第19話


 マキさんが、空を飛びそうなパンに乗り込んだ。

 後ろの席には、ミノルが作ったクママパン。

「みんな、いいわね。ゆっくり飛ぶわよ」

 マキさん、緊張しているみたい。眉間はしわしわ。声はまるでフランスパンみたいに硬い。

「さぁ、いくわよー!」

 ふわ、ふわ、ふわ。パンが、宙に浮いた!

 けど、思っていたのと何か違う。どう違う?

「ねぇねぇ、クママ」

「なーに? ミノル」

「あたし、もっとビューンって飛ぶ夢を見たの」

「うん」

「でも、このパンの動きはなんだか……」

 まるで、プロペラのないヘリコプターだ。

「あなたたち! 地上で〝思っていたのと違う〟とでも思っているんでしょう? あ、ああっ! 大変! うまくバランスをとれないわ!」

 グラグラ……ドスン!

 空を飛びそうなパンが、おっこちた。翼の先が、ちょこっと欠けた。

「ああ、パンが欠けてる!」

 クママは〝空を飛べなかったパン〟の翼に駆け寄ると、欠けたパンを手に取ってしょんぼり。ミノルはクママの肩にぽん、と優しく手を置くと、

「一緒に焼き直そう」と言って、ふんわり笑った。

「ふたりとも。わたし、気づいたことがあるわ」

 操縦席のほうからマキさんの声がした。墜落してから今まで、ずっと操縦席にいたみたい。

「マキさん。気づいたことって何?」ミノルが操縦席へ向かって叫んだ。

「この食材たちの力じゃ、空へ行くのは難しそうってこと。ここには勢いをつけられる滑走路のようなものはないから、風に乗れる高さまでは食材たちの力任せなところがあってね。でも……力が足りない。大きな飛行機にしたからっていうのもあるかもしれないわ。例えば、一人乗りにしたら、風に乗ってビューンと飛べるようになるかもしれないわ」

「ねぇねぇ、マキさん」

「なーに? クママ」

「ぼく、思うんだ。食材たちの力で飛ぶとしたら、食材たちがたくさんいたほうが高く飛べるんじゃないかって。なんで大きくなると飛べなくなるの?」

 マキさんはよいしょ、と操縦席から降りると、

「たくさんになると喧嘩が起こりやすいし、それに――」

「それに?」

「乗る人数が増えれば、その分支えないといけない重さが増えるってことだからね。食材たちへの負担が重くなる点も気になるわ」

 ミノルはクママを見た。ぽってりしたお腹が可愛いけれど、これが重さの秘密では?

 クママはミノルをみた。背が高くてうらやましいけれど、それが重さの秘密では?

「だから、とりあえず一人乗りにしてみましょう。それで成功したら、二機作ればいいわ。そうすれば、ふたりで飛べるでしょう?」

 二機、かぁ。クママとミノルは、口には出さないけれど、二人そろって同じことを考えた。

 ――どうせだったら、一緒に乗りたいんだけどなぁ。

「マキさん」

「なーに? クママ」

「ひとまず、翼を作り直してみてもいいかな」

「このままの形で飛びたいの?」

「うん……」

 クママはミノルを見た。ニッコリ笑って、グッドのサイン。ミノルも同じことを考えている! そう確信したクママは、元気いっぱいに、

「だって、一緒がいいんだもん!」


 こねこね、くるくる、おやすみ、おはよう――。

 いってらっしゃい、おかえりなさい――。

「焼けた! 翼!」

「それじゃあ、古い翼を外して、新しい翼をつけましょう」

「ねぇねぇ、マキさん」

「なーに? ミノル」

「古い翼はどうするの?」

「それはもちろん、こうするの」

 マキさんは、欠けた翼をつんつんつん。すると翼はふわふわふわ。風船みたいに飛び出した。そして、井戸へ向かってどんどん進んで――井戸の底へゆっくりと降りていく。

「コッジーにあげるの?」

「そういうこと」

 井戸の底には、コッジーがいた。いっぱいになったお腹を抱えてくるんと丸まって、ぷかぷか昼寝をしている。

 翼パンが、どんどんとコッジーに近づいていく。

 くん、くんくんくん。コッジーの鼻がぴくぴく動いた!

『ンー? ナンダー? ワーイ! パンダー!』

 コッジーが飛び起きた。手をぐいっと伸ばして欠けた翼パンを掴むと、ドスン! ジャバン! と大きな音と震えが響くほど勢いよく座って、

『イッダダッギマーズ!』

 ニッコリ笑顔で翼に食らいつき始めた。

『オイジイイイイイ! グママノバン、ヤッバリザイゴー!』

 地面がブルブルッ!

 井戸がトランペットみたいに、大きな音を吐き出した!

「なんか、幸せな音色」

「そうだね」

 そう遠くない過去のことだけれど、もう大昔のことのような気がしてしまうくらい、ここで過ごした時間はぎゅぎゅっと濃い。

「……それじゃあ、空飛ぶパンづくりを続けようか!」

 ミノルが拳をクママに向かってそっと差し出した。

 クママはその拳に自分の拳をちょん、と当てると、

「うんっ!」

 ふたりは息ぴったりに、ずん、ずんと、空を飛べなかったパンへ向かって歩き出した。



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