第13話 陰謀の正体
浄化槽の実験成功から三日後、ウォル=水原は町で奇妙な噂を耳にした。
「あの水魔法使いの装置、実は呪いがかかってるらしいぞ」 「使った人が病気になったって話もある」 「魔法で作った水なんて、体に悪いに決まってる」
明らかに悪意のある情報操作だった。
「一体誰が…」
その答えは、思わぬ形でやってきた。
作業場で新型浄化槽の設計をしていると、扉を乱暴に叩く音がした。
「開けなさい!町の保健衛生調査よ!」
現れたのは、以前認可を渋った女性役人と、見知らぬ男性数名だった。
「あなたたち、無許可で危険な実験を行っているという通報があったわ」
「危険な実験?」
「下水を魔法で処理するなんて、前例のない危険行為よ。すぐに中止しなさい」
ウォル=水原は困惑した。町長の許可を得て行っている正当な実験なのに。
「町長の許可は得ています」
「町長の許可?」女性がせせら笑った。「町長に専門知識があるとでも?衛生管理は我々の専門分野よ」
その時、男性の一人が口を開いた。
「私は町の医師組合の代表、ドクター・ピルズワース。君たちの行為は医療行為への不当な介入だ」
「医療行為?」
「病気の予防は医師の仕事だ。素人が勝手に衛生改善などすべきではない」
ウォル=水原は理解した。これが真の敵だった。
既存の医療システムで利益を得ている人々。病気が減ることで収入が減ることを恐れる医師たち。不衛生な環境を改善されては困る人々。
「つまり、病人が減ると困るということですか?」
「何を言っている。我々は町の健康を守っているのだ」
「病気を治すことで?予防することではなく?」
医師の顔が赤くなった。図星を突かれたのだ。
「と、とにかく!君たちの実験は危険だ。すぐに中止しろ」
「根拠を示してください」
セオドアが冷静に反論した。
「我々の浄化槽実験は、町長の許可を得た正当な研究です。危険だというなら、具体的な根拠を示すべきでしょう」
「根拠など…その…」
医師が言いよどんだ時、新たな声が響いた。
「根拠なら私が説明しよう」
現れたのは、立派な服装の中年男性だった。貴族的な雰囲気を漂わせている。
「私はバロン・ステイタスクオ、この地方の衛生管理を統括する貴族だ」
「貴族?」
「君たちの実験は、既存の秩序を乱すものだ。何百年も続いてきた伝統的な生活様式を、魔法の力で無理やり変えようとしている」
バロンは堂々と言い放った。
「伝統は尊重されるべきだ。急激な変化は混乱を招く」
「でも、その伝統で人々が病気になっているんです」
「病気は神の試練だ。人間が勝手に回避すべきではない」
ウォル=水原は呆れた。完全に時代錯誤な考え方だった。
「つまり、現状維持が一番だと?」
「そういうことだ。君たちのような新参者が秩序を乱すのは許さん」
バロンの後ろから、数人の衛兵が現れた。明らかに威嚇のつもりだった。
「実験の中止を命じる。従わなければ…」
「従わなければどうするんですか?」
その時、作業場の扉が勢いよく開いた。
「何の騒ぎだ!」
現れたのはアルバート町長だった。その後ろには、マルクス商人とグランドも続いている。
「アルバート…」バロンの表情が微妙に変わった。
「バロン・ステイタスクオか。何の用だ」
「この者たちの危険な実験を中止させに来た」
「危険?」町長が眉をひそめた。「私が許可した正当な研究だが?」
「町長に専門知識があるのか?」
「ないが、結果は見た。完璧に機能している」
町長はバロンを睨みつけた。
「それに、君にこの町の実験を中止させる権限があるのか?」
「私は地方衛生管理の責任者だ」
「この町の町長は私だ」
二人の間に緊張が走った。権力と権力のぶつかり合いである。
その時、マルクス商人が口を開いた。
「バロン様、商人として申し上げますが、この技術は大きな利益を生みます」
「利益?」
「はい。病気が減れば労働力が安定し、経済が活性化します。税収も増えるでしょう」
バロンの目が揺らいだ。金の話になると、貴族でも無関心ではいられない。
「それに」グランドが続けた。「この技術、他の町に先を越されたらどうします?」
「他の町?」
「ああ。隣のリバーサイド町の領主から、既に打診があったんだ」
これは嘘だったが、効果は抜群だった。
「な、何だと!」
バロンは焦った。他の領地に先を越されるのは貴族のプライドが許さない。
「ま、まあ…その…」
「どうなさいますか?」町長が畳みかけた。「この技術を潰して、他所に持っていかれるか。それとも、我が町の名誉ある技術として支援するか」
バロンは完全に追い詰められていた。
「わ、分かった。実験の継続を…認める」
「賢明な判断です」
こうして、第一の危機は乗り越えられた。しかし、ウォル=水原は知っていた。これは始まりに過ぎないことを。
本当の戦いは、これからだった。
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