野はカローラの助手席に座ると、関口一番に小野は「どうして、私だけ、解放されたの?」と進藤に聞いた。
「何でも、アメリカの国防長官がホワイトハウスに小野隊長の釈放を進言したそうです」
「ジェネラルシーツね?」
「ご存知でしたか?」
ジェフリー・シーツ国防長官とはかつてアメリカ海兵隊の大将を務めていて、日米合同軍事演習で何度か言葉を交わし、酒を飲んだこともある関係だ。
そのシーツは退役後、現在のデービス大統領に請われて国防長官に就任したが、まさか、自分の処遇のためにホワイトハウスに進言してくれるとは?
こんなところで自衛隊時代の人脈で助かるとは思わなかった。
小野はそう安堵した。
「しかし、亜門君に関しては日米安保条約の適用によって、日米共同で研究成果を共有し、兵器の開発をすることが解放の条件とデービス大統領直々に発言したそうです。警察上層部は最初からそれを借りにして、アメリカ政府やCIAなどに恩を売る狙いがありましたから。その点はクリアされ、国防長官の力であなたも釈放されましたが、一つ、問題点があります」
自動運転のカローラはターンをして、横田基地を背にしてそのまま走り去って行こうとした。
「久光総監が東京都内でテロが頻発し、それを防げなかったことを理由に事態が終息次第、辞任するそうです」
総監がクビになったか・・・・・・
小野はどこか、申し訳ないという気持ちを覚えながらも、カローラの車内から見える米軍基地で行われている補修工事を見つめていた。
「残念です。しかし国防長官の力とはいえ、指揮官であるあなたには当面指揮を執ってもらうことは嬉しいことです」
「緊急時だからこそ、私ではなくて、総監が留任されるべきじゃない?」
「テロ事案の多発を防げなかったことが大きな理由です。官邸も辞表を出すようにそれとなく助言したそうです」
「それとなく・・・・・・助言ね?」
小野と進藤がそう言いながら、自動運転の車の中でラジオニュースを聞いていた。
ラジオでは横田基地での襲撃事件の捜査が日米地位協定を理由に誰にも真相を知らされない形で、幕を引くことに解説者が疑問点を抱いていた。
「ところで、公総のあなたがどうして、私を迎えに来たの?」
「ソルブスユニットに異動ということになりました。もっとも、春の人事異動までは公総の私はユニットに同行するという名目ですが、事実上の異動ですね」
それを聞いた小野は目をぱちぱちと動かせるしかなかった。
「・・・・・・何か、やらかした?」
「日高公総課長からはやりすぎと言われました」
それを聞いた、小野は「あなたは警部補階級だから、結構な役職に立ってもらうかもしれないわね?」とだけ言った。
「ですが、他の隊員からすれば面白くないでしょう?」
「仕方ないわよ、階級があるんだもん、警察には?」
そのようなやり取りを行いながら、二人を乗せたカローラは横田基地を離れて行った。
「とにかく、ノンキャリとはいえ、警部補なんだから、私の補助役兼レイザの装着者として、業務についてもらいます」
「・・・・・・私は戦闘に関しては素人なので?」
進藤がそう言うと小野は「それはこれからの勉強」とだけ言った。
進藤がため息を吐くのを見ると、小野は窓の外に市街地が見えてくるのを知覚した。
総監が辞めるのか?
小野は自身の犠牲と引き換えに組織に自分を残そうとした、理解者に対して贖罪の念を抱かざるを得なかった。
111
結局クリスマスは家族と過ごすことになった。
瑠奈は母親と一緒に新宿プリンスホテルでディナーを堪能していた。
年末は警察が最も忙しい時期であるため、父は辞任を表明したもののそれは一連のテロ事件に区切りが付いたらという意味であって、今すぐ辞めるわけではない。
つまり、今年も父は年末年始においては仕事漬けで家族と過ごすことは無いということだ。
母と一緒にプリンスホテルのビュッフェで食事をしながら、瑠奈は「結局、パパは今年もクリスマスは来られないね?」と言いながらローストビーフを頬張る。
それを聞いた母は「もうすぐ、辞めて、少しは時間が出来るわよ」とだけ言った。
「警備会社の役員に天下るんでしょう。時間できるかな?」
「瑠奈。天下るなんて言い方は止めなさい」
母にそう注意されながら、瑠奈はマルゲリータピザに手を伸ばす。
「は~い」
瑠奈がそう言うと、母は「誰の入れ知恵でこんな言葉を覚えたのかしらね? あなた、確か、男の子と最近は仲がいいそうね?」とこちらを睨み据える。
それを聞いた瑠奈はマルゲリータピザを喉に詰まらせる。
「ゴホッ!」
「・・・・・・交際しているの?」
瑠奈は急いで水を飲んで、マルゲリータを胃に流し込む。
「いや、交際はしていないけど・・・・・・仲は良いよ?」
それを聞いた母は呆れたと言わんばかりのため息を吐いた。
「瑠奈、もうちょっと、将来性のある男の人と交際しなさい。聞くところによると相手の男の人はあまり評判の芳しくない大学に通っているみたいね?」
それを聞いた瞬間に瑠奈は机を叩いた。
「瑠奈、何てことをするの!」
「学歴がよかったり、勉強が出来て、プライドが高くて、すぐ格好を付ける人より、優しくて飾らない人の方が私、好きだもん!」
瑠奈がそう言って、母を睨み据えると母は「瑠奈・・・・・・実はあなたに紹介したい人がいるの」と唐突な話を始めた。
そう言った母の後ろから、色白でアイドル系のイケメン男子がやって来た。
「こちら、大石重工の三瀬さん。あなたよりは5歳上だけど、同年代で・・・・・・」
「私は学歴や容姿にはなびかないから」
そう言って、瑠奈は席を立って、関口一番「トイレ!」とだけ言って、その場を離れた。
「瑠奈!」
「お義母さん、さすがに唐突すぎますよ」
お義母さんって、呼んでいるよ。
もうすでに母はあの人に心奪われているな。
瑠奈はそう思いながらトイレの個室に入ると、ただ座った。
別に特にお腹が痛いわけでも尿意がある分けでもない。
ただ、今日、出かける時から母が誰かを紹介するんじゃないかという予感はしていた。
異性との交際が無いわけではないが、全ては母が決めた相手で大体がさっきの三瀬某と同じような人間だったが、自分が振られるということを想像できないような根拠のない自信を持った連中が大半だった。
確かに彼らは容姿端麗で家柄も良く、頭もいい。
だけど、私は亜門が良いのだ。
何故なら、彼は優しくて自分の弱さを正直に表すことが出来る青年であるから。
そういう青年は自分や他人の心の痛みがよく分かる人だ。
そんなことで男を選ぶのかと世の中の人は言うだろう。
中には男は金や容姿に運動神経が全てと言う同性もいるのは重々承知だ。
でも、私はそんな優生論みたいな形で、男の人を選びたくない。
私はどんなに優れていても根本的に自分の弱さを認めない人とは付き合いたくない。
そういう人はその実、外交的に見えて、内向的なのだ。
一度、三瀬某と同じ形の男子とデートしたことがあるが、そいつは自分の話ししかしなかった。
そんな連中ばかりと付き合っていた中で、亜門と私は社会情勢から身の回りに映画の話しなど、幅広い話をして、気が付けば、時間が過ぎていくほどに会話をし続けていたことがある。
こんな経験は初めてだ。
自分の話しと学校や会社の話ししかしない、男子は本当のところ自分に自信が無いから、そうなるのだろう。
要するにそう言う奴はその実質、内向的だ。
その一方で、亜門は実際には外交的だ。
何故なら、自分以外の世界に興味を抱いているからだ。
事実、彼は同年代の人間とはつるまずに大人と一緒にいることが多い。
同年代の人間と一緒にいると、大体は同じ考えの集団が出来上がるが、大人は会話を野球に例えるなら、キャッチャー役を務めてくれるのだ。
そのような人々と話をすれば相手は人生の先輩なのだから、世界観に幅が広がる。
若者は幼い。
故に排他的だ。
亜門はたしかに若者からは嫌われるだろうが、一歩引いた形で見れば、彼は大人だ。
本人はそれを否定しているが、彼はそんな子どもたちやエリートと呼ばれる人間たちよりも高貴な考えと振る舞いをしている。
自分が一番になりたい人間とは違い、彼はその実、外の世界を意識し、人としての姿勢を正している。
本人はそれを正面から表現することを嫌うが、それこそ高貴な人間の証だと思う。
それは普段の振る舞いから現れるもので、自分からアピールするものではない。
それをする者はどこか不自然な形を抱くと瑠奈は考えていた。
そう無駄に考え事をしているのだが、こう無駄に時間を過ごしても三瀬某は母と一緒にいるだろうなと思えた。
苛立ちを覚えた、瑠奈はダメ元で亜門に電話をかけた。
しかし、電話には出ない。
まだ、米軍基地に拘留されているのかな?
瑠奈はため息を吐くと、トイレの天井を眺めた。
すると、スマートフォンに着信が入る。
仕事で今日、来られないはずの父からだ。
「パパ、何?」
瑠奈が不機嫌な声を放つと、父は〈今、母さんと一緒か?〉と聞いてきた。
「そうだけど?」
〈すぐにそこから離れろ!〉
「どうしたの、急に?」
瑠奈がそう言うと、トイレの外から大きな爆発音が聞こえた。
すると、女の叫び声や子どもの泣き声が聞こえてきた。
〈新宿で大規模な武装決起が起きたそうだ〉
それを聞いた瑠奈は大きく動揺をした。
「パパ、ママは・・・・・・」
〈そこから動くな。今、父さんが何とかする〉
すると、トイレの外からは銃声が聞こえた。
〈キメラの集団が新宿の市街地に現れて、無差別殺傷を行っているらしい。お前は今、どこにいる?〉
父がそう聞くと瑠奈は「プリンスホテルのトイレの中・・・・・・」とだけ言った。
〈いいか、そこを動くなよ。警察が来るまでは絶対にだ〉
そう言った、父は瑠奈に対して〈分かったな?〉と念を押した。
「パパ、助けに来てくれる?」
〈事実上、私直属の部隊がいるから何とかするさ。もっとも、私が辞めた後にはどうなるかは分からない部隊だが・・・・・・〉
それって・・・・・・もしかして!
