第16話 光と闇の3日間
「あなたのすべてを委ねてもらう。いい?」
「覚悟はある」
脅されているのは僕。すごんでいるのはウ・ボロンという10歳の少女。隣に盲目にされたに違いないウ・ローズがいる。場所は僕のダンジョンマスタールーム。
「言っとくけど私たち邪悪よ。どんなに邪悪か聞きたい?」
「いいえ。覚悟してますから聞きたくはないです」
「私たちの趣味はミミック隠しなのよ。深いダンジョン見つけると最深部に隠し部屋を作るの」
ミミックは模倣する妖精系モンスターだ。ダンジョンでは宝箱を模倣することで知られている。
「聞きたくないんですけど」
「隠し部屋にはミミックの宝箱の罠がある。こんな低層には、多分永遠に誰も来ない。ミミックは妖精種だから不死なの。どうなると思う」
「ミミックは永遠に待ち続ける」
諦めて僕は答える。ウ・ボロン、人の話を聞かない奴だ。前世にもいた。藤原定家。友人を燭台で殴ってけがさせるような危ない奴で、あいつも人の話は聞かない。
「悪意だけではない。私たちはミミックに宿題を出した。かつて宇宙は調和していた。それをコスモスという。コスモスは美しい音楽を奏でている」
「そうなんだ」
かつて世界が調和して時は、惑星の奏でる音楽が聞こえたという。アルテミスから聞いたことがある。古代文明の基礎知識の一つだ。
「アズル教会がコスモスを壊したからもうそんな音楽は聞こえないけど」
「聞こえないんだ」
コスモスはすでに砕かれた。ならばコスモスを写す鏡も砕かなくてはならない。名前は忘れたが、有名なユマニストの言葉だ。僕には意味不明だ。
「ミミックにはコスモスの奏でる音楽を聞けたら迎えに行くと約束している」
「悪意しか感じない」
だってコスモスはもう無いんだ。
「可能性は0ではない。必死に耳を澄ませば沈黙の音が聞こえるかもしれない。聞こえたらきっと幸せになれる。その可能性が善意」
「善意は限りなく0に近い」
「私たちが君を教えて、君が壊れないでいられる可能性も限りなく0に近い。それでもいい。ロングライト」
「覚悟している。それでも僕は君たちに教えを乞う」
期間は3日。4日目に二人は南部の大貴族の王都邸に性奴隷として納入される。その契約はテミスに誓っているので変更できない。あの奴隷商は契約をたがえたことで、既にテミスによって一族皆殺しにしになったという。
(3日間の光と闇の経験を過ぎて)
時間の概念はあいまいだ。夢と現実が入り混じっている。時系列で正確に思い出すことは無理だ。だからまず舞から思い出そう。
人間の身体にある2つのリズム。最初はウ・ボロンの呼吸を感受し、シンクロさせる。
そのまま舞う。息をそろえて舞う・舞う・舞う・・・・ (記憶が途切れる)
記憶は断片化している。その断片を理性によってつなぎ直す。次も舞につながる断片だ。ウ・ボロンの声。
「呼吸はかなり意思に支配されている」
前世の経験もありこれは割合早くできるようになった。
その次は心拍の同期。これは最初できなかった。ウ・ボロンは僕に何か薬を使った。薬の力でボロンの心音が感じ取れる。そしてそれを同期する。
心拍はなかなか意思には従わない。心というよりは身体だろうか。興奮すると心拍は上がる。心拍が上がると興奮も高まる。また声が聞こえる。
「2つのリズムを同時に同期させ、相手の動きを読むんだ。ロングライト」
身体の動きだけでなく、心の動きも予期できるのだ。これが一番簡単な舞のレッスン。
次は彼女たちの哲学。これもボロンが教えてくれた。
光と闇、生と死、男と女、陽と陰、正義と悪、有と無。現実と夢。ともかく2項対立するすべて。
「何か思い浮かべてごらん」
「太陽と月」
「それは陽と陰の一種だね」
二項対立するものは、どちらも同じ絶対的価値があり、存在するものは同時に2つの絶対を所有する。
正直なところ、今も僕には理解できない。正しいものは良くて、悪はいけないものだと思うからだ。彼女たちは僕を薄っぺらいと笑う。それを壊すためにここへ来たという。
音楽はローズに習う。まず弦の調律からだ。
「コスモスの音よ。和音なの」
「それはアズル教に破壊されたんじゃなかった?」
「そう、だから嘘の音。人間が否定されている。だからコスモスの形骸の音。でも人間がいない事も美しい」
僕の耳はこれにはついていけた。静謐な美しさだ。
水面に一滴の涙が落ち。波紋が広がる。その波紋が湖の岸の硬い岩にあたり、反射しながら複雑な文様を描いた。
つぎの段階では、調律を変える。12の音がある。同じ音で高い音を1オクターブという。いくつかの音の塊があり、その塊には調性という魔法がある。
調性は人の気分をひきだし、うまくいけば感情を操ることまでできる。実際ローズは僕を高ぶらせたり、切なくさせたりして見せた。
そこにボロンから習った呼吸と心拍の2つのリズム。僕とローズはシンクロする。
僕の心はローズとつながったようになる。結魂とは違う心のつながり方だった。音楽にこんな力があるなんて、僕に新しい音楽の可能性が開かれた。
最後は夢だと思う。現実と区別がつかない夢。色のついた、痛みも快感もはっきりと感じられる夢だった。なぜ夢だと分かるか。
「僕は雪青だ」
僕は雪青の顔と身体に、女の身体になっていたからだ。
ローズの細いのに力強い演奏家の指が、ゆっくり、滑らかに動く。ローズは演奏している。演奏されている楽器は僕の身体、それは雪青の身体でもある。
髪の毛の先から足の爪まで弾かれない場所はない。指に触れられ、弾かれ、さすられて、僕はだんだん高まっていく。音楽が快感の感情を開き、呼吸と心拍のリズムが快感を高揚させていく。
演奏は静かに始まり、僕の身体はすべての皮膚がローズの指を、吸い付くように求めていた。
僕は快感の余り声を出していた。目くるめく性愛の世界が、女性になった僕を高みに導き、虜にした。
雪青の顔をした僕が快感の余り叫んでいる。
あの前世の17歳の夜のように。
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