第二話 ちょっとお出かけした
お喋りしながらだったので、歩みはだいぶゆっくりだった。しかし、あたしたちは予定通り、日暮れ前には目的地にたどり着いた。
エドワード老から渡された地図を見て、レオ少年がしっかり確認する。
「ここみたいですね」
「ここかぁ」
街道を外れたところにある小高い丘の中腹。
誰も寄り付かないような場所なのに、ご丁寧にも
『この先ダンジョン。入場禁止。コーンウォール家管理下。無断侵入者は十五年以下の懲役又は勇者金貨百枚以下の罰金』
こんな感じの内容らしい。
個人所有のダンジョンへの不法侵入と盗掘は、この国に限らず世界中どこでも重罪だ。危険を冒して大金を追うのが冒険者という職業であるが、普通はその手のリスクは犯さない。
「一応、厳重になってますね」
「たまに賊が入るらしいです。[
「中にたいしたものがない証拠?」
「だと思います。コーンウォール家が見つけてないだけかもしれませんが」
レオ少年は格子の隙間から洞窟の中を覗きこむ。
あたしも同じようにするが、何も見えない。
「やっぱり暗いですね。待っててください。今、
レオ少年が腰につけていた冒険用鞄に手を突っ込む。
だが、その言葉の間にあたしは呪文を唱えてしまっていた。
「――光よ」
あたしの前に白い光を放ちながら、ゆらゆらと浮遊する球体が出現する。《
冒険者時代の習慣で、ついやってしまったのだが。
「あ、ごめん。もしかして、これも手伝いの内に入ります? まずかったです?」
「えっと……いえ、問題ありません。ありがとうございます。フィアさん」
ならよかったと、光球を操作して少年の前に配置する。
レオ少年は館から持ってきた鍵で扉の錠を外し、慎重な足取りで洞窟に入った。数歩遅れて、あたしもそれに続く。
そう、今回はこの少年が独力で試練を突破しなければならないのだ。あたしはただの見届け人である。気楽と言えば気楽だが、
洞窟の入口付近はやや窮屈だったが、少し進むと通路はかなり広くなった。横幅はあたしの出した光源で充分見通せるくらいで、天井はぎりぎり見えないくらいだ。
壁面は自然の洞窟に入念に手を入れた感じで、脆そうなところには防腐処理の
前を行くレオ少年から解説が飛んでくる。
「父上の話では、ここは第三文明期――魔族が世界を支配していた時期に作られた場所だそうです。当時何に使われていたかは教えてもらえなかったんですが、所有者はこの辺一帯を治めていた『ノッポのマクダル』という名前の
「へぇ、お宝の匂いがしますね」
「宝があっても今回は持ち帰るわけにはいかないですけどね。そういう目的じゃないですし。……あの、ところで」
レオ少年がちらりとあたしの方を振り返る。
「今更ですけど……どうして
「え? ああ」
苦笑しながらロングスカートの
「あたし、私服ってラフな部屋着しか持ってなくて。外を出歩けるの、これだけなんですよ」
「え」
「着慣れるとけっこう動きやすいし、便利ですよ、これも。初めて着たときは拷問か何かかと思いましたけどね」
「あの、ちゃんとお給金もらってますよね……?」
「あはは、もらってますよ! 別に貧乏だから買ってないわけじゃないですよ!」
「よかったぁ。ボクはてっきり、父上に何か弱みを握られて、タダでこき使われているのかと」
レオ少年は割と本気で心配していたらしく、ホッと胸を撫でおろしている。真面目な子だ。
「エドワード様には恩しかないですよ。あたしみたいな素性の知れない平民を、お貴族様が住み込みで雇ってくれるなんて、普通なら絶対ありえないですから」
「いえ、そんな。フィアさんは明るいし、気が利くし……それにとっても美人さんですから、誰だって雇いたくなると思いますよ」
「あっはっは。おだてるのお上手ですねー、レオ様。館の
「いえ、そんな、ボクはただ本心を……」
少年は顔を赤くしながら、しどろもどろになる。
いかんいかん、純朴な少年をからかってはいけない。
「まぁとにかく。こんな格好ですけど、動きに支障はないですから、いざとなれば一人でも逃げられます。あたしのことは気にせず、試練に集中してください」
「分かりました。父上がフィアさんを同行させたくらいですから、それほど危険はないと思いますが、自然系モンスターとの
レオ少年は表情をキリっと引き締め、再び前を向いた。しかしやはり、その姿はどこか
もし弟がいたらこんな感じなのだろうかと、口元を手で隠して笑いながら、あたしはふと思った。
☆
ところどころで立ち止まってマッピングしながらダンジョンを進むことしばらく。レオ少年の予感は的中した。
魔術の明かりが届く限界。その少し先に
「レオ様――」
「しっ!」
言い切る前に
少年は人差し指を唇に当て、暗闇を見通すように目を凝らしている。
「向こうに何かいます。……たぶん、大勢」
【気配感知】のスキルがあるわけでもないだろうに、この距離で気づくとは、さすがは勇者。しかも相手は気配の薄い植物系なのに。
二人で息を殺して、待つことしばし。
やがて魔術の明かりの
第三文明期に製造された植物兵器が、自然界に定着したものだ。たぶん入口の
その名のとおり、近くにいる人型生物の首を両手で絞めようとする物騒な習性がある――というか、その攻撃しかしてこない。
このウィズランド島ではメジャーなモンスターだ。駆け出しの冒険者でもまず負けないくらい弱いのだが、いかんせん数が多い。