瑠奈はそれを聞いた時、心に希望が灯るような気分を抱いた。
〈いいか、奴らが救援に来るまでそこを動くな。分かったな?〉
「うん」
〈冷静だな、いい子だ、必ず助けてやるからな。頑張れ〉
そう言って、父は「とりあえず、通話をして現状を伝えろ。いいな?」と言った。
「私、こんな時にパニックになるような女じゃないもん」
〈だろうな、さすが私の子だ〉
「私、嫌いだもん、そんな男受けを狙う奴」
〈まぁいい、とにかく、ユニットが来るまで現状を伝えろ〉
そう言って、瑠奈はトイレの中から父と通話を続けていた。
すると、女子トイレに重い足音が聞こえる。
テロリストだ・・・・・・
瑠奈はそう感じた。
〈瑠奈、どうした! 返事しろ!〉
父がそう言う中、瑠奈はテロリストたちに見つからないように息をひそめた。
「教団の信者をキメラ化して、歩兵部隊に仕立てるか? そして、ドローンまで投入して、民間人を虐殺。時間稼ぎにはなるな?」
「いいのか? 連中が核兵器を使ったら、俺たちも巻き込まれるぞ」
「地下に逃げればいい。そのためのルートがあるだろう?」
「なるほど、東京には無数の地下壕があるからな? 議員先生の支援様々だな?」
「まぁ、いいさ、この哀れな信者たちは脳機能もコントロールされるようになって、完全な兵器になったからな。ドローンは敵と識別すれば、自動的にハチの巣にするからな? 俺たちは時間になったら逃げるさ」
そう言って、テロリストたちは瑠奈の入っている個室のドアをノックする。
「おい、開けろ!」
「中にいるのは分かっている! 出て来い!」
「それとも、犯されたいか! えぇ!」
瑠奈はそう言われて、恐怖を抱いた。
これは絶体絶命だ・・・・・・
瑠奈は殺されるのを覚悟した、その時だった。
銃声が聞こえて、テロリストたちが「グッ!」という唸り声を上げた。
「きっ、貴様!」
「女子トイレに入るなんて、マナーのなっていない奴らだ」
「もっとも、それだからこその悪人なんだろうけどな?」
そう言って、成人の男と中年の男のだみ声が聞こえる。
すると、再び銃声が聞こえる。
「ぎゃ!」
そうテロリストが唸ると倒れる音が聞こえた。
そして、重い足音が響き「うぉぉぉぉぉ!」と唸り声が聞こえる。
おそらく、キメラの声だろう。
「哀れだな? 作り物の神に溺れた末に怪物と化したか?」
そう男が嘲るように言うと奥から足音が聞こえる。
「祐樹、来たか?」
そう男が言ったと同時に銃声が聞こえて、キメラが断末魔の叫びを上げて倒れる音が聞こえた。
「お嬢さん、もういいぜ」
それを聞いて恐る恐るドアを開けると、瑠奈は絶句した。
目の前では死体が倒れていたからだ。
二人はテロリストで、もう一人はキメラだった男だと思われるが、茶髪で細身の大学生と思われた。
「中々にショッキングな光景だな?」
男がそう言って、瑠奈の顔を見つめると「何だ、総監殿の娘か?」とだけ言ってきた。
「あなたたちは警察官ではないみたいですね?」
「嗅覚が良い受け答えだ。その通り、俺たちは日陰者さ」
そう言って、一番年少と思われる、男が「亘、時間が無い。奴らはこの状況でも核兵器を撃つことが出来る」と言った。
「だが、核の場所は分かっている。新宿グランドターミナルだ」
「アメリカには衛星を介して筒抜けか?」
「こんな雑魚に構っている時間は無いさ」
そう言って、三人の男たちは女子トイレを出て行った。
〈瑠奈、どうした! 何があった!〉
父がスマホ越しに叫ぶと「パパ、核兵器って、どういうこと?」とスマホに語る。
〈何で、お前が知っているんだ?〉
そう言う父は狼狽していた。
「新宿グランドターミナルにあるって・・・・・・」
〈・・・・・・部隊が来るまで大人しくしていろ、いいな?〉
そう言って、父は電話を切った。
その後、瑠奈は死体を眺めながら地面にしゃがみ込んでしまった。
「私・・・・・・死ぬんだ?」
目の前で殺人が行われたことと核兵器が東京のどこかで爆発すると聞いて、瑠奈は恐怖心を抱いた。
「亜門君・・・・・・助けて! 亜門君!」
そう言って、瑠奈は繋がる当てもない亜門にひたすら通話を続けた。
しかし、聞こえるのはコール音だけだった。
瑠奈はそれを聞きながら、大きな絶望感を覚えていた。
112
亜門は独房の中で、新宿でキメラやテロリストたちが無差別殺傷をしているとの報道をメシアドライブで知った。
米軍があえて、外界とメディアを介して、情報を与えているのは自分にデータ名目であれ何であれ、ようするに戦って欲しいからだろう。
メシアは「亜門、一大事だ! ここから出るぞ!」と言ったが、亜門は寝っ転がりながら、それを無視した。
「・・・・・・罪のない人間が多く死んでいても、お前は何とも思わないのか?」
メシアがそう静かに呟くと、亜門は心にチクリと痛みが広がるのを感じた。
「しかも、デイビー・クロケットなんていう、とんでもない兵器まで引っ張り出してきたんだ。東京が死の街になる可能性がある。それでも、お前は動かないつもりか?」
確かに罪のない人間が多く死んでいて、これからも死に、東京が死の街になる可能性があるのが今の現状だ。
でも、僕は・・・・・・戦いたくない。
あのテロリストは僕のせいで犠牲になった被害者だ。
僕に彼を止める権利があるのか?
「亜門、本当に戦わないのか?」
メシアがそう言う中、亜門はただ無言を貫き通した。
すると、メシアドライブに着信音が入り、振動も響いた。
「・・・・・・米軍は通話を許可しているのか?」
「まぁ、外の世界と繋げてはいるんだ。健康的な引きこもりが出来ていいじゃないか。お前の好きな都会的な生活が――」
「さっきまで、怒っていたのに?」
そう言って、亜門はメシアドライブを手に取ると、それは瑠奈からの着信だった。
何で・・・・・・瑠奈が僕に連絡するんだよ?
何か妙な胸騒ぎを覚えていた。
そして、通話を始める。
「瑠奈、どうした?」
亜門がそう通話を始めると、瑠奈は泣いていた。
〈亜門君・・・・・・助けて!〉
いつも飄々としている瑠奈が、そう泣き叫ぶと亜門は「どうしたんだよ、何かあったのかよ?」と狼狽するしかなかった。
〈女子トイレに籠っていたら、目の前で人が死んで・・・・・・ママはどこにいるか分からないし、爆発はするし、銃声はするし・・・・・・もう嫌だ!〉
瑠奈はそう叫ぶと泣き始めた。
「瑠奈・・・・・・瑠奈は大丈夫なのか?」
そう亜門が問うと、瑠奈は泣きながら〈亜門君、助けて・・・・・・怖いよ〉と泣き始めた。
瑠奈が涙ながらにそう言うと、亜門は「分かった、僕が助けに行くから、安心してよ」と言ってしまった。
〈本当に?〉
「あぁ、テロリストなんか全員やっつけてやるから、安全なところへ早く逃げなよ」
亜門がそう言うと、瑠奈は落ち着きを取り戻し〈・・・・・・核兵器が新宿グランドターミナルにあるらしいの〉と静かに呟いた。
横田から強奪された、あれか?
それが何であんな高層ビルにあるんだ?
