第2話
試験までの一週間、タイチは所属する食品加工学科の授業やテストは免除され、代わりに泊りがけでソウソウ学科の訓練に参加していた。
チームで動くからには、大切なのは連携だ。そのため試験までの一週間、Aチームと寝食を共にし、同じメニューの訓練が義務付けられたからだ。
しかし、たった一週間では、三年間チームを組んでいた中に入り込むどころか、追いつくことすらできなかった。
『新たな敵反応、車両前方五十メートル!』
パトロールのフウカからの指示に、可能な限り早く照準を合わせた頃には、仮想敵はユウキによって破壊されていた。
現在、車両走行中に敵に発見され囲まれた状況下のシミュレーションを行っている。輸送車とは言うものの、敵からの攻撃に耐えるために厚い特殊合金版を全面に張り、レーダーを内蔵した装甲車だ。見た目はアルマジロやダンゴ虫に似ている。出入口は上部にあり、またスナイパー用のガンマウントが車外に設置されている。
車両にはリーダーであるヤマト、ドライバーのゴロウ、パトロールのフウカ、スナイパーのタイチが乗車し、ガードのユウキとシュウジは外で敵の襲撃に備えていた。
車両を守りつつ、前後どちらかの包囲網に穴を開けて脱出すればクリア、なのだが、Aチームはさらに敵の増援まである設定で訓練を行っていた。もちろんBチームの訓練時に追加の増援なんかあるわけないし、車両の耐久設定ももっと高い。
それでも、彼らは攻略し続ける。
『援護遅い!』
ユウキの怒声がイヤホンに響く。そっちが速すぎるんだ、という文句をかろうじて飲み込む。フウカが発見した新手の方向に、彼女はすでに移動していた。タイチのことが嫌いだろうが、命がけで戦っているのは間違いない。訓練でも手を抜かない彼女の邪魔はできなかった。
ここまで実力に差があるとは思わなかった。歯噛みしながら、スコープを覗き続ける。
「タイチ! 敵をけん制してくれ! ユウキを下がらせる!」
隣で戦況を見ていたヤマトの指示が飛ぶ。タイチが狙いを定めた先に、三体の仮想敵がいた。彼女はそのうちの一体に切りかかっているところだ。ユウキが何合か打ち合い、互いに弾きあって隙間が生まれた。打ち合った敵とはまた別の一体が、体勢を整えている彼女に躍りかかろうとする。
その間めがけて撃つ。命中はいらない。足止めのためと、戦いで熱くなりすぎて周りが見えていない味方の頭を冷やすためだ。ハンドルを引き、ライフルから薬莢を吐き出して次弾を装填。相手の足めがけてもう一発撃つ。今度は命中した。体の一部が削れただけで致命傷には程遠いが、狙われていると知った敵は警戒し、足を止めていったん下がった。目論見通りだ。味方は・・・
「うおっ」
思わずスコープから目を離した。なんだあいつ、めちゃくちゃ睨んできやがる。怖いんだけど。ヤマトが次の指示を出す。
「ナイスだタイチ! ユウキ、少し出過ぎだ、シュウジが追いつくのを待て!」
『チッ!』
援護した味方にメンチ切るわ、リーダー相手にも舌打ちするわ、反抗期なのだろうか。血の気が多すぎる。一度、献血に行った方が良いと心の中でだけ提案する。とはいえ、指示に従いユウキは一旦距離を取った。
反抗期の敵意を買った甲斐はあり、もう一人のガード、シュウジが前線に追いつく。ユウキに襲いかかろうとした一体を盾で防ぎ、弾いて、態勢を崩した相手の胴に剣を突き刺す。剣に内蔵されたアンチが流し込まれ、敵が消滅した。彼は倒したことを誇るでもなく、すぐに次の敵と相対し、油断なく対応する。これで、数的不利はなくなった。
一対一なら負けない、とばかりにユウキが目の前の相手に突進する。
彼女の武器は多機能なギミックを搭載したごつい籠手だ。各指にトリガーが存在していて、指で起動することで幾つかの形態に変化する。盾のように広がったり、甲の部分から刃や杭が飛び出たりだ。
「イイイイイィヤァアアアアッ!」
五十メートル離れた場所からも耳を劈く猿叫が届いた。間合いに入ってきたユウキに、敵は攻撃を開始する。彼女の移動するであろう軌道を読み、タイミングを合わせて腕を振るった。摸擬戦用の敵に殺傷能力はないが、まともに当たれば悶絶して気絶するほど強烈な一撃だ。しかしその攻撃は空を切る。
鋭い踏み込みで、ユウキは更に加速した。スピードに緩急をつけることでタイミングをずらしたのだ。潜り込んだ彼女の籠手と敵の腕が擦れ、熱を帯びる。ユウキが腕を振ると、敵の腕がパンッと上に跳ね上がり、がらあきの胴体を晒す。
スピードを乗せた拳を放つ。しかしその拳は、防御に間に合った敵の別の腕によって阻まれ…。
