第2話 番組プロモーション


 ドラマの撮影を終え、俺はマネージャーの車に乗って、事務所へ向かう。

 いつもであれば、屋外での撮影後はそのまま自宅へ帰る――なんてことが多いのに、事務所に呼び出されたんだ。珍しい。

 

 なんでも社長から直々に話があると聞いて、正直ドキドキしている。

 その話とは、良い話なのか、それとも悪い話なのか。


(俺……なにもしてないよな?)


 後者だったら怖すぎる。

 ポケットからスマホを取り出し、自分のSNSをチェックした。

 そんな俺の行動を見たマネージャーが声をかけてくる。


「なぁに? なにか炎上するようなことでもしたの?」

「嫌だなぁ~明日香さん。俺そんなことしてませんよ?」

「そう? それならいいけど」


 クスッと笑われて、隣で俺はぶーたれる。


「社長からの話って、なんでしょうね?」

「そうね~。きっとドラマに関係することじゃないかしら?」

「あー……もしかして、番宣ばんせんとか?」

「時期的なことを考えたら、やっぱりその線が濃厚かもしれないわね」


 明日香さんはウインカーを出して、目の前の道を右に曲がっていく。

 チカチカという音を聞きながら、俺は、社長からの話にちょっとだけ期待した。



 **



「シェアハウス……ですか?」

「そう。一ヵ月限定なんだけど、どう? やれるかな?」


 事務所に到着して、社長室に呼ばれ、そこで言われたことは予想通り、番宣──番組プロモーションのことだった。

 ただ、その内容が俺の予想を超え、はるか斜め上を行く。


『――主演のふたりがシェアハウスする』


 ドラマ放映一ヵ月前に、相手役である織川とシェアハウスをして、その様子を最低でも一日一回、動画配信するというものだった。


 ふたりの生活の様子を見せても良いし、コメントの質問に答えたりファンと交流しても良い。

 配信の中身は比較的自由にしていいらしい。そこは、俺達の裁量に任された。


 シェアハウスが終わっても引き続きドラマで、このふたりを見ることができるよ、とファンをドラマへと流すのが狙いらしい。

 

 やらないでほしいことは、後日まとめて文書にしてくれるそうだ。

 とりあえず、このシェアハウスをやれるかどうかを先に聞かれた。


(いや、だから……やれません、なんて言えないって……)


 こちとら、明日にでも代わりのきく人間だ。

 売れたい、人気になりたいと思ってるヤツらは、俺の後ろに山ほどいる。


 その機会をよだれを垂らしながら、虎視眈々こしたんたんと狙っているんだ。

 だから、こんなチャンスをやすやすと譲るなんて、そんな愚かなことをできるはずがない……!


「やります! やらせてください!」


 前のめり気味にそう答えると、社長はにっこり微笑んだ。


「そう。わかった。じゃあ、磯山君にスケジュール調整してもらってね。一週間後にはシェアハウス先に移動するつもりで、必要な物を先にまとめておいてくれるかな?」

「わかりました!」


 元気よく返事をすると、社長から「もう帰っていいよ」と言われる。

 どうやら、用件はこれで終わりらしい。

 マネージャーと一緒になって社長室を出た――途端、マネージャーに肩を掴まれる。


「ビッグチャンスよ!!」

「……っはい!」


 もう一度、マネージャーの車に乗って、俺は自宅まで送ってもらった。

 その間、マネージャーの磯山明日香さんは、ずっと「ものにするわよー!」と熱く語っていた。



 **



「……と、まぁ元気よく返事したものの、どうしよう。いや、もう、これは腹をくくろう」


 自宅に戻る途中で、マネージャーがホームセンターに寄ってくれた。

 そこで数個の段ボールを買って、帰宅する。

 真新しい段ボールを組み立てて、一ヵ月の間、最低限これは必要だろうというものを箱に詰めていく。


 読みかけの本とペンケース。服と靴、アクセサリーは厳選して少なめに。

 タブレットとスマホの充電器などは、引っ越しギリギリに箱に入れればいいだろう。


「あとは~……お気に入りのシャンプーは持って行きたいよな」


 ようやく見つけた自分の髪質に合うシャンプー。

 これのおかげで、髪がサラサラになった。

 アイドルになれたのも、このシャンプーによるところが大きいと言っても過言ではない。

 

 昔の俺の髪は、どうしようもなくボサボサで、キューティクルの「キュ」の字もないほどだったんだ。


「いつか、ここの仕事できたらなぁ~」


 はぁ、とため息が出る。


 ――恩返しがしたい。


 いや、俺が関わったからといって、商品のイメージアップに繋がるのかって聞かれたら、正直わかんないけど……でも、感謝の気持ちなら人一倍持っている。


 って、ダメだ。思考が脱線しすぎた。

 兎にも角にも――


「まずは、目の前の仕事を頑張る! いま、俺のすべきこと! それはシェアハウスに向けた、荷物をまとめることっ!」


 俺はもう一箱、段ボールを組み立てる。

 そして、その中にタオルやバスセットを入れるのだった。

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