2話:宝石の魔女

崩落は止まらない。


鉱壁が波のように崩れ落ち、出口を完全に塞いでしまった。


轟音が止むと、周囲は暗闇と土埃に包まれていた。


鼻に土の匂いが入り、息が詰まりそうになる。


「……嘘でしょ」


アメリスが振り返ると、出口は岩の山でふさがれていた。


「殿下、ご無事ですか!?」


「……ああ。だが、出口が……」


崩落は思った以上に広範囲だ。人力では掘り出せない。


ここは鉱山だ。


落ちてきた岩と岩の隙間さえあれど、魔力中毒だけでなくら窒息死するおそれもあるだろう。


あれこれ頭の中を巡らせていると、アメリスの脳裏に、淡い光を放つ魔導石の映像が浮かんだ。


“転移石”——魔力と魔力を繋ぎ、好きな所へ転移できる小さな魔道具。


しかし、今日は持ってきていない。


アメリスは迷った。


ここで転移石を作れば皆助かる。


ハル爺を医者に見せることができる。


でも、今ここで作るということは、自分こそが魔女であると宣言するようなものだ。


もし、自分の正体が露見すれば、今回の魔力爆発、アメリスこそが犯人であると疑われ、国家反逆罪で極刑になるだろう――。


そして皆言うのである


「魔女は人の命を狙う恐ろしい存在である」と。


パンッ!!


周囲に突き刺さるような音が響く。


アメリスの頬は赤く腫れていた。


 アメリスは覚悟を決めた顔で、手のひらを強く握りしめた。


(何を考えているんだ。私は。……人の命がかかってるんだから、助けない訳にはいかないでしょ!)


「……殿下、これからの数々の御無礼、お許しください」


 そう言うと、アメリスはランタンの明かりを地面に置き、リュックの中からツルハシを取り出した。


「何をする気だ!!」


ライナルトの怒声が響く。


(転移石を作るのに必要な魔法石はここにはない。でも、私なら、作れる!)


アメリスはツルハシを持って、近くにあった宝石の前に立つと、レオンハルトはアメリスが持っていたツルハシを握った。


「これを取ればいいんだね」


「ですが、殿下の手を煩わせるには……」


「アメリス嬢には、アメリス嬢の仕事があるだろう?少しくらい、手伝ってもらってもいいんじゃないかな。こんな緊急事態なんだしさ」


「御協力、感謝致します」


アメリスは虚空から杖を取り出し、レオンハルトに深々と礼をした。


レオンハルトとライナルトは突然現れた杖に驚いた顔を見せたが、それ以上何も言わなかった。


どうやら、一応だけれども、私のことを信頼してくれているという認識でいいらしい。


アメリスはゆっくりと魔法陣を描き、詠唱をする。


今回は魔法石の錬成に使う媒介石と魔法粉を持っていない。


なので、魔法でその効果を補う必要がある。


本来、魔法陣には魔法を扱いやすくするために、術式内に一定の余白がある。


もしも一つの魔法陣に膨大な量の魔術を組み込むとなれば、それ相応の魔力量と精密な魔力操作技術、魔術式構築技術、これらが術者に求められる。


この国にどれくらい存在しているかはわからないが、普通の魔術師なら出来ないだろう。


しかし、その中にさらに錬金術を組み込み、魔術の発展に貢献した1人の天才がいた。


後のアルヴェイン王国の七英雄が一人。


名を〈宝石の魔女:アメリス・ルナヴェール〉と言う。


(準備、完了)


