第10話 量産化への挑戦

 認可が下りると、注文が殺到した。マルクス商会経由で、近隣の町からも問い合わせが来る。

「すごい人気ね」エルナが注文書の山を見て言った。

「でも、このペースでは製作が追いつかない」

手作業で一つずつ作っていては限界がある。魔石の調達も問題だった。

「やはり量産化を考えないと」

ウォル=水原は前世の知識を総動員した。大量生産のためには、工程の標準化と分業が必要だ。

「まず、魔石に頼らない方式を確立しましょう」

「でも、魔法陣の知識が…」リリィが困った顔をした。

その時、作業場のドアをノックする音がした。

「失礼します」

現れたのは若い男性だった。魔法使いのローブを身につけているが、どこか学者然としている。

「私はセオドア・ルーンライト、王都の魔法学院から来ました」

「魔法学院?」

「はい。あなたたちの開発した魔法装置の噂を聞いて、研究のためにやってきました」

セオドアは魔法陣の専門家だった。特に実用魔法の分野では若手のホープとして知られているらしい。

「この装置、実に興味深い発想ですね」

彼は装置を詳細に調べながら言った。

「魔石を使わずに済む方法があるのでしょうか?」

「もちろんです。使用者の魔力を増幅する魔法陣を組み込めば、少ない魔力でも効果的に水魔法を発動できます」

「それは素晴らしい!」

「ただし、条件があります」

セオドアは真剣な表情になった。

「この技術を学術論文として発表させていただきたい。もちろん、商業利用の権利はあなたたちのものです」

三人は顔を見合わせた。学術的な裏付けがあれば、装置の信頼性も向上する。

「ぜひお願いします」

こうして、「アクアリス水道整備プロジェクト」に新たなメンバーが加わった。

セオドアの協力により、魔法陣を組み込んだ新型装置の開発が始まった。この装置は使用者自身の魔力で動作するため、魔石が不要だった。

「これなら製作コストが大幅に削減できる」エルナが計算しながら言った。

「問題は、魔力を持たない人でも使えるかどうかね」

「大丈夫です」セオドアが答えた。「この魔法陣は微弱な魔力でも増幅できるよう設計しています。魔法使いでない人でも使用可能です」

一週間後、新型装置が完成した。実験の結果、予想以上の性能を発揮した。

「よし、これで量産体制に移れる」

しかし、新たな問題が浮上した。

「ちょっと待ってください」

現れたのは、以前装置を武器として認識した商人のマルクスだった。

「この新型装置、前のものより威力が弱くなってませんか?」

「威力?」

「ええ、水の勢いが穏やかになって、武器としての効果が…」

ウォル=水原は頭を抱えた。またしても本来の用途とは違う使われ方をしているのだ。

「マルクスさん、これは武器じゃなくて衛生器具なんです」

「でも、護身用としても売れるじゃないですか」

「それは本末転倒です」

エルナが割って入った。

「マルクスさん、考えてみてください。武器として売るより、健康器具として売る方が市場は大きいですよ」

「健康器具?」

「そうです。病気の予防、医療費の削減、生活の質の向上。これらの価値は武器の比ではありません」

商人の目が輝いた。より大きな商機を感じ取ったのだ。

「なるほど…確かにそうですね。健康市場の方が将来性がある」

「そうでしょう?だから、正しい使用方法の啓発が重要なんです」

こうして、マルクス商会は温水洗浄器の正しい普及に協力することになった。

しかし、ウォル=水原の野望はまだ始まったばかりだった。温水洗浄器はあくまで第一歩。本当の目標は上下水道の整備による、異世界全体の生活革命なのだ。

「次は給湯システムと下水処理だ」

ウォル=水原は遠くを見つめながらつぶやいた。真の楽園への道のりは、まだまだ長い。

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