第7話「ダメ! 浮気絶対ダメ!!」
木曜日の夜9時、マンションのリビング。
恵と市子がくつろいでいると、恵の携帯が鳴った。発信者は美香。
「恵、大変なの! 今度会える?」
美香の声はいつもより震えていて、明らかに動揺している様子だった。
「どうしたの?何かあった?」
美香は普段、とても明るくて強気な性格なのに、こんなに弱々しい声を聞くのは珍しい。
恵は心配になった。市子も心配そうにしている。
「カレシが浮気っぽい・・・。
最近帰りが遅いみたいだし、LINEもなかなか返してくれなし。
でも確証はない。どうしていいか分からない」
美香にとっては、2年間付き合っている恋人だ。倦怠期というには早すぎる。
「浮気って...そんなことしなそうな人だったのに。
でも私、恋愛のアドバイスなんて...」
恵は困惑した。恵自身、つい最近田中に別れを告げられたばかりで、恋愛については良いアドバイスができるとは思えない。
「恵の冷静なアドバイスが欲しいの」
「明日の夜、会えない?」
美香は恵の問題解決能力を見直していた。先週、飲み会したときに、恵は嬉しそうに、おじさんたちから信頼されたんだと話していたからだ。
「分かったよ。明日会おう!
でも私、こないだ田中に振られたばっかりだよ。あんまり役に立たないかもよ」
そうは言っても、友人が困っているのに、断るわけにはいかない。
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恵は市子に相談した。
「彼氏に振られてマンション買った女に、浮気問題なんて、どうアドバイスすればいいのかな」
「恋愛問題ね...私も痛い思い出があるのよ」
市子は少し複雑な表情を見せた。
恵は市子を改めて、じっと見つめた。きれいな顔、さっぱりした性格。そしてバリキャリ。女は可愛い生き物と思っている男からは敬遠されるだろうが、できる男にはモテたに違いない。
「市子さんは恋愛経験豊富なの?」
市子は過去を振り返るような表情になった。
「数は少ないよ、でも、そのうちの1つが、ちょっとね。
恋人に裏切られたの。
真実を知ることと、幸せでいることは、必ずしも一致しないのよね。
それに、疑い始めると疑心暗鬼になってしまって...
私もあなたも、失恋経験がある分、美香さんには痛い思いでは作ってほしくないわよね。
浮気調査は、素人には難しいけど私なら、なんとかなると思う」
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「調査って、まさか尾行とか?」
恵は想像もしていなかった展開に戸惑った。
「私なら誰にも見えないし、壁も通り抜けられる。
「まず事実を確認して、それから美香さんにどう伝えるか、二人で考えましょう」
確かに、市子のゴースト能力なら、完璧な調査ができるはずだ。
しかし、恵は道徳的な迷いを感じた。
「でも、プライバシーの侵害にならない?」
恵は真面目な性格なので、他人のプライバシーを覗くことに抵抗があるのだ。
「真実を知らずに苦しむより、事実を知って前に進むほうがいいはず。
結果をどう伝えるか、前に進めるように考える必要があるわね」
市子の言葉は恵には説得力があった。
(恋愛問題は私には、まだ荷が重いわ。市子さんに頼れるだけ、頼ってみよう)
恵はそう思った。
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翌日の夜7時、恵と美香は駅前のカフェで面会していた。
平日の夜ということもあり、店内はそれほど混雑していない。
二人は奥の席に座って、周囲を気にしながら話し始めた。
詳しい状況を美香は説明した。
「彼(拓海)とは2年付き合ってるのは知ってるよね。
最近、急に残業が増えたって言うけど、この2年間、そんなことなかったし、でも会社に確認するわけにもいかないし」
美香の表情は暗く沈んでいた。普段の明るさが全く見られない。
「LINEの返事も遅くなったし、来てもそっけないの」
美香は苦笑いした。
「この前なんて、既読スルー三時間のあとに『了解』だけ。
あたしって何? 宅配便の荷物なの?」
恵は思わず吹き出しそうになったが、すぐに真顔に戻った。
「デートもしぶられるし」
美香は具体的な変化を説明した。
恵は立場上、冷静にいられる。
「仕事が忙しいだけかもしれないよね?
何か具体的な変化があったわけ?」
恵は感情的にならず、事実を整理しようとした。
「そうかもしれないけど、女の勘っていうか...
結婚も考えてたのに、こんなことになるなんて」
美香には、はっきりしないことがどんどん悪いほうに気持ちが進んでいってしまっているようだった。
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恵は提案した。
「まずは冷静に状況を整理してみようよ。
いつ頃からおかしいと思い始めたの?」
美香から聞き出したのは。
拓海は29歳、渋谷の広告代理店で働いているが、最近は「新宿で打ち合わせ」が多くなったと言っている。
特に毎週水曜日はほとんど連絡が取れなくなっていて、「定例会議」があると説明している。
そういう変化は約1ヶ月前からだった。
恵は冷静に判断した。
「確かに少し不自然。
でも、憶測だけで判断すると悪い結果しか浮かんでこなくなるものよ」
恵は前日の市子のアドバイスをきっちり伝えた。
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恵は提案した。
「来週の水曜日、私と一緒に張り込んでみる?
「事実を確認しようよ。それからどうするか考えようよ」
「本当?恵がいてくれると心強い。
一人だと変な行動しちゃいそうだから」
美香は一人で悩んでいた重荷が、少し軽くなったような気がした。
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「来週水曜日に確認することになった」
マンションに帰宅した恵は、市子に報告した。
「新宿で打ち合わせ? 毎週水曜日だけというのは絶対不自然ね。
広告代理店なら、もっと不規則なはず」
市子の分析は的確だった。法律事務所時代に様々な業界の人と接していたそうだ。
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実は、恵はまだためらっている。
「でも、本当に調べていいのかな……?
浮気なんて、勝手に疑って探ったら、もし違ってたとき、二人の関係を壊すことになるよ」
「それでも、知らずに壊れるよりはいい。私はそう思う」
市子は経験に基づいた作戦なので、迷いがない。
「私も昔、真実を知るのが怖くて、見て見ぬふりをしたことがある。
結局はずっとあとになってから分かって、もっと傷ついた。
美香さんのために、勇気を出しましょう。
もし、何にもなかったら。時間が笑い話にしてくれるはずよ」
恵はしばらく黙り込んでから、深く息を吐いた。
「……わかった。そこまで言うなら水曜日、しっかり調べてみる。
美香のために、事実を確認する」
「その前に私が美香さんの会社周辺を調べてみるわ。
怪しい動きがわかれば、恵ちゃんにはすぐに伝えるわね」
役割分担は次のとおりだ。
市子は事前調査と当日の詳細調査を担当し、恵は美香のサポートと結果の伝達を担当する。
「美香さんが幸せになれるように、一緒に頑張りましょう」
「わかった。私も全力を尽くす!」
二人の絆はさらに深まり、新たな挑戦への準備が整った。
水曜日に何が待っているのか、二人とも緊張と期待を感じながら、その日を迎える準備をしていた。
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