第4話:孤高の錬金術師


 王家からの使いが領地を去った後、私は一刻も早く王都に戻り、魔力弾の開発に取り掛かる必要があった。王家がこの婚姻を盾に、いつ武力行使に踏み切るか分からなかったからだ。父も兄も、私の決意を尊重し、最大限の協力を惜しまないでいてくれた。特に父は、執務室で交わされた私の言葉に、今まで見たこともないほど深く頷いていた。

「お前の頭の中にあるものが、この領地を守るのなら、私は喜んでお前の信じる道に財を投じよう。ジーク、お前はもう子供ではないな」

 そう言って、父は私に、王都での研究に十分な金貨を渡してくれた。


 王都に戻った私は、学園の錬金科に籍を置く友人、ラウルに連絡を取った。

「ラウル、君が言っていた魔道具の文献に、魔力を物質に定着させる技術の記述があっただろう? その技術について、もっと詳しく知りたいんだ」

 ラウルは、私の真剣な眼差しに気圧されつつも、すぐに心当たりの人物を教えてくれた。

「ジーク、君がそこまで言うなら、一人だけ君の役に立てるかもしれない人物がいる。だが、彼女は変わっているよ。錬金科の教授陣さえも一目置いている天才だが、誰とも群れず、ひたすら研究に没頭している。皆、彼女のことを『孤高の錬金術師』と呼んでいる」


 その人物の名は、レリア=ローゼンダイン。ローゼンダイン侯爵家の令嬢でありながら、社交界には一切顔を出さず、学園の錬金工房に籠もっているという。私は、ラウルに紹介を頼み、彼女の工房へと向かった。


 レリアの工房は、想像以上に雑然としていた。床には見たことのない鉱石が散らばり、机の上には奇妙な形の蒸留器やフラスコが所狭しと並んでいる。奥の席に、銀色の髪を無造作に束ね、白衣を纏った小柄な少女が座っていた。彼女は、私の存在に気づくことなく、小さな魔石を薬品に浸し、その反応を熱心に観察していた。


「あの、レリア=ローゼンダイン殿でしょうか?」

 私が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳は、まるで深淵を覗き込むような、吸い込まれそうなほど深い青色をしていた。

「……何の用?」

 彼女の言葉は短く、感情がほとんど感じられなかった。


 私は、ラウルの紹介であることを告げ、魔力銃と魔力弾の開発について、手短に説明した。私の話を聞くうちに、彼女の表情に変化が現れた。最初は無関心だった瞳に、徐々に知的な好奇心が宿り始める。

「魔力を弾丸に込める? それは……既存の魔法体系ではあり得ない発想だわ。でも、面白い」

 彼女は立ち上がり、じっと私の顔を見つめた。その視線は、まるで私の内面を全て見透かしているようだった。

「あなたの魔力、それに付随する『異質な波長』。そして、あなたの口から語られる、この世界には存在しない技術の断片。……あなたは、一体何者なの?」


 私は、彼女の鋭い洞察力に驚きを隠せなかった。前世の知識とこの世界の技術を融合させていることに気づいたのは、彼女が初めてだった。

「私は、ただ、家族と領地を守りたい一人の貴族です」

 私の答えを聞き、レリアはフッと微笑んだ。それは、彼女のクールな表情からは想像もできない、無邪気な子供のような笑顔だった。

「そう。それなら、私はあなたに協力するわ。あなたが持つ『異質な知識』と、私の持つ『錬金術の知見』を組み合わせれば、きっと、誰も想像できないような奇跡が起こせる。……ねえ、ジーク=クレイン。あなたのその銃、私に見せてくれる?」


 こうして、私は孤高の錬金術師レリアと、運命的な共同研究を始めることになった。彼女の純粋な知的好奇心と、私の未来への強い想いが、この世界の常識を大きく揺るがす、新たな技術を生み出す原動力となる。

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