第8話「浮気は撲滅いたします!」前半
## 市子の周辺調査結果
水曜日の夕方、美香との待ち合わせ前、恵は市子からの報告を聞いた。
それによると、拓海の会社に張り出されている行動予定表には、水曜日の打ち合わせはなし。
水曜日が遅くなるというのは、少なくとも会社の日程ではない。
拓海が2股をかけているという噂はない。
(怪しいと思えば怪しいし、何にもないといえば何にもないわ。やっぱり現場を抑えるしかないわ)
恵は美香との張り込みにどんどん気合が入っていった。
## 水曜日の決定的瞬間
恵と美香は新宿駅東口周辺の雑踏の中にいた。美香の手は小刻みに震えていて、恵はその様子を見守っている。
美香が不安そうに呟く。
「本当に来るのかな...。
もし何もなかったら、私、すごく恥ずかしい」
恵は美香の肩を軽く叩いた。
「大丈夫よ。
真実が分かれば、どっちにしても次に進めるから」
恵は冷静だった。市子の事前調査で、拓海の浮気半々だからだ。ここで浮気現場を抑えられなかったら、浮気はしてなかった方向にしていいと思っていた。
「あそこ!」美香が指差した方向を見ると、夜7時の少し前、肩を寄せ合う男女が東口から出てきた。
ふたりとも帽子を被っていて、顔はよくわからない。
「あっ、美香、ちょっと」
いきなり美香が飛び出したのだ。一人だと変なことするかもと言っていたけど、まさか、いきなり飛び出すとは!
恵も後を追う。
「何しているの!」
美香はその男の肩をつかみ、強引に振り向かせようとする。
「あっ」
人違いだった。美香は、さっきまでの勢いを完全に捨てて、申し訳ない顔をしている。
「何しているって、あんたこそ、何してるんだよっ!」
引き気味に男を見ている連れの女性を意識してか、そして美香が謝りそうな気配であることを見て、男は強気になった。
まあ、いきなり肩をつかまれたら、誰だってそうするかもしれない。
「すみません、人違いでした」
「すみませんじゃないだろ、はあ? 人違い」
美香が下手に出るので、男はますます強気に。
「あんたさ、もしかして、新手のナンパ? それとも仲良さそうな二人連れを見て、嫉妬でもしてんの?」
ぱちーん。男はいきなり頬を叩かれた。
恵だった。
「人違いですみませんって誤っているじゃない! それ以上、ネチネチ聞いてもしょうがないじゃない、人違いなんだから」
恵は、美香の手を引いて、戻っていく。
男は呆然。連れの女性はさらに引き気味に男を見ていた。
この二人、今日のデートは強制終了となるのかも。
再び、恵と美香は雑踏に戻る。
「7時に東口に待ち合わせだったんだよね」
「うん」
「いきなり飛び出しちゃダメだよ」
「ごめん、つい。どうかしてた」
7時を少し過ぎた頃、花束を抱えた男性が新宿駅の東口から出てきた。
「拓海...」美香の声が震えた。
拓海はきょろきょろと辺りを見回している。数分後、女性が近づいてきた。長い髪、夜でも鮮やかに映える薄緑のワンピースを着た25歳くらいの女性だった。
拓海は花束を背中に回し、隠している体を装う。女性はお約束のように気づかないフリ。絵に描いたような、恥ずかしカップルだ。
そして二人は近くのレストランに入っていった。
美香はこわばっている。
「これが事実なのね」
市子が現れた。恵に目配せして、二人の入ったレストランで、二人の会話を聞いてくるのだ。
恵は美香の隣で静かに寄り添っていた。
しばらくして市子が戻ってきた。
首を左右に振って、気の毒そうな顔をした。
「もう、帰ろう。
どうしたらいいか、私なら客観的に考えられる。
明日、時間ある? その時までに考えを整理してくる」
恵にそう言われると、まだ涙目の美香は力なく頷いた。
## 帰宅後の作戦会議
恵のマンションのリビングでは、恵と市子が相談をしていた。
市子がレストランで聞いてきたことは次の通りだった。
・彼女(レイカというらしい)には美香のことを話している。
・「仕事で忙しいといえば、何の疑いもなく信じている純真と言うか嘘がバレない女」それが美香だといっている。
・「近いうちにうまく別れるから、もうちょっと待って」とレイカに話している。
恵の表情が変わった。拓海には一度会ったことがあったが、そのときは爽やか好青年だったのだ。それがいつの間にか、美香を扱いやすい女として、本命(レイカ)と付き合う前のつなぎの女にしているのだ。
市子が口を開いた。
「私も、似たような経験があるの」
私も婚約していた人に浮気されて...
そして私は感情的になって、別れを切り出したのよ」
「それの何がいけないの?」
恵は首をかしげる。
「後でわかったんだけど、彼は『彼女から別れを切り出してくれて助かった』って言ってたそうよ。面倒な別れ話をしなくて済んだって、友達の前で笑ってたんだって」
市子は、もう心の整理のついた話なので、他人事のように話した。
「つまり、相手の思うつぼだったってこと?」
「そういうこと。
こっちから別れるっていえば、少しは罪悪感を持つかと思ったら、想定外のラッキー事案なんだって。
結局、向こうの都合のいいように操られてたのよ」
(後半に続く)
※後半は明日臨時公開します
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