~始まりの村~ 13 氷狐

「何だこいつら弱すぎる。これはゴ=ミと言われる由縁の証明だろ」

「やっぱお前、こいつらのこと知ってんだろ。分かる範囲で言いやがれ」

「全部終わったらな。ウラァ死ねぇ!!」

 ゲシッゲシッ……。7ダメージ


 ラピスは気絶したゴ=ミ?とやらを1体ずつトドメを刺している。

 はたから見ればやりすぎだとか、人道に反した行為に見えるが、俺としては魔王軍の先兵らしきこいつらを庇うなんてマネをするはずもなく、むしろよくやってくれたありがとうと言いたい。

 それと、ゴ=ミは死ぬとドロっとした液体になるらしく、戦闘の余波で舞った埃とで汚れた床に、気色の悪い水溜まりを作っていた。

 今、2つ目の水溜まりができた。


 ……そんなことよりもヌシ様の救出の方を先にするか。


「ラピス、俺はヌシ様を結界から出す手立てがないか探すから、後は頼んでもいいか」

「いいぞ。……あれ?1匹見当たらない。目星するか」


 俺はヌシ様を閉じ込めている結界の元へと向かい、どうにか解除できないか調べてみる。


 カランカラン……。

 58失敗


 ……分かんねぇ。

 仕方ないか。部屋の調べられる場所を手当たり次第に調べて、地道に探してみるか……。

 そう思っていた直後、———バンッ、と音が鳴った。


「「———!」」


 音が鳴った方向を見ると、這いずって移動したのか、1体のゴ=ミが魔道具でたまに見かけるボタンという物を押していた。

 そして、最後の力を振り絞ったのだろう、身体が溶けてドロリとした液体を残して死んだ。


 ———いや、それどころじゃない。

 こんな施設を造ったであろう高い知性を持つ存在が、死ぬ間際にやったことだ。意味の無い行為なはずがない!

 一体、何が起こる……?


 俺達は何が起こってもいいように身構える。

 ……すると、ドサリという音がした。

 音のした方向を見る。

 そこには………囚われているヌシ様と、ヌシ様の身体を覆う程に積もった大量の緑の粉の山があった。

 それを視認した瞬間、結界が消失した。


「何かマズイ、外へ逃げるぞ!」

「だ、だがヌシ様が」

「そのヌシ様の暴走フラグが立ってんだ!多分だが、外に出ないと死ぬぞ!」

「———ッ!」


 とかいう物騒な言葉に、思わず俺はラピスの後を追って逃げる。

 大部屋から脱出し、階段を駆け上がり、通路を走り抜ける。

 そして、外に出た瞬間———耳をつんざく獣の咆哮が、先程までいた場所から響いて来た。


「来るぞ、構えとけ」

「……あぁ、分かってる。その前にポーション飲ませてくれ」

「なら私も」


 俺とラピスは下級ポーションを1本飲み干す。 


 カランカラン……。

 応急手当14成功 4回復 6→10


 俺の方は全快した。流石は魔法の治療薬、ポーションだ。

 ラピスの方もほとんど回復したようで、顔色がさっきよりもよくなっている。 


「さぁて、今度こそ来るぞ」


 建物の中から破壊音がする。

 その音はどんどんと大きくなっていき、やがて開けっ放しになったドアから巨大な白い影が飛び出してきた。


 大きさは直立する人間くらい。

 4本の尾を持ち、美しい白い毛皮に透き通った青の瞳は、どこか人の身では手が届かない神聖さを纏っており、気を抜けば気圧されてしまいそうだ。

 そんな存在が、獣の顔であるにも拘わらず口頭を上げて歪んだ笑みを浮かべて俺達を見下していた。

 美しい獣が浮かべるどこか狂気を思わせる姿に、思わず身震いをしてしまう。


 カランカラン……。

 白06 SAN37→35 

 バンカ46 SAN62→61

「あああああ!!ただでさえ少ないSAN値が2も減ったあああああ!?」

「おい、取り乱してんな、来るぞ!」


「クォ―――ン!!!」


 ヌシ様が雄たけびを上げて襲い掛かって来た。

 ……ヌシ様って、「コン」じゃなくて「クォ―ン」って鳴くんだな。


《それでは、シナリオ最後の戦闘を始めます》

「・・・?」

《………忘れてください》


 ・

 ・

 ・


 ヌシ様が突然、赤色の輝きを放つ。

 すると、ヌシ様の威圧感がこれまでよりも増したように感じる。

 今の現象について俺は知らない。まさか、ヌシ様が隠し持っていた能力か……?


