第6話

「こちら、車庫管理を任せているラットです」


 管理室から出てきたのは、小太り気味な鼠の獣人だった。この時代には珍しく純血のようで、全身灰色の毛で覆われている。


「初めまして、ラットと申します。ドゥーベ様のご友人様とお聞きしております。準備は出来ておりますのでどうぞ中へ」


 そう言われ案内されたのは、地下にある汽車の保管庫だった。そりゃもうどでかいコンサート会場のような構造になっている。


「この間入って来たのはこちらの汽車ですね」


 艶やかな漆黒の車両で、ネームプレートには金文字で『LM09-Dubhe』と書かれている。何とも気品溢れるものだった。


「それでは、少し触れてもよろしいですか?」

「ああ、構わないよ」


 タン様の許可を得て、念の為手袋をして車体を触ってみる。だが、側面全ておかしなところはなかった。上に登ったり中を見たりし、1時間が経とうとした頃。


「見たところ普通の汽車ですね」

「ええ。車体に目立った違和感はなく…‥、私も管理だけで専門的な事は何とも」


 今まで汽車を散々見て来たであろうラットさんが言うなら、俺にわかることはないか……。タン様には申し訳ないが、力になれそうにない。


「ここはやっぱり専門家を」


"ジリリリリ"


 唐突にベルの音が響き渡り、俺は一瞬肩を跳ね上げた。


「ああ、丁度良かった」


 ラットさんは外に出て数分で割とすぐに戻って来た。後ろには、背の高い男性が2人。


「ラット、その方達は?」

「彼等はドワーフ合船国の技師達です。何でもフェクダ様のご推薦でいらしたとか」

「そんな予定があったのかい?」

「今朝連絡が入りまして……、ご報告が遅れてしまい申し訳ございません」


 ラットさんが頭を下げると同時に、後ろにいた1人の男性が手を挙げた。


「横からすいません。俺達が連絡遅れたせいなので、彼を責めないでやって下さい」


 黄髪にゴーグルをかけ、洒落たネックレスをしている。彼の見た目を一言で表すのなら、典型的なチャラ男だ。


「俺はサンス、これでも一応ドワーフ合船国直属技師をやってる者です。どうぞお見知り置きを」


 右足を引き、体を前に傾けてから右手を体に沿わせ、左手を横に水平に突き出す流れるような動作。おお、見た目とは正反対にも美しいボウ・アンド・スクレイプ。


「こっちはウール。現在研修生です」


 ウールと紹介されたのは、深い紺髪にアプリコット色の瞳をした少年。大体俺と同年代くらいだろうか。研修生にしては少し若い気がする。


「私はタンです、どうぞよろしく。こちらは私の友人達で、少し相談に乗って頂いていました」

「クフェアよ」

「アルクです、初めまして」


 なんだ、専門家来る予定だったのか。なら話の解決は早そうだ。


「初めまして、皆さん。なるほど。親方の頼みで来たんですが、これがあの問題の?」


 サンスさんの視線の先には、LM09-Dubhe。触りたくてうずうずしてるのが見て取れる。


「ええ、お願い出来ますか?」

「勿論、その為に来たのですから。お任せ下さい」


 そう言うと、サンスさんは早速ウールさんと一緒に道具を並べ始めた。変わった形のものが多く、専門性が伺える。わかりやすく言うと、ド素人の俺にはさっぱり何に使うのかもわからないものだらけだった。


「動輪歪みなし、主連棒も大丈夫だな。クロスヘッドは……」


 サンスさんはひたすら訳の分からない単語を連呼している。ウールさんは車内を担当するみたいだ。


 専門家に任せている間、俺はソッと師匠に耳打ちした。


「これ、俺達要らなくないですかね?」

「必要ないならそれに越したことはないのよ」

「それもそうですね」


 わざわざ他の魔女の力が必要になる程のものじゃないなら万々歳か。強いて言えば俺達が無駄足を踏んだだけ……、あれ?もしや俺達が損しただけじゃね?


「その時はその時よ。知り合いの助けになるのに労力を惜しむ必要あるの?」

「御尤もです」


 師匠のあまりのド正論に俺は口を噤む事しか出来なかった。




✧˖°.✧˖°.⟡⋆⭒˚。⋆✧˖°⁺˚⋆。°✩₊⋆。˚




「うーん」


 数分経った頃、サンスさんが遂に唸り声をあげた。ウールさんと話し込んでいたようだが、声色から察するにあまりいい成果は出なかったらしい。


「どうでしたか?」


 タン様が声をかけると、サンスさんは困ったように後頭部を掻いた。


「速度に問題があるようでしたので、最初は操縦室とか車輪自体に問題があるのかと思ったんですが特になく……。ご期待に沿えず申し訳ございません」


 サンスさんが深く頭を下げた。手は固く握られ、少し震えている。


「いえいえ、こちらこそ遠くからわざわざありがとうございました」


 タン様も深くお辞儀した。


 国直属の技師でもダメって……、この汽車に何があったんだ?


「何してるの」


 ずっと黙っていた師匠がやっと口を開いたかと思えば、俺を見て意味深な事を言った。実に楽しそうな意地の悪い笑みを浮かべて。


「アルク、私言ったでしょ?『貴方の専門だと思う』って」

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