ほねそぎ

@daniel_k

第1章 頭蓋骨(ずがいこつ)



最初に報告があがったのは2週間前の朝礼の時だった。



普段であれば、当日の進行表を見ながら、本日の工事予定を告げ、熱中症対策や最近猛威をふるっている感染症対策についての点呼をすませると、朝礼開始からものの10分後には作業に取りかかっている。



その日だけは、作業員の笹岡から手が挙がった。



「斎木さん、ちょっといいっすか?」



「はい?どうぞ。」





「特になんということでもないんすけど、自分、昨日、B4で掘削の担当だったんすけど、蜂谷さんに呼ばれてなんかなーってショベル脇のとこ行ってー」





結論から話さない奴は嫌いだ。

笹岡は斎木とは遠い血縁関係者らしいが、職場ではそんなことは関係がない。


話を遮り、問う。


「ーー で、何があったんですか?」




「あ、すんません。んで、そのショベル脇でドリルで掘削してた時にオレンジ色っぽい光?火?が見えたんすけど、あれ、なんすかね?」



なんすかね?て知らんがな。

俺が何でも知ってると思うなよ。


と思いつつも、現場責任者として初めて任された大型案件だ。絶対に失敗できない。


私は現場の信頼を集め、社長の期待を上回る成果を出さないといけないのだ。




「なんでしょうね。爆発物などの可能性もあるので、この後に見回っておきます。みなさんもお気をつけて。」




下からはしょうもない小言、上からは納期の督促、絵に描いたような中間管理職だ。


こんな職場に耐え続けて働いたところで、斎木家の家計は裕福どころか、火の車である。


たまの外食はいつもサイゼリヤ、趣味の釣りも子供ができてからはもう三年は行っていない。


それどころか、勤め先の苗島建設の将来すら真っ暗である。




今回の新潟県の離島で行われている大型リゾート建設の案件も発注元からすると4次受け、いわゆる曾孫受けである。


そんな曾孫受けでもこの大型案件を受注できたのは、当社が新潟にある会社ということと、こすりまくった社長の手のひらのおかげだろう。


ただ擦るだけなら良かったが、ちゃっかり発注元にキックバックしている。


そんな会社に利益が残るわけもなく、斎木含め苗島建設の社員は揃いも揃って薄給である。


とても昨今の物価高に耐えらるような昇給もなく、どんどん貧しくなっていくような感覚すらある。



楽しみと言えば工事完了後の発泡酒。



たまには生ビールが飲みたいなぁなどと思いながら歩いていると、今朝、笹岡から報告があった場所に着いた。



近づくにつれ、その場所の異様さが伝播してくる。



そのリゾート地が建つ予定の場所は元々は山の中腹であるため、①斜めになっている土地を平らにし、②地中深くに杭を打つことで横風に耐えられるようにしないといけない。



そのために、今は①の土地を削っているところだった。


その異様さの発端は一目瞭然で、少し掘った後の地表に露面している部分が異様に白くさらさらしているのである。



オレンジ色の光がどうとかよりもこの白さを報告しろよ、と内心で毒づきながら、近づいてみる。



斎木の心配はもっともで、建設予定地であれば斎木らが工事をする前に地盤の固さを確かめるボーリング調査をするはずであり、さらさらな土の地盤は大抵の場合でゆるく、地震に弱いことがわかりきっている。


