第21話 ベイビー

 ボスと共に凜々花を連れてアジトに戻ると、扉を開ける音に気付いたガールが飛び出してきてボスに抱き着いた。


「ボス! 帰って来てくれたのね! あたし……あたし……あなたを裏切る事なんて決してしない……!」

 

 泣きじゃくるガールに、ボスは優しい瞳を向ける。


「悪かったよ、ガール。俺はお前とピュアを信じる。あの時警察があんなに早く来たのは何かしらの偶然だって思う事にするよ」


 それを後ろで見ていた博士は、不服そうな表情をして「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 正直僕もそんなに納得はいっていない。でも、むやみにガールを疑いたくないし、僕自身が疑われるのも嫌だ。


 だから、ボスがガールを信じるって言うなら僕もガールを信じようと思う。


 誰がスパイであっても、蓮が捕まってしまった事実はどうしようもないのだから……。


 そんな中、凜々花は僕の後ろに隠れていたが、ひょいっとその姿を現す。


「……ボス? 何その子?」


 ガールは凜々花を見るやいなや怪訝そうな顔をした。


「あぁ、新しい仲間の凜々花だ。ピュアが拾って来た」

「ピュア……あなた、そういう趣味があったの……?」


 ガールの視線がいささか厳しい。


「違いますよ! 色々あってこの子を引き取る事になったんです! 信じて下さいよ! 僕にはやましい事なんてありませんよ!」


 凜々花は顔を真っ赤にして俯くと、「あっても良いんだけど」とぼそりと言った。聞こえてる。聞こえてるよ凜々花!?


「その子何歳ですか? 見た感じボクよりもと同い年かそれよりも幼く見えますけど?」

「十四歳だって。そうだよね、凜々花?」

「うん。わたしはピュアの言う通り十四歳です。中学二年生です」

「えぇ……まさかの年上ですか……」


 博士は愕然としている。それだけ凜々花が小さくて幼く見えたって事だ。


「とりあえず、凜々花にシャワーを浴びさせてあげても良いですか? それから、着替える服とかないんですけど……」

「ボクの服で良ければ貸しましょうか?」

「わたし、ピュアの服が良い」


 僕の!? そんなの絶対ぶかぶかだよ!? ああ、ここに帰ってくる前に洋服屋に行って数着見繕って来るべきだった。


「あたしのでも良ければ貸すけど……お嬢ちゃんはが良いんだもんねぇ?」

「はい。が良いです」


 ガールはニヤニヤとしながら僕を見ている。違う。そんなんじゃありません! 僕はこの子に命の恩人みたく思われているだけですからぁ!


 というわけで、凜々花はとりあえずシャワーを浴びる事になった。その世話はガールがしてくれるらしい。さすがに下着の事とかは男の僕にはどうにも出来ないからね。仕方がない。



「で? ボス、あのをこれからどうするおつもりですか?」


 博士の言葉に棘を感じるのは気のせいだろうか……。


「あぁ、あいつなぁ……。悪いけどよ、あいつでもぶっ放せるように銃を改造してくれるか?」

「それは出来ますけど。ボクが使っている銃も相当カスタマイズしてありますし」

「あいつに殺しが出来るかなぁ?」

「そこはどうなんでしょうね。あなたはどう思いますか、ピュア」

「僕は……」


 正直、凜々花の手を血に染めたくはない。でも、ここではそんな事を言っていられない。組織の方針に従えないなら出て行くしかないんだ。


「凜々花は強い子です。それに、ボスの説明で僕らの存在意義も理解しているみたいです。美食家や神明叡一にそれなりに思い入れもあるみたいですし、慣れてくれば殺しも出来るかなって」

「お前、あいつをどうやって鍛えるつもりだよ?」


 鍛えるって言ってもなぁ……。僕は自然とフィジカルが強くなった類の人間だから、改めて腕力や体力を鍛えるって言われてもどうすれば良いのか分からないんだよなぁ。


「何のためのAIだと思ってるんです、ピュア」

 

 あぁ、そういえば僕らには文明の利器AIがあるんだった。僕はAIを使いこなせていないだから、それに頼る事を失念しがちなんだ。


「大抵の事はAIに聞けば答えてくれるんですよ。それ故に人類は考える事をやめてしまった。政府の言う事を真に受け、それに流され、何の疑問も持たないで生きている。そうして食人も自然と受け入れてしまった。AIの繁栄は人類の衰退と比例しているんです」


