【Episode36】約束
大広間の図面と布見本が広げられた応接室。
卓上には白と赤の花を小さくまとめた試作の飾りが置かれ、灯火がその影を柔らかく映していた。
瑠見は図案に目を落とし、ゆっくりと指で辿っていく。
「正面にはわたしが立ち、背後は花と灯火で……均衡を示すのですね」
柊は軽く頷く。
「左右対称じゃなく、少しずつずらす。均衡はぴたりと揃えるより、不均衡の中に見せた方が印象に残る」
「……なるほど」
瑠見の瞳にわずかな光が差し、淡い笑みが浮かぶ。
柊は紙を指で軽く叩きながら言葉を続ける。
「通路は広めに空ける。信者はそこを“均衡の道”と見るだろう。白と赤の花で左右を分けて、片方は純粋、もう片方は生命…自然と調和を思わせる」
瑠見は頷き、衣装の見本布を手に取った。
「衣は白で。そこに藤色や桃色を織り込む。……春と再生の象徴として」
「銀髪が光に透ければ、それだけで十分だ。飾りは控えた方が映える」
柊の言葉に、瑠見は目を伏せて笑みを零す。
しばし間を置き、瑠見は小さな声で切り出した。
「……ヴェールは、どうすべきでしょう」
柊は少し考えるように顎に手をやり、淡々と答えた。
「最初はつけて入る。沈黙の間は“いつもの偶像”として。けど、スピーチの直前で外す。光を背にして、素顔を示す」
「……春分の日だけの特別な顕現、ですわね」
瑠見は静かに言葉を重ね、ゆっくりと頷いた。
やがて図面を閉じると、卓の上に深い沈黙が落ちる。
瑠見は視線を伏せ、思案に沈んだまま長い間を置いた。
そしてふいに、顔を上げる。
「……春分の日、すべてがうまくいったなら。……その夜、わたしの部屋に来ていただけますか」
声はかすかに震えていたが、眼差しはまっすぐだった。
柊は彼女の様子を観察するようにしばし無言で見つめ、呼吸の乱れや微笑の張り詰め方まで冷静に見届ける。
そして静かに、短く答えた。
「……分かった」
灯火の揺らぎが二人の影を壁に映し、柔らかな白と赤の花だけがその間に静かに置かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます