渡り鳥は何を運ぶか?

叶 遼太郎

第1話

 俺は主役じゃない。

 そのことに気づくのに、さほど時間はかからなかった。別に不服はない。どうせ、この世界の主役も人類じゃない。主役じゃない種族の中の主要ではないその他大勢の一人が俺だってだけだ。



 二二〇〇年、B級映画二本立てみたいな現象が起きた。

 AIが暴走して、植物が反逆して、人類の八、九割が消えた。来るべき時が来たということで、現象が起きた日は『Xデイ』と呼ばれ、Xデイ前、Xデイ後と歴史は区別されている。

 世界中の情報を収集して、より良い社会を目指すために学んでいたはずのAIは、よりよい社会のために人類不要説を立案し、実行を始めた。

 同時期、大気汚染や廃棄された有害物質など様々なイレギュラーから、新たな生態系が自然界に誕生し、自然の循環に合理的ではない人類を排斥し始めた。

 AIに頼り切りだった人類は、生きるために必要な食料、水、資源などのライフラインを断たれ、利用していた科学技術によって追い出された。

 逃げた先にあった自然界は、これまで汚染してきた人類を許さないとでもいうように過酷な環境へと変貌し、誰一人として寄せ付けなかった。

 人類を排斥した両者は、今度は人類の代わりに地球の覇権を争い始めた。互いに求める場所は同じより良き社会、合理的なシステムの追求、惑星の保全であるにも関わらず、自分たち以外は敵と認識する悪癖を人類から受け継いでいた。

 機械が支配する領域『マトリクス』と自然が支配する領域『ワイルド』は互角のオセロみたいに地球上の勢力図をころころ変えながら戦いを繰り広げた。

 Xデイから一〇〇年後の二三〇〇年。二つの勢力は持てる力を結集し、互いに互いの中枢をほぼ同時に破壊した。これにより百年にも及ぶ大戦が終結し、惑星の崩壊は免れた。

 しかし中枢は崩壊しても、末端に残った命令や植え付けられた本能は生き続けていた。戦闘用ドローンは相も変わらずそこらじゅうを徘徊し、敵対勢力を発見次第攻撃を開始する。凶暴化した動植物や昆虫類は同類ではないものに容赦なく牙をむく。統率者がいない分、小規模な戦闘はこれまで以上に発生する事態となった。

 主役から引きずり落とされた人類は地下や二つの勢力の境目、いつどちらの勢力が侵攻してくるかもわからない中立地帯もどきの中に『島』と呼ばれる街を点々と飛び石のように築いて、なんとか世界の片隅で生息していた。



「よろしくお願いするよ」

 爽やかに手を差し出されたヤマトの手を、タイチはぎこちなく、戸惑いながら取った。弱々しく握られたタイチの手を、ヤマトは両手で挟み込み、ぶんぶんと上下にシェイクした。片や満面の笑み、片やひきつった笑みの対照的な出会いだった。


 多摩川島内にある職業訓練学校《勇壮配送学科》、通称『ソウソウ学科』。ソウソウ学科の主目的は、点在する島間の物資を輸送するための人員を育成することだ。

 Xデイ前は輸送と言えば黒い猫や飛脚の描かれた四輪トラックを一人のドライバーが運転して荷物を集積所や個人へ輸送していた。

 Xデイ後は八人チーム編成が主流だ。

 崩壊した世界は道路が寸断され島をつなぐ道は失われている。また道中には人類を発見次第襲い掛かり殺しに掛かる怪物がうようよしている。八人のチームワークで踏破を目指すことになる。

 輸送車を運転するドライバー一名、レーダーやソナーなどで周囲の安全確認を行うパトロール一名、輸送車の護衛を担当するガード二名、遠距離射撃による戦闘支援を担当するスナイパー一名、そして、チームの指揮を執るリーダー一名、以上六名で輸送車を護衛しながら貨物を輸送する。

 情報収集に航路のナビ、他チームや外部との連携・連絡を行うナビゲーター、車両や武器などの作成、メンテナンスを担当するメカニックが後方支援二名として、前線の六名をサポートする。状況に応じて人数の変動はあるが基本構成は八名で、また一人一人が複数の担当技能を持っていることが多い。

