12. ノインの告白

「言ってくれれば……」


「……自分が死ぬと知ったら、楽しめないだろう」


 彼の言葉に、喉が詰まる。たしかに、自分が死ぬ運命だと知っていれば、あれほど無邪気に21日を楽しむことはできなかったかもしれない。


「私、取り乱したことがあるのね?」


 言葉を詰まらせるヴァルディス。本当に正直な人ね。


「こんなやり方離婚はどうかと思ったが、ノインが『リディア様なら、最初は混乱するかもしれませんが、必ずポジティブに捉えるようになるでしょう』と……まさかとは思ったが、そうなったな」


 まるで私を賞賛するように言う。


「……あなたを、散々心の中で罵ったわ」


「泣いて悲しんでいる時間より、ずっと良かっただろ?」


 痛々しい眼差しが少し柔らかくなる。そんな小鳥を愛でるような目をしないでよ。あなたの浮気を疑った自分がすごく悪かった気がするじゃない。


 私はしばらくカップの縁をなぞった後、


「少し、ひとりにさせて」


 彼は黙って頷き、席を立った。


 *


 エルデンバルを流れるデルバン川のほとりにいた。夕暮れの光が川面を黄金色に染め、街の喧騒が遠くに聞こえる。


 アリシアの店には今回は行けなかった。頭の片隅にはあったけれど、体が動こうとしない。


 背後に気配を感じ、横から長い影が伸びてくる。振り返らずに尋ねた。


「ノイン、あなたに何のメリットがあったの?」


 彼の気配は、いつも通り静かだった。


「私たちを救うため、じゃないわよね?」


「前にも言ったと思いますが」


 その瞳に落日の光を返しながら、私の顔をまっすぐに捉える。


「その琥珀色の髪、深い緑青色の瞳。あなたは、グレイモア家の始祖、リリアにそっくりです」


 リリア――グレイモア家の礎を築いた、ノインが親友だと言っていた女性の名前。


「身を粉にして働いて、若くして命を落としたところも……」


 ノインの目が遠くなる。まるで彼女が目の前にいるかのように語る。


「あなたが初めてグレイモア家にきた時は、息が止まるかと思いました」


「私……そんなにリリアと似てるの?」


「いいえ、髪と瞳の色以外は。しかし、魂の輝きは、精霊たちを惹き寄せてよせてならないその魅力は」


 逆光の中、ノインは目を眇める。


「これほどの月日を費やしてグレイモア家に尽くしてきたのは、この瞬間のためだと思いましたよ」


 ノインは、私の前にひざまずいた。


「精霊との親和性が高い魂は、死んだ後に精霊として生まれ変わる可能性が高い。リリアは駄目でしたけれど、リリアより強いあなたなら」


 彼は小声になり、


「自由で、輝きを放つあなたなら、きっと大丈夫です」


 私の手をそっと取った


「けれども、この世に未練や不満を残したままでは、非業の精霊になってしまう」


 ノインの瞳が昏く沈む。


「あなたにも繰り返しの記憶を与えたのは、賭けだったんです」


 そして、私の手の甲に唇をつけた。


「いい顔になられました。安心して22日に進んでください」


 私は反射的に手を振り払った。ノインは少しも動じず、その場ですっと立ち上がった。


「僕は、あなたが働かせもしないし、泣かせたりも絶対にしない」


 ヴァルディスを強く意識しているような言葉。


「さあ、リディア」


「やめて……」


 激しく揺れている私の心をまっすぐに射抜く。


「愛しています」

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