リトル・ローグ ~ちょい悪メイド(20)と少年勇者(10)の小さな恋と小さな冒険~

ティエル

第一話 ちょっと金に釣られた

「納得できません!」


 エドワード老の執務室のドアノブに手を掛けた時、そんな風な少年の声が中から聞こえた。

 明らかにお取り込み中だ。館に勤める他の女中メイドならおくして入室を避けたかもしれない。

 だが、あたしは一切気にせず、そのままドアを押し開いた。

 一応、お決まりのセリフも口から出す。


「失礼しまーす。朝のお掃除に来ましたー」


 部屋の中にいた二人が首をめぐらせ、あたしを見る。

 執務机の向こうのご立派な椅子に座っているのが、この館の主である大貴族のエドワード老。それと机を挟んだ向かいに立ってるのが、彼の末の息子であるライオネル少年だ。


 エドワード老は数年前に諸侯騎士団ノーブルナイツの団長職を定年退職したという話だったから、たぶん六十は超えている。一方、ライオネル少年はようやく十代に入ったくらいのはず。

 半世紀以上も年の差のある親子だが、顔も性格もけっこう似ている。三百年前に真なる魔王を倒して世界を救った英雄――“始祖勇者”の血を引く証である白銀プラチナブロンドの髪もそっくりだ。


 二人が何で揉めているのかには、興味がない。

 ペコリと会釈えしゃくをして、窓を開け、部屋の壁に沿って並んだ本棚にハタキをかけはじめる。一年くらい前――この館にやって来た時からやらされている朝の仕事なのだが、こんなの毎日やっても無駄だとあたしは思う。

 さっさと終わらせて裏庭で巻き煙草でも吸おう。そう思って適当に手を動かしていると、二人の口論が再開した。


「見なさい、ライオネル。フィア嬢も、ああして立派に自分のつとめを果たしている。この館に来た当初は一人で女中メイド服も着れなかった、あのフィア嬢がだ」


「それがなんだと言うのですか、父上」


「立場が人を作るのだ。我がコーンウォール家はウィズランド王国四大公爵家の筆頭。この島を統治する、実質的な最高権力者だ。今のお前にはその一員である自覚が足りない。それをやしなうために、まずは形から入れと言っている」


「だからって、いきなり見合いだなんて、ボクは納得できません!」


 ああ、なるほど。部屋の外に聞こえてきたのは、そういう流れの口論だったのか。

 俄然がぜん興味が湧いてきたあたしは、掃除を続けるふりをしながら二人の勇者の話に耳をそばだてた。

 てゆーか、さらっとあたしを引き合いに出されたけど、女中メイド服の件は仕方ないだろう。こんな胸を強調する感じのヒラヒラした服はそれまで着たことなかったのだから。


「ライオネルよ、では聞く。今お前に、意中の相手はいるのか」


「いません。しかし、それはこの際、関係ないでしょう」


「大いにある。意中の相手がいないなら、見合いをするのが貴族の義務だ。……なにも今回の相手を必ず将来の伴侶はんりょにと言っているのではないぞ? 見合いを繰り返す中で、互いに気にいる相手を探せと言っているのだ。お前はそれすら拒否すると言うのか」


 すでに何度か繰り返した問答なのかもしれない。エドーワード老は深いしわの刻まれた額に手を当て、疲れた顔で嘆息たんそくした。


 息子たちに地獄のような修業を課すあの鬼のエドワードが、あんな顔をするとは!

 意外すぎて、あたしは掃除の手を止め、そちらをガン見してしまった。


「第一、これはお前にとっても悪い話ではないのだぞ。お前の好みに合致した相手を、私自ら選んでやったのだからな」


「好み? 父上にボクの何が分かるというのですか」


「分かるとも。父親だからな」


 ライオネル少年の方はいら立ちというより、もどかしさを感じているようだった。少年は普段、厳格な父のことを深く尊敬している。こんなあからさまに逆らっているところは過去に一度も見たことがない。

