第36話 ネズミ
「装置、出来ましたよ」
博士が神明の拠点を探索する装置を作ると宣言してからきっかり二日後の夕方、その装置が出来上がって来た。
博士が手に持っていたのは、ネズミ型の小さな機械だった。毛皮は無いとはいえ、遠めに見たらネズミそのものと間違えてしまいそうなフォルムをしている。
「超小型地上探査機です。ここから遠隔操作して地上の様子を探れます。ドローンほど目立たずに活動する事が出来ます。これを旧防衛省跡地に忍ばせて神明の居場所を探ります」
「手に、持ってみても良いですか?」
「どうぞ、ピュア」
僕はそっとその装置に触れる。……軽い……。何て軽さなんだ。こんな軽い装置で神明の居場所を探れるのか?
「四方八方にカメラが搭載されています。三百六十度探索可能です。本来なら上空から捜索すれば早いんですが、それではドローンと同じになってしまう。だから、あえて地面を素早く移動させて捜索をする方法にしました。これなら神明サイドに勘付かれる事はほぼ無いと言って良いでしょう」
僕は貴重品を手渡すように博士にそれを返す。
「いつ頃から仕掛けますか?」
「早い方が良いですね。作戦を立てるためにも神明の拠点周りの事は早く把握した方が良い。今から早速仕掛けますか」
「え? でももう夜になりますよ?」
「もちろん赤外線モードも搭載しています。夜でも朝でもいつでも探索出来ますし、何なら全天候に対応しています」
さすが博士。抜かりが無い。
博士はそれを地上までの昇降機に乗せると、それ専用のモニターを部屋から出して来た。モニターは全部で五枚あった。
「ここの真上から旧防衛省跡地までこのネズミの速度で大体一時間掛かります。そこまでのルートはプログラミングしておきましたから自動で行きます」
へぇぇ。凄いなぁ。あんな小さな装置なのにそんな機能まで搭載してるんだ。
「何を驚いているんです、ピュア。ボク達がしているイヤリング型イヤホン端末の機能から考えたら、ネズミくらいの大きさがあればどんな機能を搭載していても不思議ではないでしょう?」
「うっ。確かに……」
本当に、僕は何て鈍いんだ。こんな身近にテクノロジーの集合体みたいな端末があるのに、それすら忘れて普通にネズミに感心してしまっている自分がいたんだから。
僕はネズミが旧防衛省に着くまでの間、モニターに映し出される地上の様子を凝視していた。両親から逃げるために地上に出た時は風景を見ている余裕なんて無かったから……。地上の風景なんて、ほぼほぼ教科書でしか見た事がなかったから。
人類が地下世界に潜ってから一世紀以上が経つ。地上は荒れ果てていた。
二十一世紀に走っていたという『電車』は、二十二世紀にはほぼほぼ動力が磁気に代わりリニア化した。人々は素早く移動が出来るようになった。複雑なダイヤが組まれて、大量のリニアが運航するようになって『満員電車』とかいうものは無くなった。通勤の負担は減ったはずなのに、会社員達は何故か疲弊して行った。
そんな『電車の歴史』に想いを馳せながら旧新宿駅を見つめる。ここは日本エリア屈指の巨大ターミナルだったらしい。
廃墟になったビル群。鉄筋とコンクリートで出来ているそれらは、廃墟になってもなお倒壊することなくそこにあった。中には半壊しているビルもあったけれど、巨大ビルは今でもそこにある。遺跡だ。
学者達は今でも研究のために地上にドローンを飛ばす。でも、昔の事にしがみついていても仕方ないっていうのが今の考え方で、古典研究はあまり盛んではない。教科書に載っている歴史を知るくらいでそれを深掘りしようっていう若者もそんなにいない。人類は、地上への想いをなくして行ったんだ。
そうこうしている内に、ネズミが旧防衛省跡地に到着した。物々しい門があるけれど、この超小型探査機はそれを物ともせずに侵入して行く。
「さぁ、ここから何日でエアコンの室外機の動きを見付けられるか。数時間で見付かるかもしれませんし数日掛かるかもしれません。それは神のみぞ知る、です」
神様かぁ。そういえば、昔は宗教も盛んだったって言うけど、今の世の中ではそんなに宗教って盛んではないんだよなぁ。神様って本当にいるのかな。僕も何度かピンチの時に苦し紛れで神に祈った事はあるけれど、今でも一部の人は毎日神に祈るって聞いている。