亜門はそう疑問を抱いたが、すぐに瑠奈をなだめるために「瑠奈、落ち着いて、安全なところに行けよ」と言った。
〈亜門君、助けに来てくれるよね?〉
「約束する。絶対に助けるから」
亜門がそう言うと、瑠奈は〈約束だよ、テロリストをやっつけてね?〉と言った。
「待っていろよ、必ず助ける」
〈うん、待っている〉
そう言って、瑠奈は通話を切った。
「言ったな、助けるって?」
「あぁ、言ったよ」
「まぁいい、これでお前がやる気になるなら、俺も米軍も万々歳さ」
メシアがそう小言を言うと、外から革靴の響く音が聞こえた。
すると、独房のドアが開き、ゲイツが高級スーツに身を包んだ大柄な体で亜門を見下ろすように見つめる。
「やる気になったか?」
日本語でゲイツがそう問いかけると、亜門は「聞いていましたか?」とだけ言って、独房に設置されたカメラを見つめた後に外へと向かって行った。
電灯の光とはいえ、久々の明かりを見たので、若干まぶしかった。
「若いな、女で動くなんて?」
「理由は何でもいいでしょう、米軍からすれば?」
それを聞いた、ゲイツは「来たまえ。作戦会議だ」と静かに言った。
そう言って、亜門はゲイツの先導の下で、米兵に促されながら廊下を歩いていた。
待っていろよ、瑠奈。
亜門の心にはその時に確かな使命感が沸いていた。
113
横田基地での軟禁状態からソルブスユニットに戻って、すぐに小野澄子はユニットのトレーラーに乗って、隊員たちと共にキメラによる無差別殺傷が行われている新宿へと向かっていた。
その道中に久光警視総監自ら、オンライン通話で指示を出すことになり、小野、高久、島川、中道、浮田、そして新加入の進藤はテレビ越しの総監相手に直立不動の姿勢で指示を待っていた。
〈今回のミッションが私が君たちに行う最後の命令だ。私は一連のテロ事件の対処に区切りが付いた後に辞任するつもりだ〉
それを聞いた、小野は最大の理解者を失った感情的な虚しさと、組織内での最大の後ろ盾を失った実務的な喪失感を二重に感じていた。
何かと、この人は裏で私たちを助けてくれたからな・・・・・・
小野は直立不動の姿勢を保っていた。
〈最後の命令は二つある。新宿区内にいると思われる、私の妻と娘の保護を最優先として、その後に新宿グランドターミナルにあると思われる核兵器を抑えてくれ〉
それを聞いた瞬間、オペレーションルームは騒めく。
「核兵器がグランドターミナルにあるんですか?」
〈そうだ。米国が衛星でデイビークロケットが同施設に運ばれるのを撮影したらしい〉
「言葉のニュアンス的には奥様とお嬢様を確保するのが先なのですか?」
〈最後の最後で部隊を私物化して済まないが、あの二人だけはどうしても助けたい。許してくれ〉
そう頭を下げた総監に対して、小野は「組織のトップである以前に家族を持つ者としては当然の心境だと思われます。私は独身ですが」とだけ言った。
〈・・・・・・本当にすまない〉
「しかし、総監、いくつか問題点があります」
〈何だ?〉
「教団は今回の事件に関与しているのでしょうか?」
〈一部のSNSでは、教団が任意で聴取を受けている、塚田の奪還を目的にテロ活動を起こしたと言われているが、ピースメーカーはテロの容疑を全て、教団に着せるのが目的だろう。故に塚田は未だに容疑を否認している〉
つまり、塚田は最後の最後で濡れ衣を着せられ、最後は父親と同じく死刑囚になるということだ。
小野は息を吸い込むと「分かりました、次にあと二つ」と質問を続ける。
〈何だ?〉
「市街地に投入されているドローンの仕様は? そして、核兵器に対する対処はどうされるおつもりでしょうか? 新宿にいる民間人のほとんどは核兵器の存在を知らずに市街地でキメラとドローンに惨殺されています。それとグランドターミナルに核があるということは構造上、敵が同施設を要塞化している可能性があると思われますが?」
〈ドローンは市販の代物にセンサーと簡易的な火器を付けた物で、生身ではハチの巣は確定だが、ソルブスを装着すれば大したことはない。そして、現在の状況だが、自衛隊に機動隊やSATの部隊が戦闘を行っているが、民間人は地域と機動隊の方で誘導を行っている。地下に繋がる経路は全て敵に待ち伏せされていると見ていいだろう。君たちがグランドターミナルに行く同中にもキメラやドローンが待ち受けている。そして、肝心のグランドターミナルへ行ってもキメラやドローンがいる。更に空からの攻撃は連中がスティンガーやRPG-7などの携行SAM(俗に言う、携行出来る対空兵器のことを指す。対戦車ミサイルランチャーなどの戦闘ヘリの撃墜も可能な兵器などのことを指す場合が多い)で防空を担っていて、近づけない〉
「それならば・・・・・・航空機で空爆・・・・・・出来ないですね? 核兵器がありますから?」
〈その通りだ、連中の最大の切り札の影響で制空権を確保出来る状況にあるのに利用できないのが現状だ〉
そう言った久光は〈娘が先ほど、一場亜門と通話をして、避難すると言ったが、君たちはその前に娘を保護してくれ〉とだけ言った。
一場亜門の名前が総監の口から出た時にオペレーションルームは色めきだった。
「一場特務巡査がこちらへ向かうと?」
それを聞いた久光は面白くないと言わんばかりの渋い顔をして〈そうだ〉とだけ答えた。
「安心しました」
〈私からすれば不愉快だ、あんな三流大学生など〉
久光はそうぼやいた。
〈まぁ、こんなところで愚痴っても意味はない。瑠奈のスマートフォンにあるGPS機能で、君たちには詳細な位置情報は伝えることが出来る。キメラやドローンに瑠奈が襲われる前に君たちに何としても保護してもらいたい。私個人としての命令は以上だ〉
そう久光がため息を吐くと「核兵器の確保はどのように行えばよろしいでしょうか?」と小野は問いただした。
すると、久光は〈NBCテロ対応部隊に陸自の中央特殊武器防護隊が出動準備を始めているが、グランドターミナルへ行くまでには片付ける敵が多すぎる、警察の力だけではこの事件は解決しないかもしれん〉とぼやいた。
NBCテロ対応部隊専門部隊は警察において、核兵器、生物兵器、化学兵器を対象としたテロ事態に対処する部隊だ。
一方で中央特殊武器防護隊は陸上自衛隊の化学科部隊で埼玉県の大宮駐屯地に所在している。
「警察以外の勢力も介入するのは間違いないですね?」
〈内閣にはすでに緊急招集がかかり、自衛隊の部隊が現在、キメラやドローンと戦闘を行っているそうだ。もっとも、それ以前に連中のネズミが新宿にいたことは把握していたがね?〉
それを聞いた小野は久光に「アメリカが関与することは?」と聞いた。
〈米軍基地が攻撃されて、ホワイトハウスはカンカンだが、内政問題への介入と外国の司法機関への配慮から、どこまで介入するかは分からん。しかし、沖縄に持って行くつもりで東京に置いていた、代物がテロリストに強奪されたんだ。アメリカがスキャンダルを防ぐために血眼になって、奪還及び破壊に向かう可能性があることは事実だ〉
それを聞いた、小野は「分かりました、まずはご家族の保護を最優先にします」とだけ言った。
〈すまない、本当であれば核兵器が先だが、私は家族を見殺しには出来ない。頼む、妻と娘を助けてくれ〉
久光がそう言うと、小野は「必ず、助けます、通信は追って、後程」と言った。
それを聞いた久光は〈頼む〉と言って、通話を切った。
「・・・・・・総監も人の子か?」
高久がそう言うと、進藤が「核兵器がグランドターミナルにあるのは分かりましたが、タイムリミットは分からない、最悪の状況ですね?」と小野の顔を見つめる。
「まずは瑠奈さんの保護を最優先にしましょう。自衛隊も来るらしいけど? あなたたちはどうする?」
小野がそうユニットの隊員たちに聞くと、進藤、高久、島川、浮田、中道は「総監の家族を保護次第、核兵器を奪還する作戦に参加するつもりです」と静かに声を揃えた。
「とんずらすればいいのにね?」
「私たちは警察官です」
進藤がそう言うと小野は「警察官の鏡ね、あなたたちは?」とだけ言った。
すると浮田が「新宿に到着しました。各員は出撃準備!」と声を張り上げる。
それを聞いた、高久、島川、進藤の三人は「装着!」と叫んで、ソルブスを装備した。
レイザと二体のガーディアンはトレーラーのハッチが開くとそこから、外へと出て行った。
飛行機能でホバリング移動をしながら、新宿の市街地を滑走し始める。
「マルタイは現在、プリンスホテル内にいる模様」
中道がそう言うと、小野は「至急、プリンスホテルへ向かい、保護をします。各員に位置データを転送」と号令をかける。
そう言うと、中道と浮田がブラインドタッチでキーボードを打ちながら、ソルブス三体に瑠奈のスマートフォンのGPSで分かる、位置データを転送した。
「街は荒れているわね?」
小野がそう言うと、浮田はキーボードを叩きながら「最悪の状態ですね」とだけ口にした。
時刻は午後五時過ぎ。
日照時間の少ない季節であるために辺りが暗闇に包まれる中で新宿の街は戒厳令下の戦場と化していた。
114
相川裕紀と蓮杖亙に村田の三人は新宿の市街地を走っていた。
その道中でキメラやドローンが襲い掛かってくるが、H&KSFP9で牽制の銃撃をし、近づいてきたキメラの腹に蹴りを入れて、自分の範囲には近づけることを防いだ。
「俺たちの任務はデイビー・クロケットの奪還及び破壊だ。雑魚相手にあまり時間をかけるなよ」
そう言って、蓮杖と村田は「装着!」と言って、モスグリーン色のモスファイターを装着した。
その動きは素早く襲い掛かってくる、キメラやドローンを次々と倒していった。
「装着」
相川もそれに続いてゴウガを装着する。
「祐樹、武器の輸送だがブラックホークで行うことにした」
「ブラックホークダウンが起きないか?」
ブラックホークダウンとは陸上自衛隊に装備されているUH‐60Jの原型である、UH‐60ブラックホークが一九九三年に民族紛争の続くソマリアにアメリカ軍が軍事介入した際に首都モガディシュにおける、作戦において、民兵の放ったRPG‐7による狙撃によって、第106特殊作戦航空連隊所属の同機2機が撃墜された事件を指す用語である。
つまりはこれだけテロリストが乱立している中で、下手にヘリコプターを飛ばせばRPG‐7のような兵器で、すぐに撃墜される可能性がある中で幕僚連中はヘリコプターでの武器輸送を決めた次第だ。
「それは上の連中に言ってくれ、俺たち、実働部隊は知らん」
蓮杖がそう言う中で、相川は左肩に装備したM247・62ミリメートル機関銃とバックパックから右肩に装填を始めた、ヘルファイアミサイルで鷲を思わせる姿をしたキメラに銃撃と砲撃を同時に行っていた。
上空ではお台場に展開された、いずも型護衛艦から発進したF35BライトニングⅡ戦闘機が上空を旋回していた。
二〇四〇年においてはかつて、ヘリコプター空母と呼ばれていた、いずも型護衛艦も垂直飛行が可能なF35B戦闘機を運用できるようになっているが、民間人が多くいる中では地上部隊に対する航空支援攻撃が出来ないことから、お台場から発進したそれは、ただ新宿上空を旋回しているだけで何も役に立たないように裕紀には思えた。
そんな高価な鉄くずのような戦闘機が上空を旋回する中で裕紀は機関銃を掃射しながら、鷲のキメラと交戦していた。
鷲のキメラは空を飛び続けて、相川の銃撃を避ける。
するとそこに陸上自衛隊の96式装輪装甲車が三台。
さらに16式機動戦闘車が八輪のタイヤから生み出された、高い機動力で相川の前に停車した。
本来16式機動戦闘車は中国やロシアなどの周辺国への対応のため、関東などの地域の駐屯地には配備されていないが、東京で自衛隊の治安維持活動が行われている中なので、このような代物まで首都に投入されていたのだ。
到着した16式機動戦闘車は52口径百五ミリメートルライフル砲をキメラ部隊に繰り出す中で96式装輪装甲車の中から隊員が20式5.56ミリメートル自動小銃を構えて、キメラと戦い始めた。
「蓮杖二尉、支援に参りました!」
96式装輪装甲車から降りた一土がそう言うと、上空にはUH‐60Jが現れ、上空から120メートル装弾筒付安定徹甲弾が下ろされた。
それを受け取りながら相川が機関銃でキメラの接近を防いでいると、奥から自動小銃による銃撃が始まった。
「うっ!」
銃弾を左腕に受けた自衛隊員が呻く。
すると、奥からは小銃や防弾チョッキを着て、近代軍隊の装備をしている爬虫類と人間を合わせた、キメラが歩兵の編隊を組んでこちらへと進軍してきた。
さらにその周りにドローンが飛び回る。
「随分と頭が良くなったな、あいつら?」
相川がそう言うと、蓮杖が「裏でコントロールしている奴がいるのさ。あいつらが頭で判断しているわけじゃない」と言いながら、M16A4でキメラを銃撃し続ける。
数で押されているな?