 反抗期が来たわけではあるまい。今回の件が、どうしても気に入らないだけのようだ。


「父上、ボクはただ、自分の道は自分で見つけたいのです。我らが祖、双剣士ロイスがそうしたように」


「ロイスがそうできたのは力があったからだ。権利を得るには力がいる」


「ボクにもあります! ロイスのような力が!」


 執務机に両手をついて父に詰め寄り、ライオネル少年が声を荒げる。

 ロイスとかいうのは確か、二百年前にこのコーンウォール家を再興した人物で、始祖勇者の玄孫やしゃごかなんかだったはずだ。


 ふむ、とエドワード老が腕組みをして、立派な顎鬚あごひげをいじり始める。


「では試すか。この街の近郊に我が家が管理するダンジョンがある。最下層にちょっとしたモンスターを封じたところだ。そこにおもむき、そいつを討伐してこい」


「それを果たせば見合いの件は白紙にすると?」


「当面はな。逆に果たせねば、なんとしてでも見合いをさせる。それと地獄の修行も課す。私に楯突たてついたのだ。そのくらいの覚悟はあるだろう」


 ゴクリとライオネル少年が息を飲む。

 貴族も大変だなぁと思いつつ、部屋全体を適当にほうきいて、掃除を終える。少年の受ける試練とやらの結果は後で知りたいものだ。

 なんて、他人事のように考えていたら。


「そうだ、フィア嬢の前職は冒険者だったな。魔術がいくらか使えるとか。すまんが、愚息の試練に同行して、きちんと果たすか見届けてきてくれ」 


「え」


 あたしは部屋を出ようとドアノブに手を掛けたところで固まった。

 振り向くと、二人の勇者の視線が、またあたしに向いている。


「父上、フィアさんにボクの手伝いをさせようとしているのならば、無用です」


「深読みするな。ただの見届け人だ。もちろん、フィア嬢が傷を一つでも負ったら、試練は失格とする。淑女一人守れぬ勇者に価値はない」


 ライオネル少年はぐっと両手を握りしめて、唇を噛んで頷いた。まだ幼さの残る横顔は並々ならぬ決意に満ちている。


 いや、なんか勝手に話進んでるけど、あたし、まだイエスともノーとも言ってないんだけど。


「行ってくれたら、特別ボーナス出すぞ、フィア嬢」


「行きまーす」


 そんなわけで、あたしは小さなライオネル少年と、小さな冒険に出ることになったのだ。





    ☆






 昼過ぎ、冒険の支度したくを終えたあたしたちは館を後にした。

 コーンウォールの街を囲う城壁を出て、東都ルドにつながる大きな街道に入る。そこでライオネル少年は深々と頭を下げてきた。


「ごめんなさい、フィアさん。こんなことに巻き込んでしまって」


 一応この子はあたしの主人であり、あたしは従者である。両手を左右にぶんぶんさせ、少年に頭を上げさせる。


「いえいえ、問題なしですよー。暇してましたし。ちょっと楽しそうですし。……って、ライオネル様からしたら一大事なんだから、おもしろがっちゃダメか」


「あはは、いいですよ。それより、道中危険もあると思います。フィアさんのことは絶対にボクがまもりますから、そばを離れないでくださいね」


 少年は胸を張り、腰に帯びたロングソードの柄に、誇らしげに手で触れた。

 あたしは女性として背が高い方ではない。だが、この子はそんなあたしと比べても頭一つくらいは低い。この子の親族一同は揃って立派な体格をしているから、この子も成長期を迎えればすぐにあたしなど抜かしていくのだろうが、今はまだ頼りにできる見た目ではない。


「ええ、頼りにしてますね、ライオネル様」


 無論、ニッコリ笑って本音と違うことを言う程度の処世術は、これまでの人生で身に着けている。

 少年は嬉しそうにはにかむと、自身の胸に手を当てた。


「ボクのことはレオと呼んでください。兄上たちや友達はそう呼びます」


「かしこまりです、レオ様。短い旅ですが、どうぞよろしく」


 ニッコリ笑顔のまま手を差し出す。

 レオ少年はきょとんとしたが、すぐにあたしの手を取って、手の甲に口づけをする振りをした。

 握手のつもりだったのだけど、貴族様だか騎士様だか勇者様だかの目線では違うものに見えたらしい。

 ともあれ、こうしてあたしたちは出発した。


 今回は徒歩での移動だが、ダンジョンには日暮れより前に余裕で着く計算だ。

 空は雲一つない快晴。心地の良い陽気である。左右に広がる実り始めた麦畑を眺めながら歩いていると、ピクニックか遠足にでも来たような気分になった。

 まぁ、あたしはピクニックも遠足も行ったことないんだけど。


「そういえば、驚きました。フィアさんが冒険者やってたなんて」


 油断なく前を向いたままレオ少年が言う。危険なんてどこにも見当たらない牧歌的な道なのに。


「あー、知らなかったです? 生活費稼ぎにソロ専でちょこちょこやってただけなんですけどね」


「初耳でした。……父上が直々に雇ったって聞いてますけど、ひょっとして館の警護の仕事も兼ねて採用したのかな」


「んにゃ、ただの女中メイドとして雇われましたよ。こんな風な仕事振られたのも初めてですし」


「うーん、ですよね」


 あたしを守るためか少し先を歩いていたレオ少年だが、歩調を緩めて隣に並んできた。こんな道で危険などあるわけないと、さすがに思ったらしい。


「フィアさんっておいくつなんですか?」


「歳? 二十歳ハタチですよ、たぶん」


「たぶん?」


「あたし孤児なんで、正確にはわかんないんですよ。国には適当に申請してます」


 レオ少年はハッとしてから顔を曇らせ、頭を下げてくる。


「あの、ごめんなさい。聞いちゃいけないことでした」


「んにゃんにゃ、別に気にしてないから。孤児なんて、地元じゃ珍しくもなかったですし」


「いえ、女性に歳のことを聞いたらいけないって、前に父上が」


「そっちかーい! ……いやー、そういうの気にするのは、もうちょい上の歳の女性じゃないですかねぇ。あたしは別にどーでもいいですよ。あっはっは」


 っていうか、エドワード老も初対面の時、年齢聞いてきたし。


 あたしに釣られたのか、レオ少年はくすりと笑った。年相応の幼い笑みだ。


「フィアさんのそういう明るいところ、素敵ですね。一人旅だったら、きっともっと緊張しちゃってたと思います。あらためてですけど、一緒に来てくれて、ありがとうございます」


 少年はまた頭を下げる。

 いい子だ。自分との育ちの差を感じる。あたしの頬は自然と緩む。


 特別ボーナスに釣られて同行を決めたわけだが、どうやらけっこう楽しい冒険になりそうだ。

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