「……は?暴走胞子!?何それ知らないんだが?」

「どうした、何か知ってんのか」

「何か今の、暴走胞子とかいう能力っぽい。簡単に言うと攻撃力強化で、原因は多分ふりかけみたいにドサっと被ってた粉が原因!」

「———あの緑の粉か!!」


 やっぱ、アレのせいでヌシ様暴走してんのか。

 よくもやってくれたな、あの甲殻類共が!


 俺はゴ=ミに対して怒りを募らせるが、暴走しているヌシ様は待ってはくれない。

 ヌシ様は牙を剥くと、俺目掛けて牙ではなく鋭い爪を振るわんと迫って来た。

 だが、俺は最近の戦闘で鍛えられた(気がする)ので、こんな直線的の攻撃ならば軽々と躱せる。

 俺が避けた直後に、ラピスがゴ=ミとの戦いで披露した跳びかかり殴打を炸裂させる。


「クォオ!!」

「ウラァ———ッと、カスダメか。なら次バンカ!」

「おう!」


 俺もラピスに次いで剣撃を叩き込む。

 ヌシ様がよろけた。確実に効いてる!


「なんか想像以上に楽に勝てそうだな」

「ヌシ様は人よりも賢いと聞くから、恐らく暴走状態により弱体化しているのかもな。俺の身としてはありがたいのか悲しいのかよく分からん気持ちになるが……」


 けど、ヌシ様の庇護下にある村の一員としては、ヌシ様は強い存在であって欲しい。

 そんな思いもあってか、事が簡単に進みそうなことを素直に喜べていない。

 そんな複雑な気持ちを抱きながらも、無意識にラピスと同様、先程よりも気を緩めていた。


「クォ―ン!」

「———あぶなッ!……上級魔法か?」


 氷の塊が俺に向けて放たれた。

 ギリギリで回避すると、後ろの地面に着弾して粉塵をまき散らす。

 今の魔法は弾速が早かった。その上、威力も中級魔法にしては明らかに高かった。

 恐らくは上級の単体攻撃魔法。

 確実に殺しに来てるな、ヌシ様……!

 これは余計な感傷に浸っている余裕なんて無さそうだ。気を引き締め直そう。


「こいつ…、2回行動持ちかよ」


 2回行動?

 またラピスがよく分からんことを言ったな。

 苦虫を嚙み潰したような表情から、厄介だと思っているのは分かるが……。


 そう思っていた直後に、またヌシ様に変化が起こった。

 今度はその身を緑色に輝かせる。

 そして、俺がヌシ様に与えた傷が……消えた!?


「これもあの粉の影響か!」

「再生胞子……。うっそだろ、行動消費無しの回復持ちって、チュートリアルシナリオのボスにしては盛り過ぎだろ」


 せっかく与えた傷が半分近く回復されたことに動揺する

 ……だが、変化はそれだけでは終わらなかった。

 ヌシ様が自身の体に冷気を纏わせる。

 その冷気はやがて形となり、氷でできた鎧を形成した。


「あれは……まさか!」


 俺はあの姿を見たことがある。

 かつての魔王軍との戦いで、ヌシ様が戦いの中盤で発動させた魔法。

 剣による攻撃、雷による魔法、様々な攻撃を一身に受けても傷を負わなかったあの氷の鎧だ。


「……マズイぞ、あの姿になると大抵の攻撃を軽減、無効されてしまう」

「だろうな、装甲+6とかいうバイオ装甲よりもマシだが、下手な探索者だと詰むレベルの装甲を纏ってやがる」

「なんで見ただけで詳細に分かるの、お前?」


 今更ながら、ラピスの分析力に疑問を抱く。

 そんな俺を気にした様子も、頑強そうな氷鎧に怖気づいた様子も見せずに、「だが」と呟き鉄の棒を構える。


「その装甲は炎、爆発、打撃を受けると剥がれるらしいな。なら、私と敵対したが運の尽きだったな」

「だからなんで俺も知らんことを知ってんだお前」


 上体を低くしながら地面を踏みしめ、弾かれた様に地面スレスレを跳躍し、ヌシ様へと飛んでいく。

 鉄の棒を振り回し、ヌシ様へと叩き込もうとし………ヌシ様の頭上を通り過ぎて飛んでいった。

 そして、ヌシ様の住処である大樹に頭から衝突する。

 ……何やってんだ、あいつ。


 見た感じだと無事そうなので、構わずヌシ様へと斬りかかる。

 だが、ヌシ様が少し動いたせいで狙いがズレて、俺の剣は空を切ってしまう。

 くっそ、俺もラピスの失敗ドジを笑えないなぁ!