 って、AIも駆使して時代の数歩先を行っている博士に言われましても……。


「何とか……AIに聞きながら凜々花を鍛える方法を探してみます」

「頼んだぜぇ、ピュア」


 ボスはソファにどかっと横たわって眠そうだ。アルコールが回っているんだな。


 

 そうこうしている内に凜々花がシャワーから出て来た。


 僕はその姿を見て、心臓が止まるかと思った。


「ほう。見違えたじゃねぇか」


 眠そうにしていたボスがむくりと起き上がった。


 凜々花は全身の汚れを落としただけではなく、ボサボサだった髪の毛もボブカットに揃えられている。僕のTシャツを貸したんだけど、それはダボダボでまるでワンピースかのようになっている。


 そして何よりもその容貌だ。


 力強い目をした子だな、とは思っていたけれど、汚れの下にこんな美しい少女が隠れていたとは思わなかった──。


「あ……あう……」

「やーだー! ピュアったら言葉を失っちゃってるぅ! 凜々花ちゃんったらかーわいいものねー!」


 ガールは凜々花の後ろに立って滅茶苦茶にはしゃいでいる。


「もう、凜々花ちゃんったら磨き甲斐があったわよぉ! 滅茶苦茶かわいいじゃないこの子! ね、博士もそう思うでしょ!?」


 博士は口をパクパクとしたまま呆然としている。


「もう~、男連中ったら鼻の下伸ばしちゃってぇ。凜々花ちゃんはまだ十四歳なんだから変な気を起こしたらダメよ~!」


 凜々花は恥ずかしそうにもじもじとして、上目遣いに僕を見る。


「ガールさんに髪を切ってもらったんだけど、どうかな……ピュア……」


 に、に、似合いますよぉ!? ボブカットは君のために生まれて来た髪型だって思う位には似合いますよぉ!?


 でも、僕はその想いを口には出せないでいる。


 どうすれば良いんだ。こんな胸の高まりを言葉にするには、何て言えば良いんだ!


「あ……あの……似合うよ。うん。かわいい」


 その言葉に凜々花は顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「にしても、綺麗にしてやったら余計に幼さが目立つな」


 ボスだけだ。ここで今動揺していないのはボスだけだ。さすがボス、大人の女に慣れている漢。


「『ベイビー』……だな」

「ベイビー? この子のコードネームですか?」


 僕よりも博士の方が立ち直りが早い。さすが博士。精神年齢が誰よりも上の漢。


「あぁ。赤ちゃんみてぇな顔してるからベイビーだ。その名前を吹き飛ばすくらい強くなれ。誰にも負けるな。気を強く持て」

「ありがとうございます、ボス」


 凜々花改めベイビーは、しっかりとボスを見据えて力強く頷く。


「お前もな、いつまでも顔真っ赤にしてねぇで一日も早くベイビーを使い物になる様にしろ。美食家の粛清はまだまだ終わってねぇんだぞ」

「は……はい……」


 僕もしっかりしなきゃ。強くならなきゃここでは生きていけないんだ。


 とりあえず僕がやるべき事は一から始める筋トレの方法と体力向上の方法を知る事だ。それと、栄養のあるサプリを沢山凜々花に摂取させてもらえるようにボスに頼んでおいた。


「任せろよ。少し太らせねぇとこいつ銃の一つも持てないぜ?」

「タンパク質多めにサプリを発注しておきましょう」


 本当に……頼りになるだ。


 この組織ノンエデュリスに拾われて良かった。僕も凜々花も。


 ここにいれば、命を長らえる事は出来る。逆に美食家の命は奪うけど、それもこの世界を正すために必要な事だ。


 そうだ……蓮……蓮は無事なのかな。


 留置所にいてくれ、蓮。どうか工場になんて行かされていませんように。


 僕は蓮についての続報がないか、その晩はずっとデジタルアイをオープンさせていた。ついでと言っちゃなんだけど、ちゃんと凜々花のための検索もした。


 何だか今日は色々あって疲れたな……。まだ、蓮が警察に捕まって二十四時間も経っていないんだからな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る