第12話:十二支との格闘 第九の敵、尊者に仕える卯

卯:単閼(dan ʔanかʔat / *lˤan ʔanかʔat / *tal ʔanかʔat)。


「単」と「閼」という並びを見ると、まず思い出すのは匈奴の称号 単于(ぜんう) と、その后妃の称号 閼(えん/あつ)氏 である。


これを単なる偶然と考えないなら、「単」は通常の「たん」ではなく「ぜん」で濁音のほうとなる。なお単于ぜんうは後にテュルク系の称号 達干(タルカン) に転じたらしいので-arであり、ここは *dar と再建できるだろう。


しかし、すでに 申:涒灘 → Sundarī(美女) のところで「灘」= dar と解釈してしまっているため、dar をそのまま使うのは都合が悪い。


そこで目をつけたのが dhar である。

サンスクリットでは -dhara(…を担う者) という語尾がよく使われ、例えば Gaṅgādhara(ガンジス川を担う者) などシヴァ神の呼称にも現れる。


では「閼」はどうか。閼(ʔan/ʔat)には「えん」「あつ」という二系統の音があり、-an や -at を表す字なら他にもあるのに、わざわざこの字を選んでいる。ここで -vān/-vat(…を有する者) の音写と考えると、むしろ両方を兼ねる優れた字と言える。これは Bhagavān(尊者)とその形容詞のBhagavat(バガヴァット) などで有名な尊称の語尾だ。


つまり整理すると、


「○単」= …dhara(…を担う者)


「○閼」= …vān(…を有する者)


という対応になる。


想像をおもいきりたくましくすると、Gaṅgādhara(ガンジス川を担う者) だとガンジス川を知らない中原の人間には意味不明なので、どこでも応用できる尊称の組み合わせとして、「任意の聖なる土地+dhara」「任意の貴重なもの+vān」を当てはめていけばいいとあえて空白にした結果、一つの単語とみなされたのが「単閼」だったということになる。


なおXで自分がフォローしている雨音村雲@藤浪永理嘉(´ 。•ω•。)

@amane_murakumo氏によれば、Bhagavān、Maghavān (インドラの別名)がモンゴル・テュルク系の「勇者バガトル」や冒頓単于の冒頓に関連していて、「勇者バガトル」はBhaga-dhara、冒頓(*mok *tul)はMagha-dharaのペルシャ語系の言葉ではないかとのこと。

勇者バガトル」に関しては実際に自分がもっているペルシャ語の語源辞典でも

Bhaga-dhara(サンスクリット)→bahaudur(ヒンドゥスターニー語)→bahadur(モンゴル語)としていた。



ちなみに「単于」を同様に …dhara と解釈できるかとも思ったが、上古音は *dar ɦʷa/*dal ʁa とされ、こちらはやや苦しい。


結論。

卯:単閼 = …dhara, …vān(尊称を構成する要素)。


九頭目、討伐完了

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