18お見舞いにいくナオト

ロッキーがいつから森に居たのかはわからなかったが、子供達が聞いた狼の遠吠えの主はロッキーだったのだろう。タケシ達は森の中でロッキーの世話を交代でしていたようだ。この度のことはただの迷い犬として白鳥巡査の口から説明され、上司である佐伯部長も団地住民の飼育は難しいであろうと判断し、そのロッキーの大人しい性格もあって、交番で暫くの間保護することに決めた。


その際白鳥巡査の提案で飼育係をタケシとハルオとヤスマサに命じたのは、白鳥巡査なりの彼らに与えたペナルティのようなところもあったが佐伯部長は何も言わず若い部下の判断を容認した。団地内の子供達のことを良く知っているベテランの巡査部長はどこかお見通しのようなところもあり、タケシ達は黙って従うしかなかったがロッキーの世話自体は嫌な事ではなかった。


タケシ達が思いついたイタズラは瑣末な事だった。しかし禁を破って危険な貯水池に通っていたことについては白鳥巡査は良く思っていない。それはナオト達にも同じことが言えるのだが、タケシ達への扱いとは異なっていた。そのことは白鳥巡査とナオト達が親しくしていたことと関係していたが、ふと疑問が白鳥巡査の脳裏を横切るのであった。偽物の怪獣と無関係に思われるナオト達は今更沼に向かう目的は何だったんだろうと。そんな風に考えていると中沢の顔が浮かんで来るのだった。


ロッキーはたちまち団地の人気者になった。もちろん偽の怪獣の正体だったことは秘密にされたままで、世話をするタケシ達の株も上がっていった。よく躾けられたロッキーは人懐こい性格で皆から可愛がられ、団地内の生活も本人?はまんざらでもないよう様子だ。中には残り物を持ってくる住人も居て餌代を自費で捻出していた白鳥巡査達は大いに助かった。


盆踊り大会から一週間が過ぎた頃交番にナオトが訪れた。紙袋に何か荷物を入れどこかへ出かける途中らしい。交番横には粗末な犬小屋がタケシ達の手によって建てられている。夏の日差しをさけ小屋の中で眠るロッキーに声をかけるナオト。


「今日は一人かい」


交番から白鳥巡査が出てきて話しかけた。


「マサルは今日、母さんが家にいるんで宿題をやっている」


白鳥巡査から盆踊り大会の夜のことを、あれから聞かれたことはなかった。白鳥巡査の表情からは何か言いたいことがあるようにも思えたが、ナオトから話すつもりはなかった。そのことを誤魔化そうと話題を逸らす。


「この小屋タケシが作ったの?綴りを間違えてるよ」


そう言って小屋に書かれた拙いアルファベットを指差した。ナオトは少し笑って見せて、小屋からぬっと出てきたロッキーの頭をゴシゴシ撫でてやる。まだ体半分小屋の中に残ったロッキーの尻尾が勢いよく振られるたびゴトゴトと大きな音を立てた。


「大きなロッキーにはちょっと心許ないんだけど、日差しを避けるにはこれで十分だよ。タケシ達も良く世話をしてくれているよ」


ナオトは聞くともない表情でロッキーを撫で続けていたが、立ち上がり白鳥巡査の方に体を向けた。


「今日ミカのお見舞いに行って来るんだ。大勢で押しかけても迷惑だから一人で言ってこいって(母親から言われた)」


「そうか。向こうの親御さんはご承知なのかい」


「向こうのお母さんからうちに電話があってミカが僕に会いたいって言っているらしいんだ」


なるほどと白鳥巡査は承知した。気を付けてと言うと、もう5年生だよと言って手を振りナオトは交番を後にした。遠ざかるナオトを見てロッキーはクーンと一声唸っただけで、再び小屋の中に戻っていった。


ナオトはバスに乗りミカが入院する市内の病院へと向かう。広い後部座席に一人座りミカと会うのはいつ以来か考えてみる。5月にミカの異変に気づいて久しぶりに話しかけた。それからすぐに沼で倒れた状態で発見されてから3ヶ月。それまで疎遠だった時期も長かったが、再び沼が二人を近づけているような気がしていた。それは二人が一番楽しかった頃に戻れるような、期待と不安が同時にあり複雑な心境でいた。


まだナオトの脳裏には、5月の時に見た虚な目をしたミカの顔が浮かんで来る。話があると言うのは、恐らく沼で何があったかということだろう。ミカの意識が戻ったことで事件解決なのは分かっていたのだけれど、ひょっとしてミカは全て分かっているのかもしれないと想像した。


怪獣と心を通じ合えるミカには、意識のない間もずっと自分のことを見ていたのかもしれない。自分にはあの美しい生き物に再び会う資格があっただろうか。なぜ再び沼はミカを呼んだのだろうか?そんなことが頭の中をぐるぐると巡っていく。


窓外は次第に賑やかな都会の景色へ移り変わり、目指す大きな病院の建物が見えてきた。母親から渡された紙袋の中にあるお見舞いを確認し降車ボタンを押す。バスの出口はプシューと音をたてて開きナオトはバス停に降りた。空調の効いた車内から一歩外に出ると、夏の日差しとアスファルトの照り返しにムッとなる。バス停は病院の正面にあり、過去にマサルが高熱を出した時、一度来ているので迷わず正面玄関に向かって歩き始めた。



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