第14話 反応槽の連携
午後13時、反応槽Bの制御盤前に立つリオ=フェルナードは、端末に表示されたDO値の推移を見つめていた。 魔力波の位相調整によって、共振による酸素消費の偏りは抑えられつつある。だが、微生物群の活性は依然として不安定で、分解効率にはばらつきが残っていた。
「魔力波の制御は効いてきた。でも、微生物の応答がまだ揃ってない」
リオの呟きに応えるように、培養室から白衣姿のナギ=ミナトが現れた。微生物技師として長年現場に立つ彼は、リオの端末を覗き込みながら言った。
「波動の調整だけじゃ足りないよ。微生物は環境全体のバランスに敏感だからね。 今の反応槽は冬期仕様のまま。流入水の温度が下がってきてるのに、曝気量が追いついてない」
リオは端末で流入水温と曝気出力のログを照合した。 確かに、今週に入って水温が2度ほど低下しているにもかかわらず、曝気設定は変更されていなかった。
「曝気量を微調整して、酸素供給を安定させる必要がありますね。 それと、栄養塩の投入比率も見直した方がいいかもしれません」
ナギは頷き、培養条件の調整案を口にした。
「曝気量は10%増。エアレーターの出力を上げて、酸素供給を強化する。 栄養塩はT-NとT-Pの比率を1.5:1に変更。特にリンが不足すると、ゾウリムシの遊泳が鈍るからね。 あと、炭素源は酢酸系から乳酸系に切り替えよう。魔力波との親和性が高いから、波動干渉も抑えられる」
リオはその言葉を技術録に記録しながら、気づき帳にも一文を残した。
微生物技師との連携開始。培養環境の調整(曝気量・栄養塩比率・炭素源変更)を実施。 魔力波の位相調整と合わせて、反応槽の安定化を図る。
13時30分、リオとナギは反応槽Bの現場に向かい、曝気装置の出力を変更した。 エアレーターの制御盤に新たな設定を入力し、酸素供給量の増加を確認。 栄養塩の投入ラインも再設定され、T-NとT-Pの比率を調整。炭素源の切り替えは、薬注タンクのバルブ操作によって行われた。
夕方16時、リオは再び制御盤前に立ち、数値類の変化を確認した。 DO値は安定傾向にあり、ORPも微弱ながら上昇していた。 ただし、微生物群の活性を示す指標には、まだ明確な変化は見られない。
「数値は落ち着いてきた。でも、顕微鏡で見るのは明日ですね。 24時間経過後じゃないと、微生物の形態変化は出ないと思います」
ナギは頷きながら、リオの記録に目を通した。
「その判断で正解。明日の午後、反応槽Bから採水して、顕微鏡で確認しよう。 ボルティケラの釣鐘部、ゾウリムシの遊泳速度、あと繊毛の密度も見ておきたい」
リオは、翌日の採水計画を技術録に追記した。
翌日13:00、反応槽Bより採水。微生物群の形態・活性を顕微鏡下で確認予定。 指標:ボルティケラの釣鐘部膨らみ、ゾウリムシの遊泳速度、繊毛密度。
その夜、リオは気づき帳に静かに記した。
技術は、即効性よりも持続性。微生物の声は、時間をかけて聴くもの。
水処理棟の反応槽は、技師たちの調整によって、ゆっくりと命を宿し始めていた。 その変化は、数値の裏に潜む微細な呼吸のように、静かに、確かに進行していた。
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