相川はそう思うと「他に応援は来ないのか?」と徹甲弾を相手に構え、それをキメラ部隊に撃ちながら、一土に問う。
一土は「友軍は現在、別エリアでキメラと交戦中!」とだけ言った。
「つまり、応援は来ないということか?」
それを聞くと、一土は黙って小銃を打ち続けた。
相川は徹甲弾を撃ちながら、奥からやって来る、キメラ部隊を見つめていると、部隊は別方向目がけて銃撃を始めた。
その方向は上空からだった。
相川は空を見上げると、上空から黒色のソルブスがFNSCARを掃射して、キメラ部隊を蹂躙し始めた。
「宇佐鳴海か?」
相川がそう言うと、宇佐は「会社の命令だ。お前らを支援する」とだけ言った。
「レインズ社からしたら美味しいからな。堂々と戦闘が出来て、データも取り放題だ」
そう蓮杖が言うと、宇佐は飛行を始め、上空から銃撃を始めた。
すると、キメラ部隊は再び別方向へと銃撃を始めた。
そこには警視庁ソルブスユニットの面々が現れた。
レイザと警察用のソルブスである、ガーディアンが奥から現れ、レイザの高速移動と大型ブレイドによってキメラはバラバラに切り刻まれた。
「自衛隊ね?」
レイザの装着者からは女の声が聞こえた。
「警察の出る幕じゃないでしょう。何しに来たんです?」
元警察官の宇佐がそう軽口を叩くと、進藤は「総監の家族の保護よ。急いで、プリンスホテルに向かわないといけないの」とだけ言った。
それを聞いた、相川は先ほど女子トイレで出会った、少女と言ってもいい年頃の女の姿を思い出した。
「いいだろう、俺たちがここを引き受ける。あんたたちはご婦人とあのお嬢さんを助けるがいいさ?」
蓮杖がM16A4でキメラ部隊を牽制しながらそう言うと、警視庁ソルブスユニットの面々は「ありがとう!」と言って、その場を離れた。
蓮杖がそのような配慮をする中で、相川は機関銃で銃撃を続けていた。
すると、ビルのどこかからかRPG‐7の狙撃が起こり、UH‐60Jに命中し、同機は爆砕しながら相川たちの目の前で墜落した。
「だから、言ったのに?」
「これで装備の拡充は出来ないな?」
絶望的な感覚を覚える間もなく、相川、蓮杖、村田や自衛隊員を始めとする面々は銃撃戦に興じた。夜の時間帯に突入した新宿では自然と銃声と爆発音しか聞こえなくなっていた。
115
瑠奈は地下へと向かうためにプリンスホテルの通路へと出たが、キメラやテロリストに殺害された、遺体がそこら中に転がっており、辺りは血の臭いで満ちていた。
一応は外科医志望なのでそれで具合が悪くなるということはないが、見ていて、気分がよくなるような光景ではなかった。
しかし、廊下を歩いていると瑠奈の母親が頭から血を流して倒れていた。
「ママ!」
そう言って、瑠奈は母親の下へと向かっていた。
それと同時に三瀬某の姿が見えないことから、恐らく、殺されたか逃げたかのどちらかだろうと直感的に感じた。
「あっ、あっ・・・・・・」
「寝ていて! 今、応急処置するから!」
そう言って瑠奈はカープ坊やが描かれた、バッグから常備しているガーゼと消毒液にクロマイ軟膏を取り出した。
「あっ、あっ・・・・・・あっ!」
「だから、起き上がらないで!」
瑠奈がそう言うと、母親は「後ろ!」と叫んだ。
後ろ?
そう言われて後ろを振りくと、ドローンがこちらに数台寄ってきた。
センサーで識別した後に装備された銃口をこちらに向ける。
思わず、母親を抱き抱えた。
すると正面からドアを蹴破って、三体のソルブスが現れた。
あれは・・・・・・
「瑠奈さん!」
そう叫んだ声は進藤千奈美のものだった。
青と白を基調としたスタイリッシュなソルブスと濃紺のアメフト選手を思わせるソルブスはドローン相手に銃撃を始めていた。
気が付けば、ドローンの残骸が辺りに散らばっていた。
「あなたとお母様を保護します」
「・・・・・・助かります」
そのようなやり取りをした後に濃紺のソルブスの内一機が瑠奈をお姫様抱っこし、もう一機も母親を抱っこして続いた。
その時の母はあまりにも凄惨な状況なので、気を失っていた。
警察トップの家内なのになんて、体たらくだ。
自分の母親ながらこの状況で気丈に振る舞えないくせに自分の交際にまで口を出す母に嫌気がさした瑠奈だった。
「新宿を脱出します」
そう言って進藤たちに引き連れられた、瑠奈と母親はプリンスホテルを脱出した。
時刻は午後8時を超えて、闇夜の中の新宿は荒廃を極めていた。
116
江角大門は新宿グランドターミナル南街区にある地上三七階建ての中の三四階にある新宿テラスで須藤とブラマンから渡された、キメラとドローンの部隊が行っている警察と自衛隊との戦闘の様子を眺めていた。
クリスマスに沸き立つ、この施設の掌握をするのは容易だった。
業者に変装し、サイバー攻撃でセキュリティをダウンさせれば、いいからだ。
気が付けば、施設は制圧されて、クリスマスを満喫していた、民間人たちは大門たちの人質になっていた。
しょせんは大門とは違い、夢や希望に満ち溢れ、平和というものが当たり前に享受できると思っている恐ろしいほどに普遍的な民間人たちだ。
大門はそのような民間人たちが恐怖に怯える瞬間を見て、恍惚の表情を浮かべていた。
「大門、宣言が始まる」
「あぁ、だが、まだ撃たないさ?」
大門がそう言うと、隣に座ったレイラが「一場を殺したいんでしょう?」とだけ言った。
「あぁ、俺の人生は奴を殺すことと日本に対する復讐。そのためにだけある。須藤とブラマンもそれを了承してデイビー・クロケットを俺たちに託した」
そう言って、大門は夜の九時になるのを確認した。
「そろそろだな?」
「あぁ、大人たちが俺たちを利用するのさ?」
そう言って、大門はドラガドライブに話しかけた。
「すまないな、俺は復讐だけが目的さ」
「残念だ。お前に装着された時は運命を感じたがな?」
「俺はこの瞬間にだけ人生を過ごしてきたようなもんさ」
そう言って、大門は人質に取っている女子学生に「怖いか?」と聞いた。
女子学生は泣きじゃくるだけで、何も答えない。
「イザーク、強姦したければしてもいいんだぞ」
「お前の壮大な復讐とやらを精子で汚したくない。それにレイラの前だしな?」
イザークがそうレイラに目線を向けると「まぁ、レディの目の前だしね?」とだけ言って、顔を赤らめることなくそっけない態度を取った。
それを見たイザークは「そうか・・・・・」とだけ言って、俯いた。
失恋だな?
大門は二人の声だけを聴きながら、夜の新宿の光景を眺めた。
「荒廃した街は良い。そこには破壊という名の正義が現れ、再生を促す」
大門がそう言うとレイラは「随分とバイオレンスな哲学ね?」とだけ言った。
「哲学ですらもないさ。俺は復讐しか考えていない」
「全ては一場亜門と日本に対する復讐のためでしょ?」
そう言ったレイラの顔は寂しさを匂わせたが、大門はそれに気にかけることなく、破壊が繰り返される新宿の街を見つめていた。
もうすぐだ。
もうすぐ、俺の苦しみばかりの人生が復讐という名の最後の目標を達成して終わる。
この日を待っていたんだ・・・・・・
気が付けば大門は涙を流していた。
「大門・・・・・」
不安気に見つめるレイラとイザークを尻目に大門は涙を拭いて、新宿の街を見つめ続けていた。
大門はそこに破壊と死が蔓延し、自分たちや自分たちが殺した人間たちを肥やしにして新たな再生が始まることを祈っていた。
テロリストとしては奇異な祈りであることは承知していたが・・・・・・
117
アメフト選手を思わせる濃紺のソルブスにお姫様抱っこをされて、小一時間。
襲い掛かってくるキメラを進藤が銃撃や大きな刀で一刀両断して撃退し、新宿を脱出するために急いで移動していた。
母親は市街地を出た今の状況でも気を失った状態だった。
すると、その途中に進藤が誰かと連絡を取っていた。
「何です・・・・・・」
それを聞いた、進藤の声音は深刻なものだった。
「教団名義の犯行声明で今から二時間時間以内に日本政府及びアメリカ政府が沖縄に核兵器を運ぼうとした事実を認めなければ、その核兵器を使って、新宿を爆破すると各メディアのサイトに通達された。それもハッキングという手段で行ったそうね?」
それを聞いた、濃紺のソルブスの装着者は「教団はもう滅亡だな?」と呟いた。
別の装着者からは「政府からすればどちらを取っても地獄ですね? それに二時間で返答なんて無理難題です。核兵器の存在まで露見しましたしね?」という返答が聞こえた。
「最初から不可能だと思って、そういう要求をしているんでしょう。要するに核を使いたいのよ」
そのようなやり取りを行っている中でも、キメラによる襲撃は続いており、戦闘は頻発していたが、それがしばらく過ぎると、ソルブスユニットのトラックがやって来た。
「瑠奈さん!」
小野が荷台から降りて駆け寄る。
「隊長、時間がありません!」
「分かっている! 安全地帯に退避後、進藤、高久、島川各員は核兵器の奪還及び破壊に向かうこと! 以上!」
そう言って、瑠奈がトレーラーに駆け上がろうとした時だった。
空から鷹と人間を合わせたようなキメラがやってきて、瑠奈目掛けて飛んできた。
「瑠奈さん!」
進藤がそれに気付き、キメラに体当たりをして、瑠奈への接近を防いだが、鷹のキメラはすぐに距離を取って、ホルスターから拳銃を取り出し、構えた。
「チッ!」
進藤がそれに応対しようとして飛行した瞬間に鷹のキメラは拳銃を構えながら、トラックに突っ込んできた。
銃口はトラックのタイヤに照準が合わせられていると見られた。
ここでタイヤを撃たれたら、戦場のど真ん中で立ち往生することになる・・・・・・
瑠奈を含めた一同が恐怖心を覚えた、その瞬間だった。
急いで、処理しようと、進藤、高久、島川が飛行するがすぐにドローンたちが大量に現れた。
「こんな時に!」
進藤がそう言う最中で、案の定、トラックのタイヤは撃ち抜かれた。
万事休すだ。
そう思った時だった。
突然、鷹のキメラが爆砕した。
すると、次にはドローンが次々と破壊されていた。
電磁波をまとった弾丸?
