第2話 残念メイド

 目の前に破滅が迫っているとか、最悪すぎるだろ。



 ここはエロゲー世界で、NTR悪役プレイヤーに転生ってか……。



 ただ、物は考えようだ。



 このゲームはプレイヤーに良心的な設計になっていた。



 キャラクターは顔が良くて金持ち、大学には推薦で受かっているほど頭がいい。



 かなり優遇されたキャラクターだ。




 ただ、たまに蘇る恭弥の記憶では、マトモに大学に行かないで、女性ばかりを追いかけていた。



 羨ましくて、大嫌いだと思っているリア充野郎ってことだ。



 だが、そのリア充やろうとして過ごさなければ、俺は破滅してしまう。



 女子と付き合ったこともない俺にどうしろっていうんだ。



 恭弥の記憶と経験は確かに俺に受け継がれているが、使える確証はない。



 頭を抱えながらベッドに倒れ込むと、ノックの音がした。



「恭弥様、賢者タイムを終えられましたでしょうか? 少しお話をしても、よろしいですか?」

「……入れ」(どうぞ)

「失礼いたします」



 不嶋香澄。


 見た目はクールビューティーメイド、中身はドM丸出しのセリフを吐いていた残念美人だ。



「恭弥様、先ほどの件についてお話したいことがございます」

「赤髪の女のことか?」

「押し倒されたのに逃げてしまうとは……もったいない。恭弥様の雄力にあらがえず心が乱れたのでしょう」

「は?」



 何言ってんだこいつ? 雄力ってなんだよ。


 NTR悪役プレイヤーだぞ? 攻略対象を強引に手に入れようとして嫌われたんだろ?



「おい、香澄。あれは完全にルート選択をミスった。序盤でヒロインの好感度が下がったらバッドエンド直行になるんだ!」(何が何やらわからなくて)



 自分でも発したい言葉と、言動が違うので何を言いたいのかわからない。



 ただ、ヤバいことになる前に手を打たなければならない。


 そんな混乱する言葉が口から出た。


 でも、あの子がどこの誰かもわからないのにどうしろってんだ。



「ルート……? 雄としての道をお間違えになったと?」

「そうだ! このままじゃ破滅する!」

「破滅……? いえいえ、恭弥様が雄として強引に求めた……。それだけで十分価値があります」


 

 全肯定メイドかよ! 



 俺が何をしても許されると思ってんじゃねぇのか? このドMメイドは……。



 本当にそうならいいが、ここはエロゲー世界だ。


 しかも関わったヒロインは、攻略しなくちゃバッドエンドを迎えるおまけ付き。


 それにしても、涙目で逃げたってことは好感度が低いのか? いや、俺に入れ替わったことで相手に逃げるスキを与えてしまったんだ。



 このゲームではとにかく押すことが大事だ。

 


 女性には決まったパートナーがいるはずだから、それを攻略するために少々強引なぐらい押しの一手がものをいう。



「あんな涙目で『最低』って言われたらゲームオーバーにならないか?!」

「涙目は恥じらいです!」

「は?」


 

 俺が独り言を呟くと、香澄が変なことを言い出した。



「『最低』は……本当は『もっとしてほしい』の言い換えでございます」

「ねぇよ、そんな裏設定!」



 このドMメイドは何を言ってんだ? 俺が香澄を見れば、目が本気で言ってやがる。


 だけど、こいつは俺が攻略対象者を見つけた際に、協力してくれるお助けキャラだったはずだ。もしかしたら、赤髪女子のことも知っているかもしれない。



「香澄、あの女の正体は知っているのか?」

「あの方は朱鷺宮家のご令嬢、朱鷺宮紅葉ときのみやもみじ様にございます。確か、すでに婚約者がおられた身。……ですが、婚約者がいる女性ほど、雄の眼に魅力的に映るものです。さすがは恭弥様、女性を見る目がありますね」


 

 どこまで恭弥ファーストなんだよ。


 ただ、やっぱりここは俺が知っているエロゲー世界だ。


 相手がいる奴を攻略させようとしてやがる。完全に確信は得られた。



「やっぱり攻略対象じゃねぇか!!」

「攻略……? 国の未来を担う雄が、血統を混ぜ合わせるのは当然の責務です」



 国の未来を担う雄って、随分と壮大だな! 俺はただのクズ悪役! 大学生の時に「リア充爆発しろ」と思ってエロゲー買っただけなのに! どうしてこんなにことに……。



「雄として当然の振る舞いをされただけですのに、なぜ悩まれるのですか?」

「悩むに決まってんだろ! 彼氏持ちとか婚約者持ちに手を出すのが、このゲームの一番の地雷なんだよ!」



 そうやって攻略が始まっちまう。


 このドMメイドなら転生者だって言っても、信じるんじゃないか? 頭がお花畑すぎるだろ。



「彼氏……? いえ、あの程度のオス、恭弥様の足元にも及びません」

「……いや、それはそうかもしれんけど!」



 否定しろよ俺の口! どんだけ自分に自信を持ってんだ。



「問題ございません」

「いや、あるわ!!」



 思わず立ち上がり机を叩く。香澄は頬を赤く染め、恍惚の表情を浮かべた。



「……っ! その強引さ……やはり恭弥様は雄の中の雄……! わっ、私で発散されますか?」

「ウルセェよ……! そうじゃなくて……」(しません! 何言ってんですか?!)



 なんでこうなるんだ。


 俺はただ普通に「BAD END回避」の方法を考えたいだけなのに、こいつはやたらポジティブに解釈してくる。



「つまり、俺は紅葉をNTR《エヌテーアール》を成功させないと破滅するんだ」

「……NTR?」

「寝取るってことだよ!」

「雄が雌を得ること……正しいことです。それに恭弥様に寝取られるなんて幸せな雌ですね」


 

 こいつの言い方が獣染みているのはもう慣れた。


 だけど、全肯定にも程があるだろ。



「あっちには婚約者がいるんだぞ!」

「婚約者など……ただの装飾です」

「装飾!!」



 どんな価値観だこの世界。いや、こいつがおかしいだけだ。


 てか、やっぱ俺の知ってるエロゲーだな。


 どこまでもプレイヤーファーストかよ。



「朱鷺宮家のご令嬢が求められる前に、恭弥様から求めらるなんて幸運なのです。雄として、雌に証を刻めば問題ありません……」

「変な解釈するな!! 俺はあの女を」

「手に入れたいんですよね?」



 頭が痛くなってきた。


 どんどん話が変な方向に行く。


 だが、間違ってもいない。



「もういい! とにかく俺は破滅したくないんだ。紅葉とかいう子を寝取るか、あの子の悩みを解決して、うまく回避しないと……」

「紅葉様を寝取る。それでこそ恭弥様です。雄が雌を奪う……素晴らしいです。国を救う行為に他なりません」

「国は関係ねぇよ! ゲームオーバー回避だ!」

「ゲーム……? 恭弥様の雄としての人生のことですね」

「そうじゃない!」



 会話は全く噛み合わない。


 俺は「エロゲーのルート攻略」で頭がいっぱい。

 香澄は「俺が女性をNTRゲーム」で頭がいっぱい。


 だと思ってやがる。


 その齟齬が、ますます俺の不安を掻き立てていた。

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