 島に住む十二から十八才の人間は、特別な事情を除いて必ず職業訓練学校に在籍し、三年間専門的な勉学や訓練を受けて、卒業後は各々の適正にあった職場に配属される。

 ソウソウ学科は少し特殊で、入学初日の適正検査を受け、本人の意思に関わらず適性が高い者はソウソウ学科を専攻、低い者は予備役として他職業の学科と兼任することになる。

 適正の有無はシンプル。武器が扱えるかどうかだ。

 この時代の武器はXデイ前のものと比べ、本人の適正に左右される。

 Xデイ後、マトリクス、およびワイルド勢力に対して、既存の兵器は歯が立たなかった。だから早々に人類は主導権争いから脱落した。Xデイ後の兵器は、二大勢力が争った跡から発掘された両者の兵器をもとに開発された物だ。

 兵器には、敵に自軍兵器が悪用されないようにセキュリティがかけられていた。そのセキュリティを突破するために、人間にセキュリティを誤認させる因子を埋め込む必要があった。その因子に対する拒絶反応が出ない適性を、最初に調べられるのだ。

 ヤマトもタイチも、ソウソウ学科に所属する三年だ。ただ、チームは違った。ヤマトはAチームで、タイチはBチームだ。Aチームのヤマトは高い適正を誇る精鋭で、Bチームのタイチは他の職業学科と掛け持ちの凡人だった。

 なぜ別チームの二人が出会ったかは、一週間後に迫った卒業試験に起因する。

 多摩川島から箱根島までの輸送依頼。Aチームの卒業試験であり、初めての依頼だ。

 輸送対象物は縦八十センチ横四十五センチ奥行四十センチのトランク一つと依頼人一名。荷物の運搬よりも、直線距離にして七十キロ以上離れた場所まで無事到着できるかがメインの、いかにも卒業試験のためにあつらえたような依頼だった。

・輸送チーム

 リーダー・・・ヤマト

 ドライバー・・・ゴロウ

 ガードA・・・ユウキ

 ガードB・・・シュウジ

 スナイパー・・・アオイ

 パトロール・・・フウカ

・後方支援チーム

 ナビゲーター・・・アマギ

 メカニック・・・マヤ

 卒業試験に挑む八名のうち、スナイパーのアオイが訓練中の事故で負傷した。依頼の期日もあるため、試験の日程は変更できない。Bチームに所属し、スナイパー適正を持つタイチが緊急招集され、今に至る。


 ヤマトによるAチームの紹介は、タイチの耳には届いていなかった。

 キラキラしてんなぁ。

 居並ぶAチームを眺めた正直な感想だ。半分瞑ったタイチの瞼の上からでも、眩い光が透過してくる気がした。アーカイブにある、青春漫画からそのまま抜け出してきたような美男美女ぞろいで嫉妬も沸きゃしない。これで全員が各分野で成績優秀なんだからもう漫画だ。

 ドライバーのゴロウは訓練生ながらすでに輸送チームのドライバーとして活躍しているし、ガードの二人はイレギュラーで発生した戦闘でマトリクスの兵士を撃退して勲章をもらっていた。他のメンバーもそれぞれ高い成績を誇り、既に活躍しているチームや専門部署から声がかかっているという。

 そんな彼らを率いるヤマト。作戦立案能力や判断能力に優れたリーダーでありながら、ガードとドライバーの適正も高い超人だ。パトロールもスナイパーもそつなくこなすのだから、もう一人で輸送チームみたいなものだ。

 しかも、性格まで良い。

 自身の有能さをひけらかした傲慢さなど一切なく、緊張しているであろうタイチへの気遣いもできる。話術が巧みで誰も不快にさせず、決して話し上手ではないタイチをうまく誘導して言葉を引き出させている。

 万能。完璧。そういう言葉が彼には当てはまった。将来は確約され、後々には英雄として記念碑が建てられるんじゃないだろうかと本気で思う。

「俺たちの紹介は以上だ。じゃ、タイチ。自己紹介をよろしく」

 名前が唐突に呼ばれ、あたふたしながら挨拶をする。劣等感をひどく刺激されるので出来れば一生関わり合いになりたくない連中ではあるが、それを口にも面にも出さずに挨拶ができる程度の分別と自分への諦めがタイチにはあった。