「・・・・・・何?」
進藤がそう言って、空を見上げると、高久と呼ばれている隊員が「あっ!」と声を上げた。
そこには無人機だろうか、飛行機の形をした物体が大きな大砲を積んで空を飛んでいた。
「無人機?」
その後には同じ無人機が大きな剣を積んでこちらを周回する。
そして、その後から赤と白のアスリートのようなフォルムのメシアが全員の頭上で止まっていた。
やっと来てくれた・・・・・・
「亜門君!」
そう言って、瑠奈が手を振ると、亜門は簡単に手を振ってその場を離れ、無人機もその後を追う。
「本当に一場だよな?」
オペレーターの警察官がそう言うと、もう一人のオペレーターが「そうだよ! あいつ、本当に助けに来たんだ!」と歓喜の声を上げた。
「そうね、嬉しいわ、確かに嬉しい。でも、今は危機的な状況よ」
そのやり取りを聞いていた、瑠奈ではあったが、約束通り助けに来て、目の前でテロリストも倒した、亜門の向かって行った遠い空へと目を向けていた。
亜門君は私にとって本当にヒーローだよ。
ヒーローという存在に懐疑的であるはずの瑠奈は初めて、その存在を亜門に照らし合わせていた。
帰って来てね、亜門君。
そしたら、私・・・・・・
すると、進藤が「一場君に通信を繋いだ方がいいんじゃないですか?」と言った。
小野が「そうね、メシアに通信を繋げて!」と声を張る。
「その前に何としても早く脱出しないと!」
そう言って、浮田と中道がトレーラーの外に出る。
タイヤの交換をするためだ。
「・・・・・・亜門君、頑張って」
瑠奈はそう呟くと、ただ涙を流していた。
そう涙を流しながら、生まれて初めて懐疑的だったその存在、ヒーローという概念を抱かせた亜門の無事を祈り始めていた。
トラックが立ち往生する中で、小野たちは亜門と通信を繋げようとしていた。
118
「亜門、見事に瑠奈を助けたな?」
「みんなは戦場のど真ん中で・・・・・・」
「ユニットの連中はタイヤ交換こそ出来るが、それにしても三十分は足止めを食らうな?」
「トラックの防衛だけで進藤さんたちは大忙しか?」
「キメラ部隊も賢くなったもんさ。前はすぐに感情的になって、作戦を順守できない連中だらけだったが、歩兵部隊においてはプロのテロリストか思考や感情を消されて、完全な生物兵器と化した連中しかいない。だから、こんなピンポイントな攻撃を繰り出すことが出来るんだろう。感情がある信者ならば、単純な警察官狩りを行うか、瑠奈を襲うことを優先していただろうが、それにしても大きな変化だ」
メシアがそう言う中で、亜門の上を行くはるか上空ではF35BライトニングⅡが旋回していた。
それらは民間人の避難が完了していないので地上に攻撃が出来ないということをメシアから聞いていた。
それを知覚した後に亜門は瑠奈との約束を果たせたことに感慨を覚えていた。
「だが、デイビー・クロケットの処理が問題だ。米軍が衛星でどこに運んだかは分かるが、奴らはその気になったら撃ち始めるぞ」
「場所は新宿グランドターミナルの新宿テラスだね?」
「あぁ、自衛隊は米軍から情報を貰っていて、すでに作戦を進行しているが、キメラ部隊とドローンが道中を邪魔している。だからこそ、俺たちが携行SAMの迎撃を振り切りながら、一番乗りでコクーンタワーへ向かう」
メシアがそう言った後に亜門は「F35でグランドターミナルを攻撃するのはダメ?」と聞いてみた。
「お前は中々の過激派だな?」
「素朴にそう思っただけだよ」
亜門がそう言うと、メシアは大きなため息を吐いた。
「民間人が人質に取られている。それと下手に攻撃したら放射能が漏れる」
「確かに、それならば戦闘機は攻撃できないね?」
「あぁ、民間人を盾にするなど、テロリストがテロリストたる所以だ。正規軍が民間人を攻撃することなどできないだろう?」
メシアがそう言うと同時に通信が入って来た。
小野からだ。
〈一場君? 一場君よね?〉
小野が若干涙ぐみながらそう聞くと、亜門は「えぇ、元気ですよ」とだけ言った。
「感動の再開の最中に悪いが、隊長、連中はデイビー・クロケットをグランドターミナルに運び込んだことが米軍の衛星で観測できた。至急部隊は・・・・・・送れないな?」
メシアがそう言うと小野は〈トラックが足止めされている以上は警護が必要だからね〉と返答した。
亜門とメシアに小野がそのようなやり取りをしていると、小野は〈それはともかく、デイビー・クロケットね。ソルブスで運用できるように新型を作っているという話は聞いていたけど、ついに実用化したのね?〉と言って、軽く舌打ちをした。
「仮にここで起爆しても広島や長崎をはるかに下回る威力になるが、放射能によって周辺は死の街と化すだろうな」
メシアがそう言うと、それを聞いた、中道が〈バズーカの弾頭ぐらいの大きさでそれかよ〉と呻く。
鉄を擦る音がするので、タイヤの交換をしているのだろうか?
「俺たちは先にグランドターミナルへ向かう。お前らはキメラ部隊を殲滅して何としても、俺たちに追いつけ。援軍も来るしな?」とまくし立てた。
〈援軍?〉
小野がその単語を口にすると同時に新宿の上空にはアメリカ海兵隊ソルブスの最新鋭量産機である、グレイクウザが大量に現れ、キメラ部隊と交戦を始めた。
「アメリカが核兵器を沖縄に運ぼうとしていた事実に蓋するために日米安保条約を適用することにしたそうだ。良い援軍だろう?」
〈そうね、数が多い相手を片付けるには、ちょうどいいわ〉
小野がそう言った後にメシアが「じゃあ、通信を切るぞ」とだけ言った。
すると、その時に〈亜門君!〉と瑠奈の声が聞こえてきた。
「瑠奈! その・・・・・・怪我は無い?」
〈大丈夫、ねぇ、亜門君?〉
「何?」
〈大好き!〉
それを聞いた亜門は恥ずかしさのあまり「今、言うことじゃないだろう?」とだけ言った。
しかし、それを聞いた面々からは〈ヒュー〉という口笛が聞こえた。
良い具合に揶揄われているのだ。
〈帰って来てね? そしたらまた――〉
瑠奈がそう言うと同時にメシアが「熱源感知!」と言い出した。
それを聞いた亜門はすぐに下降を始めた。
すると、自分が今までいた場所にレーザーが飛んできた。
〈亜門君!〉
「話は帰って来たらだ!」
〈亜門君!〉
叫び出す瑠奈を尻目にメシアが無理やり通信を切ると、亜門はレーザー狙撃をしたと思われる場所を眺めていた。
「狙撃手の位置は南街区の新宿テラスだ」
「・・・・・・僕が決着を付けないといけないんだろう?」
亜門がメシアにそう問いかけると、メシアは「行くぞ! 今、現在は俺たちがあそこに早く着く!」と言った。
亜門とメシアは新宿グランドターミナル南街区の新宿テラスへと向かって行った。
その後方からはレールガンとツインブレイドを装備した、無人機二機が亜門から先行して飛行していた。
これはメシアが遠隔操作しているからだ。
「必ず、帰ってくる」
「瑠奈の為にな?」
時刻は午後十時三〇分を過ぎ、冬の新宿には闇夜と戦闘によって起きた、火災による明かりが灯っていたが、米軍の介入によって銃声がまた、さらに激しくなっていったように亜門には思えた。
119
大門はレーザーによる狙撃が失敗したと同時に舌打ちをした。
そして、亜門とメシアは携行SAMによる迎撃に対してフレア(熱源の探知を妨害するための装置)を使って、盛大に携行SAMの迎撃をかわし、ここまでやって来ようとしていた。
「あいつ、アムシュとしての能力をすでに開花させている!」
「レーザーを避けるほどの空間認識能力か。こいつは骨がある奴だな?」
大門とドラガがそのようなやり取りを行ったあとに「レイラ、イザーク、お前らはデイビー・クロケットを運んでくれ」と仲間の二人に指示を飛ばす。
それを聞いた、レイラは「奴と決着を付けたいんだ?」と言ってきた。
「あぁ、人質は残すが、万が一、俺が死んだ場合は核弾頭を撃て。ここを死の街にするんだ」
それを聞いた、レイラとイザークはトランクに入れられたデイビー・クロケットの核弾頭に手を触れた後に「装着!」と叫び、スイス製の軍用ソルブスであるテイルの装着をした。
しかし、憎むべき敵である一場亜門が装着したメシアは刻々と新宿テラスへと近づいて来た。
「早くしてくれ!」
「待ってくれ! すぐに向かう!」
しかし、その時だった。
メシアの先頭を行く無人機が新宿テラスのガラスを突き破り、搭載された対艦刀の刃が翼のように開き、レイラの胴体を切り裂いた。
「レイラ!」
すると次の無人機がコクーンタワーに入り込む。
それはレールガンを装備した物だった。
「くそ! お前らぁ! よくも!」
レイラに恋心を抱いていた、イザークは激高し無人機に飛びかかったが、メシアが恐ろしいスピードでコクーンタワーに入り、無人機に注意を削がれたイザークの脳髄をFNSCARで撃ち抜いた。
大門はそれを制するつもりだったが、相手のスピードの方が速かった。
「貴様!」
大門が叫ぶと、一場亜門が声を出した。
「すでに米軍が救援に来た、そのうちに制圧される」
「知らない! 俺はこの国が核で崩壊されるのが見たいのと、お前をこの手で殺すのを目的に日々を生きてきた! お前に取られた幸せやそれを奪った日本の日常を全て壊す。そのための計画なんだよ!」
