*小さい人のはなし

祖父から聞いた話です。


祖父は戦時中兵役で南方に住んでいたことがあったそうです。インドネシアにある島だと言っていたように思います。占領下で多くの日本人が住んでいました。兵役といっても祖父がいた頃はまだ平和で、島の住民たちと良い関係にあったそうです。


島ではほとんどの住民が漁業を生業としていましたが、ジャングルの中には山賊のような集団もいてそれが怖かったそうです。意外にも漁民と山賊は共生関係にあり、交流することも珍しいことではなかったと聞かされていました。


ある日ジャングルを横切る流通ルートが土砂崩れで塞がり、その復旧工事の現場監督を命ぜられたそうです。その任についてから数日後、件の山賊と思しき者が工事の様子を見にくるようになりました。風貌は漁民とさほど変わらず、半裸の腰巻き姿、頭にはターバンのような物を巻いていたそうです。


大きなナタのような物をいつも携帯していて、それはジャングルの藪を切り拓くためだと教えられました。何回か会う内に距離が縮まり、タバコなど分けてやると歯を見せて喜んでくれたそうです。


そんなある日いつものように現場に向かうと、工事の騒音に紛れて鳥の鳴き声が聞こえてくることに気づきました。ジャングルでは珍しくありませんが、一定間隔で繰り返されるその響きが妙に気になったそうです。四方から聞こえてくることから、複数の個体がコミュニケーションをとっているようにも聞こえました。そんな祖父の様子を見て仲良くなった山賊の一人が近づいてきました。現場で作業をしていた日本語の通じる島民を間に挟み、その者の訴えることを祖父に訳して聞かせてくれたそうです。それはこのようなことでした。


森の小さい人がこちらを見ています。鳥のさえずりのような言葉で話します。さっきから聞こえてくるのは、小さい人の言葉です。小さい人は臆病で滅多に現れませんが、工事の様子を見にきたのでしょう。ジャングルの奥にある洞窟に彼らは住んでいます。何もしなければこちらに危害を加えてくることはないでしょう。


そう伝えられた祖父は半信半疑でしたが、現地では公然のこととして捉えられているのが彼らの表情から読み取れました。ググと呼ばれる森の小さい人はそれから何度も祖父のすぐそばまで近づいてきましたが、最後までその姿をみることはできなかったと言います。私がこの話を聞いた時、祖父はセピア色の写真をいくつか見せてくれました。


その中の一枚に目が止まりました。それは整然と積み上げられた頭蓋骨の前に立つ、軍装の祖父の写真でした。その頭蓋骨は20以上はあり、粗末な古屋の壁面に埋め込まれるような形で規則的に積まれていました。祖父の身長に比べてその頭蓋骨は、成人の人間より小さく、前頭部が著しく傾斜し、特にその犬歯の大きさが目立ちましたが、猿よりも人間の頭蓋骨の特徴を多くそなえていました。


そのことを祖父に問えば、島民が拾い集めた小さい人の骨だと教えてくれました。ジャングルの中には沢山小さい人の骨が落ちていて、彼らの先祖が昔は島中にいた証拠なのだと。小さい人のほとんどが滅ぼされ、洞窟に隠れて住む臆病な種族になってしまったのだと。そう祖父は語ってくれました。



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