第2話 日常は唐突に…

美羽と白兎は中学では美術部に所属している。

幼い頃から絵を描くことが大好きで、同じ幼稚園に通っていた頃から、画用紙に好きな絵を描いては互いに見せ合っていた。


その習慣は成長しても変わらず、二人にとって絵を描くことは「一緒に過ごす日常の延長」であり「心を通わせる大切な時間」となっていた。


ある日、白兎と美羽は文化祭で展示するための絵を描いていた

文化祭のテーマは一心同体。


白兎がキャンバスに描き始めたのは、美羽が暮らす山の上の住宅街だった。

段々畑のように重なり合うプロヴァンス風の軒並み。


坂道を登らなければならないため、通学は大変だが、その先に広がるのは一面の青い海。

その海を見下ろす町は、まるで誰もが心を寄せ合いながら暮らしている「ひとつの家族」のような街並みだ。


「白兎の絵は、私ん家から見える景色じゃん!」


美羽は嬉しそうに笑いながら、キャンバスと写真を見比べた。


「プロヴァンス風の住宅街、綺麗だよね〜。

私、この通学路、大好きなんだ」


言葉を口にしながら、美羽はふと白兎の絵に吸い込まれてゆくような感覚に陥る。

キャンバスに描かれた、まだ線画だけの軒並みが、夕焼けに照らされた現実の景色とゆっくり重なっていく…。


互いに幼い頃から今日まで見続けていた変わらぬ景色。

共に歩んできた幼き日の思い出がキャンバスの中に刻まれているようだった。


「私、今日は塾あるし、そろそろ帰ろうかな。

白兎は、まだ描く?」


美羽が振り返ると、白兎は筆を止め、少し間を置いて小さく笑った。


「俺もそろそろ帰るよ。一緒に帰ろっか。」


帰り道、夕陽が二人の影を長く伸ばす。

まだ蒸し暑さが残る夕方の太陽。

蝉の鳴き声が絶え間なく響いていた。


歩幅は自然と合わさるけれど、肩は触れ合わない距離。


美羽は小さく笑いながら、口を開いた。


「また一緒に描こうね」


白兎も少し頬を緩めて頷いた。


「ああ、楽しみにしてる」



坂道に二人の影だけが寄り添い、風が髪を乱す。

恋人ではないけれど、互いに感じる温かさは、夕陽の中に溶けてしまいそうだった。


しばらく歩くと家路を分つ、交差点に差し掛かった。


夏の雲が重く垂れ込め、湿った空気が雨の匂いを運んでくる…。

ぱらぱらと落ちる小さな雨粒に、生温かい風が混ざり、重い空気が漂う。

静かな時間の中、どこか胸をざわつかせる予感が、影のように忍び寄っていた。


「じゃあね!」


別れ道の交差点で白兎の方を向き、大きく手を振りながら後ろ向きに歩いてゆく美羽。


プーーーーッッ!!!

キキィーーーーッッ!!!

耳をつんざくクラクションと急ブレーキの音がした…


目の前に迫り来るトラック。

その瞬間、美羽の目には、周りの景色がスローモーションのように流れ、まるで時間が止まったかのように感じられた。


「美羽、危なっ___」


言葉はそこで途切れた。


次の瞬間、激しい衝撃が二人を襲い、身体が宙に舞い飛ばされる。

美羽の体は白兎のすぐ横で弾かれ、空中で互いの目が合う。


身体を襲うのは激しい痛みと無力感…

地面に倒れ込んだ瞬間、美羽は意識が遠のき、視界が白くぼやけていく…。


「美羽!!美羽!!しっかりして!!」


白兎は比較的、軽傷で済んだようで心配そうにこちらを見ている。

美羽の意識は、そこで途切れた。


美羽はその後、意識不明のまま病院に運ばれ、一カ月もの間、入院することになる。

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