大門がそう叫ぶと、亜門は同人を睨みつける。
「・・・・・・確かに僕は関与していないとはいえ、君の幸せを奪った! だけど!」
亜門はそう言って、日本刀を手に持ち、こちらに突進してきた。
「そんな理由で罪の無い人を傷つけて良い理由は無い!」
それを聞いた大門は自分でも激高するのを感じた。
「何だと・・・・・・お前がそれを言うか!」
大門はレーザーブレイドを取り出し、一場亜門に切りかかる。
亜門はそれを避けると同時に日本刀で切りかかる。
鍔迫り合いになるとレーザーブレイドを装備した大門が有利になるが、亜門は大門の刀の動きを避けながら、タイミングよく、日本刀で切りつける。
「えぇい!」
そう言って大門は亜門の腹を蹴り上げ、亜門は後方へと下がり、倒れることなく間合いを取った。
「お前に何が分かる! 俺は――」
「だとしても、お前は踏み切ってはいけない一線を越えた! だからこそ!」
亜門は日本刀を右手に持ち、突進してきた。
「僕がお前を止める!」
新宿グランドターミナル南街区三四階の新宿テラスで、最後の決戦が始まった瞬間だった。
120
「まだ、修理が終わらないんですか?」
進藤がそう焦った口調で、小野と応対しながら爬虫類を思わせる武装したキメラの歩兵を切りつけていた。
〈米軍も介入して、大幅に戦力も増強された・・・・・・亜門君の救援に向かいたいところだけど、ぞろぞろと来るわね?〉
それを聞いた、進藤は高久がキメラの歩兵にタックルを仕掛けるのを見ながら「努力はしますが、依然として数が多いのは事実です!」と告げた。
進藤が通信で、そのようなやり取りをしていると、近くのキメラが何者かに銃撃される。
自衛隊のソルブスユニットがやって来たのだ。
「おたくらに提案だが?」
隊長格の一人がそう口を開く。
「戦力が増強されつつある。エース格を優先してグランドターミナルに振り分けて、雑魚どもは俺たちが叩かないか? 何だったら、動かないトラックを警備していいぜ?」
それを聞いた小野はしばし、考え込む。
「・・・・・・あなたたちの目的は?」
「核兵器の優先的な排除だ。それ以外にあるか? この状況で?」
それを聞いた、小野は即座に「進藤警部補、すぐに新宿グランドターミナルへ! 高久、島川両名は引き続き、トラックの警護を!」と指示を飛ばす。
「俺たちはエース格じゃないということですね」
「だな?」
高久と島川がそう言う中で進藤は飛行機能で、すぐに新宿グランドターミナルへ向かう。
すると、地上では緑色の閃光が走り、スタイリッシュな様相の何かが飛行して進藤の後を追ってきた。
「驚いた、装甲をパージできる?」
「あんたは進藤千奈美と言ったな?」
「よく知っているわね? 階級は警部補よ?」
「お互い、国に雇われているから、必要な情報は分かる。しかし、階級のことを言う時点であんたは権力に価値を見出していると見た」
進藤はそれには答えなかった。
「俺の名は相川祐樹三等陸曹だ。これが最初で最後の共闘になるかもしれない」
「次に会う時は敵になるかもしれないかもね?」
「その可能性があるな?」
そう言ったきり、二人は黙ってしまった。
亜門君・・・・・・今、行くよ。
進藤は焦りを募らせていた。
すると、進藤と相川に携行SAMによる対空攻撃が行われる。
「フレア!」
「フレア!」
フレアを瞬時に放出して、すぐに向かおうとする。
時間は無い。
進藤は気が付けば、叫びながら、前へと進もうとしていた。
121
亜門とテロリストの若い男は鍔迫り合いを避けながら、近接戦闘を繰り広げていた。
「亜門、人質がいることを忘れるな!」
メシアがそう言うと「そうさ。その気になれば、あの世間知らずの民間人たちを殺すことが俺には出来る!」とテロリストは叫ぶ。
そう言って、ドラガはFNブローニング・ハイパワーを人質の民間人たちに向けた。
「ん~!」
紐で口をふさがれた民間人たちが声にならない叫び声をあげる。
亜門がそれを聞いて、一瞬怯んだ隙だった。
「いやぁ!」
ドラガのレーザーブレイドが亜門の左腕を切りつけた。
亜門の感覚に激痛が走る。
「ツッ!」
痛みに耐えながら、亜門はテロリストを睨み据えた。
「うぉぉぉぉぉ!」
亜門は日本刀でドラガに切りかかるが、それは避けられ、背後からFNブローニング・ハイパワーによる銃撃を食らい、亜門は背中に燃えるような激痛を覚えた。
「うぅぅ!」
「素人が! 本当に平和ボケした生活をしてきたんだな!」
そう言って、ドラガを着た男は背中に向けて、銃撃を続ける。
「お前が俺の手にする予定だった幸福な生活を送っている間に俺は児童養護施設でゴミとしか言えない同学年の連中や、偽善を絵にかいたような職員に殴られ、蹴られ、暴言を吐かれ、学校でも疎まれていた。そんな世界から抜け出すために俺は力を欲した! ゆえに中学卒業後に俺はイギリスに渡り、傭兵になった。最初はただの銃を持った細いガキだったが、今ではこんな事件を起こせるまでに俺は力を付けた。お前とは力が雲泥の差ほどあるのさ!」
そう言ってドラガを着た男は背中を撃たれて、倒れた亜門の肩を足で踏んづけると、FNブローニング・ハイパワーの照準を頭に合わせた。
「何で、そんなことを僕に言う?」
亜門がそう直感的に感じた疑問を口にするとドラガを着た男は「・・・・・・お前は本当に俺をバカにしているようだな?」と言って、トリガーに指を掛けた瞬間だった。
亜門は右足のつま先に仕掛けられた、ナイフの切っ先をドラガの背中を蹴り上げる形で刺した。
「くっ!」
ドラガが痛みによって一瞬怯んだ隙を見て、右肩を抑えていた足の力が緩んだ。
そうすると亜門は必死の力を振り絞って、足を払いのけ立ちあがった。
そして、サイドアームのシグザウエルP226をドラガの胴体に撃ち始めた。
「クソ・・・・・・クソ!」
ドラガが銃弾を掃射されて、その場に足から崩れ落ちた。
「・・・・・・人を傷つける力って、何だよ?」
「・・・・・・何だと?」
亜門がそう言うとドラガは再び立ち上がるが、腹を抱えている。
ダメージが大きいようだ。
「自分が嫌なことをされたから人に同じことをする奴こそが本当の弱者じゃないのか? 本当の強者はそれとは真逆のことをするんじゃないのか?」
亜門がそう言うと、ドラガを着た男は「俺を殺さないつもりか?」と聞いてきた。
「迷っている」
亜門がそう言うとメシアが「亜門、よせ!」と声を掛ける。
亜門がドラガを着た男に手を差し伸べた。
「僕も罪を感じているんだ」
「・・・・・・お前は優しい奴だな?」
男がそう言った。
「うん・・・・・・」
「だから、ムカつくんだよ」
「えっ?」
それと同時に亜門の腹にナイフが刺さる。
「言わんこっちゃない!」
メシアがそう言うと動きの補正でシグザウエルP226を倒れながら構え射撃するが、すぐにドラガが右手を蹴り上げ、再び元の足蹴にされた状態へと戻った。
「まさか、自滅してくれるとはな?」
「君は・・・・・・」
「お前が傷つく様子を見るのが楽しくて、しょうがない」
ドラガを着た男がそう言った後に「クックックッ!」と声にならない笑い声を上げる。
「お前を殺した後に俺はこの国を焦土とさせる・・・・・・いや、そうじゃないか?」
そう言ったドラガは近くに置かれたトランクに目線を置いた。
「お前にこの国が焦土と化す瞬間を見せるのも面白い」
「何だと?」
亜門がそう言って、無理やり起き上がろうとするが、左肩を撃たれて激痛が走る。
「お前をイジめるのが楽しくてしょうがない! 遊ばれて死ね、死ね・・・・死ねぇぇぇぇ!」
そう言って狂喜乱舞しながら、亜門の腹や足をFNブローニング・ハイパワーで撃ち続けるが、脳髄や心臓などの一撃で死に至る部位は避けている。
地獄に近い苦しみを与えてなぶり殺しにするのが目的だろうが、銃撃を続けるドラガを着た男はあまりにも興奮をし続けて冷静さを欠いていた。
122
銃撃に夢中になるあまり、右肩を制していた足が微妙にずれ始めた。
それに気付いたメシアが補正の動きで、ほぼ意識が落ち始めた亜門に代わって、右手を上げ、サバイバルナイフを取り出し、ドラガのアキレス腱にそれを差し込んだ。
「ウッ!」
「俺の相棒をイジめる遊びに夢中になって、冷静さを欠いたな? 坊や?」
ドラガを着た男は再び立ち上がれなくなり、その隙に、意識を失った亜門に代わって補正の動きで動いたメシアは地面に落ちた、シグザウエルP226を取り出し、ドラガを着た男の脳髄を撃ちぬいた。
全て、亜門の意思によるものではなく、メシアの補正による動きだった。
ドラガを着た男からは頭から血と脳が吹き飛び、そのまま絶命した。
それを見届けたメシアは倒れこみ、亜門のダメージが深いことを悟った。
「まさか、お前が勝つとはな?」
絶命した男を残して、ドラガのAIがメシアに語り掛ける。
「お前は米軍とレインズ社に回収されるが、その後にお前の精神は消去されるかもな?」
「あぁ、俺は実質死ぬことになる」
「まぁいい、お前と語り合うつもりは無い。それより――」
