宝石の魔女〜アメリス・ルナヴェールの夢語り〜

このは

アルヴェイン王国の魔女

1話:落石

「なぁ、アメリス。第二王子と魔女の噂って知ってるか?」


やたらと背が高く、声だけは妙に良い男が、雑談めかして言った。


ここは、周囲は深い森に囲まれ、どこか手つかずの自然が残る小さな村。


名をエルヴィナと言う。


鳥はのんきにさえずり、風は穏やかに草を揺らしていて、村の空気は平和そのものだ。


「魔女……ですか?」


そんな田舎の景色とはどこかちぐはぐに見える、背の低い黒髪の少女が、こてんと首を傾げた。


《アクセサリーショップ・ルナベル》店主、アメリス・ルナヴェール。


誰が見ても非力そうな体つきなのに、背には大きなツルハシを背負っている。


———魔女。


それは、魔法を行使する女性に対してつく呼称だ。


男性の場合は『魔術師』、男女を総称して、『魔法使い』と呼ぶ。


「最近魔女がここら辺をうろついているという噂があってだな、多分そいつを探してんのじゃないのか?『魔法使いあるところに魔物あり』だからな……。ああ、考えるだけで恐ろしい……」


男は肩をすくめて見せた。


魔法使いと人間の間には深い因縁がある。


三百年前、魔法使いが人間を裏切り、大戦を引き起こしたーーと、記録にはある。


その古い歴史に囚われ、今もこの国では罪なき魔法使いが理不尽に迫害されていた。


最近の魔法使い被害の申告といえば——

雨を止めた、悪夢を見せた、畑の野菜を食べた……など、どれも馬鹿馬鹿しいほど根拠がない。


実際、雨は普通に降るし、悪夢など人間ならば見る。


畑の野菜も、直近では猿の仕業だと判明しているのだ。


『魔法使いあるところに魔物あり』など、よく言えたものだなーーと思いながら、アメリスは言葉を返した。


「つまり、殿下が視察に来た目的は魔女狩りだと」


その言葉に、男は脳天気に笑いかける。


「そういうことだな〜。もし魔女を見つけたら王子様に伝えたらいいんじゃないか?もしかしたら、金銀財宝が貰えるかもしれないぞ」


今日の早朝、筋肉質でいかにも高貴な男性から、婚約指輪の注文が入った。


しかもダイヤモンド。


幸せそうな依頼に心はほっこりしたが、在庫を確認したら——生憎切れていた。


(ダイヤ探しとか面倒……)


とは思ったものの、ないなら取りに行くしかない。


しぶしぶ鉱山へ向かったのが今である。


金銀財宝など、彼女にとっては価値がない。


ダイヤモンドさえあれば、それで十分なのだ。


「……普通にいらないです」


「ロマンがあるのに」


男は残念そうに口を尖らせた。


「だってさ、お前不思議ちゃんじゃん。なに考えてるかわからねぇつーか、毎日同じ仕事をこなしてるだけっつーか」


「……それのどこが不思議なんですか。みんな普通そうでしょう」


日常、朝起きて顔を洗い、歯を磨き、店を開ける。


定休日には素材採取をし、趣味に勤しむスローライフ。


私はこの暮らしに満足しているし、変える必要もない。


ただ一つ、心残りがあるとすればーー。


夢だろうか。


私には夢がある。


このままアクセサリーを作ることで夢を叶えられるのかはわからない。


だが、鉱山付近の村という豊かな資源は、私をここに留まらせるのには十分な理由だった。


「人間味がねぇつってんだよ。そうだな、お前彼氏作れよ。俺なんか中々の有力物件だぜ?」


「はぁ??え、なんですか。奥さんいるのに浮気ですか?貴方が結婚記念日に送ったネックレス作ったの私だってこと忘れてません?」


「じょじょじょ冗談だって!お前若いんだからさ、こんな小さな村じゃなくて、外の世界へ出てみろよ。お前の腕なら王都だっていける。もしかしたら、大富豪にだってなれるかもしれねぇ」


