ガルにもう一度だけ会えたなら、それだけでいいんです。

「ガル……? まだ、夜……?」


 この牢屋の中では、どのくらい眠っていたのかすらもわからない。でも、ガルが来ていないということは大した時間じゃないのだろう。このままもうひと眠りすれば、きっとガルが僕を起こしに来てくれる。


「……でも――」


 もしも、既に長時間が経過しているのだとしたら。外ではとっくに朝を迎えているのだとしたら。


「そんなわけ……無い……だって、それは――」


 それは、ガルが僕を見捨てたということだから。


「ガルっ……ガルっ……」


 無理矢理に名前を呼んで、良くない想像を振り払う。だって、僕は今もガルのくれた靴を履いている。ガルがくれた外套を羽織っている。この暗く寂しい牢屋の中で、ガルは僕に寄り添ってくれている。


 なにより、あんなに優しくしてくれたガルが僕を裏切るはずが無い。ガルが約束を破るはずが無い。


 ガルが暖めてくれた心は、ちゃんとガルを信じることができていて――


「でも、でも僕はっ……人殺しだっ……」


 ――冷めきった理性は、僕の罪を冷静に把握している。


 あんなにも優しいガルだからこそ、誰よりも殺人に厳しいのではないか。広場でガルが守ってくれたのは、僕が哀れだったからというだけで、本当は心の中では軽蔑していて、僕の処刑を望んでいたのではないか。


 もしくは、牢番が金に目が眩んで僕を売ったように、レイス王に金を積まれて諦めるように唆されたのだとしたら。


 息が苦しい。過呼吸だ。深呼吸をすればいいと頭ではわかっているのに、呼吸は鼓動に釣られて速度を上げていくばかりだ。


「っ、ガルっ! ガルっ!!」


 ベッドから飛び起きて、僕は牢屋の鉄格子をガシャガシャと揺らした。無駄だとわかっていても、そうせずには居られなかった。


 どうして僕はあの広場でガルと別れてしまったのだろう。何を置いても、絶対にガルと離れるべきでは無かったのに。どうして、この牢屋に付いてきてもらわなかったのだろう。


「ちがうっ……そうじゃないっ……っ」


 膝をついて、冷たい鉄格子に頭を預けて項垂れる。


 ガルは悪くない。例え僕を見捨てたのだとしても、ガルは何も間違っていない。このままガルに再会できないまま処刑されたとしても、それは僕の自業自得だ。


 殺人者である僕が、誰かに優しくしてもらえるはずがないんだから。


「ガルっ……っ」


 昨日までは受け入れられていたはずなのに。王子を殺してしまった罪として、処刑されることに納得していたはずなのに。


 ガルを知ってしまったから。一度希望を思い出してしまった心は、どうしてもガルを諦めてくれない。例えあれが憐憫によるまやかしの優しさなのだったとしても、もう一度だけと願わずにはいられない。


「ごめんなさい……ごめんなさい……。僕が全て悪いんです……ガルが優しくしてくれたから、少し調子に乗ってしまっていただけなんです……。償います……王子様を殺した罪を、この命で贖いますから……っ。逃げも隠れもせず、処刑を受け入れますから……っ」


 例えガルがグリフォンを討伐できたとしても、僕の罪が消えるわけではなく、王子様が生き返るわけでもない。


 だから、人の命を奪った僕は死ななければならない。あのギロチンで処刑されることを受け入れなければならない。心の底から、そう思っていますから。


「だから、どうか……もう一度だけ、ガルに会わせてください……っ。どうかっ、お願いしますっ……お願いいたしますっ……ガルっ……ガルっ……!」


 ガルにもう一度だけ会えたなら、それだけでいいんです。広場では明日も会えると勝手な希望を抱いてしまっていました。明日死ぬのだと覚悟した上でガルと会い、そして別れることができたのなら、こんな醜態を晒すことは致しません。だから、だから、どうかっ――


「ルカテ?」


 その時、真っ暗だった牢屋が光が灯った。まるで夜空を眩く照らすように、星が僕に会いに来てくれた。


「ガル……?」


「そっちか? 灯りが無いと何も見えないな、ここは……っ!? おい、どうした!?」


「あっ……いえ、何でもありません」


「そんなに泣いてるのに、何でもないってことは無いだろう! 何か酷いことをされたのか?」


「いいえ……少し悪い夢を見て、混乱してしまっただけです……。本当に、大丈夫ですから」


「そっ、そうか? とにかく、すぐに開けてやるからな」


「ありがとうございます……約束は、必ずお守りいたしますから……」


「約束? ……ああ、外套のことか? 朝はまだ冷えるだろうし、使ってていいぞ」


「……では、もう少しだけ……お借りしますね」

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