メシアはドラガに見切りをつけた後に、亜門に対して大声を発した。
「亜門、起きろ! 瑠奈が待っているんだぞ! 死ぬな!」
「・・・・・・」
亜門はダメージが深いながらも意識があることを悟ったメシアはソルブスユニットに通信をした。
「俺だ! デイビー・クロケットを確保した! すぐに現地へと向かってくれ! 亜門は瀕死の重傷だ!」
それを聞いた小野は〈今、向かわせている!〉と大声で叫び、すぐに〈進藤警部補!〉と指示を飛ばした。
〈もう、まもなく到着します!〉
「もう、まもなくじゃあ、遅いんだよ!」
メシアはそう叫ぶ。
「くっ・・・・・・亜門!」
メシアはそう声をかけ続けていたが、亜門の意識が遠のいているのを心臓の鼓動で感じた。
「亜門、良いのか? 死んだら瑠奈が悲しむんだぞ!」
メシアが必至に呼びかけを行っていた時だった。
近くからブースターの轟音が聞こえ、先ほど、メシアが破壊したガラスの外から米海兵隊のグレイクウザの大群と宇佐鳴海が装着するオリジナルのクウザがやって来た。
「お前ら・・・・・・」
メシアが思いもよらない相手が救援に来たのに驚いている最中、宇佐が着たクウザが亜門を抱き抱えた。
「警察や自衛隊に任せるよりレインズ社に任せれば、人造人間の一人や二人は直せる」
宇佐がそう言うと、メシアは「それが狙いか?」とだけ聞いた。
「人造人間とはいえ、貴重なアムシュの検体を失うのは日米両政府の損失だ。一方で、一場の存在を消したい奴もいるが、今のところは会社の命令でお前らを助けたのさ? 俺はお前らを殺したいがな?」
それを聞いたメシアは新宿テラス内で米兵によってデイビー・クロケットが確保され、人質を保護したところを見て、ほっとした心境を抱いた。
「一場君! 亜門君!」
進藤が新宿テラスに到着した後にレイザの装備を解き、瀕死の亜門に駆け寄る。
普段はクールな進藤が感情的になった瞬間だった。
「どけ、レインズ社でこいつを治療する」
「・・・・・・頼んだわよ」
「どけ」
そう言った、宇佐は亜門とメシアを抱き抱えて、空へと飛び立った。
「・・・・・・終わったな、亜門」
メシアは亜門に対してそう言ったが、未だ亜門は言葉を発することはなかった。
123
月日は流れ、年も明け、春になった。
その期間の世の中の流れは早かった。
クリスマスに起きたテロ事件は日本国内及び世界に大きな衝撃を与えた。
新宿でのテロ事件の最中に各メディアがハッキングでありながら、日米両政府が核兵器を沖縄に運ぼうとした事実を認めるように教団名義でテロリストたちが要求をしたが、事件が収束した後に日本政府の松岡官房長官は事実は無根とし、アメリカのホワイトハウスも同様の対応を取った。
しかし、依然として、事実はうやむやなまま、開会中の国会では与党に対して、野党も追及を続けていた。
その一方で事件の首謀者とされた、教団は塚田と監部連中が一斉に逮捕された中、壊滅をしたが、残りの残党が地下組織化し、反警察感情を高めていた。
塚田は警察の聴取にひたすら「国家の陰謀だ!」と容疑を否認していたが、一連のテロ事件に関与したとして父親同様に犯罪者の仲間入りを果たしたのであった。
そして幹部も同様の形で逮捕された。
そして塚田は破壊活動防止法と内乱罪に問われ、父親同様に死刑囚になる可能性があるとされていた。
そのような状況と他の幹部も同様かそれに準ずる罪が課される可能性があることから、歴史は繰り返すものだなと小野には思えた。
一方でマスコミと日本社会は教団の残党が逮捕された塚田と幹部たちを武力を行使する形で奪還するのではないかとの危惧を煽っていた。
そして横田と新宿でのテロの実行犯とされる江角大門以下五名が殺害された形になったため、この二つの事件の全容解明には時間がかかっている。
そして、その教団を支援したとして、姿を消した、サッチョウ警備局長の設楽と警視庁警備部長の小川は相模湾で何者かによって、コンクリート詰めにされた状態で発見をされた。
捜査はされているが、背景には誰がいるかは依然として不明だと言われている。
一方で設楽と小川がスパイ行為を行ったことを知らない、というよりも情報統制をかけられている日本社会やマスコミはこれら、一連の事件が教団の仕組んだテロ事件であると断じて疑わなかった。
実際には彼らは体の良いピエロなのだが、これが一連の事件を仕組んだ、黒幕の仕組んだシナリオなのだと思うと小野は寒気を覚えていた。
一方でアメリカに渡った、教団の医師の須藤俊一と元グリン大学教授のブラマンは銃弾を使って殺害されていた。
この事件の首謀者は不明。
警視庁はFBIに捜査協力を要請したが、当のFBIが動いて数か月。
未だに容疑者の逮捕に至っていない。
そして、一番の世の中の変化は一連のテロ事件やそれに追随する殺人事件の発生を受けて、日米両国の世論に強硬論が高まっていったことだ。
特に日本では海外にいたテロリストが教団と結託して、東京のど真ん中でテロを起こした事態を受けて、国内では更に外国人に対する排外主義的な世論が蔓延することとなり、国内では外国に対する強硬論が巻き起こっていた。
そして一月から始まり、今も行われている国会では世論の動きを受けて政府及び、与党自明党は新しい治安対策として、更なる外国人対策の法案を通そうとして、野党との対立は深まっていた。
野党は平和国家としての問題を唱え、与野党ともに大の大人が怒鳴り、わめき散らしながらも、論戦は与党ペースで進んでいた。
そして、国会前では毎日のようにその動きに反対する市民団体や学生たちがデモを行い、警視庁の機動隊が年中出動する事態となっていた。
しかし、与野党共に保守政党が多数派を握っている段階ではこの法案の成立は不可避でありの設立は時間の問題だという予測が大筋の見方であった。
「まるで、今までのテロ事件はこのために起こされたみたいですね?」
隊長室の応接用ソファーには兵頭隆警部補が緑茶を飲んでくつろいでいた。
「一番かわいそうなのは、教団ですがね。体の良いピエロにされて、テロの尻拭いをされている」
「そんなこと言っても私には分からないわよ。仲の良い、五十嵐警部に聞けばいいじゃない?」
「あいつは警視に昇進したから、中々、会えんのですよ」
「まぁ、世論の右傾化を狙った、日米のタカ派の政治家と警察官僚に自衛隊の幕僚が裏で手を引いて、教団に全責任を負わせたことは考えられるけどね?」
「えぇ、でも、証拠はありません。それに俺たちは公務員だからお国に弓引くなんて、バカなことは出来ません。退官を覚悟しなければね?」
兵頭がそう言うと、小野は「探偵になればいいじゃない?」と言った。
「なるわけないでしょう、警察官の転落ルートです」
そう言って、兵頭はどら焼きに手を出した。
「あなたはよく帰還できましたね?」
「あなたも真似すれば?」
「出来るわけないでしょう? そんなウルトラC?」
兵頭はどら焼きを口に入れる。
「陸自も本格的にソルブス部隊を作るらしいですね。時代が変わりますね?」
「新しい統合幕僚長の下ね。鶴岡のクソオヤジ」
「ご存じでしたか?」
「この前まで、陸幕長だったのよ。若い頃から私のことが嫌いで仕方なかった奴ね?」
鶴岡と小野の因縁は深いものであった。
小野が防衛大学を卒業した後に、当時所属していた部隊で直属の上司が自分を見て、WAC(女性自衛官)としては少数ながら、普通科に入れようかと模索したことに自分がいた東北方面隊の方面総監部にいたある幹部が『俺の目の黒いうちは女を歩兵にはさせん!』と激高したという事実があった。
しかし、当時は陸上自衛隊普通課へのWACの投入は前例としてあったので、小野は普通課への転属が決まったが、その頃から女性蔑視の考えが強い、その幹部の子飼いである鶴岡から小野は睨まれることとなった。
その後も、小野が順当に出世を重ね、女性自衛官のホープと呼ばれるようになるにつれて、その幹部と鶴岡の闇が小野に対して、刻々と近づいていることを感じつつあったが、結果的に西部方面隊第四師団第四〇連隊の隊長の座で市街地戦闘のエキスパートとして陸自内で小野の名前が有名になるにつれて、陸幕長になった、旧帝国陸軍の亡霊と言っていい、対テロ戦争を理解出来ない、鶴岡が当時の防衛副大臣に小野を異端児と進言して、閑職に追いやられることになったという事実がある。
唯一の慰めは当時の防衛大臣が小野の言う市街地戦闘に理解を示していたことだった。
そして、その防衛大臣が警視庁内にソルブスユニットが出来るという話しを聞いて、今は辞めてしまった、久光前警視総監が陸自側と取引をして、新設される実験部隊の隊長になるということで決着をさせた裏工作が行われていたのは小野を含めた、当事者以外は誰も知る由も無い事実だった。
しかし、その久光は責任を取って、職を辞して、鶴岡は統合幕僚長のポストも射止めるという事態になっている。
しかも、一連の事件にはその鶴岡が一枚噛んでいる可能性があるのだ。
最大の敵がまさか、奴だとはな・・・・・・
小野はそう考えると、苛立ちを隠せなかった。
つくづく、自分は直属の上司に恵まれないな?