「食品加工学科のタイチです。適正は、一応スナイパーです。その、アオイ、さんには及ばないすけど、足引っ張らないよう、頑張ります」

 頭を下げるとパラパラ小さく拍手が起こった。多分、あまり歓迎はされていない。仕方ないと諦める。いざ依頼となれば、互いに命を預け合う間柄だ。これまで共に厳しい訓練を潜り抜け、実力を磨き、信頼を築いてきた仲間から、突然現れた実力の劣る新参者に代わったのだ。同じ立場なら自分だって歓迎できないだろう。

「大丈夫大丈夫」

 バンバンとタイチの肩が叩かれる。

「そんな謙遜しなはんな。記録見せてもうたけど、タイチ君もええ成績しとうで」

 初対面の男子の肩を遠慮なく叩ける、パーソナルスペースを瞬殺してきた彼女こそが負傷したスナイパーのアオイだ。下を向いているタイチの視線に、健康的で肉付きの良い太ももに巻かれた白い包帯が目に映った。包帯に目がいっただけで、決して太ももを凝視したわけではない、と心の中でタイチは弁解した。顔を上げると彼女の満面の笑みが視界いっぱいに広がっていて、たじろぐ。その笑みは根暗を焼くことを自覚してほしい。

「固定された対象への遠距離射撃の命中率、精度は私よりも高い。動く的に対しての反応もなかなか。それに何より慎重な性格って評価がええわ。私みたいに慌ててミスってケガする、いうことなさそうやし」

 笑って彼女は言うが、彼女のケガの原因は彼女のミスではなく、使用したライフルの不具合だ。

 ライフルと呼んでいるが、中の機構はXデイ前のものとはもちろん違う。

 マトリクスの『兵士』とワイルドの『兵士』には奇しくも共通点がある。どちらも小さな個体が寄り集まって、一つの大きな兵士となり敵対者を攻撃する点だ。もちろん構成されるものは違う。マトリクスでは細胞より小さなナノマシンが、ワイルドでは個虫と呼ばれる個体が結合し群体を形成している。

 これにより、何らかの攻撃により一部が破壊されても、残った部位が形状を変えたり、欠損を補って再生することで活動が可能となる。群体の中に、兵士の成型を司っている、いわゆるコアと呼ばれる部分を破壊することで機能停止できるが、ピンポイントに狙うのは困難だ。

 互いの『兵士』相手に、マトリクスはその生物に有効な毒を生成することで、群体の結束を破壊して群体に戻ることを阻害した。同じくワイルドは機械にとっては毒となる疑似的なプログラムを流すことでアポトーシスを引き起こして自壊させ活動できなくさせた。

 人類は、両陣営の戦場跡からそれら兵器と撃ち込まれた弾丸や刃、牙や針を持ち帰り、毒となるプログラムと成分『アンチ』を抽出、量産することに成功した。アンチ機能を搭載した武器によって、島に侵入してきた兵士を迎撃し、生息圏をなんとか維持している。

 ただし新しい問題も生まれた。いざアンチ機能を使おうとするとロックが掛かってしまうのだ。ロックを外すには使用者を両陣営の兵士本体、群体の一部であると誤認させる必要がある。つまり、人間にマトリクスやワイルドの兵士の疑似コアを埋め込むのだ。

 このコアを埋め込む際に、どうしても一定の割合で拒絶反応が発生する。拒絶反応があるせいで、先述したように特定の因子が必要になる、という話につながってくる。

 加工した武器には流用している部分が多く、いまだ解明できていないブラックボックスがある。その影響から誤作動がごくわずかだが存在する。細かなメンテナンスによりリスクを下げることは可能だが、絶対にゼロパーセントにならない。また、銃火器類は刀剣類よりもギミックが多い分誤作動確率が高い。今回のアオイのケガは、そのわずかな可能性による不運な事故としか言いようがなかった。

「君なら、安心して任せられる。癖の強い連中やけど、みんなのこと頼むわな」

 肩に置かれた手に、わずかに力が込められた。試験を受けられない悔しさか、自分に対する不甲斐なさか、それとも自分の分の思いを込めたつもりなのか。そう考えると、目の前の笑顔でいる彼女は、見た目通りの感情ではないのだろう。

「頑張ります」

 でも期待はしないでください。口には出せずに、タイチは心の中で謝った。

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