16光る目

食事を済ませたナオトたちは、校庭の西側に位置する裏門へ向かっていた。プールの裏にある裏門は校舎から死角になり、抜け出すには好都合だった。裏門まで辿り着くとちょっと待ってとキョウコが言った。動きやすい服に着替えるらしい。プールの水を調整する建物の影に入って行きナオトとマサルは待つことになった。盆踊りの音頭が鳴り響く中、するすると帯を解く音がかすかに聞こえてくる。


お待たせと建物の影から白いTシャツにジーパンのキョウコが現れた。裏門の関貫には南京錠がかけられていたが、植え込みを乗り越えれば簡単に外に出ることができた。生徒たちが横着をして抜け道として使っていて、そこだけ獣道のようになっている。


「一度家に寄ってから行くよ」


ナオトが前日に用意した装備がリュックに納められていた。


「今7時だけど向こうにいられるのは1時間くらいが目処だと思う」


「私の親も書道教室だからそんなに心配いらないと思うわ。少し遅くなっても友達とおしゃべりしていたと言えば納得してくれるはず」


沼での滞在時間は日が長いとはいえ森の中はすぐ暗くなるだろう。幼い弟も連れているので安全に帰ることが第一だとナオトは考えていた。秘密の場所への入り口が開いているかは半々だったが、沼を見せてやれば二人は納得してくれると思っていた。


途中9号棟の入り口で二人を待たせナオトはリュックを取りに家に戻った。暗い部屋の中押し入れに隠してあったリュックを取り出す。中には父親から譲り受けた大きめの懐中電灯と予備の単一電池、絆創膏やオキシドールなどが入った巾着が入っている。暗い部屋の中、懐中電灯のスイッチをONにしてみると一瞬で部屋は明かりに包まれた。確認が済むと家の鍵を閉め二人の元に急ぐ。


「二人とも準備はいいね」


キョウコとマサルは頷き三人は沼のある森へ歩き始めた。森への入り口にはフェンスが設置されていたが子供達には何の意味もなかった。勝手知ったる森への道は、ナオトの案内で白詰草の広場まで難なく辿り着くことができた。今はもう花は咲いておらず、暗い森へ向けて懐中電灯の光が照射される。


「ここが白詰草の花畑なのね。何だか怖いわ」


キョウコが弱音を吐く中マサルは鼻息荒く先を急ごうとしている。


「暗いから足元に気をつけて。僕が先に進むから二人は手を繋いで着いてきてくれ」


ナオトはそう言うと先頭に立ち沼の西岸にある秘密の場所へと進んでいった。道は暗かったが照度の高い懐中電灯のおかげで迷うこともなく、入り口付近までたどり着いた。背丈ほどある葦原に光源を向け入り口を探してみる。


「開いていないな」


二人の方へ振り返りナオトは言った。


「もっとよく探してみて」


キョウコはそう言うと自分も当たりを散策し始めている。マサルは蚊に刺されをボリボリかきむしり泣きそうな顔をしていた。


「必ず行けるわけじゃないんだ。夜にくるのも初めてだし」


やはりミカとじゃないとダメなのだろうか?いやこの前は一人でもたどり着けたしミカの痕跡も見つけたのだ。何かに阻まれている、目に見えない関貫がかかっているような感覚をナオトは感じていた。


先ほどからキョウコは取り憑かれたようになって葦原に分け入ろうとし始めていた。


「キョウコ!危ないから今日はここまでにしよう」


その声に振り向いたキョウコの目は見開き、今まで見たこともない失望が溢れている。マサルはとうとう泣き始めた。ナオトは放心したキョウコの肩を揺さぶりやっと正気を取り戻したようだった。


「私どうしちゃったの?」


不安そうな目でナオトを見つめている。


「恐怖で神経がまいったんだよ。少し落ち着いたら戻ろう」


キョウコはさっきまでの行動をよく覚えていないようだった。ナオトはマサルに近寄って落ち着かせようとしている。ハンカチで顔を拭ってやり虫に刺された所に持ってきていた軟膏を塗る。二人に悲しい思いをさせてしまったことにナオトは後悔した。落ち着きを取り戻すと三人は無言でトボトボと歩き始めた。


白詰草の広場まで戻った時、三人のすぐそばで動物の唸り声が聞こえた。立ち止まり辺りを見回す。三人の周りを移動しているようだ。恐怖で声も出ない。ナオトの腕を掴んだキョウコが震えているのが伝わってくる。マサルは膝にしがみつき動けないでいた。


ナオトは懐中電灯を強く握りしめ、その生き物の気配がする方向へ向ける。暗い藪の中にシルエットが浮かび上がる。ナオトの脳裏に浮かんだのはジェヴォーダンの野獣だった。爛々と光る目がこちらを見つめていた。




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