小川は何とか消したので、一難去ったと思ったが、今度はかつての宿敵である鶴岡が最大の敵として立ち塞がるのだ。
これでもかと、上に恵まれない自分はどんな星の下に生まれたのだろうかと思えた。
そして、そんな自分にとって唯一の最良の上司と言ってもいい、久光は辞めてしまう。
後ろ盾を失った状況で、鶴岡という巨悪と戦わなければいけないのだ。
これは心もとない。
小野がそのように思考していると、兵頭は「その鶴岡が関与しているかは分かりませんが、海外で活動出来る対外諜報機関を合法的に作るために今回の一連のテロ事件を計画したんじゃないかと、五十嵐は踏んでいるみたいです」とどら焼きと唾を口から飛ばしながら、話す。
「汚い」
「すいませんね」
兵頭はそう言って、舌を出す。
軽い殺意を覚えた、小野だが、冷静に今回の事件のことを考えてみた。
今回の事件が国内の右傾化を狙い、外国人政策の厳格化などの形で治安強化を図るとすれば、知り合いではない警察上層部の意向が働いた事件かもしれない。
警察官僚の悲願は公安警察を中心とした全国規模の警察権の強化である。
あながち、今回の事件で死亡した、設楽や小川以外のさらなる警察上層部もしくはOBやOGなどが一枚かんでいたと言ってもおかしくはないだろうと小野には思えた。
「まぁ、今回の事件はかなり複合的だけど、結果的にはタカ派議員の勝利で終わったわね? 今回は」
「ウチの会社の偉い人が真犯人というのは後味の悪い話ですよ・・・・・・」
そう言って、兵頭は二個目のどら焼きを頬張る。
「そう言えば、坊主はどうしたんですか?」
兵頭がそう言うと、小野は「あなたは一場君のことが本当に好きなのね?」と呆れ返ったと言わんばかりの声音を吐いた。
「えぇ、俺はあいつを一課に引っ張ります」
「ダメよ。彼はビで囲われているから」
小野がそう言う中で、兵頭がどら焼きを頬張り続けていると「奴を殺したい勢力がいるんでしょう?」と聞いてきた。
「その一方でアムシュとしての才能を見せ始めた彼を兵器として扱おうする動きがあるみたいね? 今のところ日米両政府の一場君を利用したい派と消したい派の冷戦が続いているわ。しかも、ピースメーカーとやらにも目を付けられているしね?」
「なるほど、あいつも常に大ピンチってわけだ」
お茶を啜り始める兵頭はその後に「でっ、もう新学期ですけど、あいつは大嫌いな大学には通っているんですか?」とどら焼きを食べながら小野に問うた。
「あぁ、それだけど中退したわよ」
それを聞いた兵頭はどら焼きを思いっきり、吐いた。
「あなた、隊長室を汚さないでね?」
「・・・・・・えっ、辞めたんですか?」
「えぇ、四月から多摩の警察学校に入学するわよ」
「警察官になるんですか!」
「えぇ、大嫌いな大学で幼稚な学生と同列になって、非生産的なことをするより、警察で仕事したいと本人の希望があったから、警視庁はそれを受理して採用することにしたわ。一応は警視庁採用試験の三類試験を受けてもらって、ペーパーテストに健康診断に面接もパスして、正式に警察官になったわよ。もっとも、試験の成績が芳しくなくても無理やり、合格にはさせていたけどね?」
「・・・・・・大学は卒業した方がいいでしょう?」
「まぁ、ユニットのみんなもそう言っていたけど、本人がそうしたいって言うから止めなかったわよ。ユニットとしては大学に警察への協力を拒否される事態は避けられるし、比較的、短期間で戦力に復帰してもらえるしね?」
それを聞いた、兵頭は「本人が警察辞めることになったら、困りますよ」とだけ言った。
「知らないわよ。私が欲しいのは戦力だもの?」
小野がそう言うと、兵頭は「あんたは鬼だ」と呟いた。
そう言った後に兵頭は「奴が警察学校にいる間、ユニットはどうするんです?」と疑問を問いただした。
「進藤警部補がレイザを使って当面、一場君の穴を埋めるわ。それにね?」
「何です?」
「小川がテロ事件に関与したことが明らかになって、ソルブスユニット不要論者はほとんどが更迭されて、容認論者が上層部の多数を占めているから? 要するにユニットの人員と装備が拡充されるの。一場君がしばらく不在でもなんとかなるわよ。もっとも、教団残党が反警察感情を高めて、テロを起こす危険性はあるけど?」
兵頭はそれを聞いて「でも、大学ぐらいは出してあげたら――」と言ったが、小野は「ダメ、あの大学の上層部は警察嫌いだから、強力が仰げないことが一つと、早めに戦線に復帰してほしいから」と突っぱねた。
「・・・・・・鬼だ」
「えぇ、何とでも言えばいいわ?」
そう言って小野は茶を啜っていたが、兵頭は明らかに不安そうな顔色を浮かべていた。
「・・・・・・今日のお茶は甘いですね?」
「春だから、ぬるいお湯で入れたのよ?」
妙なところで春を感じていた二人だった。
124
一場亜門は警察の制服を着た若者たちの大群の中にいた。
ここは多摩の警視庁警察学校だ。
亜門は新年度から警察官になることを選んだ。
今年から、新たに就任した新警視総監が制服姿で教壇に登壇すると亜門を含めた新人警察官全員が立ちあがった。
その後に代表の新人巡査が巡査拝命の宣誓書を述べた。
「私は日本国憲法、法令、条例その他の諸法規を忠実に擁護し、命令を遵守し、警察職務に優先して、それに従うべきことを要求する、団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従って、公正に警察職務の遂行に当たることを厳粛に誓います!」
そう代表の新人巡査が宣言をした中で、亜門は後ろの席では新人警察官たちの家族たちが涙を流しながらその光景を眺めていたのを知覚した。
その中には久光瑠奈がいたが、亜門は瑠奈が笑うのを確認した後にすぐに警視総監の訓示を聞き入った。
警視総監の訓示がしばらく、続いた後に亜門は山口にいる母親はやはり来なかったという事実があることを知覚した。
大学を中退して、警視庁に入るという意思を母に告げると母は激怒して、亜門を勘当してしまった。
無理もない。
自分の亭主も警察官で、しかも、殉職したのだ。
自分の息子が殉職する可能性のある仕事に就いたことと大学を勝手に中退したことに怒りを覚えたのだろう。
その連絡を行った後から今に至るまで、母とは連絡を取らなくなった。
それを聞いた久光瑠奈と瑠奈の父親である、元警視総監の秀雄が親族の代わりを務めてくれることになった。
しかし、秀雄から初めて会った時に言われた一言は『私はまだ娘との交際を認めていないからね?』という一言だった。
だったら、わざわざ入校式まで来なければいいのに?
亜門がそう思いながら総監の訓示を聞き続けていると時間の流れは早く、いつの間にか家族との食事の時間となった。
「亜門君が警察の制服着ると、何か、あまり格好良くないね?」
瑠奈がそう言って、ジュースを飲み干す。
「じゃあ、どれが格好良いんだよ?」
「スーツ着ても、子どもが背伸びしたように感じるからな?」
「何だと?」
亜門と瑠奈がそうじゃれ合うのを遠目に見ていた秀雄が「一場君、二人だけで話がある」と言って駆け寄ってきた。
「パパ、邪魔しないでよ?」
「すぐ、終わる」
そう言って、秀雄は亜門を無理やり、連れ出した。
「あの・・・・・・総監?」
「今は総監じゃない」
「じゃあ、お義父さん?」
「君にお義父さんと言われる筋合いは無い」
じゃあ、何て言えばいいんだよ?
そう思った、亜門は苦し紛れに「久光さん?」と声を出した。
「まぁ、いいだろう。一場君」
土壇場で正解を引き出した亜門は「はい!」と声を上げた。
「一連のあの事件は日米両政府のタカ派政治家と警察幹部や自衛隊の幕僚などの思惑が働いたことによる策略だと思われる。教団は一連の事件でスケープゴートにされたのさ」
「はぁ・・・・・・」
「つまり、一連の事件は真に解決はしていないということだ。そして私は総監の職を辞することになった。一場君」
「はい!」
はい、しか言っていないな?
亜門がそう思うと同時に秀雄が「教団を始め、これからの君には大きな闇が待っているぞ。しかも君の存在を抹殺したい勢力もいる。しかし、私も少なからず支援はする。頑張って、戦ってくれよ」と言って、肩を叩く。
何か、認められたかな?
少し、嬉しいな?
「まぁ、当面、俺とはバディは組めないがな?」
「まぁ、それもそうだけど・・・・・・って、メシア!」
声のする方向を眺めると、瑠奈がスマートフォンをかざしていた。
おそらく、メシアはこのスマートフォンにハッキングなどの形でアクセスして、大手町から多摩までやって来たのだろう。
もっとも、ネット上だから、やって来たという言い方が正しいかは分からないが?
「お前がアムシュ特有の再生能力を持っていなければ、あのダメージだ。お前は死んでいただろうが、よくぞ、お前は警察学校入校まで至ったな?」
メシアがそう言うと、秀雄が「警視庁上層部も防衛省や自衛隊にアムシュの検体である君が渡るか、民間人になることはアメリカに貸しを作る上で非常に分が悪いと判断したんだろう。故に君の警視庁入庁を仕組んだのさ」とさも面白くないと言わんばかりの声で、瑠奈の持った、メシアのいるスマホにデコピンをした。
「総監、初めまして」
「君はそんなマナーが良い、AIでないことは熟知しているよ」
すると、瑠奈が「あっ、亜門君」と声をかける。
「何?」
「ソルブスユニットが出動したらしいよ」
「テロかい?」
「うん、教団の若い信者が都内でキメラ体になって、暴れているって? 進藤さんたちが出動したみたい」
それを聞いた亜門は拳を握りしめていた。
「一場君、早く戦線に復帰したいか?」
秀雄がそう言うと「はい」とだけ言った。
「向こう見ずだな?」
秀雄がそう言うと、メシアが「亜門、焦らずに警察官としての基礎を積め。復帰までは十分に休養に近い訓練を送るが良いさ?」と言った。
「警察学校で教えることは休養とは言えないぐらいの厳しさだけどね? というか、泣く人が出るらしいし?」
「フランス外人部隊に比べれば軽いものさ。あの部隊は先進国の軍隊出身者でも根を上げるほどの訓練を行う」
それを聞いた亜門は「分かったよ」とだけ言って、メシアのいるスマホにデコピンをした。
「お前もか!」
メシアがそう言うと、瑠奈は「しばらく会えないけど、亜門君、待っているよ」と言った。
それを聞いた亜門は「まぁ、ほぼ一年は拘束されるからな」とだけ言った。
会場では自分と同じく、警察の制服を着た若者たちが家族と談笑をするのを見て、自分をかつて、苦しめていた大学の光景は消え失せたことを亜門は感じた。
僕はもう、子どもと同じ土俵では相撲は取れないな?
亜門は大学を中退したとはいえ、自分が社会人になったことを知覚した。
「亜門君、乾杯」
「ジュースだけどね、警察学校だから」
そう言って瑠奈とジュースで乾杯をした。
冷房も暖房もない中で汗ばみ始めたことから、今年の春は熱いということを感じた。
これから、何かが始まる。
亜門は瑠奈と乾杯したジュースを飲みながら、閉鎖的で陰湿な大学を捨てて、新たなステージに立った自分の中で、希望が芽生えるのを感じ取っていた。
そして、今、亜門の新たなる戦いが始まった。
終わり。
機動特殊部隊ソルブス 日比野晋作 @2009269
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