夏
空き地で偶然イライジャと出会って以降、秋斗はそこに足を運ぶ機会が少し増えた。そこで何度かイライジャと出くわすうちに、気づけば二人は友人と呼べるような関係になっていた。学校とは全然関係ないところで友達ができるのってなんだか不思議な感じだ、秋斗はぼんやり考える。
「花火ってわざわざ見に行ったことないかもなあ」
イライジャの声で、秋斗は実に引き戻された。向かい合って座っている二人の間のテーブルには、同じチェーン店のハンバーガーセットが二人分。土曜日の昼間のフードコートは混雑していて、様々な声が混じり合って生まれた音にやわらかく包まれていた。
秋斗が彼の見ている方向に目を向けると、壁にポスターが貼られていた。花火の写真が大きく使われたそれは、毎年近隣で開催されている花火大会の広告だった。
「じゃあ一緒に行く?」
秋斗はポスターに目を向けたまま、軽い気持ちで言った。
「いいよ」
「えっ……。いいの」
「いいのって何? いいに決まってるでしょ」
「だって興味なさそうな言い方だったから」
「秋斗と一緒だったら楽しそうだから、行くよ」
イライジャはそう言い終わると、コーラの入ったコップを持ち上げて口をつけた。コップの側面についた水滴が、トレイに敷かれた紙の上に滴り落ちた。
それってつまり、どういう意味なんだ? 秋斗は自分の心臓がいつもより少し早く動いているのを感じた。
大気はなまぬるい水のようだ。さいわい夕方から晴れていたが、昼間の雨のせいで湿度がかなりあがっていた。
夜空では色鮮やかな花火が光っては消え、光っては消えを繰り返している。秋斗は花火から目を離してあたり一面を見た。河川敷は上を見上げる人々でごった返しており、彼のすぐ隣にはイライジャがいた。二人は、河川敷に敷いた小さいビニールシートの上に並んで座っていた。
彼はイライジャの横顔を見つめた。なめらかな褐色の頬を照らす花火の光が、オレンジから青へと移り変わる。
その顔がふいに秋斗のほうを向いたので、彼はどきっとした。思わず目をそらしそうになったが、そのほうが不審に思われるだろうと考えてやめた。変に思われてないだろうか?
「この曲知ってる?」
イライジャに聞かれてようやく、演出のためにかけられている音楽の存在に気づく。秋斗は耳を傾けてみる。流行っているのか、聞いたことはあるが題名の分からない曲。
「いや……知らない」
秋斗はそういう流行に疎かった。なんとなく始まった会話はすぐに途切れて、二人はまた花火を見上げる。
数分と立たないうちに曲は終わった。次の曲が始まるまでの間のわずかな沈黙に、黒い空にまぎれて姿の見えないエアモービルの低い羽音が聞こえてきた。もし昼間だったら、空を虫の大群のように舞うエアモービルの姿が見えたことだろう。それらは今、規則的に動きながら光を放ち、花火の複雑な動きを作り出していた。
「昔の花火って、火薬でできてたんだって」
秋斗は逆さまに咲いた菊の花のような花火を見つめたまま話しはじめた。
「爆発した火薬が飛び散りながら燃えるときに光が見える仕組みで、花火が上がるたびに爆発の大きな音がしたらしい。母さんが言ってた」
昔母親に花火大会に連れて行かれたとき、彼女は懐かしむようにその話をしていた。しかしその話のあとすぐ、コンピュータがいかにして空を舞う無数のエアモービルを制御しているのかについて延々聞かされたことを思い出して、秋斗はげんなりした。
「へえ、知らなかったな。ていうか、だから『花火』っていうのか。『火』って何のことだろうなって思ってた」
一段と鮮やかな花火が広がって、二人は自然と静かになった。
流石にもう花火に集中しよう、彼はそう思ってイライジャのほうを見ないようにつとめた。しかし花火に意識を向けようとすればするほど、隣にある気配が強くなっていくような気がした。
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