もしも神様がいるとしたら、人間が人間を喰らうこの世の中をどう思っているのかな……。
「動くモーターを見付けたらアラームが鳴るように設計してあります。ピュア、見付かるまでずっとそうして見ていても良いですけど、何日間もずっとそうしているつもりですか?」
「あ……あの……地上の風景が珍しくて、つい」
「まぁ、普通に生きていたら地上とは縁の無い生活をしますからね。物珍しく思っても不思議ではありません」
旧防衛省にある建物は、まだ綺麗に残っているようだった。
「旧防衛省は二十一世紀の終わりから二十二世紀の初めに拡充工事をしましてね、それで建物がどんどん増えたんですよ。当時はワールドが統一される前で国同士が牽制し合っていましたからね。国防のために敷地や設備を増やさざるを得なかったんでしょう」
地球上の国々が統一されてワールドになる前は、『戦争』ってものがあったって学校で習った。日本エリアもいつもミサイルの脅威に怯えていて、国防のために自衛隊ってやつが頑張ってたんだって。日本は『戦争』はしないって憲法で決めていたみたいだけど、それでもミサイルの脅威には晒されてたんだな。
「それにしても、ビルの周りには沢山の室外機があるみたいですね。博士、ビルの上の方に付けられている室外機はどうやって調べるんですか?」
博士は眼鏡をくいっと押し上げると、得意げな表情をした。
「ぬかりありません。ネズミには動力センサーが仕込まれていますし、ビルの壁面を駆け上がる事も可能な作りになっています。屋上にある室外機だって漏れなく調べられます」
さすが博士。どんな所に室外機があっても一台も見逃さないように作られてるんだなぁ。
それから数時間、僕らはモニターの前でネズミが映し出す景色を眺めていた。建物は沢山あって、そのほとんどがビルの形状をしていたけど、中には二階建ての低い建物もあって、これは比較的新しい二十二世紀の建物じゃないかって博士が言っていた。
──ピーピーピー
その時、ネズミを介してアラームが鳴った。映し出されているのは例の新しめの二階建ての建物だ。
「ふんっ。神明の奴、古いビルに紛れ込ませて二階建ての建物を作っていたとは。他のビルに比べて異質なので二十二世紀のものじゃないかと思いましたが、これが最近作った拠点でしたか。ボクをも欺く外装の出来は賞賛に値しますが、他の建物と比べて明らかに異質過ぎますね」
博士は鼻を鳴らして神明を皮肉った。
「この中に神明が……?」
「そうです。室外機が動いているのがその証拠です。神明は確実にこの中にいます。ボディーガードも中で待機しているのでしょう。表に出ていたらそこが拠点だと知らせているようなものですからね。そもそも、あの灼熱地獄の中外で待つという行為そのものが自殺行為になりますが」
その二階建ての建物は、階層は低いものの、規模としては巨大なもので内部は相当広いものだと推測出来た。
「ここをどう攻めるか、それをこれから十日間くらいで考えなければなりません。ピュア、作戦を考えられますか?」
「やれるだけやってみますけど、僕は戦法とかそういうのに全然詳しくなくて」
「まぁ、ぶっちゃけ強行突破で突入するしかないんですよ。ここから先にネズミを入れる事はとても危険です。でもまぁ、どうせ突入したらすぐにボディーガード達が襲って来ます。それをなぎ倒して神明のいる場所まで辿り着けばいいんです。要は皆殺しにして行けば良いんですよ」
博士……あなたは本当に十歳の子供ですか?
「ボクが言うのもなんですけど、作戦もへったくれもないんですよ。あとは突入するのみです。こちらは頭数が少ない。が、その分小回りが利く。複数のボディーガードと対峙した時にどうそれを攻略するか、そちらを考えた方が良いですね」
そんなわけで、僕らはマシンガン使用時のフォーメーションについて、それから何日間か話し合いをし、特訓をした。
特訓に明け暮れる日々はあっという間に過ぎて行った。時間が溶けて行くかのようだった。
僕も、博士も、凜々花も、ガールも、それぞれ必死になった。それぞれの仇を取るためにも、食人を終わらせるためにも、四人それぞれが必死だった。
そして、その時がやって来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます