第9話

「……デジャヴ、ですね」

「本当にね。1日に二度も魔力酔いをするなんて、貴方弱ったんじゃないの?」


 暖炉の側で本を読んでいた師匠は俺の顔を見て息をついた。


 汽車の一件の後、俺は魔力を間近で見過ぎて魔力酔いを起こしたのだ。余程濃い魔力だったようで、意識を失う寸前吐血までしたらしい。その時車輪に触っていなかったのが不幸中の幸いだったとか。


 師匠は本を脇の棚の上に置き、腕と足を組んだ。なかなかに威圧感がある。何処ぞの厳格な女王のような状態で説教スタート。


「で、私言ったわよね?貴方のスキルはこの世界で全てを見通すに等しい。だからこそ、その扱いには気をつけろと。多用すれば」

「魔力しか見えない、体質変化を起こす可能性も出てくる……でしたっけ」


 スキルは便利だ。発動時に魔力を必要としない為、俺のような魔力無しでも容易に扱える。だが、力には必ず代償が伴うもので。生物が自分の置かれる環境へ適応する為に進化を遂げるように、スキルを使えば使う程自分の体に変化が起こるのだ。それはスキルがより使いやすくなる事も、大切な何かを失う事もある。その確率はまさに紙一重。諸刃の剣になり兼ねない力と言える。


「分かってるのに間近で見たの?」


 いつも以上に鋭く睨まれ、俺は視線を逸らした。いやぁ、そんな俺だってわざとでやった訳ではなくて……。


「わざとじゃないから怒ってるんでしょう」

「わざとだったら怒」

「るわよ。そっちの方が怒るわ」

「はい……」


 心配してくれるのは伝わっているんだが……、何せ顔が怖い。美人って怒ると怖いというのを体現しているのかのような、本当に鬼気迫る顔を凝縮したような顔になってる。


「その内、失明したり目が潰れたりしても知らないからね」

「あはは」

「笑い事じゃないのよ??」


 師匠は静かにダイニングチェアから降り、俺の目の前に立ち、見惚れるような柔らかな笑みを浮かべた。両手を俺の顔に添える。


 あ、やばいかも。


 次の瞬間。急に指で顔を抓まれたかと思えば、頬を限界まで伸ばされる。


「あだだだだだ!?」

「次やったらこの頬引き千切るわよ」

「こっわ!?」


 心配の度を越えてサイコパス味さえも感じるのだが……??


 師匠は俺の頬を最後にグッと伸ばし、パッと手を放す。


「しばらくスキル使用禁止。どうしてもの時は少なくとも1週間は目の休み期間を設けて絶対1m以上離れて見る事」

「幼児の𠮟り方」

「幼児でしょ」

「もう成人済みですけどぉ!?」


 この世界では一般的に16で成人なのが普通だ。酒や煙草もOKになる。


「私から見れば産まれたての小鹿よ」

「俺鹿じゃないです」

「言葉の綾よ、それくらい察しなさい」

「冗談ですよ、っ」


 一瞬、こめかみに突き刺さるような痛みが走った。流石に起きたばかりで、まだ本調子ではないようだ。


「昼間とは違って目を中心に魔力を当てられたんだから、しばらくは頭痛が残るわよ。薬は飲ませたけどすぐには良くならないわ。少し寝なさい」


 そう言うと、師匠は本を持ち部屋のドアノブに手をかけた。


「私は隣の部屋にいるわ。何かあったら呼びに来なさい。ああ、それと」


 師匠は思い出したように首だけ振り向いた。


「明日はドワーフ合船国に行くから、早めに起きておきなさいよ」

「……え?」

「じゃ、おやすみなさい。今日一晩は安静にしてさっさと治しなさいよー」

「え??」


"バタン"


 俺はしばらく向こう側に師匠の背が消えたドアを見つめていた。


 今……、あの人最後にサラッと一番重要な事言って行かなかったか?


「ど、ドワーフ合船国!?」

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