「私はこの立地が便利だからここに住んでるんです。王都だなんて、いけませんよ。商品の値段が上がります」


「でも、勿体ないぞ。美人なんだからなぁ、いい男のひとりやふたり見つけられるんじゃねぇか?」


「余計なお世話です!」


アメリスは呆れながら、鉱山の中へと足を一歩踏み出した。


その瞬間――


地の底から低い唸りが響き、爆風が吹き抜けた。


奥で閃光せんこうが走り、土煙が上がる。


「うわっ!?!?なんだこれ!!」

 

怒号と悲鳴が入り混じって騒ぎ出す。


中に入っていた作業員たちは走っては誰かを押し、転び、踏みつけ、また転び……と、誰が見ても冷静さを欠いている状態だった。


中には爆発に巻き込まれ、火傷をしている人もいる。


(この気配……魔力爆発かも)


魔力爆発、それは一箇所に魔力が一定の濃度を超えると、魔力同士が反発して爆発を引き起こす現象だ。


見習いの付与魔術師、錬金術師がよく起こすが、魔術に携わるものなら誰もが通る道だ。



爆風で足を負傷し、地面に這いつくばっている男性は叫んだ。


「殿下は……レオンハルト殿下は大丈夫なのか!?!?」


先程アメリスと話していた鬱陶しい男性は、すぐに駆けつけ、彼を背負いながら声をかける。


「確かレオンハルト第二王子にはハル爺が付いてたはずだ!!とりあえず、俺らは逃げるぞ!」


もしも、王族が鉱山の爆発が原因でお亡くなりになられたら、犯人特定のために村の住民全員に、身辺調査が入るだろう。


それはちょっと、都合が悪い。


それにこの爆発……見習いが起こした事故じゃない。


もしかしたら、人為的なものかも……。


「私、ちょっと様子を見てきます!」


叫ぶと同時に、アメリスは鉱山の中へ向けて走り出す。


ある程度人影が見えない地点まで来ると、アメリスは小声で詠唱をし、探知魔法を発動させた。

 

――ほら、やっぱり。


最奥に3人の生命反応がある。


おそらく、そのうち1人はハル爺だろう。


人は長い間あまりにも魔力濃度が高い空間にいると、中毒を起こす。


ただえさえ魔力爆発は周囲の舞子濃度が高くなる。


辺りを見回すと、爆発の影響で鉱壁が今にも崩れそうだ。


アメリスは身体強化魔術を自分にかけ、走るスピードを上げた。


***


しばらく走り続けると、薄暗い坑道の中から人影がみえた。


目的地が近いと言わんとばかりに、魔法もここであっていると反応している。


アメリスは魔法を全て解除し、暗がりへと足を進めた。


「誰だ!」


ギロリと睨みつけるツリ目に軍服を来ている茶髪の男性は声を荒らげた。


後ろにいる金髪の、いかにも身分が高そうな男性に手を出せば、今すぐにでも殺すぞと言わんばかりだった。


「この村の住人、アメリス・ルナヴェールと申します。本日は鉱山内で爆発が発生し、中の状況を確認するべく参りました」


アメリスは息を整えながら名乗った。


老人は血を流し、意識が薄い。


軽度の魔力中毒を起こしている。


早くここから脱出しないと危険だ。


このままその場に留まると、さらに悪化して死亡する可能性がある。


それだけは、絶対に避けたい。


彼女は膝をつき、慣れた手付きで応急処置を始めた。


まぁ、応急処置と言っても軽い止血だが。


「その老人、爆発に巻き込まれた僕らを庇って、怪我を追ってしまったんだ。……どうか、彼を助けて欲しい」


第2王子は茶髪の男性とは対象的に、もの穏やかな口調で状況を説明しながら、頭を下げた。


「完治させるためにはお医者様を呼ばなければいけませんが、一応応急処置はしております。あとは、ここから抜け出すことができれば……」


ズズンッ!!


「伏せろ!」


茶髪の男——レオンハルトの護衛、ライナルトが叫び、王子を庇って覆い被さる。


――次の瞬間、頭上から岩が落ちてきた。


 

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