この恋はプロモーション!~BLドラマの共演者は初恋相手!その彼と期間限定シェアハウス生活することになりました!?~
椿原守
第1話 俺の嫌いな人
強い風が、突然頬を撫でた。
俺は目を
目を開けると、紫色の瞳がこちらをじっと見つめている。
「えっ? なに……?」
「頭……ついてる」
アイツの大きな手が伸びてきて、その手は俺の青髪に触れた。
そのとき、心臓がドクンと跳ねて――……
「――はい、カット!!」
監督の声が聞こえる。
一呼吸置いて、周囲がザワついた。
それまで、にっこりと笑顔を浮かべていた俺は、声が聞こえた瞬間に表情を崩す。
隣に立っている男をギロリと睨みつけてから、スタッフや共演者が集まっている所へと向かった。
ここはドラマの撮影現場。
今日は屋外の撮影で、ドラマの主人公と主人公の恋愛対象となる相手が、公園を散歩しているシーンを撮っていた。
皆が集まっている所にはモニターがあって、先ほど撮ったシーンが映し出されている。
そこには、サラサラの青髪を揺らしながら、笑顔を浮かべている青年――俺がいた。
(うん! いいんじゃない?)
俺の名前は
今回、ドラマの主演を務めることになった男だ。
ちなみに、俺の相手役もアイドル。
先ほどのシーンで、俺の頭に手を伸ばしてきた男で、名前は、
いま、SNSを中心に人気急上昇中のアイドルグループに所属している。
俺より少し、ほんのすこーし知名度のある人物だ。
今回、俺達が出演するドラマは、ボーイズラブ――世間ではBLの略称で親しまれている、男同士の恋愛を描いた作品になる。
BLは、女性を中心とした人気ジャンルのひとつであり、男の若手俳優やアイドルの登竜門的な立ち位置を確立しつつあった。
そんな背景もあって、俺もアイツも事務所の方針でドラマ出演が決定。
このBL人気の波に乗って、名前を売り出し、ブレイクを目指す――というわけだ。
(俺の方が身長低いからさぁ……仕方ないといえば、仕方ないんだけど……)
この仕事をもらったとき、チャンスが巡ってきた! とすごく嬉しかった反面、ちょっとだけ納得いかなかった。
自分が『される側』ってのは、考えたこともなかったから。
けれど、代わり……といってはなんだが『主役様』だ。
自分を中心にカメラが回ると言っても過言ではない。
ぐふぐふと笑いが止まらない状態で臨んだ、初顔合わせ。
そのとき、俺の笑顔は崩れた。
(なんで、ここに……!?)
そこにいたのは、できることなら、一生顔を合わせたくない相手。
まさか、この人もアイドルになっていたなんて、思ってもみなかった。
ドラマの共演者の名前を聞いたときも、そりゃあ、ちょっとだけ驚いたよ?
けど、『織川』も、『和也』も、よくある名前だし、同姓同名の別人だとばかり思ってて、特に調べもしなかったんだ。
(……嘘、でしょ。新手のドッキリ? 冗談なら冗談って、誰か言ってくれ……)
俺は、その場でしゃがみ込みたくなるのを、ぐっと堪える。
これは仕事。
売れるためには、嫌なヤツとも顔を合わせないといけない。
引きつりそうな頬を軽く叩いて、気持ちを入れ替える。
その日は「初めまして」と言って、俺は彼に右手を差し出した――……
「……沢くん……藍沢くん!」
名前を呼ばれてハッとする。
俺を呼んだ声の主はスタッフさん。
その人の方に顔を向けると、スタッフさんは左指で『あっち』とさしている。
そちらを見ると、監督が俺に手招きしていた。
(やばい! ちょっとトリップしてた!)
俺は慌てて、小走りに監督の元へ向かう。
「すみません、監督。気づかなくて……」
赤い色のニットを肩にかけた監督にそう声をかける。
監督は、大丈夫大丈夫、と片手を振ってから、台本を指さした。
「藍沢君、ここのシーンさぁ、もう少し『相手のことが好きなんだっ!』って表情に、できないかな?」
「えっ……と、さっきのじゃダメ……でしたか?」
「悪いってことじゃなくてね。君ならもう少し感情を乗せた演技ができるんじゃないかと思って、提案してるんだけど、どうかな? もう一回お願いできる?」
「……はい」
ドがつくほどの新人で、ペーペーの俺が「できません」なんて言えるわけがない。
言えるわけないんだけど……と思いながら、チラッと織川の方を見る。
高身長、すらりと伸びた手足に、明るい茶髪に濃い藤色の瞳。
右下の口元にあるホクロが色っぽく、憂いたような表情がよく似合うこの男。
この男を――好き?
そんな表情を浮かべる?
(無理です……監督)
だって、俺はこの男が――大っ嫌いなんだっ!!
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