聖女召喚と言われても、わたし、今、仕事が繁忙期なんですが

藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中

勝手な聖女召喚は止めましょう

*結末はややブラック風味?


・・・・・・・・・・・・・・・・・



サクリズ王国の王城。

その大広間は、国王、王妃、何百人もの貴族たち、城の衛兵たちで、溢れんばかりだった。


「それではこれより『聖女召喚の儀』を行う!」


王太子であるライールが高らかに宣言をした。


歓声が上がる。集まったほとんどの者たちが、期待満ちた目でライールを見る。一部……国王や王妃などは、本当に聖女召喚などができるのか、懐疑的ではあったが。


「魔導士たちよ! 始めるがいい!」


黒いフードを頭までかぶり、長い杖を持った十数人の魔導士たちが、大広間の中央で円を描くようにして、立ち並ぶ。


魔導士たちの呪文が紡がれる。朗々と、大広間にその唱和が響く。

そして、円の中央に、小さな光が灯った。


ライールや集まった者たちの目が更に輝きを増す。


そして、魔導士たちの唱和の声が、小さくなっていくにつれて、光は大きくなっていき……、少女の形を取った。

年のころは十代前半に見えた。背は比較的低い。ライールの胸のあたり程度だ。


「おお……!」

「聖女だ……!」

「召喚は成功した……!」


喜ぶライールや魔導士たち。

一方、召喚された聖女は、驚いた顔で、周囲を見回した。


「え、え、え? ここ、どこ? あたし、仕事の真っ最中で……」


聖女の姿を見れば、使い込まれ、少々汚れたエプロンをしていて、その手には木槌のようなものを持ってた。


聖女は、平民などの労働階級の者か……と、ライールは少しだけ、現れた聖女を心の中で見下した。


……まあ、顔立ちは、悪くはない。

くりっとした瞳は大きく、驚いた顔は、リスのような小動物に酷似している。

二つに分けて結ばれているふわふわの桃色髪も、汚れを落としてきちんと整えれば、花のように可憐……かもしれない。


正妃にするのは無理でも、側室程度にならしてやってもよい。


などという心の内などは見せないように、いかにも優し気で高貴に見える笑みをライールは浮かべる。


「ようこそ聖女様! 我らが召喚に応じていただき、感謝いたします!」


聖女の前に進み出て、手も胸に当て、深々と腰を折るライール。

整えられた美しい金色の髪が揺れる。


謙虚な姿勢を表してはいるが、心の中ではそうではない。


だが、召喚した聖女には気分よく、この世界を救ってもらわねばならない。


「我がサクリズ王国、そして、周辺のいくつもの国は、魔物の脅威に脅かされている。聖女様のお力を持って、魔物を亡ぼしていただきたいのだ!」


集まった貴族たちも、同意を示すように、頷いていた。


「えっと……」


一方、召喚された聖女はきょとんとした顔のままだ。


「聖女……って、あたしのこと? あたしに魔物を亡ぼせって言っているの?」

「もちろん」


聖女は、眉根を寄せた。


「あたしにそんな力はないよ。できることと言ったら、せいぜい……」


聖女の言葉を、ライールが遮った。


「異世界から召喚された聖女は、聖なる力を使うことができる。問題はない!」

「いや、問題はないと言われても。あたしの仕事だって、繁忙期なんだよ。稼ぎ時なんだよ」


そう、仕事の真っ最中だったのだ。

しかも、今は、かなり忙しい。

朝から晩まで、休みなく続く仕事。


「あなたの仕事が何であれ、我らの世界を救えるのは聖女様、あなた一人なのだ。あなたの世界のあなたの仕事は、あなたにしかできないような特殊なものなのか?」


詰め寄られて、聖女は少し考えた。


「えっと、まあ……、仕事場所はちょっと……アレかもしれないけど、一応、卵を割るだけだから、体力と根性さえあれば……」

「誰にでもできる仕事なんだな?」

「えーと、誰にでもっていうわけじゃないけど、あたし一人しかできない仕事ではないなあ……。元々、何十人もの仲間と一緒に協力してやっていたし……」


考えている聖女に、更にライールは詰め寄った。


「卵を割る仕事。ならば、他の者だってできるだろう! それに仲間がいるというのなら、彼らに任せていてもいいのではないか? 我々の世界を救えるのは、キサ……、いや、あなたしかおらんのだ!」


