第2章 背骨(せぼね)


カリカリカリ




カシャッ




「斎木、撮れてる?」――ハンディカメラ越しに笑う新庄の声がする。



最近発売された写ルンです、は写真館にいかなくてもどこでも写真が撮れて、フィルムを変えるだけで使える優れものだ。



同世代で写ルンですを持ってない奴なんて、探すのが難しいくらいみんな持っていると言っても過言ではない。



高校生の時には川遊びをした懐かしい明神滝のふもとで、川のせせらぎを聞きながらテントを張り、家から持ってきたバーベキューグリルで肉を焼く。



この島にも1年遅れで入荷した写ルンですを片手に、年を忘れてはしゃぐのも久しぶりのことだ。



妻からも、たまには子育てを忘れて息抜きをしてきてもいいよ、と許しを得て、子供の頃から気心がしれた仲間たちと羽根を伸ばしに来た。





「そういえば、小学生の頃、このあたりの防空壕でようけかくれんぼしたわ」


「あぁ、新庄が隠れるのがうまぁて、大人まで心配して山狩の大捜索になったこともあったな」


「あの頃は、子供が神隠しにあうって迷信をまだ信じてる大人も多かったし。。」





その迷信は俺も聞いたことがある。


お父が言うには、ここらへんは第二次世界大戦のときに日本軍の基地があり、満州と本州をつなぐ中間地点として重宝されたそうだ。


そのためか、田舎にも関わらず、空爆がひどく、今でもその時の名残で防空壕が多い。


そして、この辺りの防空壕は大抵、地中に垂直に掘られることが多く、誤って落ちた時には自力では這い上がれないほど深い。


その背景があってかは知らないが、子供の時は親から防空壕のある明神滝に近づくとオシロ様にさらわれてしまうぞ、と脅されていた。


今になって思うと、あの迷信は子どもたちを危険から遠ざけるための方便だったのだろう。



「まぁ、子どもを持つとその気持ちもちょっと分かるよ」


唯一の子持ちである俺がその場を取り繕う。



「肉、焼けたぞ―」


特に肉を焼くのが好き、というわけでもないな、こういう時に細かな世話を焼くのは決まって斎木の役割だった。



ガシャッ...ガタン


誤ってトングが網に引っかかり、網につられてバーベキューコンロが傾く。

コンロが傾くと同時に火花が飛び散る。


「おいー、大丈夫かー?」


少し離れたタープから新庄たちの心配する声が聞こえる。


「大丈夫、わりぃわりぃ。ちょっと消化用の砂とってくんね?」


あまりこういうミスをする方ではないのだが、日頃の疲れと解放感が相まって手元が狂ったのだろうか。


消火用の白い砂を手渡され、種火が残らないように地面にまく。


カリリリ カシャ


「凡ミスくんでーす」


調子づいた新庄がこれみよがしに写真を撮り始める。


カリリリ カシャ


カリりり カシャ


新庄は最近手に入れたハイテク機器に浮かれて、写真を撮り続けている。



「おーい、斎木ー、こっち向いてー」

新庄の声がする方を向いて柄にもなくピースサインをする。


カシ



撮影ボタンを押す新庄の手が止まる。



「おい、お前、後ろ...」



新庄の呼びかけとほぼ同時くらいのタイミングで背中の違和感に俺も気づく。



何かが背中を這うようなムズムズした感覚が襲う。



「わ!虫かも!早く取ってくれよー」



「何かが背中に這いずってんだよー!」



背中をみんなの方に向けピースサインもそのままに後ずさる。



「おい!


 なんで何も言わないんだよ!お前ら!」




「いや、、ないんだよ」



「何がだよ!早く取れよ!」



「だから!背中には何もついてないんだって!」



そんなわけがない。

じゃあ一体新庄は何を言いたかったのか。



確かに、背中には異物を感じる。



厳密に言うと、カマキリのような昆虫がその小さなギザギザがついた鎌で背中をかきむしっているような異物感が押し寄せてくる。


その遺物感は時間とともに収まるどころか、むしろ膨れ上がっている。


最初は羽虫でもついたのかな、という程度だったが、今はもう、カマキリどころかザラザラの皮膚を持つ蛇でも這っているかのようだ。



「もうイいヨ゙!」




近くにあった肉焼き用のトングで背中をかきむしる。




ぎち、ぎりり…


ぎり、ぎりりりり…


ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり――


まだ取れない。


トングには血がべっとりと絡みつき、赤黒く光っている。


ぎりり…ぎち、ぎりぎりぎりりりりりりりりりりりりりりり……


金属の先端が背骨に噛み込み、乾いた抵抗を返した。


カリッ…カリカリッ…


骨の表面を削いだとき、耳の奥で爪を立てられたような痺れる感覚が走り、

その瞬間、誰かが囁く声がした。


――「許さない」


振り返ると、仲間たちは誰も声を出せずに立ちすくんでいた。


新庄の手からカメラが滑り落ち、砂利の上でカシャンと音を立てる。


フィルムを巻き戻すカリカリという音だけが、滝の轟音に混じってやけに大きく響いていた。


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