今の状況はボーリング調査の手抜きを意味していた。


斎木は多重下請け構造に舌打ちをしながら、サンプル用に少量の白い土を取り、事務所へ戻った。




事務所に着くや否や、この開発案件の発注元である大和日本建設の国崎に電話する。



現場からさらさらの土が出てきたことを報告し、ボーリング調査の不満、さらには作業中にぬかるんでケガをしたらどうするんだ。と啖呵を切る。



大和日本建設の担当者である国崎まつりは自分よりも2回りは違うであろう小娘だ。


なんの経験もなく、現場も知らないのに、自分より良い給料をもらっている。


インスタグラムでは、彼氏に連れて行ってもらったであろうフレンチの写真を上げている。


そんな自分とは180度異なる社会人を経験している劣等感も手助けをしたのか、つい口調が荒くなってしまった。



「すいません、ボーリング調査ではそのようなことは報告されていないのですが...」


「はぁ?じゃあ今手元にあるこの白い土はなんだよ!ケガをしたら責任取ってもらえるんだろうな!?」


「いや、そういわれましても、私も調査に同席したので、確かにそんなものはなかったんです。」


「...ん?じゃぁ本当にこれはなんなんだよ?」


「弊社で調べますので、一旦、他の作業場所を優先して、その白い土は弊社に送っていただけますでしょうか?」


「おう。」



自分が情けない。あんなに啖呵を切っておきながらこんな小娘に言い負かされるとは。


言われたとおりにサンプルを郵送し、工事計画の修正作業にとりかかる。



-------



それから2週間が経ち、現場で指示している時だった。


突然、大和日本建設の国崎が訪ねてきたのだ。




「斎木さん、すぐにB4辺りの工事を止めてください」


「へ?急に止めろって何があったんですか?」


「骨です!」


「骨?」




数秒の沈黙のあと、2週間前のあの白い土が頭をよぎる。



「この前送ってもらった白い土を成分鑑定にかけたら人骨と結果がでたんです」


「このあと、警察が来るので、私はその対応をします。ただ、工事がなくなるわけではないのでよろしくお願いします。」




数時間後にはテレビで見たことがあるように、ビニールシートがしかれ、5,6人の警察と数少ない島民からの野次馬でいつもの職場が様変わりしていた。



-------



後から聞いた話だが、骨の成分の一つであるカルシウムは、燃えるとオレンジ色に光るらしく、掘削機の火花に引火した骨が燃えていたのが、笹岡が見たオレンジ色の光なのではないか、とのことだった。



学がない身からすると火花の色が変わる、ということすらよくわからなかったが、そういうモノなのか、と妙な納得感すらあった。



それでも、現場の不安感は取り除かれなかった。



いつかはB4も掘らねばならず、それを担当するのが苗島建設であることは曲げようのない事実だからだ。


令和の時代であろうと、契約があるものをなんか不吉だから嫌です、とは言えないのだ。



そして、その日から2週間もするころにはついにその時が来てしまった。



りりリリりりリリリりりりーー



事務所の電話が鳴る。



電話を出ると国崎だった。

「サいきさん、もうダイ丈夫ですので、レイの場所の作業をサイ開してください。」


なんだかボイスレコーダーを回したような声だったが、立場上、上から言われたことには従わないといけない。


事務所で休憩していた笹岡を呼び止め、

「笹岡さん、さっき連絡があって、明日からあの場所の掘削、よろしくお願いしますね」


「ぅいすー」

笹岡からは気の抜けた返事だけだった。




--------


翌日は悲鳴から始まった。




現場責任者ということもあり、警察よりも先に緊急の電話が鳴った。


B4に来てくれ、と言われたときは背筋が凍った。


笹岡に工事をお願いした、例の場所だ。





現場に着くと既に人だかりになっており、皆が囲む中央からは、金属が石に食い込むような、耳の奥を削る不快な音が響いていた。


ぎち…

ぎこ、ぎりり…

ぎこぎこ、ぎちり、ぎちり…


近づくにつれて音はどんどん大きくなる。

刃が何か湿ったものを裂くたびに、


ぬちゃ、ぬちゃと粘ついた音が空気に混じる。



音の中心にいる笹岡の手には血まみれのノコギリ。

衆目の先には、彼のトレードマークだった金色の毛が朱色に染まり、血に濡れた隙間から、焦げ茶色の頭皮が剥き出しになっていた。



笹岡はぶつぶつと呟きながら、自分の手で自分の頭部を切断しようとしている。

だが、誰一人としてその場から動けない。


私もその中の一人でしかなく、全身に力が入って指の一本すら動かない。

昨日まで軽口を叩き合っていた同僚の、その異様な姿を見守るしかできなかった。



ぎち、ぎこ…

カリッ…




刃が骨を削るたびに震動が笹岡の手首を通して伝わる。それでも笹岡の手は止まらなかった。



ノコギリの刃は何度も同じところで噛み込み、押し返されるように引っかかっては、ぎりぎりと軋みを上げる。




ぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこぎこ

ぎこぎこぎこぎちりぎりりぎちりりぎこぎこぎこぎちりぎちりり…


そのリズムは不規則で、時に止まり、時に跳ね、骨を削り、脳漿が飛び散るたびに血しぶきが細かい霧のように散った。

鉄錆に似た生臭い匂いが辺りを満たし、吐き気を誘う。



吐き気に後押しされるように、斎木ははっと我に返り、笹岡の方へと歩み寄る。



1mほどに近づくと、彼の言葉が理解できた。


「おしろさま お許し下さい」

「おしろさま お許し下さい」

「おしろさま お許し下さい」

「おしろさま お許し下さい」

「おしろさ        」


ついに笹岡の手が止まった。

辺りには血と肉片、そして脳漿が飛び散っている。

ノコギリの刃が照明を受けて、鈍いオレンジ色に光った。


「あ、サイ木さん、ようやク来たんですか。ずっと待っていましタヨ。」


俺は知らない。

俺は知らない。

俺は知らない。

俺は知らない。



「斎キさんも頭の中に聞こえてるんでショ? この音。」

そう言うと、笹岡は自分の手に持ったノコギリを斎木に差し出す。



――何も聞こえない。

――何も聞こえない。

――何も聞こえない。



カリッ…



こんな音、俺は知らない。


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