キサマ、と言いたいところを、敢えて、あなたと言い直せはしたが。快く引き受けない聖女に、ライールもだんだんとイライラしてきた。


「えーと。でも、今忙しくって。人手も足りなくて。代わりの者がいればいいけど……」


聖女は、ちらとあたりを見た。


「ええと、あたしが、その、魔物を倒す仕事を引き受けたら、皆さんの中の誰かが、あたしの代わりにあたしの仕事を引き受けてもらえますか……?」


至極真っ当に、聖女は交換条件を申し出た。

自分の仕事を代わりにやってくれるのなら、聖女の仕事とやらをしてもよい。


ライールは、内心のイライラを抑えて、敢えて、残念そうな顔を作った。


「そうだな。我々は、異世界から、我々の世界を救える聖女、つまり、あなたを召喚した。だが、こちらから、誰かを聖女の世界へと送り込めるだけの方法は、我々にはない。残念だが、聖女の仕事の代わりは、聖女の世界の仲間とやらに受け持ってもらうしかないな」

「……あたしに、自分の仕事を放り出させて、それで、こっちの世界で別に仕事をしろっていうの⁉」


落ち着いてくるにつれて、聖女は不快感を持った。


「こっちの世界を救うために、勝手にあたしを召喚したってことでしょう? 許可も得ずに、勝手に呼びだして、しかも、あたしの大事な仕事は放棄しろって⁉」


言っている間にもだんだんムカムカとしてきた。


「……いくつか聞くわ。あなたたちには、聖女を召喚する方法はあるけど、逆は無理なのね。こちらの世界の者を、あたしの世界に送り込むっていう……」

「ああ、無理だ。キサマ……あなたを元の世界に帰す術もない。故に、あなたには我らの世界を救ってもらわねば、貴女自身も困ることになる」

「そう……」


聖女は下を向いた。その肩が震えているのは泣いているのかもしれないとライールは思った。


泣いているのなら、ここでほんの少し優しくしてやれば、行く先のない平民女など、簡単に自分を好きになるだろう。

美しいドレスを着させ、食べたこともないような宮廷料理を食わせ、ふんだんにもてなした上で、愛の言葉でも囁けば、平民娘など、美貌の王子との婚姻をすぐに夢見るはずだ。


それが無理なら、脅せばいい。

食事や水も与えず、魔物の群れの中に放り込む。

聖なる力で、その魔物たちを殲滅できねば、キサマが一番先に魔物の餌になるのだと。


「……質問の続きをするわ。あたしをここに呼んだ責任者は誰?」

「もちろんこの私だ。そして、優秀なる我が魔導士たちがキサマを呼び寄せた」

「そう……、わかったわ」


聖女が顔を上げた。

その深紅の瞳が、ゆらりと揺れた。


なんだ……と思う間もなく、ライールと魔導士たちの姿が、炎のような赤い色に包まれた。


「あんたたちを、あたしの職場に送る。あたしの代わりに卵を割りなさい」

「は……?」


まず、ライールの姿が消えた。そして、魔導士たちが、一人、また一人と消えていく。


「体力と根性さえあれば、誰にでもできる簡単な仕事よ」


聖女は、手にしていた木槌を摩りながら、淡々と言った。


「ダンジョンの最下層。そこには何千何万の……いえ、もしかしたら何億個かもしれないけど、魔物の卵がひしめいているの。孵化する前に、卵を割らなければ、魔物が大繁殖してしまう。だから、卵のうちに、すべてを割らないといけないの。一つでも残って、孵化すれば……、恐ろしいほどの脅威だからね」


