19話

「本当に見えるの?」

「うん、間違いなくあの子」


 ザクロは言った。自〇して亡くなった子が部屋に現れたと。霊感のないザクロに見えるほど強い霊なのだろうか?それとも生前に関係のあった人だから?ザクロの精神状態が関係してる?それとも精神的にまいってしまったザクロが幻覚を見ているだけ?いずれにせよ今1人にしておくのはマズイだろう。


「これからそっちに行くから。今お母さんは?」

「今日は夜勤でいない。家には私と弟だけ」

「よし、じゃあすぐ行くから絶対外に出ないでよ?時々電話するから絶対出てよ?それから、助っ人を連れてくかもしれないから!」




 ***




 電話を切り、ベッドに腰を掛けたままもう一度部屋の隅に目をやる。何度見ても、いる。何を言うでもなく、あの子がジッと部屋の主を見ている。外に出るなと、自称霊感のある友達が言っていた。あとどれくらいあの子と2人きりでいればいいのだろうと、待っている身からは永遠に感じている。


「おい、おいってば」


 ドアの外から声が聞こえる。久しぶりに聞いた気がして誰だったか一瞬考え、弟の声だと思い出す。しばらく姉弟で会話もなかったものだから、以前の記憶と違い、低めな声であった。いつの間に声変わりでもしたのだろうか。


「なんか聞こえたけど、なんかあったか」

「別に~?友達と電話してただけだし」

「…そうかよ」

「何よ、誰と話してようが関係ないでしょ」

「ああ…。いや、最近お前様子おかしいし…。何もねえならいいや」


 部屋の前から離れていく足音がする。


「あ、これから友達が来るから、部屋から出ないでよ~!」


 はいはい、と遠くから返事が聞こえ、ドアが閉まる音がする。


「ふ~ん」


 姉は再びあの子へ視線を戻す。あの子は視線をドアの方へ向けていた。


「…あれは弟よ。思春期真っ盛りの、クッソ生意気な弟。なんか久しぶりに話した気がする」


 初めて幽霊に向かって声をかけると、幽霊はゆっくりと視線を移した。目元がはっきり見えず、口は全く動かず、何を考えているのかは読めない。


「…憎んでるよね、私のこと」


 あの子はただ視線を合わせている。あの子は質問には答えなかった。


『憎んでるに決まっているじゃない、ねえ?』


 代わりに答える声があった。あの子の生前に聞いた声ではない。


『どうしたの?早くヤッてしまえばいい。まさか、これにも家族がいるからと、躊躇しているの?』


 聞き覚えのない声が部屋に響く。女性の声だ。


『前の奴も早くヤッてしまえばよかった。そうしないからあなたがまた傷つくことになったじゃない。結局、こいつらは他人が傷つくことをなんとも思わない、人型の畜生なんだよ?』


 姿は見えないが、誰かがもう1人部屋にいるのは間違いない。霊感のない部屋の主にもハッキリと分かった。


(誰かいる…!?)




 ***




「急に悪いね。近くにいて確実に戦力になりそうなの、他にいないからさ」

「ううん。頼ってくれて、うれしい」

「真夜ちゃんのご両親、意外とこんな時間に出かけるの許してくれたんだね」

「音色ちゃんとこ泊りに行くって言ったら、意外とあっさり。いろいろあって、私に一緒に遊ぶ友達がいるのが多分よっぽどうれしいんだと思う。あと音色ちゃんを信用してるんじゃないかな。変なことに誘う、悪い友達じゃないって」

「オカルト案件が変なことに含まれないことを祈るか」


 私は音色ちゃんから連絡を受け、吉祥さん宅へ向かっていた。電車で向かって、翌日は休みなのもあり問題なければそのまま普通にお泊り会でもしようということだった。両親には嘘ついて、近所の音色ちゃんのうちへ泊ると言ってしまったけど。


「音色ちゃんこそ、おじいちゃんとおばあちゃんは何も言わなかったの?急にこんな時間に泊まりに行くなんて」

「あ~、まあ、『さっきはいいがうちに来てくて良かったと思ったのに、一瞬で不良娘になった!?』って。しょうがないから幽霊のことは言わないけど、心配な友達がいて~とかなんとか説得してきた」

「そ、そっか。そりゃ心配だよね」

「心配かけて悪いとは思うんだけど…。無事に帰りたいと思える場所があるのはホントありがたいしさ」


 2人で最寄りの駅で降り、吉祥さんの自宅があるマンションへ向かう。幸い駅から近く徒歩で行くことができた。道すがら音色ちゃんは吉祥さんに電話をかけて安否を確認した。今のところ、部屋に現れた幽霊が手を出してくることはないようだった。

 ただ姿は見えないが、もう一人誰かいるようだと吉祥さんは言っていたらしい。早く行って状況を確認しなければ。


「ここが、吉祥さんのマンション?」

「うん。アタシも来るのは初めてだけどね。…ん?」


 私のリュックがひとりでにもぞもぞと動いているのを背中で感じる。音色ちゃんもそれに気づいたようだ。


「真夜ちゃんのお泊りセット、随分とテンション高いね。やっぱ誰かの家に泊まりに行くの初めてで興奮してる?」

「それもあるかもだけど…」


 チャックの隙間から指を挿し、器用にリュックを開けて中から人形が顔を覗かせる。今日は当然蒼美を連れて来ていたのだが、こうして動いているのは先日の鏡の怪異の件以来だ。


