第13話 共振の正体

魔力波制御装置の前で、リオは眉間に皺を寄せていた。 波形ログと微生物活性データを並べて見比べると、ある時間帯に奇妙なズレが生じている。


「午前3時から5時、午後2時から4時……この時間帯、DO値が急激に下がってる」


ユリスが覗き込む。「魔力波の位相が、微生物の活動周期と逆相になってる?」


リオは頷いた。 〈ミクロ・タグ〉による微生物判別では、小型のボルティケラ数の増加および軸に節の形成された個体の確認数が多くなってきた。 これは、DO(溶存酸素)値の低下、すなわち供給酸素量の不足を示す典型的な兆候だった。


「釣鐘部が縮小してる個体が多い。酸素が足りてない証拠だよ」


ユリスは制御装置の設定パネルを操作しながら言った。


「魔力波の振幅は一定だけど、位相が微妙にズレてる。微生物の活性周期に合わせて調整すれば、共振を避けられるかも」


その日の午後、二人は波動制御装置の運用設定を修正した。 午前3時と午後2時の時間帯に、位相を微調整し、局所的な逆相を回避。 魔力波の振幅も、微生物の活性周期に合わせて再設定された。


設定変更後、リオは再び波形ログを確認した。 DO値は安定し、小型ボルティケラの出現頻度も減少傾向に転じていた。


「これで、微生物たちも呼吸しやすくなるはず」


ユリスは頷いた。「魔力波と微生物の共振を避ける。それがこの棟の制御の鍵だね」


リオはふと、制御盤の奥に貼られた古びたメモに目を留めた。 そこには、初代技師の手書きでこう記されていた。


「微生物は語る。波動は聴く。技師はその対話を設計する者である」


その言葉は、単なる理念ではなく、現場に根ざした知恵だった。 リオはその言葉を胸に刻みながら、次なる調整案を思案し始めた。 微生物との対話は、まだ始まったばかりだった。


翌朝、リオは培養槽の観察に向かった。 昨日まで活性が鈍かったゾウリムシ群が、ゆるやかに動き始めている。 ボルティケラの釣鐘部も、わずかに膨らみを取り戻していた。


「波動の呼吸が、微生物に届いたんだ」


ユリスが隣で笑う。「魔力波の調律師って呼ばれてもいいかもね」


リオは苦笑しながらも、制御盤に記録を残した。

“魔力波位相調整によるDO安定化。微生物応答あり。次段階、波動フィードバック制御へ。”


その記録は単なる報告ではなく、物語の一節だった。 水処理棟の舞台裏で、技師たちの対話と試行錯誤は静かに続いていく。

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