そう、聖女も。

召喚する直前まで、魔物の卵を割り続けていたのだ。

何十人もの仲間と共に、一つの取りこぼしもないように……と。


もしも、たった一つ取りこぼした卵が、ドラゴンのような魔物だったら。


だから、聖女の仲間は必死になって、卵を割り続けていたのだ。


しかも、卵が孵化するまでは、もう間もなく。

時間がない。

必死に、皆で、卵を割って回っていた。


「さて、あたしを勝手に召喚したこちらの皆さんたち。こちらの世界を救えるのはあたしだけってことだから、しかたがない。こちらは救います。だけど、あたしの世界だって、かなりの危機なのよ。だから、召喚の責任者たちには、あたしの代わりにあたしの仕事をしてもらいます」

「そ、そんな……」


王と王妃は絶句したが、そもそもライールたちが勝手に聖女を召喚したのだ。聖女の許可も得ないで。


であれば、聖女がライールたちを勝手にどこかの世界に送ったとしても、それは、お互い様である。


「その……、聖女よ。あなたの仕事が済めば、我が息子、ライールたちをこちらの世界に戻すことは可能なのだろうか?」


聖女は頷いた。


「まあねえ。あなたたちの世界の魔導士たちはどうかは知らないけど。あたしの世界は、離脱魔法だけは発達しているの。だから、本当を言えば、こちらの世界なんて放っておいて、あたし、元の世界に戻って仕事の続きをしてもよかったんだけど」


知らない世界。勝手に召喚された世界であろうとも、自分しか救えないのであれば、救うのもやぶさかではない。

見捨てるのは、少々心が痛む。


かといって、自分の仕事も放棄はできない。

本当に、魔物の卵の孵化は、もう間もなくなのだ。


「いわゆる等価交換ってやつよ。わたしはこっちの世界を救う。あいつらは、あっちの世界で、あたしの代わりにあたしの仕事を行う。勝手だっていうのなら、最初にあたしを勝手に召喚したんだから、あいつらに責任を取らせるのが当たり前」


何か間違ったこと、言っている⁉ とばかりに、聖女は国王や周囲の貴族たちを睨みつけた。


「文句があるなら、こちらの世界を救わないで、あたし、このまま自分の世界に帰るけど?」


危険な場所からの離脱程度が出来なければ、ダンジョンの最下層で魔物の卵を割るなどという仕事はできない。


もし、万が一、卵を割っている最中に、魔物が孵化したら。


そうしたら、そのダンジョンは破棄し、聖女の仕事仲間は全員、即座にダンジョンから離脱。そしてダンジョンは封鎖されるのだ。


国王も、王妃も。「……わかった」と頷いた。


聖女が、この世界の魔物をせん滅し、そして、元の聖女の世界に帰る。

その時に、ライールと魔導士たちがこちらに帰還する日を待つ以外にできることはない。




だが、聖女は知らなかった。

こちらの世界に召喚されたすぐ後、魔物の卵が次々と孵化し、聖女の仲間たちは、既にダンジョンの最下層から離脱した後だということを。


そして、ライールたちが、その最下層に送られたことも知らずに、そのダンジョンを封鎖したことも。


魔物に囲まれたライールたち。彼らはダンジョンの最下層から何とか上層階へと逃げていった。上層へと向かえば、まだ、魔物の数は多くない。魔導士たちは必死になって結界を張り……、ダンジョンの中の、比較的弱い魔物を倒し、その肉を喰らいながら、生き延びていくしかなかった。



聖女は知らずに、こちらの世界の魔物をのんびりと殲滅していった。



聖女がこちらの世界を救い、そして、元の世界に帰還し、更にライールたちをこちらの世界に呼び戻すまで。


ライールたちが生き延びられるかどうかは……神のみぞ知る。






勝手な召喚は止めましょう・終わり










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