「お、蒼美!今夜は元気そうじゃん」

「でも、この子がお人形らしくしていないってことは…」

「まあそういうことだよね」


 マンションの入り口付近や駐車場には、黒い人影が複数跋扈しているのが見える。明らかによくないものだ。あたりに悪い気配が充満している。蒼美もそれを感じているようだ。

 信楽先輩が言っていた黒い影も、こんな奴だったのだろうか。だとしても、何故その影がここにたくさんいるのだろう。


「蒼美ごめんね、せっかくのお出かけがまたこんなことで。でもあなたが頼りなの」


 人形はリュックから身を乗り出して肩につかまり、前方を見据える。


「『ええから、はよ進め』ってさ」

「絶対そんな口調じゃないもん」

「分かったから、行くよ。あの影を極力避けて行って、こっちに敵対してくるようなら反撃しよう」


 音色ちゃんはお守りを握りしめて先頭に立つ。私と蒼美はそのあとに慎重に進む。


「入り口はあっちね」


 音色ちゃんは小声で指示を出す。近くにいる影達の様子をうかがいながらマンションの入り口との距離を縮める。物音にはあまり反応を示していない様子だったが、吉祥さんの安否確認のための電話をしながらで進めるような状況ではなかった。


「この中にその…吉祥さんの言っていた幽霊がいるのかな」

「生前の姿で現れていたみたいだから、こいつらは違うんじゃないかな。多分今もザクロの部屋にいるんだと思う。ザクロが聞いたっていう、知らない人の声の主がこいつらのどれかの可能性はあると思うけど」


『ザクロ…?』

『キチ…ジョウ…?』


「…こんな声だったのかな…?」


 黒い人影たちは、表情のない真っ黒な顔でこちらを見ていた。真っ黒で頭の前も後ろも区別がつかないが、こちらを凝視しているのを、刺すような視線を感じた。明らかに敵意があった。気味の悪い気配が強くなっていく。


『アイツノ…ナカマ…?』

『アイツラト…オナジ?』


「マズい!」


 音色ちゃんが声を上げるのとほぼ同時に、蒼美は蒼いイバラを張り巡らせ、結界のように私たちを囲んだ。

 黒い人影は次々にイバラに向かって突進し、突き破ろうと引きちぎり手をねじ込んでくる。蒼美は結界をイバラを補強して直していくが、人影の数は多く少しづつ破られていく。


「このっ!こいつら、コックリさんフレスマリのお守りで吸収できないの!?」


 音色ちゃんが結界を破りねじ込まれた黒い手にお守りを押し付けるも、黒い手は弾かれてしまい、フレスマリに食わせることはできなかった。


「で、でも、ダメージはありそうだよ!効いてるよ!」


 人影は『ギャア』と声を上げ弾き飛んだ後、警戒するように結界から距離を置いていた。結界に攻撃を仕掛ける人影も数を減らしてきていた。


「蒼美はどう!?耐えられそう!?」

「が、頑張ってるよ!」

「じゃあキツネさんチームも頑張りますか!」


 音色ちゃんはこんな状況でも努めて明るくふるまっていた。私も窮地を乗り越えてきたからか、信楽先輩の『病(闇)は気から』という言葉もあってか、精神的に隙を見せないように、極力恐怖心を抱かないように気を強く持つ意識ができていた。


「一体しぶといのがいるわね」


 ほとんどの人影は距離を置いてこちらの様子を窺っているが、一体、何度も攻撃を仕掛けてくる影がいる。イバラを破っては中に入ろうとする影を音色ちゃんが追い返す。

 しかし、やはり怪異にも疲労はあるのだろう、何度も繰り返すうちにイバラが結界を組みなおす速さも、お守りがはじき返す力も弱まってくる。


「…ッ痛!」

「音色ちゃん!」


 人影を弾ききれず、逆に音色ちゃんの手を振り払う。イバラが人影を縛り上げ、侵入を防ごうとするもじわじわと身を乗り出してくる。


「ど、どうしよう、2人でフレスマリ呼び出してみる!?」

「いやそれより、真夜ちゃんは蒼美に集中してあげた方がいいと思う。その子は真夜ちゃんの精神とか、霊力の影響を受けているみたいだからね」


 そうだ、私の霊力から生まれた蒼美は私の精神的な影響を大きく受けている。心を乱してはダメだ。人形を抱きしめ、イバラの壁から上半身を覗かせている黒い人影を見据える。イバラが力強く伸び始め、人影を押し戻していく。


『ユル…サナ…テ…ヤル…』


 真っ黒な顔は表情が見えない、しかし恨めしそうにこちらを見ているのが感じられる。人影が再びこちらに腕を伸ばしてきた時だった。


『そこまでにしなさい。』


 イバラの結界の外から声が聞こえた。人影の動きが止まる。


『手を引きなさい。特に、渡良瀬さんからは。その子は○してはダメ。幸せに長生きすべき子だよ。アイツらとは違う。』


 聞き覚えのある声だった。イバラの隙間から若干姿が見える。


『コイツら…アイツノトモダチ…ドウルイ…』

『分かってくれないの?もうあなたもただの人〇しだね。』


 突然、黒い人影がイバラの結界から引きずり出された。イバラ空いた穴から声の主が確認できた。


「…石水さん…!?」

『こんばんは。若い女の子がこんな時間に出歩いてたら危ないよ?』

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