レオ少年が剣を抜く。
それを契機に
「フィアさんはボクの後ろに!」
「あ、はーい」
そもそも最初から後ろにいるが、一応素直に返事をする。
レオ少年の実力は知っていた。エドワード老が受けさせている地獄の修業を毎日見ているからだ。
負けるとは思えない。しかし打ち漏らしがいくらかこちらに来るだろう。自衛のために身構えてはおく。
だが、そんな必要はなかった。
気合の掛け声と共に少年が剣を振るう。基本に忠実な騎士の剣術だが、とにかく速い。
実戦は初めてではないだろう。敵が雑魚なのもある。
しかし、それを加味しても強い。こんな子供は地元でも、この島でも、一度も出会ったことがない。
まさに
だが、今回の相手は
近くに同種の死骸がいくら折り重なろうと襲い来るのをやめたりはしない。
業を煮やしたのか、レオ少年が剣を大きく頭上に
その剣身が
「
技の名前を叫ぶと共に、少年は剣を振り下ろす。
輝きが膨れ上がり、視界すべてを埋め尽くす。同時に大きな地響きが起こり、無数の風切り音が洞窟内に反響する。
「む、無茶するなぁ」
天井からパラパラと落ちて来た土や小石を手で払いながら、あたしは目を凝らした。
光が収まる。
どうやら斬撃を
あまり正確には狙えないのか、洞窟の壁面にもけっこうな数の斬撃の痕が残ってる。だが、しっかりした造りなので崩落の恐れはなさそうだ。
レオ少年は敵がすべて動かなくなったのを確認すると、子犬のようにあたしのところに走ってきた。
「フィアさん、お怪我はありませんか!」
「え、うん、もちろんない。敵こっちこなかったし」
「よかった。なによりです」
少年は何やら満足気な様子でしきりに
ああ、今のはこの子の言ってみたかったセリフだったのだろう。たぶんさっきの『ボクの後ろに』ってのもそうか。
「……おや?」
ふと、気づく。空気の流れに微弱な乱れがある。
「ツイてるかもですよ、あたしたち」
ビンゴだ。
「な、何してるんですか、フィアさん!」
「隠し部屋です。わざわざ隠してあるってことは……ふっふっふ、ホントにお宝あるかも」
にやけ笑いを抑えきれぬまま振り返る。
「……何してるの、レオ様」
「いや、だって、足が」
レオ少年は顔を真っ赤にして、両手で自身の両目を
一瞬だけ考えたが、すぐに気づく。
「ああ、さっきの『何してる』ってそういう意味」
「そ、そうですよ。なんでそんなところにナイフつけてるんですか」
「便利なんで。手ぶらに見えるから油断誘えるし」
なるほど、あたしの美脚は少年には刺激が強かったか。男の性癖というものには明るくないが、このくらいの年頃の何気ない体験が一生尾を引くこともあると聞く。気をつけねば。
隙間にもう一度ナイフを差し込み、てこの原理を使って力をこめる。すると木材はべりべりと簡単にはがれた。やはり奥に空間がある。
レオ少年にも手伝ってもらって、すべての邪魔な木材を除去する。
隠されていたのは、思ったよりもこぢんまりとした丸い空間。その中央にいかにもな形の箱がある。一抱え程の大きさの木箱だ。一部は金属で補強してある。
「宝箱! フィアさん、あれって宝箱ですよね!?」
「いやー、ホントにありましたね。魔族はこういうの置くの、何故か好きなんですよね」
「壊しますね」
「待って待って!」
ウキウキな様子で剣を抜くレオ少年を慌てて止める。
「こういう時はまず調べないと。罠あるかもですし、そもそも鍵かかってなければ壊さなくていいですし」
「あ、そ、そうですね」
「ちょっと下がっててください。あたし、やりますから」
おずおずと下がるレオ少年。
あたしは宝箱の前に屈みこみ、慎重にあれこれと調べる。こういうのは久しぶりだ。
「ふむ。罠も施錠もないですね。隠し部屋にある箱って、だいだいそうですけど。じゃ、どうぞ、レオ様」
場所を譲る。
期待と緊張の入り混じった顔のレオ少年は一つ大きく深呼吸をしてから、宝箱の蓋に手を掛けた。
真なる魔王が討伐されて第三文明期が終わってから、今までおよそ三百年。ずっと誰にも見つからずに放置されてきたであろうその箱は、大きく
「……種?」
箱の中身を見て、少年がぽかんと口を開けた。
あたしも箱の上から覗き込んで、確認する。
うん、種だ。箱には白い種が
念のため中に手を突っ込んで隅々まで触ってみるが、他にはなにもなさそうだ。
レオ少年が種の一つを指で摘まみあげる。形状としてはひまわりの種に近く、細長い。
「これ、なんの種ですかね、フィアさん」
「ちょっと分かんない。花かなぁ」
「……食べようと思えば食べられそうに見えますけど。食料? それとも動物の餌?」
二人揃って首をひねる。箱の中身を見れば、ここが何の用途で使われていたか分かるかもと期待していたのだけど。
「君に必要なものはない……か」
種を見ながら呟く。独り言だ。
しかし、少年はそれを自分に向けられたものだと勘違いしたらしい。
無垢な笑顔をこちらへ向けてくる。
「そうですね、花とかあんまり興味ないですけど……記念に少し持って帰りましょうか。きっとこれなら父上も怒らないでしょうし」
「ですね」
断る理由はない。特に値打ちのあるものではなさそうだけど、こういう小さな冒険の戦利品には、ぴったりだろう。
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