戦国新選組 最狂×最狂 ー土方歳三が織田信長に逆行転生した混ぜたら危険な世界線ー
五平
第1話 鬼の副長、尾張のうつけとなる
雪が、頬を濡らした。
鉄砲の音が遠ざかり、肺を焼くような硝煙の匂いが薄れていく。
土方歳三は、五稜郭の雪原に倒れ込み、愛刀・和泉守兼定を強く握りしめた。
「ああ、結局、俺の信念は、この刀と共に果てるのか……」
その意識が途絶える寸前、彼は眩い光に包まれた。
次に目覚めた時、彼は見慣れない豪奢な屋敷の天井を見ていた。
絹の寝具が肌に絡みつく不快感。全身を包む感触が、あまりにも柔らかすぎる。
部屋を満たす白檀の香りが、彼の鼻腔をくすぐる。
「なんだ、この甘ったるい匂いは……まるで、傾城屋じゃねぇか」
土方の目がカッと見開かれる。見慣れない男たちが、彼の周囲をうろついている。
戸惑いを覚えながら立ち上がると、廊下の陰から、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「おい、うつけ殿が起きたぞ」
「また馬鹿げたことを言わねばいいがな」
「うつけ」──その陰口に、土方の神経が逆撫でられた。
彼は近くにあった銅鏡を掴み取り、自分の姿を映す。そこに映っていたのは、見知らぬ若武者の顔だった。
「俺は、誰だ……?」
その問いに答えを出すかのように、彼の脳裏に、断片的な映像が洪水のように流れ込んできた。
──尾張の城下、若者たちが己を嘲笑うざわめき。
──清洲の町の祭りで、大声を上げて暴れまわる自分。
──幼い妹、お市と手習いをする自分。
それは、土方の記憶ではなかった。
だが、その映像はあまりに鮮明で、まるで自分の過去のように、彼の心に刻み込まれた。
「俺は信長……いや、だが……」
過去の自分と、流れ込む記憶が入り混じり、土方の頭を強い混乱が襲った。
「俺は土方歳三だ……だが、この体は、織田信長……!」
彼は鏡をゆっくりと置き、自分の腰に差した刀を確かめる。それは愛刀・和泉守兼定ではなく、見覚えのない無骨な一振だった。
重ねは厚く、反りは浅い。樋のない力強い造りは、信長が好んだと聞く刀に似ていた。
「俺は、織田信長になった、のか」
自分の立場を悟った土方は、庭へと続く廊下に出た。
家臣たちが持つ刀は、刃こぼれし、刃先は丸く、中には錆びついているものまである。
その刀から放たれるのは、血の匂いではなく、ただひたすらに淀んだ錆の匂いだ。はばきが鯉口に触れて、乾いた小さな鳴きを立てる。
土方の脳裏に、五稜郭で散った仲間たちの幻影が過った。血に濡れた刀を握りしめ、最後の最後まで信念を貫いた、近藤、沖田、そして自分。
刀を愛し、刀に生きた土方にとって、それは耐え難い冒涜だった。怒りが、静かに、そして激しく燃え上がった。
「貴様ら! 刀は武士の命だぞ!」
土方の声が雷鳴のように轟くと、家臣たちは一斉に動きを止める。
宿老の柴田勝家が、困惑した顔で進み出た。
「若様、いかがなされましたか?」
「いかがしたか、だと? 見てみろ!」
土方は、目の前にいた家臣の刀を乱暴に引き抜き、鞘を捨てた。
「刃こぼれ、この錆、抜き味の鈍り。これで武士を名乗れるか! これでは草一本すら斬れまい!」
彼は、その刀を地面に突き刺し、叫んだ。
「良いか! 明日、武具蔵に刀を持って参れ! 俺が一本ずつ見る!」
家臣たちは、若様の言葉にただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
その日の午後、彼は一人で愛刀の手入れをしていた。油壺から取り出した匂い立つ油を刃に薄く塗り、拭いで地肌を確かめる。その指の動きは、長年の癖で淀みがない。
そこへ、一人の若者がやってくる。
「若様、親方の弟子です。新しい刀の注文、承りました」
彼の背後には、彼よりも一回り小さな少女が控えていた。
「お初にございます。お市と申します。兄上様……」
土方は言葉を失った。あの新選組の鬼副長が、戸惑いを隠せない。
しかし、お市は彼の困惑に気づかず、きらきらした瞳で刀をのぞき込む。
「わあ、兄上様、その刀はとても綺麗ですね」
その純粋な言葉に、土方の胸に温かいものが広がる。彼は、この少女を守るためなら、信念の刃を奮うことができると確信した。
土方は、静かに刀を鞘に収め、若き刀鍛冶の弟子と向き合う。弟子の名は清吉といった。
「俺の求める刀は、この世に二つとない。お前には、それが作れるか?」
清吉は緊張で手を震わせながらも、力強く頷いた。
「……作ってみせます! 若様のお心を映す刀に仕上げてみせます!」
その言葉に、土方は不敵な笑みを浮かべた。
「良い返事だ。ならば、その刀の名を『新兼定』とでもしようか。俺の信念を、お前も背負うのだ」
かくして、戦国最強の男と、真面目すぎる男の、歴史を塗り替える物語が、今、始まった。
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