いや、違う。タイチは感嘆の声を漏らした。
金属的な高い音がして、敵の腕が弾かれる。敵の防御が間に合う事を予測して、弾くことを選んだのだ。普通に防がれれば、次は敵のターンが始まる。それを防ぎ、かつ自分の攻撃を継続するために、敵の腕を弾いて体勢を整えさせない選択を取った。
本命の二撃目が、今度こそ胴体に叩きこまれる。拳がめり込み敵の胴体にひびが入った。接触させたままの拳の甲部分から杭が飛び出し、ひびの隙間から突き刺さる。アンチが流し込まれた敵が消滅した。
彼女の戦い方はボクシングのように拳でラッシュを仕掛けて敵のガードを削り、崩し、急所に杭を打ち込むスタイルのようだった。
相手の動きを見切り、盾で冷静に対処しながら隙を伺うシュウジのスタイルとは真逆だが、似ている点が一つ。相手にとどめを刺す時だけアンチを起動するという点だ。
タイチが本来所属しているBチームでは常にアンチを起動しておくのが普通だった。刃が当たるだけでも敵にダメージを負わせられるからだ。下手な鉄砲ではないが、敵に攻撃を少しでも多く回数を当てて、崩壊させるチャンスを増やすよう教えられる。
メリットしか無いように思えるが、当然デメリットも存在する。アンチは際限なく使用できるものではなく、使用回数や稼働時間がある。
輸送は長旅だ。襲撃に遭う回数だって決まっているわけじゃないし連戦もありうる。肝心なところでガス欠になれば、なすすべなく殺されてしまう。そのリスクを可能な限り低くするために、確実に仕留める時だけアンチを使う、省エネモードで戦っているのだ。訓練とはいえ。
「化け物かよ」
戦闘中にもかかわらず、思わず口から洩れてしまった。慌てて口を手で押さえるももう遅い。タイチのインカムに乗って音声は流れていく。
『私の事?』
彼女がいる方向を、タイチは見ていない。けれど、睨まれているのだけはわかった。汗が滝のように流れてくる。
『私の事か、と聞いてんだよ。答えろ』
「いや、違うんだ」
『何が違う』
何も違わないのだが、ここから言い訳を考えなければならない。不自然にならない程度の時間で言い訳に聞こえない自然な言い訳を。
「皆、すごいな、と」
子供のような感想が、彼が命を懸けて絞り出した答えだった。
空白の時間が流れた。タイチにしてみれば無限に近い時間が過ぎた後、ヤマトが言った。
「おや、それは…俺たちのことも化け物だと?」
「そういう意味じゃなくて」
誤解を解こうと彼の方を見ると、ヤマトはタイチを見てにやにやと笑っている。ワザとだ。困っているタイチを見て、ヤマトは嬉しそうにしていた。
「…嫌がらせ?」
「まさか。俺は、タイチが早くみんなと仲良くなってもらいたいだけだよ?」
「でも、笑ってない?」
いいや、と手を振ってから、わざとらしく話を切り上げた。
「おっと、話の途中だが、前線のシュウジ、いや化け物二号が道を開いたな。チャンスだ化け物ドライバー。包囲網を突破する!」
『あいよ化け物リーダー』
車の中からゴロウが合わせる。タイチたちが乗った輸送車が急発進する。
「化け物パトロール、敵の反応は?」
『ありません、行けます』
二人のガードが文字通り切り開いた道を輸送車は直進する。それまで周囲を警戒していたユウキたちは、すれ違いざまに輸送車の両サイドに取り付けられた取っ手をつかんで飛び乗り、ドアのステップ部分に足をかけた。
「タイチ、後方警戒を!」
「りょ、了解!」
後ろを振り向く。輸送車のタイヤが地面を蹴立て、砂埃が舞い上がる。敵影は確認できないが、警戒解除、シミュレーション終了の合図が出るまでは油断はできない。前回のシミュレーション時、勝手に大丈夫と決めつけて警戒を解いた瞬間敵が現れた。
実戦なら死人が出る。
対処したユウキがタイチに言った。声を荒げるでもなく、淡々とした言葉は、彼女の怒りを表していた。その死人は、ほぼ確実に自分たちの誰かなのだ。ユウキが怒るのも無理はなかった。
輸送車が目標ポイントに到達し、停車する。サイドに張り付いていた二人はすぐに飛び降りて周辺を警戒、タイチもライフルを構えたまま油断なく視線を巡らせる。
「フウカ、周辺探知を頼む」
ヤマトが指示を出した。少しの時間を空けて『敵影なし』と返答があった。それを聞いて、ヤマトはふう、と大きく息を吐きだした。
「警戒解除。作戦終了、皆、お疲れさまでした」
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