「殿下、鉱石は」


「大丈夫。1つだけだけど綺麗に取れたよ」


「……十分です。ありがとうございます」


アメリスは短く礼を告げると、レオンハルトの手から受け取った鉱石をそっと魔法陣の上にのせた。


「——〈練成:転移石〉」


詠唱の声が静かに響いた瞬間、坑道の空気が張りつめる。


周囲の塵が光を帯び、鉱石の表面に金色の紋様が浮かび上がっていった。


アメリスの黒髪が淡い青光をまとい、ふわりと揺れる。


レオンハルトは思わず息を呑んだ。


「すごい……本当に、魔法だ……」


「黙っててください。失敗したら2次被害が起きますので」


アメリスの声音は冷静そのものだった。


けれど、その額には汗が滲み、唇はかすかに震えていた。


錬金術は古代アルヴェイン王国で研究されていたが、それも魔法と共に廃れてしまった。


レオンハルトだって王国図書館禁書庫で読んだ程度だ。


それを今、目の前で、しかも魔法だけで、実現しようとしている。


「……もう少し……」


彼女が呟いたその瞬間、空気が爆ぜた。


魔法陣の一部が崩壊し、火花のような魔力が飛び散る。


「アメリス嬢っ!!」


レオンハルトが駆け寄ろうとするが、ライナルトが腕を掴んだ。

「待て!彼女は魔女だ!今は頼るしかないが、何をするかわかったもんじゃない」


アメリスは膝をつき、必死に魔法陣を修復する。


だが、限界は近い。


視界が滲み、耳鳴りがする。


(まずい……このままだと爆発する……!)


その時、温かな声が響いた。


「——魔女だろうとなんだろうと、今は君を信じる。だから、安心してくれ。僕らは君の敵じゃない」


振り返ると、レオンハルトがまっすぐこちらを見ていた。


その眼差しには、恐れも疑いもない。


(……どうして、そんな目で……)


アメリスの胸の奥で、何かが静かに弾けた。


恐怖も迷いも、霧のように消えていく。


「錬成……完了」


魔法陣の中央に置いてあった鉱石が、転移石を姿を変えていた。


「早く私の近くに集まってください!転移石を起動します」


ハル爺を抱えた2人がアメリスに近寄ると、転移石を床に叩きつけた。


すると、光が奔った。


坑道全体を包み込むほどの白光が広がり、轟音と共に風が巻き起こる。


そして——。


***


まぶたの裏に、柔らかな風の感触。


土の匂いではない。


花の香りがした。


「……ここは……?」


目を開けると、見慣れた鉱山の外。


東の丘の上だった。


崩落した鉱山を遠くに見ながら、アメリスは小さく息を吐く。


「よかった……あとは、ハル爺を病院に連れて行くだけだ……」


「アメリス嬢」


レオンハルトの声がした。


「爆発に巻き込まれた僕たちを救ってくれたこと、アルヴェイン王国第2王子:レオンハルト・アルヴェールの名において、心から感謝する」


レオンハルトは深々と頭を下げた。


ライナルトは戸惑いを見せながらも、レオンハルトの姿を見てお辞儀をした。


「わ、私はそこまで感謝されるようなことはしておりません。前に、崩落前に殿下方を避難させることはできませんでした……」


「それでも君は、僕たちを助けてくれたよね。これは誇るべきことだよ。是非、今度王城に……ってアメリス嬢!?!?」


レオンハルトの言葉が途中で途切れた。


アメリスの身体がふらりと揺れ、そのまま前のめりに崩れ落ちる。


2人が何度も声をかけるが、反応がない。


「ライナルト、町の医院まで急ぐぞ」


「調べたところ、ここから医院まで1、2分の距離だそうです。ですが、今回の爆発で負傷者が出ています。彼女を連れていくのは後回しでいいでしょう」


「……?なぜだ?」


「殿下、彼女の目元を見て下さい」


レオンハルトが彼女の顔をよく見つめると先程まで健康そのものに見えていた、アメリスの目元には大きなクマが現れていた。


「……疲労です」


「でも、そう言い切れるとは限らないではないか!」


「宮廷騎士団団長:ライナルト:ルヴァンの名において宣言致しましょう。彼女は疲労です」


「……ちなみにハル爺は?」


「魔力中毒です」


……レオンハルトはなんとも言えない気持ちになりながら、花咲く丘を後にした。

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