「クォ―ン!」

「うぉ……ッと」


 ヌシ様が咆哮を上げる。

 すると、俺の足元から氷でできた壁がせり上がって来た。

 この魔法は知ってんぞ。

 中級魔法の俺達も習得しているヤツと同じ系統の障壁魔法、アイスウォールか!

 たたらを踏みながらも、せり上がる氷壁に巻き込まれないよう後ろに下がれた。

 ……だが。


「マズイな……。完全に防御を固められた」


 自分の周囲に氷の壁で囲み、俺達が近寄れないようにしてきた。

 これがヌシ様……。暴走してるくせに判断が適格だ。

 今の状況で回復されたら手が付けられなくなる。まずはあの壁を破壊するべきだな。

 または、壁に遮られてない上から攻撃するか?

 その場合、ヌシ様の間合いに入ることになるから怖いな。しかも、壁で後退することもできなくなるし、やはり無難に壁の破壊を狙うか。


「クォン!」


 ヌシ様が今度は青色の輝きを放つ。

 赤は攻撃力強化、緑は回復だったが、青は何の効果だ。

 ……魔力関係か?


 そんなことを考えていると、地面から震動がした。

 俺の足元……ではないな。目の前の地面から何かが飛び出してくる?

 そんな予感を感じ、下手に動いてバレないようにその場に留まる。


 すると、地面から氷を纏っている白い尾が飛び出してきた。

 成程、そういう攻撃もできるのか。流石はヌシ様。

 尾は地面から飛び出してすぐ、手応えが無かったからか引っ込んだ。

 今のは攻撃するチャンスだったか……。

 いや、無理か、俺の足では間に合わなかった。


「ヘイト役サンキュー!」

「ラピス、大丈夫だったのか!」

「カスダメで済んだ。それよりも、壁を破壊するがいいな?」

「頼む、やってくれ」

「———フッ!」


 大樹から降りたラピスが、さっきの衝突で鼻先を少し赤くさせて涙目になりながらも、鉄の棒で氷壁を砕く。

 自身の魔法をあっさりと砕かれ驚愕するヌシ様。

 その隙に、俺の剣がヌシ様へと迫る。

 今までにない力を籠めた渾身の一撃だ。


「クォ」

「———ッ、これも避けられんのかよ……」


 しかし、軽やかな動きで再び避けられる。

 おいおい、これだけ避けられると俺、そろそろ自信無くなって来るぞ。


 反撃として尾による叩きつけをしてきたが、攻撃が避けられた瞬間にすでに後退していたラピスと俺は間合いにおらず、何もない場所を叩く結果となった。


「次で氷を剥がす。そこを決めろ」

「分かった、外すなよ!」


 ヌシ様が赤く輝く。

 攻撃力の強化か。そして………魔力がヌシ様の尾に集束し始めた。


「「———!!」」


 4本の尾を杯のように掲げ、その中心に白い玉を生み出し氷の魔力で練り上げる。

 冷気がその場を支配し、空間に冷たい威圧感を放ちながらは、一目見るだけで本能が警鐘を鳴らす代物だ。


 ……間違いない。あれは、俺達がヌシ様との戦いを想定した上で最も脅威であると考えていた上級魔法、アイスバースト。

 広範囲の殲滅魔法———!


 ヌシ様の青の目が俺達を捉え、これで終わりだと言うように目を細める。

 そして……氷風を閉じ込めていた4尾の先が俺達に向けられる。

 相殺は難しく、どこかに着弾すれば直撃せずとも余波だけで確実に、こちらに被害をもたらすヌシ様の最大の魔法。

 そんな魔法が今、尾から俺達に向けて放たれる―――


―――――――――――――――

 《NPCバンカがミ=ゴの名前、間違えて覚えてる……!?》

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