18話 これはもはや一大ムーブメント

 ある日を境に、王都に一つの奇妙な都市伝説が爆発的に広まることになる。

 発端は、騎士団の若者たちの間での噂話だった。


「聞いたか? 首席合格したライルのやつ、どうやら『街角の賢者』に見出されたらしいぜ」


「ああ、知ってる! 本当に追い詰められて、自分の才能に絶望した者の前にだけ、ふらっと現れる謎の達人だろ?」


「助言はたった一言だけ。でも、その一言で人生が変わるんだと!」


 その噂は瞬く間に街へと広がり、尾ひれどころか翼まで生やして、王都中を駆け巡った。


「ねえ、知ってる? 『街角の賢者』様って、見た目はごく普通の通行人だから、誰もその正体に気づけないんですって」


「市場の果物屋のおばちゃんが『うちの店先でリンゴを買っていった、気怠げな男が賢者様に違いない』って言い出して、今じゃそこのリンゴが『賢者の恵み』って名前で飛ぶように売れてるらしいわよ!」


「パン屋の息子なんて、賢者様に見つけてもらいたくて、毎日店の前で大声出しながら剣の素振りしてるじゃない。近所迷惑だってのに」


 この熱狂に、最も強く影響されたのが、当の騎士たちだった。

 いつしか彼らは、これまで汗を流してきた練兵場を捨て、人通りの多い市場の広場や大通りで自主訓練を行うようになったのだ。


「見ろ! これぞ我が渾身の剣戟! 賢者様、俺の才能はここにありますぞ!」


「否! 我が魔力こそ至高! 賢者様、どうか俺に真理の一端を!」


 街のあちこちで、騎士たちが通行人の視線もおかまいなしに、一心不乱に剣を振り、魔法を放つ。その誰もが、「いつか自分も『街角の賢者』に見出されるかもしれない」という熱い期待に胸を焦がしていた。


 王都は、一種の才能アピール合戦ともいえる、奇妙な活気に満ち溢れて始めたのだった。


 そんな『街角の賢者』の噂は数日経つと廃れるどころか、もはや一大ムーブメントと化していた。


「そこの若いの! 剣の振りがなっておらんな! ワシが真理を授けてやろう!」


 まず、王都には自称『街角の賢者』が大量発生していた。

 ただ説教したいだけのご隠居。昔の武勇伝を語りたいだけの元冒険者。小銭目当てのチンピラ。彼らは皆、それっぽいことを言っては、熱心な若者たちから尊敬の眼差し(と、いくばくかの謝礼)を受け取っていた。

 当然、そこには詐欺も横行する。


「さあさあ、これぞ『賢者様御用達の訓練剣』だよ! これを使えば、君も明日から達人の仲間入りだ!」


「限定販売! 『賢者様と出会える確率が上がる幸運の石』! 今ならなんと、もう一個おまけ!」


 もはや王都は混沌としていた。誰もが賢者を探し、誰もが賢者になりたがり、そして誰もが賢者を利用して儲けようとしていた。

 そんな中、ある日の昼下がり、王都の中央広場で一際大きな人だかりができていた。


「おい、あれを見ろよ……騎士団の『剛腕』レギナルド様じゃないか?」


「なんで噴水のてっぺんで、フラミンゴみたいなポーズで固まってるんだ……?」


 群衆の視線の先、騎士団でも指折りの実力者であるレギナルドが、噴水の女神像の頭上で、片足立ちのまま微動だにせずにいた。その表情は真剣そのものだ。

 そこに、彼の同僚である騎士が、信じられないものを見る目で駆け寄ってきた。


「レギナルド!? 貴様、一体そこで何をしているんだ! 見世物じゃないんだぞ!」


 レギナルドは、集中を乱されて悔しそうにしながらも、ひそひそ声で答えた。


「し、静かにしろ! 俺は今、偉大なる賢者様より授かった秘儀『水面に立つ白鷺の行』の最中なのだ! このまま日没まで精神を統一することで、俺の荒ぶる魔力は清流のように浄化され、新たな境地に至るのだ!」


「はぁ!? どこの賢者にそんな馬鹿げたことを教わったんだ!」


「『三つ星の賢者』と名乗る、素晴らしい洞察眼をお持ちの方だ! 謝礼に金貨三枚を渡したら、俺だけの奥義を授けてくださった!」


 同僚の騎士は、こめかみを押さえて天を仰いだ。


「それ、昨日、市場で『絶対当たる』って言ってガセネタの競馬予想を売ってた詐欺師じゃないか……!」


 その言葉に、レギナルドの顔がみるみる青ざめていく。その瞬間、彼の頭上に一羽の鳩がふわりと舞い降り、気楽な感じでフンを落としていった。

 広場は、冷ややかな笑いに包まれた。


◆◇◆


「――というわけなのよ! 今の王都、すっごく面白いことになってるの!」


 カラン、とベルを鳴らして図書館に駆け込んできたシュシュアは、興奮冷めやらぬ様子でまくし立てた。

 オレは特注の椅子に座ったまま、心底どうでもよさそうに相槌を打つ。


「へえ、そうなんだ」


「もう、ジルさんったら興味なさすぎ! でも、おかげで変なのが増えて、騎士団は警備で大変らしいわ! 偽賢者にそそのかされて、噴水に飛び込みながら『これが無我の境地だ!』とか叫んでる冒険者とかもいるのよ!? 意味が分からないわ!」


 本当に意味が分からないな。

 オレは、読みかけの本に視線を落としながら、本音を口にした。


「その『街角の賢者』とやらは、随分と迷惑な奴なんだな」


 その言葉に、シュシュアは待ってましたとばかりに、ぶんぶんと首を縦に振った。


「そうでしょ!? たった一人のせいで、街中が大騒ぎなんだから! 本当に迷惑な話よね!」


 シュシュアはひとしきり憤慨していたが、ふと何かを思いついたように、いたずらっぽく笑ってオレの顔を覗き込んだ。


「でも、才能の本質を一瞬で見抜いて、的確な助言をくれるなんて……ジルさんなら有り得そうね」


「……は?」


「だって考えてみてよ。ふらっと現れてアドバイスして、名も告げずに去って行く……。あれ? もしかしてジルさんが『街角の賢者』だったりして!」


 オレは一瞬、心底面倒くさそうな顔をしてから、わざとらしく大きなため息をついた。


「馬鹿なことを言うな。オレがそんなお節介、焼くわけないだろう。一日中、ここで静かに本を読んでる方が、よっぽど性に合ってる」


「そうか、ジルさんなら、もしかしてあるかもと思ったんだけどなー」


 シュシュアは残念そうに肩を落とす。

 まったく、そんな迷惑なやつとオレを同一視するとは困ったやつだ。

 オレが『街角の賢者』のはずがないだろ。

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